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弟を異世界に帰そうと思うが、俺も連れて行け  作者: 2991+


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14/20

やまんちゅは譲らない


 兄弟は早速、確かな効果時間を記録しようと同時に壁の時計を振り仰ぐ。

 …が、掛け時計はどうやら、早朝五時半過ぎで力尽きたらしい。電池切れだ。残念ながら電波ソーラーではなかったことが判明した。

 秒針はまだ諦めずに同じ場所でピクピクと突っかかり続けている様子だが、そう遠くないうちに力尽きるだろう。


 うみんちゅは腕の中に抱えた赤子を降ろすべきかと一瞬だけ迷ってから素早く諦め、両親の寝室へ入った。

 この部屋には目覚まし時計があったはずだと閃いたのだ。ベッドサイドに目的のものを発見し、鷲掴みで拉致して足早にリビングへと戻る。


 両親の関係そのままの、荒れきった部屋を弟に見せることに、うみんちゅはなぜだか少し抵抗があった。

 自分のせいでもないのに、妙な罪悪感が募る。

 しかしそうは言っても居住地の一室でもあるし、永遠に目隠しできるものでもない。逡巡と諦めと、後ろめたさの混ざった複雑な兄心から、こっそりと弟の顔を窺い見てしまう。


 そんな兄の内心など当然知らないやまんちゅからは、特に部屋に対する反応は返らなかった。

 やまんちゅは両親のことなど心の底からどうでも良く、「そこに住め」とでも言われるのでなければ汚部屋に対して思うところは何もなかったので。


「掛け時計に身長は届きそうだけれど…買い置き電池の置き場所なんか知らないし、そもそも買い置きなんてしていなさそうな気がするよな」


「おーてぉ、でに、むんーにゃ」

『知らんが、でんてぃを買うならミルクを買うよな』


「電池、な。…ねぇ…気になってたんだけど、お前、お口もテレパシーも実は全然日本語喋ってないよね?」


『声も出さなくても通じるしなぁ』


 能天気な弟の声。

 日本語どころか異世界語でもわからないだろうと侮って、適当にあーうー唸っているとしたら退化なのではないだろうか。表面上は赤子として正しくとも、内面が人から猿への逆行ではよろしくない。


 このままでは弟は言葉の遅い子になるのではないだろうか。もしかして日本語教育を始めたほうが良いのかもしれない…でもまだ一歳にすらなっていないし…いや、理解できるなら何歳からでも始めるべきなのか?


(あいうえお表を作り…新聞取ってないから裏の白いチラシがないな。駄目だ、ペンひとつすらどこにあるか不明なのか、この家!)


 そんな葛藤と絶望を表に出さぬまま、うみんちゅはテーブルへと片手を伸ばす。

 リモコンでサッとテレビを付け、持って来た目覚まし時計の時間が狂っていないことを確認。

 確認、また確認。一つ一つ、何から何まで確かめていかなければならない、手探りにも程がある状況だった。


 そして…なかなか使わないため今まで気付いていなかったが、思い出してふとついでに確かめたところ、ガスは既に止まっていた。

 既に。

 止まっていた。


『うみ?』


「…え…? はい…? いやいや。いえいえ。あれ、嘘。いつ。え、いつから君、仕事してないの」


 信じられない気分で、数度スイッチを操作する。カッチン…カッチン…。無情にもそれ以外の音などはしない。何度やっても「ボッ」と火がつく音はない。

 テレビでわかってはいたことだが、まだ電気は通っている。だがガス台は、いくら火花だけが散ろうとも、可燃物(ガス)がなければ火は付かない。

 

 水と電気が無事ならばガスも無事だと何の根拠もなく信じていた。

 納得できずに着火動作を繰り返し、点火位置でボタンを長く押したりしてみた。シ〜ン…なんて幻聴が聞こえる程に耳を澄ませても、危機感募るガス漏れのシュー音とか一切ないし、何なら完全に無臭だった。

 やはり、燃料(ガス)の供給は、成されていない。

 現実を受け入れたその瞬間、うみんちゅの背中にダバッと滝のような汗が流れる。


「もう電気だっていつ止まるかわからない。水道は人道的理由からちょい甘と噂を聞いた気がするが…。わかるか、やま? ライフラインが止まり始めるというのは、本来は死へのカウントダウンだ。ここに居住者は誰もいないと、世間がそう見做すということ」


 金を払わないのだから、客は居ない。居住者はいない。そこに人間は存在しない。事実はどうだっていい。

 水もガスも水道も、慈善事業ではない。使用権利の賃借・商品の売買契約だ。契約を締結しておいて、解約すらもせずに、ただ都合が悪くなったからと金だけを支払わない。契約を履行しないのに、継続的に商品を受け取れようはずもない。そんな虫の良い話はない。


