第8話:最強パーティへの加入と、偏屈鍛冶師。……どうやら俺の「解析」は、職人殺しだったようです
薄暗い路地裏。
セイラの言葉は、甘い毒のようにヴァルの鼓膜に絡みついた。
「な、何で俺の名前を……」
「ふふ、その眼は高くつくわよ? 気をつけなさい」
ヴァルの問いには答えず、セイラは艶然と微笑む。
彼女はブローカーが逃げ去った闇を見つめ、それから再びヴァルの左眼――眼帯の下にある義眼を覗き込むように顔を近づけた。
「ヴァル君。その眼を使いこなしたいなら、『アイザック・グラント』に会った方がいいわよ」
「なっ、何でそれを!?」
ヴァルは驚愕に息を呑んだ。
義眼のことは、今日初めて会ったアビアたち以外には知られていないはずだ。
『警告:情報漏洩を確認。ソース不明。……当該個体、危険レベル上昇』
脳内でレティナが警告音を鳴らす中、ヴァルは眉をひそめて相手を見返した。
アイザック・グラント。
このノアズ・アークにおいて、商業ギルドと冒険者ギルドのトップを兼任する総ギルド長。街の実質的な支配者だ。
彼はマギレスや、魔力が弱く虐げられている者たちの地位向上を唱える「改革派」の指導者として知られている。雲の上の存在だ。
「そう。あの男は表向きはマギレスたちの味方。……裏で何を考えているかは知らないけどね」
セイラは楽しげに喉を鳴らした。まるで、停滞した世界にかき混ぜ棒を突っ込み、何が浮き上がってくるかを期待している子供のように。
「それと、『ユリシーズ・アトラス』に入りなさい。それが彼に近づく最短ルートよ」
セイラの細い指先が、ヴァルの胸板をゆっくりと這う。
「頑張ってね、可愛い運搬屋さん」
最後に悪戯っぽいウインクを残し、セイラは闇の中へと溶けるように消えた。
残されたヴァルは、呆然と立ち尽くす。
路地裏には、腐ったゴミの臭いと、彼女が残していった香水の甘い香りが入り混じって漂っていた。
『警告:対象の生体反応消失。……不可解です。心拍数の急上昇を検知。マスター、鎮静を推奨します』
「……ああ、わかってる」
ヴァルは胸を押さえて、深呼吸をする。
アイザック・グラント。あの人が、この眼の正体を知っているというのか?
同時刻。ギルド本部、最上階。
そこは、魔法の光に溢れた外の世界とは隔絶された、冷徹な理性の空間だった。
一切の装飾を排した執務室。
電気スタンドの白い光が、書類の山を照らしている。
「……報告は以上です」
アビアは直立し、執務机の向こうに座る男に報告を行っていた。
男の名はアイザック・グラント。
銀縁の眼鏡をかけ、線の細い体躯に仕立ての良いスーツを纏う彼は、冒険者たちのトップというよりは、学者や銀行家のように見える。
だが、その瞳の奥には、どんな猛者よりも鋭い知性が光っていた。
「ご苦労だったね、アビア君。君たちが持ち帰ったタスカーの素材は、技術研究部門の方へ回しておこう」
アイザックは手元の万年筆を置き、穏やかな声で労った。
だが、アビアはまだ口を閉ざさない。
「それ以外にも報告が。遠征の帰りに同行させたマギレスの運搬屋、ヴァル・ヴェリテクスについてです」
「ああ、彼か」
アイザックは表情を変えず、手元のタブレット端末を指先でスライドさせた。
それは現行の魔導具ではない。継ぎ目のない黒いガラス板――彼が発掘し、復元させた『携帯端末』だ。
そこに表示されていたのは、運搬屋としてのヴァルの個人データ――『任務達成率:100%』『生存率:100%』という、マギレスにしては異常な数値が並ぶグラフだった。
「調査済みですか。……さすがですね」
「ギルド内の『統計的な異常値』は常にチェックしているからね。魔力を持たずに生存し続ける砂利運び……興味深いとは思わないか?」
「ええ。ですが、それだけではありません。彼は『旧文明の遺産』を保有しています。さらにそれを身体に装着し、適合していました」
ピタリ、と。
アイザックの手が止まった。
彼は優雅な動作でティーカップを手に取り、一口啜る。そして眼鏡の位置を指で直しながら、静かに尋ねた。
