就労。
状況は大幅に動いた。
あまりにもあっさり、簡単、お手軽に悩みが解決した。それは偏に、人情…その二文字による。
「なんて話だ! よく頑張ったなぁ!」
人が…良過ぎる…。聖人君子かな?
ドン引きの内心を押し殺し、うみんちゅは「いえ、そんな…」と薄幸な好青年の健気そうな笑顔を装着。判断はいつだって迅速であった。
「さぁ、何でも好きなものを頼みなさい。三つでも四つでも食べれるだけ、たくさん頼んで構わない」
クーラーの効いた涼しい喫茶店にて、奢るからたくさん食べろとメニューを渡される。暑苦しいほどの圧を出しているオッサン、かける2。
フィッシング詐欺うみんちゅに騙された子供好きの中年男性は、更に1名の増員がなされた状態で今、向かい側の席を陣取っていた。
面談の場を公園から作業現場の近くの喫茶店に移して、オッサンズとツインズが向かい合う。
うみんちゅはありがたく、念願の生姜焼き定食を注文することにした。このタイプにはのらりくらりと遠慮し続けても、却って機嫌を損ねる。
そう冷静に判断したに過ぎない。決して…食い意地が勝ったわけではない。
しかし、注文してからは思いがけず気もそぞろ。
厨房から響くジュワァ音と香ばしい匂いから意識を離すことができずソワソワし…やがて目の前に届けられた念願の肉料理をじわりと嚙み締めては、不覚にも目が潤んで驚く。
たかが焼いた豚肉。されど前世ぶりの生姜焼き。
前世でも最後に食べたのはいつだったか。
うみんちゅとしては「自分は死なない程度には自炊できる子」という認識でいたが、前世の庸輔氏が美味しい料理を作れるような料理男子だったのかどうかは覚えていない。
少し怪しいのかもしれないな、と自己評価を修正した。生姜焼きが食べたいとは思っても、作りたいとは考えなかったからだ。
そう難しい料理ではないと判定しているのに、これは彼にとっては外食したい料理だ。
もちろん美味しく作ってくれるのであれば、別にプロの料理人でなくとも構わない。
だが庸輔氏は人間関係が希薄なので、お店でお金を払って食べるしか術はなかった。彼女やお友達が作ってくれたりはしないのである。
そして、こうして口にしてみると、これは結構な好物だったのだなと今更に気が付いた。
口に入れた一欠片の肉をじっくり味わうその様を、三者三様の目線が見守っている。
「…美味しいです。とても…」
自分に視線が集中していたことに気付いたうみんちゅは、内心の「なになにぃ、なんで皆して見てんのよ、怖くなーい?」という意外とライトな叫びを押し隠し、遠慮がちに微笑んで見せた。
人目さえあれば、この程度では彼の周到に被った猫を剝がすことはできない。
オッサンズはうんうんと頷く動きに、目許を擦り何かを誤魔化すような仕草が混入して、揺れ方がボブルヘッドのようになっている。
『重い…そろそろ引っ繰り返すやも知れぬ』
一方、初めてのリンゴジュースを口にしたやまんちゅは、アンニュイな表情でガラスコップの重さに耐えていた。
慌てて箸を置いたうみんちゅが支え、コップを傾けてやる。
…もう一口だけ飲んだ後、やまんちゅはじっと兄を見上げてきた。どうしたのかと問う間も与えずに『…腕が…腕が、もう駄目だ…』という無言の念話が飛んできた。
コップ持ち係を完全に代わってみるが、うみんちゅにとってはそれほどおかしな重さには感じられない。
(重いか? 哺乳瓶とそんな変わらなくない?)
『あれは多少傾けても溢れないからな。実は、いつも魔法で僅かに浮かせている』
(おまっ…だから、少しは鍛えろとあれほど…! 外では駄目だぞ、絶対に浮かすな! 一般的には、この世界には魔法はないんだからな。知らん間に動画撮られたりしたくなかったら、目立つんじゃないぞ!)
『わかっている。そう責めるな、うみよ。私もグラス一つまともに持てぬ非力に、少々衝撃を受けている…せめて持ち易い形状だったのなら、こんなことには』
(…いや、両取っ手の赤子ファーストデザインのグラスの喫茶店はちょっとな。明日から、と言わず、今晩からでも頑張って訓練しような。寝る前とかに)
眉を情けなく歪めた赤子とその兄貴分の青年が無言で見つめ合っている、可愛らしい光景のように傍からは見えていた。子供好きのオッサンズは、妙ににこやかだ。
しかしその真実は、見てないところで訓練させてもサボるだろうと考えるうみんちゅと、初期の魔力引上げスパルタ教育を思い出し監視を拒否したいやまんちゅとの、無言の攻防であった。
知らない方が幸せな真実は、知らないまま闇に葬られた。
うみんちゅは放られた言葉に、耳を疑う。
「それで、いつから出勤できそうかな?」
偉い方の子供好きオッサンから、まさかの子連れ出勤のOKが出た。
「仮事務所としてプレハブが建ってるんだが、一応クーラーが入れてあるんだ。常に人がいるわけじゃないが、ちょっと囲いを作って、そこで遊ばせておけばいい。大人しい赤ちゃんだと聞いているけど、人見知りもなさそうだし」
のほほんと言われたが、通常では考えられない好待遇だ。
仕事場に子供の持ち込みが認められるなど、必要以上にアットホームな職場でなければ有り得ない。こちらは労働力を差し出して賃金を貰う立場なのだ。
ましてや日雇い、ビジネスライクな職場であれば「君の代わりは居ます」と、あっという間にクビを切られたであろう。
実際、現場初心者のうみんちゅの代わりなど、幾らでもいるのだから。
「…本当に、ありがとうございます。精一杯頑張ります」
あまりにも好意的な待遇に、うみんちゅの前世の人格は警戒を強めていた。しかし「小さな弟分と健気な兄貴分のために」と半ばボランティア精神で迎え入れてくれたと察知できるのも、前世の人格の嗅覚であった。
お人好し、子供好き、少々悲劇的な人間を放っておけないという善性…昨今の希薄な人間関係などどこ吹く風。その様には、あたかも昭和前半戦の人情味を感じた。
他人の子も自分の子も一緒くたに地域で見守っているような、近隣の子供達がぬらりひょんめいて食卓に加わっても笑顔で食事を差し出すようなその善意は…正直、うみんちゅには狂気的にすら感じられる。まるで閉鎖的な村で事件が起こるホラーの、導入部か何かではと疑心暗鬼になる自分を、彼は恥じはしない。
だが異世界出身の弟にとって、警戒不要の「人付き合いレベル1」で済むのならば願ってもない幸運だ。
(…常時見張られる様子ではないようだが、くれぐれも無意識に何かを浮かせたりしないようにな)
『任せておけ、大人しく賢い赤子ぶりを存分に見せつけてやろう』
うみんちゅの労働環境から近場で待機できるとあって、やまんちゅは満足げだった。
常に相手の様子が見える位置ではなくとも、万一の際に魔法が届く位置で待機できるのであれば文句はないのだ。




