【3】
幽霊の所持するスマホは本人と同じく半透明だ。私に触れることはできないだろうと考え、お客様の隣にしゃがみ込み、画面を見せてもらった。最初のメッセージは深夜一時頃。
《さっきから
ウチの前に
変な人がいるっぽい
怖いんだけど》
〝変な人〟という曖昧な表現が引っ掛かったのだろう、お客様は《どんな人なの?》と返信。数分後、妹さんから返事が入っている。
《何かを叩いてる感じの
音がする
音が近いから
家のすぐ前だと
思うんだけど》
お客様は《酔っ払いかな?》と短く返していた。
さらにLINEは続く。
《カーテンの隙間から
覗いてみたけど
人影っぽいものは
ないんだよね
でもずっと
ドンドン叩くような
音が続いてる
マジで怖い
みんな怖くないのかな?》
瑞月さんからフォローが入り、〝みんな〟というのは同じアパートの住人・近隣住民のことだと分かった。謎の騒音はそれから三十分以上経っても止まず――。
《姉ちゃんどうしよ
まだいる
変な男がいる
何か叫んでる》
こんな文章が送られてきたのは深夜一時半過ぎ。お客様は《警察に通報した方がいいよ》と返したが、妹さんは《通報してる間にいなくなったらイタズラだと思われない?》と躊躇っている。その直後のLINEにはこう書かれていた。
《まだずっと叫んでる
やばいよね
怖い
叫び声が聞こえる
男の声が聞こえる》
LINEはここで途切れていた。
さすがにまずいだろうと慌てたお客様が電話に切り替えたそうだ。「今から警察に通報するように」――そんな口頭での念押しが最期の会話になったらしい。その翌日、妹さんが首を吊って亡くなったと報告を受けた。
妹さんの部屋は施錠されており、荒らされた形跡・侵入者の形跡もなく自殺と断定された。しかしお客様は捜査結果を否定し、LINEの履歴から事件性を訴えたという。それでも結果は覆らなかった。
全容は以上。
お客様は未だに事件性を疑っているそうだが、捜査のプロが事件と自殺を見誤るとは思えなかった。……なんて正直な感想を口にしたら、どんな反応をされるか分からない。最悪の場合、浮遊霊の凶悪化だ。
この展開、瑞月さんはどう対応するのか。浄化を望む幽霊とは状況が違うため、私の手には負えそうにない。口を閉ざし静観することにした。瑞月さんはにこやかに笑んでいる。
「実は僕の知り合いに探偵がいるんですよ。お客様の件、少し相談してみましょうか」
そんなことを提案する彼にぎょっとした。知り合いに探偵……事実だろうか。少なくとも、この件に首を突っ込む気満々ということだけは分かる。
お客様は瑞月さんを見上げ、何やら話し始めた。表情に変化はないものの、目線は泳ぎ、ときおり首を横に振っている。瑞月さんの応対から察するに、お客様は遠慮しているようだった。
最終的に折れたのは瑞月さんの方。
彼は「分かりました」と微笑んだ。
「お疲れでしょうから、今日はゆっくりティータイムをお過ごしください」
瑞月さんに続き、私も「ごゆっくりどうぞ」と会釈する。ガトーショコラの乗ったお皿に手を伸ばすお客様のもとを離れ、キッチンへ戻った。安堵の息が漏れる。
「私の対応、問題なかったですよね?」
「登場したときのセリフ回しには驚かされたけどね。『ござりまするか』って、キミは武士か何か?」
「……からかわないでください」
「はいはい」と言いながら、瑞月さんは私の頭にぽんぽんと手を乗せた。
とはいえこれで終了ではない。
極力声量を落とし、「事件の可能性があると思います?」と訊いてみた。
「どうだろうね。いくつか引っ掛かる点はあるけど」
「何ですか?」
「まず、妹さんの自殺を強く否定する理由。お客様は捜査結果を全否定したにもかかわらず、『何故そう思うのか』という部分には一切触れなかったんだ。そして、僕が探偵の存在を持ち出したときの反応。ここにはメタメッセージが乗っている」
「メタメッセージ?」
「簡単に言うと、実際の言葉以外の意味が含まれているということだね」
……いまいちピンとこない。
詳しい説明をお願いした。
「キミと初めて会話したときのことを例題にしようか。璃乃さんは事故を起こしたと僕に伝え、『すみません』と謝ったね。そこには申し訳ないと思う気持ち以上に、僕を見て安心した気持ちがあった」
「えっ……。どうして分かるんですか」
「無意識だろうけど、キミはホッとしたように息を吐いてから『すみません』と言ったんだよ。申し訳ないという感情しか抱いていないなら、もっと焦りや必死さが挙動に出ると思わない?」
「……そうかもしれないですね。私、瑞月さんが怖そうな人じゃなくて良かったと思ってました」
「そんな感じで、口に出さなくても、些細な表情変化や声のトーンから相手に伝わってしまうメッセージがある。〝目は口ほどに物を言う〟なんて言葉もあるでしょ? 今回のお客様の場合にもそれが言える」
瑞月さんが探偵への相談を提案した際、彼女は即座に『ご迷惑になりますから結構です』と拒否した。文字どおり受け取るなら、それは「無関係な人に手間を掛けるのは申し訳ない」という意味になるはず。しかし――。
「彼女の表情からは動揺が感じられた」
「そういえば……目が泳いでましたね」
「彼女は『ご迷惑になりますから』と繰り返したけど、妙に焦った様子で早口になっていた。〝あなたに迷惑をかける〟と言うより〝そこまでされると困る〟という雰囲気に見えたんだよね。浮遊霊の性質を鑑みると、未練を解消できるかもしれない可能性を拒絶するとは考えにくい。言葉にしないだけで、何かしら他者に隠したい事実があるはず」
「話の腰を追ってすみませんけど、本当に探偵のお知り合いが?」
「厳密に言うと探偵ではないんだけどね。ちょっとした〝情報屋〟みたいなものだと思っておいて?」
そんな都合のいい便利屋が現代日本に存在するのだろうか。と言っても、それ以上に非現実的なもの(幽霊)は実在した。情報屋が存在しても不思議ではない……のかもしれない。自分の中の常識が次々と崩壊していきそうだ。
「最後に一点。何故お姉さんまで亡くなってしまったのかが謎なんだよね」
「……言われてみれば」
「お帰りになる際、ちょっとだけ探りを入れてみるよ」
話の続きはお客様が帰ってからとのことで、菜園の水やりを頼まれた。裏庭の隅には水道設備がある。ホースを畑まで引っ張れば簡単に水やりできそうだが、「ジョウロを使ってね」と指示があった。ホースだと水の勢いが強かったりまばらになったりして、植物や土に良くないらしい。
ジョウロに水を汲み、菜園+花壇を五往復。ハンドタオルで汗を拭いながら店内に戻ると、瑞月さんが食器を片付けていた。お客様が帰ったようだ。
「水やり終わりました。次は何をすれば……?」
「お昼には少し早いけど一旦お店を閉めたよ。ピザトーストを作るね」
瑞月さんは食材の準備を始めている。朔也は戻らないと言われたため、食器棚からグラスを二つ取り出した。カトラリーケースにはフォークとナイフを入れ、フロアへと運ぶ。
今日は雲ひとつない青空が美しい。窓際の席にトレイを下ろした。
香ばしいピザトーストと瑞々しいサラダをいただきながらの話題はもちろん、さっきの浮遊霊のことだ。