「形状と出力は?」
「左眼に装着されています。カイルの話では、鑑定不能ですが、従来のレムナントとは何かが違います。おそらく、思考加速や予測演算の機能を持っているかと」
アイザックはわずかに口角を上げた。
アビアには見えない角度で、タブレットの階層を一つ深く潜らせる。
表向きの統計データの下に隠されていたのは、旧文明の遺跡から発掘された、なかば破損したデータ・フラグメント――『アーカイブの断片』だった。
解読不能な文字列の羅列の中に、唯一鮮明なIDだけが赤く浮かび上がっている。
『Target: ModuleID:01 / Status: Lost』
(……見つけたぞ。世界を回すための、失われた『歯車』を)
アイザックの瞳の奥で、冷たい野心の火が揺らめいた。
彼の目的は、不確定で理不尽な「魔法」に依存した社会構造の打破だ。
論理と科学によって統制された、正しく公平な新しい秩序。それを築くためには、世界を強制的に回すだけの圧倒的な「出力」が必要だった。
「魔力ゼロの適合者か。……面白いね」
アイザックは顔を上げ、アビアに向き直る。その表情は、理想的な上司の仮面に戻っていた。
「ヴァル・ヴェリテクス君か。運搬屋としての彼は、色々と知っているよ。折角だ、君のチームで勉強させてやってくれないか?」
「もちろん、そのつもりです。彼には素質があります」
「ほう、君がそこまで言うとは……期待しているよ」
アビアが一礼して退出した後。
アイザックは椅子を回転させ、窓の外に広がる「ノアズ・アーク」の夜景を見下ろした。
魔鉱石のエネルギーで無秩序に輝く、美しいが非効率な街。
「カレン、そこにいるかい?」
「いるのわかってて聞くのは非効率ですよ」
虚空から影が滲み出るように、秘書の女性が現れた。
彼女はアイザックの手から、自然な動作でタブレット端末を受け取る。
「はは、バレてたか」
アイザックは肩をすくめて、少年のように笑った。
それは公的な場では決して見せない、心を許した共犯者にだけ見せる素顔だった。
「ヴァル・ヴェリテクスをここまで引き揚げてやってくれ。……彼となら、この世界の構造を変えられるかもしれない」
夜。
裏通りにある酒場『酔いどれの鯨亭』。
古びた木の扉を開けると、そこは熱気と喧騒の渦だった。
ジョッキがぶつかり合う音、肉が焼ける匂い、紫煙と笑い声。
ヴァルはその雑多な空気に少しだけ安堵した。ここには、高尚な理念も政治もない。ただ今日を生き延びた者たちの、生のエネルギーがあるだけだ。
だが、その一角で怒号が飛んだ。
「なんだこのガラクタは! 魔力の増強もされてねえ剣なんか使えるか!」
酔った冒険者が、一本の剣を床に叩きつけようとしていた。
その相手をしているのは、子供のように背が低いが、岩のような筋肉を鎧の下に詰め込んだドワーフの男だった。茶色の髪と、胸まで届く豊かな髭が怒りで震えている。
「うるせぇ! 魔法に頼らなきゃ剣も振れねえ軟弱者が!」
ドワーフは怒鳴り返す。
「その剣は『重心』と『切れ味』を極限まで計算した『物理』の結晶だ! テメェのような下手くそが使うには百年早ぇんだ!」
「なんだとぉ!? この頑固オヤジが!」
冒険者が逆上し、剣を振り上げた瞬間。
横から伸びた手が、その手首をガシリと掴んだ。
『推奨行動:介入。相手の右腕尺骨を制圧し、凶行を阻止。成功率98%』
「はは……いったん、ここは辞めましょう」
レティナの指示に従って動いただけだ。
ヴァルは内心で冷や汗をかきながら、精一杯の愛想笑いで喧嘩の仲裁に入った。
彼は冒険者の手から剣をひょいと取り上げると、切っ先を天井に向けてかざした。
レティナの視界の中で、剣の刀身に無数のグリッドラインが走る。
『解析完了:素材密度均一。重心バランス、柄より5センチ上部に最適化。構造欠陥なし』
「……なんて丁寧な造りだ」
ヴァルは思わず息を漏らした。
魔力による補強など一切ない。だが、鍛造技術だけで鋼の強度を極限まで引き出している。
彼は手首を返し、軽く剣を振るった。
ヒュンッ!
