騙り部うみんちゅ〜味方を得よう〜
オッサンから紹介してもらえれば、臨時の作業員として雇用してもらえるかもしれない。
もちろんそんな都合の良さはオッサンの職場での立ち位置が良い前提、かつ偉い人と仲良しであればの話で、ただのぼっちバイトマンの可能性もあるのだが…それでも少なくともノーコネクションよりは、就業確率は上がるだろう。
現状を思えば毎日確実に働けるとは言えない。
なんせ本日が初めての運用である大人ボディ。夜にでも体験するであろう死と隣り合わせの筋肉痛で、明日は動けないかもしれないのだ。
甘っちょろい就労時間…それを納得の上で雇ってもらうにはどうしても同情という調味料が必要だ。
「はい。少し…込み入った事情がありまして…」
「ほう。聞いてもいいのかな?」
どうしたものか…と、うみんちゅは弟をちらりと見遣る。
しかし、アイコンタクトならず。相手は哺乳瓶に夢中で、こちらのことなど見てもいなかった。
…まぁ、いい。その方がただの赤子らしい…そう、うみんちゅは計算する。子供好きの相手の思考を考慮してこの態度であったならば助演男優賞ものなのだが、やまんちゅには下々の顔色など読む機能はない。
兄は、それをよく…とてもよく知っていた。
「ええ。実は俺、最近遠い親戚を頼ってこの街へ引っ越してきたばかりでして…」
うみんちゅは騙り、語った。両親が事故死し、自立には年齢が少しだけ足りないばかりに親戚をたらい回しされた結果、この度とある若夫婦の元へと身を寄せたこと。その夫婦は既に破綻寸前の関係であったが、見知らぬ親戚の子である自分を押し付けられて決定的に不仲になったこと。
主人は家に寄り付かなくなり、それ以前から抑鬱状態にあったらしい妻もついに蒸発、夫婦の子・やまとと自分だけが家に残されてしまったこと。
寂しそうな笑みを赤子に向けながら、健気に見えるように少し俯く。
「先日ついに十八になりました。俺自身は出ていくことができますが、おばさん達は帰ってこないままだし、やまとはまだ一人で置いておけるような状態じゃなくて。何とか手持ちの金で遣り繰りしていたんですが、どうやら家賃や光熱費も滞納していたみたいで督促状が……もう、何でもいいから早急に働かなくちゃならない状態なんです…」
ぽつりぽつりと話す寂しげなその姿に、既に観客は感情移入しているようだ。
こちらには相手を騙して何かを奪い取ろうなんて意図はないし、事情を聞くと言ったのも向こうから。決して押しつけがましさを見せてはいない。
もちろん、何かをお願いする予定もない。そういう空気を出す。
「正規雇用など目指している場合ではないので、まず日払いの仕事を探して、近くの現場で募集があることまでは調べたんです。これから見に行ってみようと思っていたけど…やまとを家に放置だけはできない…」
督促状を前にして、留守中に電力食いのエアコンがバツッと止められたりしたら。
楽観はできない。夏に無人の閉め切った室内に赤子を残していくなど最早、生命を脅かす未必の故意。仮に防犯意識を投げ捨ててあらゆる窓を開けたところで、外気と同温度になるならば結果は変わらない。
小さな身体は、温度変化に弱い。
想像力をほんの少し働かせることができるのであれば、この手詰まりの状況を容易に理解できるだろう。
「不思議と、やまとは俺の話すことがまるでわかっているみたいで、言うことは聞くんです。だから、短い時間やチラチラ姿が見えているなら大人しくはしていられる…でも、俺が完全に遠く離れた場所に行くことは許せないみたいで…先程の納得してくれない状態に至ります」
小さく、溜息。
聞かせるための赤子テレパシーは同時翻訳中なので、やまんちゅは話の流れを理解している。
してはいるが、元王子様は兄の独裁を認めない。
フンッと鼻息で返した赤子は、隣のオッサンには赤子言語にしか聞こえぬ言葉で兄へと反論した。
「やー、むややー、うやーた!」
『愚かな。魔法も使えぬ脆弱なお前をしん…いや心配などはしていないが! 肉体も精神も貧相で惰弱なお前のことだからなッ! 私の手がなくば危ういと話しているだけだ!』
(貧相な精神とは一体。それに体力的にはお前も赤子だし、盛大なブーメランなんだけど!)
