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弟を異世界に帰そうと思うが、俺も連れて行け  作者: 2991+


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転生キタ! …けど、環境に覚えがありすぎ。


 目覚めたとき、そこにはうっとりとした目で鼻の穴を膨らませている、ちょっと頭の残念そうな少女の顔があった。見覚えのないその顔に戸惑って、周囲を見渡そうとして…隣に赤子の姿を見つけた。

 続いて次々と認識される現実。

 ベビーベッドの柵。赤子のための玩具。

 …自分自身の、小さな手。


(…てっ…、転生キター?)


 異世界転生! 魔法が使えるヤツね! はいはい、テンプレテンプレ!

 笑い出したいような思いが胸の内でむくむくと沸き起こり…しかし彼は気がつく。

 目の前の少女は、見慣れた…凹凸少なめの顔立ちだ。


「あははあぁ。超可愛いしぃ。アタシとじゅんクンの赤、マジ天使だしぃ」


 おわぁ、と彼は目と口を最大値に開いた。


(…違う。テンプレじゃない)


 こちらを覗き込む少女の顔立ちはどう見ても日本人。見渡す室内も、見慣れないだけで物珍しくはないアパートの一室。安っぽい家具と小さめの家電、少し手狭で散らかっている。

 彼はひどくがっかりした。

 転生といえば異世界へ、それもチートな能力を持って…そしてリアルでは無理難題であるはずのハーレムや富と名声が手に入る、お約束の展開のはず。


(ちょっとぉ…そりゃあ俺は内政チートできそうな調べものをしたこともなく、特殊な仕事やバイト経験もなく、飽き性でゲームは超ライトユーザーだから用語さえ詳しくなくてレベル上げは苦手でコンプ癖もなし、対人は恐怖症でもリア充でもないが内心はコミュ障気味の内弁慶で、そりゃあ当然の年齢イコールで。DTと中度のオタクを隠して世間に溶け込もうとするセコい小心者だけどさぁ…神様さぁ…一体何がしたいのさぁ…)


 中途半端な者には中途半端なことしか起こらないのか。ああ、そうだな、いつだってそうだった。

 彼は唇を噛む。歯がまだ生えてないせいか、やたらとヨダレが出るだけだ。

 憤りすら感じて、彼はこちらを見ている少女に訴えかけた。


(あんたが母親なんですか? 若すぎやしませんかね、このリア充めっ)


「んんー、可愛いなぁ、うみクンはぁ。じゅんクンに似てイケメンになるよぉ。やまタンも可愛い、イケメンハーレムでウハウハぁ」


 えへへと笑った少女は何の躊躇いもなく、赤子の口の端を垂れ落ちるヨダレを、布団の端で拭った。ガーゼハンカチなどは周囲には見当たらない。そもそも周囲にそういったものを備えていないらしい。

 ティッシュの箱も少し遠いし、仕方なかったのだろうと彼は己を納得させる。

 しかし少女が手を離した瞬間、めくられていた布団の端はくるりと戻ってきて、ぴしょりと彼の赤子服に小さな染みを付けた。

 …己の口から出たものとはいえ、何となく納得がいかない。


(っていうか、ママン…賢くなさそうというか…むしろ底辺の兆し半端なし。この隣の子と双子…なのかな、対にしたかったとしても海と山ってのが俺らの名前なの? 海はまだしも、山は岳とか捻れるだろうよ。あぁ、脱色しすぎの髪減点、濃すぎる化粧減点、知性低そうな様子減点! そして馴染みのこの空気…お前、絶対ビッチだろ。もーぉー。元々の俺の母親みたい、マジで何なの神様ぁー)


 あうあうあー、と悩む彼の言葉は甲高い赤子の声で発声される。

 傍目には、意味のないお喋りに興じる純粋な赤子にしか見えまい。実は目が据わっているという違和感すら、小さな瞼が覆い隠してくれる。

 実際、目の前の少女は嬉しそうに笑った。

 裏などまるでない無邪気なその様子に、少し、彼は気を取り直す。


(…ビッチでも…、子供の顔見て嬉しそうなんだからな…俺の母親とは違うかもしれない。そうだ…でなけりゃ似たような環境に爆誕の意味がない…あれ、でも俺なんで転生なんて…いつ、どうやって死んだんだ?)