「当然だよな。他者の所持品を金も払わず消費し倒せば、それはもう窃盗だ。未払が蔓延れば企業は潰れるに決まってる。窃盗し放題の事業なんか担いたい人はいない。業者は減って、需要に追いつかない供給は料金高騰を許し、独占企業は殿様商売するんだ。結局は底辺を生きる自分の首を絞めて…あれ、俺、何の話してたんだっけ?」


『知らんわ』


「デスヨネー。…でも無い袖は振れないって言うけど、無いんだから払えないだろ!って開き直るのは違うよね。盗っ人として生きるのはできればヤダなぁって思うんだよ。可能なら精算しちまいたいわー…」


 しかし昨日寝室でかき集めた僅かな財産では滞納したガス代などとても払えない。更に電気代、水道代までともなれば言わずもがな。

 そして一番古い請求書がどれなのかも良く分からなかった。タンス内に全部の請求書が揃っているのかどうかも怪しい。母親が錯乱して隠滅したものがないとは言い切れない。


 幸いにも乳児用ミルクしか作らない現状では、ガスの復活はこの際、諦めても良い。

 風呂とトイレはどうせ今もクリーン頼み…。飲み水もやまんちゅの魔法で出せる。本人が魔力切れはないと言ってはいるが、もし魔力が切れても大人ボディを手に入れた今なら、公共施設でも水は汲める。

 そうだ、電気だ。電気代を稼がねば。驚くほどよく眠れるために日照時間とほぼイコールの活動時間で生きているが、電気は必要だ。文明の利器には電気が必須。

 ミルク作成時の電気ポットのお湯と、日時確認の為のテレビのニュース番組…せめてそれだけはなるべく維持したい。

 グルグルと考えていた兄の心を察したか、やまんちゅは諦めたようにこぼした。


『…やはりお前に負荷をかけるより、他に手はないらしいな…』


 俯きがちにそんなことを言う弟に、うみんちゅはそっと微笑んだ。

 心配されている。それはありがたいと思う。

 兄弟間の関係は悪くない。困難に団結して立ち向かえる。それだけでも、どうやら恵まれている。


「ああ。それで、相談なんだが…もし、」


『ふむ。発言するのは勝手だが、私の目の届かぬ場所へ行くことは許さんぞ』


 …沈黙が場を支配した。

 うみんちゅは、託児所を探そうと言いたかった。自宅は無理だ。日中の気温が地獄すぎる。

 弟さえ預かりに頷いてくれれば、安心して働ける。出費は痛いが、稼ぐ手段さえ手に入れればどうにでもなるはずだ。少なくとも分別のない赤子ではないから、騒いだり他者に迷惑をかけたりすることだけはない。


 しかしその思惑は一瞬で瓦解した。

 少なくとも分別のない赤子ではないから、説得できないまま無理に放置などすれば恨みはガッツリ後を引く。ヘソを曲げられては大人の身体にしてもらうどころか、日々のクリーンすら失いかねない。


 託児所が駄目ならいっそ、ショッピングモールなどで迷子預かりにしておくという手すら考えた。涼しいだろうし、数時間ならイケるのでは、と。

 実際には免許も車もないが、店側へ「県外から来ました、赤子を忘れて高速に乗っちゃいました、慌てて戻ってきました…」みたいな言い訳をするのだ。乳児をどこに放置したかすら記憶があやふやの保護者はクズでしかなくとも、二度と行かない店なら何とでも言い繕える。

 しかし毎日のようにどこかで赤子を迷子にする奴は何かの拍子に通報されるかもしれず、これはいざという時の一回限りの手段にするしかない。


 そして、どんな手段を考えようとも、本人が頷かなければ…。


『…許さんからな?』


 小首を傾げてこちらを見る、やまんちゅ。輪郭だけを見れば可愛らしいのだが、如何せん顔面のパーツ達ひとつひとつが、持てる力の全てを動員してチンピラのような睨みを利かせてくる。


 ありがたい仲間ではあるが、微妙に足を引っ張る弟。

 昭和前半戦ならば、背負い紐で子守をしながら働けたかも知れないが…世は既に令和。

 ニノキン像すら歩きスマホ対策で座らされる、こんな時代の企業ではコンプライアンスでダイバーシティがサステナブル。日本語でおK。

 他に手は。何か、手は…。


「…ういー、あぇ、むぶぉべー」


 テレパシーの乗らぬ謎言語を発しながら、弟が襟元を掴んで揺さぶってきた。その目に灯る負の熱量は、言葉よりも雄弁だ。

 理解できる言葉で伝えようとはせぬままに、静かに何かを訴えられている。


 なぜテレパシーを使わないのか。伝えるのが躊躇われるような罵詈雑言なのか、伝えると関係が壊れかねないほどの苦情なのか。


 そっとアルカイックスマイルを浮かべ…うみんちゅはされるがまま、無抵抗で赤ベコのように首を揺らした。

 詳しく聞かないほうがいいということだけを第六感で察して、相手が満足するまで、ただ無心で、首を前後に揺さぶられ続けていた…。


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