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弟を異世界に帰そうと思うが、俺も連れて行け  作者: 2991+


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13/20

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「おべべべぶろ…」


 半日という規制の中、時間には余裕を持って自宅へ戻った。

 早めの効果切れという「もしも」に備えて全裸となり、裏目に出て思いのほか長く待機する羽目にはなったものの、魔法の切れるその時まではきちんと意識も保てていた。

 唐突な全裸待機をしてしまったが、夏で良かった。


 …が、今。

 うみんちゅは虚ろな目で嘔吐と痛みに耐えていた。

 食中毒では決してない。バイオ的なハザードも起きていない。想定されていた事象だ。


 うみんちゅを襲ったのは予想以上の…想像していたより何倍も格上の………筋肉痛だった。


 右を向いても左を向いても、起きても寝ても痛い。

 赤子に優しい姿勢を模索しているはずなのに、あちこちが誰かの手によって曲がらない方向へギョリッと捻られているかのような苦痛。


 身体の硬い人間にプロ級のヨガを強いているようなそれに、よもや仏陀の通った苦行林に転生し直したのでは…と錯覚を起こす。今生の赤子生、実は早急に幕を閉じていたのでは…やまんちゅなんて存在は走馬灯の中で非現実を求めた自分の妄想だったのでは…。

 呼吸をするだけで全身が「無理無理ィ!」とギブの声を上げている。身の置きどころがないとは正にこのこと。


 全身を襲うあまりの痛みの強さに、吐き気すらこみ上げてくる現実。気持ち的にはもう絶叫だと思いながらも上げた悲鳴ですら、内臓を蹴り潰すかなような強烈な痛みに負け、カフカフという吐息にかき消される。

 結果、開けた口から出るのはヨダレと呻きばかりだ。たまに胃液。涙や鼻水なんて、拭う暇なく垂れ流し。


 念の為にベビーベッドではなく床に座り込み、親のベッドから剥がしてきた、ちょっと臭うシーツに全裸待機していた甲斐があった。

 慎重派のうみんちゅ、赤子ゆえに耐性が足りず痛みで吐いてしまう可能性までは想定していたのだ。

 しかし痛みによる神経性なのか、前世振りのカップ麺が胃腸に負担だったのかはわからないが、シモの大惨事までは予測していなかった。

 痛みよりも正直、本来個室で行われるべきプライベートなことが人目にさらされてしまうという精神的なダメージの方が大きい。

 人一倍他人の目を気にして上手く世間に溶け込んできた自負があるだけに、痛恨極まりなかった。


『無事か、うみ。回復は必要か』


(要ら、ぬぅ…)


 広がる上下からの大惨事に、しかしタイムラグなく対処するクリーンの魔法。

 うみんちゅは弟に対する認識を大幅に引き上げた。

 心の中では既に拝みながら、呼称を平凡な魔法使いから稀代の大魔道士様にまで格上げだ。誰にも同じことが出来ない現状、弟の他に彼を救えるものはいないのだから。

 もはや弟を聖やまんちゅ様と崇めることも厭わない心意気。

 弟が望むなら自ら精巧な木型を彫り、銅像ならぬ粉ミルク像を建ててあげても良い。(ただし食料は貴重なため1/144スケールとする)


 やまんちゅ様のお陰で心と身体と環境への甚大な被害にも関わらず、心以外に継続的なダメージは入らないで済んでいる。

 当初よりある程度の不快感は許容するつもりであったとはいえ、流石にゲ○とゲ○(順不同)に溺れるなんて勇気はなかった。皆無だった。

 しかし回復魔法自体は最初に吐いた直後に飛んできた一回目以降、必要かを訊かれる度に固辞している。

 クリーンも大事な役目だと理解はするものの、頑なな拒否のせいで、やまんちゅは兄の体調を読めないでいた。

 

『おのれ、一体なぜ回復させない? 今更、魔力残量の心配など要らぬぞ。この世界のうっすい魔素でも使えるよう術式は日々改良に改良を重ねているし、もはや空気中から常時取り込む術を得た。魔力切れなど瞬間的にしか起こらん。即時全快だ』


(え、凄くね? 回復魔法は今は要らんけどぅぉぼろろろ…)


『なぜだ、うみぃぃ!』


 すかさず飛ぶクリーン。飛沫がきらめいては無に還されていく。

 状況を話そうとするも、説明する程度のまとまった時間さえ取れずに転げ回る兄と、怒号に似た悲鳴を上げ続けた弟の、長い長いすれ違いは夜中まで続いた。

 同じテンションを維持し続けた、三時間だった。子供って元気。


「…ぅんばー…」

(ようやく落ち着いたぜ…もう一生分泣いたわ)


「…もぼぉ…」

『騒ぎ疲れたな。寝るか』


 全裸でも寒くない季節のため、うみんちゅも同意してさっさと寝た。両名共に、精神的な疲労の方が大きかったのかもしれない。




 翌朝、カーテンも閉めずに寝たために、射し込む朝日に叩き起こされる二人。

 訂正。身を起こした一人と、抵抗を続ける一人。


 ベビーベッドで広々と一人寝を楽しんだやまんちゅは、しかし今、少し虚ろな目で見下ろしていた。朝日から逃れようと尻丸出しで、丸めたシーツに頭をグリグリと突っ込む兄の姿を…。

 度重なるクリーンで、シーツは新品同様の清潔さだ。頭を突っ込んでも昨夜の名残どころか、元々染み付いていたはずの不快臭すらもない。

 

『うみ。そろそろ計画の練り直しと話し合いをしたい。あと、もうオムツを穿け』


(起きるものか…クソッ、朝日め。コレまだ六時前だろ。絶対に起きるものか…!)