鋭い風切り音と共に、空気が裂ける感触が手に残る。
「魔力はないが芯が通ってる。俺みたいなマギレスには最高の一振りだ」
ヴァルがそう言って笑うと、剣を取り上げられた冒険者はバツが悪そうに顔を歪めた。
「チッ……なんだよ、気持ち悪い眼帯野郎だな。もういい、行こうぜ!」
冒険者は捨て台詞を吐きながら、仲間たちと共に席へと戻っていった。
安堵の息をつくヴァル。その背後から、呆然とした声がかかる。
「ん?」
ドワーフの男――タルゴスが、目を丸くしてヴァルを見上げた。
「お前……わかるのか? その剣の価値が」
「ああ。重心が手元にあるから、重さの割に取り回しが軽い。それにこの刃の角度……肉を断つことだけに特化してるな?」
「そ、そうだ! その通りだ!」
タルゴスの顔が紅潮した。彼はさっきまでの不機嫌さを忘れ、ヴァルの手を両手で握りしめた。
「こいつらは魔力付与ばっかり気にしやがる! だがな、剣の本質は『物理』だ! 鉄と炎と、ハンマーの衝撃で作り上げるもんだ!」
「はは……」
(……ま、レティナの受け売りなんだけどな)
ヴァルは苦笑いで誤魔化したが、タルゴスはすっかり意気投合した様子で笑っている。
そこへ、呆れたような声が降ってきた。
「おやおや。うちの新人候補は、もうこの街の変わり者と仲良くなったのか」
入り口に、アビアたちが立っていた。
その姿を見るなり、店中の冒険者たちがざわめき立つ。
Aランクパーティ『ユリシーズ・アトラス』。彼らの登場は、酒場の空気を一瞬で変えた。
「アビアさん」
「よお、ヴァル。……そいつはタルゴスだ。この街で一番腕が立つが、一番頑固な鍛冶師さ」
「ふん、Aランク様か……。若造、悪いが俺は失礼するぜ」
タルゴスはアビアたちに悪態をつくと、自分のジョッキを持ってそそくさと元の席へ戻ってしまった。
入れ替わるように、アビアが近くのテーブルにドカッと腰を下ろす。カイル、ティア、ルーナもそれに続き、ヴァルも彼らの輪に加わった。
琥珀色の酒が入ったジョッキが全員分運ばれてくると、アビアは真剣な眼差しをヴァルに向けた。
「単刀直入に言う。ヴァル、正式にうちに入らないか?」
「え……?」
酒場の喧騒が遠のく。
ヴァルは目を見開いた。
「臨時じゃなくてですか? ……俺はマギレスですよ? タスカーとの戦闘になれば、足手まといになります」
「いいや。お前の『眼』と『運搬技術』は、俺たちにない武器だ」
アビアは真っ直ぐにヴァルを見据えた。
「それに、お前も知りたいんだろ? その眼の正体を」
ドクリ、と心臓が跳ねた。
セイラの言葉が脳裏をよぎる。
――『アイザック・グラントに会った方がいいわよ』
――『ユリシーズ・アトラスに入りなさい』
このチームにいれば、いずれアイザックに近づける。そして、この義眼が何なのかを知ることができるかもしれない。
レティナという爆弾を抱えたまま、一人で生きていくことの限界も感じていた。
ヴァルは覚悟を決めて顔を上げた。
「……わかりました。俺を使ってください、リーダー」
「よし! 交渉成立だ!」
アビアが破顔し、ジョッキを高く掲げた。
カイルたちが歓声を上げ、ヴァルの背中を叩く。
その宴の最中、ふと隣に気配を感じた。いつの間にか戻ってきていたタルゴスが、ヴァルに耳打ちをする。
「おい若造。お前のことが気に入った。……今の装備じゃあ心許ねえだろ?」
「え?」
「俺の工房に来い。お前のためだけにとびきりの『武器』を作ってやる。魔法なんぞに頼らねえ、本物の鉄塊をな」
タルゴスはそう言ってニヤリと笑い、地図が書かれたメモをヴァルの胸ポケットに押し込んだ。
最強の矛を持つチームと、最強の技術を持つ鍛冶師。
二つの出会いが、ヴァルの冒険者人生を正式に幕開けさせた。
乾杯の音が、高らかに響き渡る。
だが。
酒場の外、通りの向かいにある建物の屋上。
闇に紛れて、その様子を冷ややかに見下ろす影があった。
「……接触を確認。計画通りですよ、アイザック」
アイザックの秘書、カレン。
彼女は艶やかにそう呟くと、夜風と共に姿を消した。
ヴァルはまだ知らない。
自分が手に入れた「居場所」が、巨大な歯車の一部でしかないことを。
ついにユリシーズ・アトラスに加入!
そして、頼れる(?)頑固親父タルゴスとの出会いでした。
科学と魔法の融合装備、どんなものが出来上がるかお楽しみに!
次回、ついにヴァルの新装備がお披露目……!?
「続きが気になる!」「タルゴスいいキャラしてる!」と思ったら、
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