怪我人はいません。(治療済)
窓からちょこんと不満げな顔を見せている赤子の姿に、慌てて室内へ駆け込む。
明らかに浮いている高さなので、誰かに見られたら不審がられてしまう。
室内には他の人間はいなかった。
そのせいで自重を捨ててしまったのか、案の定窓枠の近くに浮遊していた弟を、素早く腕の中に収める。
現行犯でさえなければ「弟、窓のとこにいなかった? 登れる棚もソファもないのに…」とテケテケ説を訴える者が出ても「HAHAHA! そんなまさか、どうやってベビーが一人でサークルから出るって言うんですか。白昼夢おつ!」と白を切ることができる。
…などと考え、気持ちが落ち着いてきた途端に強烈に各所が痛んできた。よく考えずとも、ガチムチに力づくで引き倒されてプレスされたのだ。確実にどこかしらを痛めている。
だが、動けなくはない。
顔には出さず、身体を軋ませて歩き出そうとするが、抱えていた赤子には負傷を感付かれたらしい。
への字口の弟から五連発で回復が叩き込まれる。知らず痛みを庇うように傾いでいたうみんちゅは、「おぉ、治った」と無意識に呟いてシャキンと直立した。
まだまだやたら勢い良く何発も回復魔法を叩き付けられたが、心配によるツンデレ行為と判断した兄は、衝撃も痛みもないそれを「はい、ありがと、ありがと」と流すように受諾。魔力切れはないと言っていたので、もう好きにさせることにする。
ぴかぴか光ってしまった自分が見られていなかったかだけを気にして、素早く目線だけで周囲を確認した。
幸い、誰の目も陥没事故の方に吸い寄せられている。
「これ、工事どうなっちゃうんだろ」
ぽつりと呟いたうみんちゅは、ふと腕の中の赤子の目が、他者とは違うものを見ていることに気付いた。
この場のほとんどが地面の大穴を見ているのに、弟だけが陥没した箇所ではなく、その場所の上空…とまではいかないが空中を見上げている。お口も開いてる。
何を見ているのかと、彼も弟に倣い宙を見つめるが、特におかしなものは見えない。
「…やま。何、見てる…?」
不安になりながら問う。
目の動きからすると、それは地下から空へ向かって上昇。そこからは四方に散らばるのか、向きが固定されていないのか、見回すような動きに変わる。
何度も繰り返すことから、湧き上がるかのように…或いは、噴水のような?
『凄い…凄いぞ、うみ。私は今、世界の真理を見ているのかもしれぬ…』
興奮するかのような声音。こんなにも何かに興味を示す弟を見るのは初めてかもしれない。
そして…魔法オタ、基、魔法の研究をしていたという弟が、こうも興味を示すなら趣味と実益のそれ以外ではないはず。うみんちゅはじっと宙を見据える。
相変わらず何も見えない。しかしそこには…何かがある。ような。気も、する。
「いや、やっぱり気のせいかな。ワカンネ」
『…見えないのか。見えろよ。ここは共感してくれねば…仕方ない、誘導してやる』
あぶあぶと文句を言われながらも促されるままに、出された小さな手に右手を重ねる。魔力が流される感覚は既に幾度も経験済みだ。
今までと違うのは、じわじわと魔力が顔に這い上ってくることだけ。
「えっ、怖い怖い。人に流す魔力は循環させるって前言わなかった? なんか顔っ、上に来てるんだけどっ」
『案ずるな、目を強化するだけだ。許容量以上を無理に流すとお前の身が持たんから、余剰はちゃんと戻しているぞ、私の首の後ろから。そちらは服越しだから分かりにくいだけではないか』
「そう? そうかな? …言われてみるとそうかも」
むむむと眉を寄せたうみんちゅが、左腕にピトリとくっついた弟の首元を見つめる。
両手両足をくっつける方式しかやったことがなかったが、あれは初心者が感じ取りやすいように素肌を合わせていただけで、プロの魔法使いであるやまんちゅには服越しでも関係はないらしい。
しかし今回も始点自体は慣れた手からだったので、すぐに流れは掴めていた。
目の周りが温熱療法かのようにじんわり温まってきた頃、うみんちゅも気が付いた。
弟が見ていたのは、噴水のような光の奔流だ。
「うわぁ。これは確かに目で追っちゃうな。魔力?」
『地脈だな。膨大なエネルギーが流れていると、知識としては知っていた。だが…魔力とは違うものだと思っていた。しかしこれを見る限り、噴出してしばらく経つと魔素に変化して広く拡散していくようだ。魔素同士が集まり、結び付きを得ると絡まりあってより大きくなり、それが世界に漂う魔力になっている…』
元の世界でも、人目につかない所で噴出が起こり、拡散した魔素が集まって魔力になっていたのだろう。それが真理だったのだと弟は目を輝かせた。
地脈というエネルギーの名を聞いたことがあっても、弟は元の世界でそれを目にしたことはなかったらしい。
うみんちゅも名前程度は聞いたことがあった。だがそれが風水っぽい話だったのかゲームっぽい話だったのかまでは思い出せない。
『このように深く地面を掘り返したことなどなかった。きっとあちらでも、自然に崩れた崖など、限られた山奥では見られたのかもしれないな。ぜひ確かめたいものだ』
とても満足そうにそんなことを言っている弟を抱え直し、うみんちゅはようやく現場責任者が作業員達の安否を確認し始めたのを見つめる。
幸いにも転落した重機には人は乗っていなかったらしい。人手不足のために、資格持ちの運転手が各種重機を都度乗り換えて作業していたのが幸いした。
しかし、被害は甚大。
しかも掘っていたよりも大きく陥没した場所からは、何か人工物っぽい物まで出土してしまったらしい。
予期することの出来ない事故であったからと、会社が潰れるような大きな責任問題にはならなかったのは不幸中の幸いだ。
だが古墳などない地域のはずが、見るからに古そうな何かが出土したので調査が入ることになってしまった。
つまり工事は無期限で中断だ。
ツインズは、あっという間に職を失った。