小一時間ほど問い詰めたい気分を何とか奥歯の辺りでギリギリと噛み殺し、うみんちゅは子供に理解のある優しいお兄ちゃんを演じる。
表面上、きちんと微笑んで見えるのも処世術だ。
「はいはい、わかったよ。心配してくれてるだけなんだよねぇ。やまタンは一人でもお留守番できるつもりの強い子だもんなー」
「うやっ!」
『もちろんこちらには問題などない!』
ピンと手を挙げ、気温など大したことではないと胸を張る相手に、兄は内心で首を横に振る。弟は日本の夏を舐めている。
今日だって、既にリュック内部で氷を作った形跡があるではないか。パパのリュックの中底に染みができてしまっている。
例えば魔法で冷風を操ることができたとしても…暑さは朝から晩まで休みなくこちらを茹で上げ続ける。ただでさえ魔素の薄いこの世界、まして本格的な夏はこれから。
弟を昏倒させ続け、魔力総量を鍛えた。魔力切れというものがあるのだから、1日中魔法を使い続けることは不可能だ。
不敵な笑みを浮かべた赤子を見て、オッサンは大喜び。可愛い可愛いと言って笑う相手に、兄はふてぶてしいばかりの赤子の笑みだと首を傾げる。
うみんちゅには理解できないが、子供好きというのはもう、小さけりゃ何でも可愛いと感じる生き物なのかもしれない。
「……亘辺君の言うこの近くの現場というのは、恐らく俺の働いている場所じゃないかとは思う。他所からの応援も頼むが求人も出すと言っていたし…うーん。一応、ダメ元で職場の人に今の話をしてみてもいいだろうか?」
フィーッシュ!
そんな言葉がうみんちゅの脳裏を駆け巡る。一切表情を変えないまま、彼はゆっくりと頷いてみせる。
「はい。もしも少しでも可能性があるのであれば、お話だけでもさせていただけたら…」
「苦労したなぁ。可哀想に…」
人情家らしいオッサンはズビッと鼻を鳴らし、うみんちゅの頭を撫でてきた。若干の居心地の悪さを隠して、そっと困ったような微笑みを浮かべて見せるうみんちゅ。
騙った設定は、役所にでも申し出て赤子を手放し家を出れば自由の身の男の話。手放さないというのならその環境を選ぶのは自分の意志だ。
自分一人も守れないのに、厄介事を抱え込むというのなら、結果として破滅したとしても因果応報。選択の責任でしかない。
可哀想だろうか、と己に問う。
設定の少年がもし前世の『亘辺 庸輔』ならば、見知らぬ夫婦の子など見捨てて家を出たはずだ。己を守るだけで精一杯だったからだ。
もちろん赤子のことを役所に通報はするだろう。その後も必要なら連絡だって取るだろう。だがそれは赤子を案じてではなく、それすらしなければ「一般的」という枠からはみ出てしまうから。
そして彼らの真実は、ゼロ歳という年齢故にもっと過酷だ。
本当の赤子ならば状況把握もできないまま死んだかもしれない。記憶や自我がないならばいっそ、理解できないままであることこそが幸せとも言える。
「すまない、そろそろ昼休みが終わる…話してはみるが、流石に今日明日でどうこうできるか、わからん」
「では、三日後、今くらいの時間でまたここに来ます。ダメでも、まだ結論が出ていなくても、もう一度お会いできれば…」
「もちろんだ。…食費なんかは大丈夫なのか?」
「はい、まだ、今は。…では、どうぞよろしくお願いします」
もはや打つ手なしともなれば可哀想だと言われても構わないが、彼にとってはまだ現在進行系で改善作業中だ。まして作り話で一般人から利益をもぎ取ろうとしているので、罪悪感すらある。
休憩時間ギリギリだったのか慌てて立ち去らんとするその背に、出来ることを考える。急ぎ、弟へと小声で指示を出した。
「やま。オッサンに、ありがとー!って言ってみて」
「あぶぁ?」
『…はぁ?』
「手を振りながらだぞ。いいな? ほら、呼ぶぞ? …高橋さん!」
振り向く相手へ、赤子を掲げて見せる。
すかさず、やまんちゅが声を張った。
「あにゅーん」
『ありがとー』
ありがとうとは聞こえないし、短い手は僅かに挙げただけで振れてすらいない。
それでも相手はパッとあからさまに表情を明るくし、こちらにブンブンと手を振り返しながら去っていった。