 首を傾げる彼の一挙一動に手を叩く少女。見せもんじゃないんですよ!と注意したい気持ちを抑え、できるだけ少女を視界から外しながら思考を続けた。まだ寝返りが打てないため、母の目から逃れる術もない。

 若干遠い目になりつつ、前世の記憶を掘り起こすことにした。幼少時からじっくりと思い返し、己の死亡年齢を割り出そうと試みる。


 しかし残念ながら、彼の記憶は末期どころか途中からあやふやになっていた。それでもじっくりと考えてみれば、ぽつりぽつりと歯抜けのような記憶は残っている。冷静に観測し続けた己とは、そうそう忘れ去れるものではない。

 なにせ環境と状況を分析しては考え込む性質だ。

 元々、そういう、子供だった。


 そう…前世は夜の蝶を母に持ち、時にいじめられ…そこに悲しさよりは鬱陶しさを感じていたのを覚えている。

 遡れば遡るほど、古い記憶の中には喧嘩をしている両親の姿しか残っていない。


 怒鳴り声と文句ばかりの父がいなくても何の不満もなかったが、夫婦喧嘩の内容から考えると原因は母にあった。会話を明確に理解はできなくとも、そう朧気な判定を済ませたのは、三~四歳頃のことだっただろうか。

 純粋なベビーが、生まれて二、三年で既に何かを悟ってしまったのだとしたら、恐らくその環境は余程に良いものではなかったのだろう。


 もう少し育った幼少期。自宅以外の外の世界に触れ始めた頃。

 既に少々変わり者と見られた彼に、幼くしてついたアダ名は『隠者(ハーミット)』…から派生したまさかの『ハミ太郎』。何の漫画かアニメが影響しているのか、ハーミン派とハミ太郎派のどうでも良い争いについては割愛する。

 ほんの少しに思えた他者との差異とは、集団内では大きな異質さに繋がるのだ。付けられたアダ名への悔恨。簡単には翻らぬ認知。早急に興味を失わせねば、どこまでも発展してゆく子供の悪ふざけ。

 本名から引用される『よー君』などという平凡な呼び名は、もう二度と戻らない。

 ハミハミハ大王等の微細な分岐が瞬く間に増殖する受け入れ難い現実を何とか受け入れると共に、彼は集団というものの恐ろしさを身を以て理解した。


 その後は母親の「男の気を引くための仕草」を観察し、逆に人の気を引かずに隣に紛れ込むための術を会得していくようになる。

 器用な子供ではあったのだろう。そうして人知れず諸々を学び、見様見真似を駆使。いつしか童話の小人のように、母の留守時にはそっと家事をこなしていた。


 褒められたかったわけではない。

 子供の食事どころか存在を素で忘れるような母親だ。同時に彼もまた生来の気質からか、そんな相手に何か期待し続けられるほど純粋無垢でもなく、とうに興味もなかった。

 ただ、食事の支度を任されていれば、食べ物にだけは困らないと考えたのだ。

 率先して片付けも洗濯もやる。友人もいない子供には、時間だけは無駄にあった。

 部屋が荒れているより整っている方が、母親の心は安定した。子にかかる手間や面倒をなるべく取り除いてやれば、更に機嫌が良い。彼女は母より女でいたいのだから。


 気まぐれに殴られないほうが良い。だから、気まぐれに褒められない方が良い。

 珍しい環境ではない。似たような子供は、よく見ればそれなりにいた。大多数ではないだけ。

 汚いものは更に汚しても良い、汚れたものは痛めつけても良いと考える人間がいることを知った。だから薄汚れた子供にならぬよう、己で気を付けた。

 割れ窓理論など知らなくても、少しの綻びが更なる荒廃を呼ぶことは知っていた。


 狭いアパート内の環境を整えておけば、他の住人も多少は穏やかになる。なるべく人の目には留まらぬよう、衛生環境は荒みすぎぬよう、近所から自分だけは後ろ指を差されぬよう、一般人と思われるものを観察し擬態に勤しんだ。