『粘る意味がわからん。お前もすっかり目が覚めてしまって、もう眠れんのだろ?』


(まぁ、それはそう)


 年齢的な回復量か、快眠により疲労も残らず。

 うみんちゅは渋々とシーツから顔を出した。

 朝日に煌々と照らされた、やたらと白いプリケツが(反射で物理的に)眩しい。強い陽射しにさらされっぱなしの兄の尻に眉を寄せつつ、内心で臀部の日焼け(ヤケド)を心配するやまんちゅ。

 しかし、まぁ痛くなったらその時に回復をかけてやればいいやと魔法使い特有の雑な思考に流れ、その心配は長続きしなかった。

 兄の尻より、今後の生活のほうが大事である。


『うみよ、身を以て知ったと思うが、あの魔法は一旦封印しよう。昨日取れたデータを元にいつかは改善するとしても、…私には、すぐに術式を整えることはできない』


 渋い顔をして首を横に振るやまんちゅ。

 しかしキョトンとキャルンの中間のわざとらしい顔で、うみんちゅは反対意見を述べる。


(いや、いけるいける。俺の予想の半日…朝七時にかけたら昼過ぎには元に戻るみたいなつもりだったけど…実際には凄ぇ長かったじゃん。ゴタついてて正確ではないが、多少誤差があるにしても十三時間と四十分はあることがわかった。これだけあれば、ななてんごじかんフルタイムでも働けるんだぞォ!)


 元社会人はやや過剰に、働くことへの意欲を顕にした。弟がその勢いに若干引いていることにも気付いていない。

 もしかしたら社畜だった可能性もワンチャン出てきた兄に、静かに憂いの目を向けるやまんちゅ。


 そもそも半日という言葉に対して、双子間で認識の齟齬があったことにも、事前には気付けなかった。「成人」という年齢の認識に差異があったように、「半日」にも時差があったのだ。

 魔法使いの話す効果時間としての「一日の半分」と、うみんちゅが主な活動時間として捉えた「半日」とは大分意味合いが違っていた。

 そしてその代償となる筋肉痛の是非…これについても、意見は分かれた。


『お前…あのような汚物を撒き散らすだけの生き物に成り下がっておいて、まだあの魔法を使ってみようなどと考えるのか』


(言い方コラァ! 敬い協定どこ行った!)


 突き放したセリフに思わずツッコミを入れるうみんちゅ。

 しかし回復魔法を前提として成長させたにも関わらず、土壇場で回復させないという暴挙に出た兄への拗ねが多分に含まれていることに気付けば、捻くれやまんちゅからの気遣いなのだろうと理解はできた。

 何事も発された言葉通りに受け止めず、観察眼を磨いてきたうみんちゅと、時折唐突にツンデレ化してしまう弟の相性…そう悪くはなかった。


 うみんちゅとしては、毎秒痛いのならば毎秒回復したところで意味なくね?と思ってしまっただけなのだ。更には、例えば五秒痛みがない空白の時を設けられても、逆に次の痛みをより強く感じてしまいそうでは?と怖気づいた。

 結果として「もっと辛くなったら頼もう」と考えながら完走してしまった。言い訳をするならば、うみんちゅはエリクサーを取っておくタイプだ。

 気遣いやがってと拗ねられるほど、やまんちゅの魔力切れの心配は、実はしていなかった。


(…確かに、お前がいなければ相当にキツイ事件だった…精神的にな…認めるよ。でもさ、実質三時間くらいだったろ、反動のあった時間って。つまり、三時間我慢できるなら成長して金稼ぐほうがいいってことで、俺は耐えられる痛みだと踏んだ。何度でも乗り越えてみせようぞー!)


 やまんちゅは、その言葉を吟味した。

 元王族、実は理不尽な現実との折り合いの付け方は教育と経験を通して身に染み付いている。そう、駄々の放ち時はいつだって平時でなくてはならない。今は非常時だと認識はしていた。

 兄の心身の悲劇を如何に最前列かぶりつきで見る羽目になったとしても、たった三時間の苦痛と恒常的な食料入手、どちらが大切なことなのかを理解出来ないような幼な子ではなかった。


『…では…次は、わ、私が…』


(お前がのたうち回ってても、魔法の使えない俺には何にもできることはないんだぞ。昨日は介護(クリーン)したのがお前だから上手く回ったんだ)


 青褪めながらも苦渋の決断で志願兵にならんとする弟を、うみんちゅは冷静に制止する。弟にフィジカルで負ける気はしない。

 魔法使いは後衛しててくれないと困るのが本音だ。物理アタッカーの兄では原始的処置しか返せない。具体的には、汚物は水で丸洗いの刑だし、洗濯洗剤の予備もない。多分臭いは落ちない。


(引き続き検証が必要だ。やま。俺達の計画に変更はない。さぁ、今日も俺を大人にしてくれィ!)


 止めても止まらぬ兄に溜息をつき、魔法使いは未完成の術式を行使した。全裸の赤子が間近でスクスクと育ちゆく様からはそっと目を逸らす。

 うみんちゅは身長や腕の長さ・顔立ちなど魔法が前回と変わらぬ効果でかけられたことを、食器棚に嵌め込まれたガラスへの映り込みで確認していたが…弟が不意に無言で足元に飛ばしてきたクリーンにより圧力に気付いた。


 そう、全裸は良くない。

 お情けでクリーンしてもらえた、前日と全く同じ衣服を着込むことで、ギリ成人うみんちゅマンへの変身が完成。

 自らをもクリーンし終えた弟をベビーベッドから抱え上げれば、パ○ルダーオンも完了だ。


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