 周囲に違和感を察知されれば、少しずつ端に追いやられていくのだ。近所で鼻つまみ者の親子にならぬよう、存在感は少ないほうが望ましい。

 居ても居なくても問題はない、まぁ、居ても良い。どの場所でも、それくらいを目指した。

 自分のことにだけ必死だった。

 それは生存戦略だった。


 やがて母親が何番目かの恋人を追いかけて何処(いずこ)かへと去る際、祖父母宅に預けられたために転校。

 …多感な思春期までにアダ名とおさらばできたのは僥倖であった。彼の名誉のために付け加えるとすれば、人前で何かがぽろりとハミ出したことなど一度もない。


 流行も知らず、オタ気質であるとおおっぴらにもできず…上辺にはただ毒にも薬にもならない存在。強いて言えば女性不信の気があれども、そもそも他者と親しくなる気もないのなら、誤差のようなもの。

 年齢を重ねようと、恋人などいたこともない彼が、同年代の女性の心など知る術はない。


 女性不信の原因は幼心に強烈なマイナスを植え付けた母と、子供の前でだけ不満を言葉に出さなかった祖母だった。


 とはいえ彼自身も、情よりは生活の安定を欲した。

 見知らぬ男が頻繁に出入りし、薄い壁に不適切な音声さえ隠さぬ場所を安寧の自宅だとは思えない。

 騒音公害のみならまだしも、母の恋人という肩書の男からは、時に懐かぬ子供へ暇潰しという名の暴力が訪れるのだ。母親の男の趣味の悪さを問うても意味はない。割れ鍋に綴じ蓋。

 環境整備にさえ勤しめば、姿は隠しておくのが一番だ。


 ゆえに、マイナス認知の祖母でさえ、必要なことはしてくれていたと理解はしていた。

 だが、視界にさえ入らねばどこで何を言っても聞こえないというわけではない。

 面と向かって吐かれるのでないとしても壁越しの愚痴は彼の存在が重荷であることをいつも示していたし、母へ向けた悪口雑言はご近所とのコミュニケーションツールのようでもあって…女性というものに対する潜在的な不信感を払拭することは叶わなかった。


 物心つく頃には諸々を表面的に押し隠すことができる程度には達観できていたように思う。

 最終的には平々凡々、中の中くらいの成績で高校を卒業。口数少なくそれなりに周囲に溶け込み、言うほどの不自由もなかったが、気心知れた友達もいない。不況に揉まれて幾つか職場を転々とするも、バイトから急な欠員補充による奇跡の社員登用。高くもない月給でも不満のない、安い生活を黙々とこなしていただけの日々。


(社会人だった…ということは? 大往生の爺さんとは言わないまでも、せめてオッサンまで長生きしたかな…? もしかして、予備軍ではなく…三十で魔法使いか…四十で賢者…か?)


 結婚できていないことは、自分が一番理解していた。一世一代の運命の恋でも降ってこなければそんな気にはなれないだろうし、降ってきても瞬時に横に三歩くらいズレて躱せる己を知っている。

 恋に恋する年でもない。何より女子など信用したくはないのだ。

 同性なら信じるというわけでもない。同性ならまだ思考が追える可能性があるというだけ。上っ面の人間関係。絆というものをより薄く細くして生きて…己から見ても薄情を極めている。

 四十…記憶はない。三十…記憶はない。

 成人はしていたはずだ、二十を超えてはいた…ようだ、飲酒の記憶がある…。


(名前くらいは思い出せる。亘辺(ワタナベ) 庸輔(ヨウスケ)だ。画数が多いほうが格好いいだなんて母親の思い込みのせいで、小学校の習字の時間なんかは酷い目にあったな…)


 どんなに丁寧に書いても褒められることなく、笑われ、ただ黒い四角が並ぶ墨の塊になった名前には、使い続けても愛着を見出せなかった。雑に記せば記すほど、己の価値も見失った。

 そう思えば、人生をやり直すための新しい名前というのは、必要なものだ。


(今生の名は…海、か。まぁ、悪くはない。少なくとも弟?の山とやらよりはずっと名前らしいや)


 ふと、聞こえた溜息。

 発したのは彼の横で、じっと虚空を見つめる赤子だ。

 身体を起こすことはできないが、何とか顔を傾けて相手の顔を視界に収める。その薄い眉根に皺が刻まれているのを見つけ、彼は息を飲んだ。


(ふんばっている…ようには見えない、よな。まさか、あいつも考え込んでたり…俺と同じように、…もしかして…、転生者だったり?)


 目を覚ました当初のワクワクが、少し胸に戻ってきた。


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