第6話:最強パーティからの尋問。「お前、その眼で『何』を見た?」
ズルズル、と土を引きずる音が響く。
アビアに首根っこを掴まれたまま、ヴァルはダンジョンの外へと連行された。
たどり着いたのは、入り口近くの開けた場所に設営された、立派な野営地だった。
すでに日が傾き始め、空は茜色に染まりつつある。夢中になっていて気づかなかったが、ヴァルは相当な時間、洞窟内にいたらしい。
風除けのため陣幕が張られ、中央では魔導コンロが温かなオレンジ色の火を灯している。
そこらの安宿よりも快適そうな空間。この場所が安全だと確信している「強者」の余裕が漂っていた。
陣幕の外れには、ヴァルを待っていたカーゴ・タートルが、不安げに首を伸ばしていた。
「ただいま。……妙な獲物を拾ってきたぞ」
アビアがドサッ、とヴァルを地面に放り出す。
土煙を上げて転がるヴァルに、キャンプにいた三人の視線が集まった。
「おかえり、リーダー。……って、何その汚い人間?」
最初に反応したのは、焚き火のそばで肉を焼いていた少女だ。
銀色の髪から突き出た三角形の耳、そしてスカートから覗くふさふさの尻尾。
狼種の獣人、ルーナだ。
「あらあら、またアビアの悪い癖? 捨て猫を拾うのは禁止って言ったでしょ?」
奥のテントから出てきたのは、身の丈2メートル近い巨体の女性。
全身を重厚なプレートメイルで包んでいるが、その頭には丸い熊の耳がついている。
熊種の獣人、ティア。ユリシーズの守護神だ。
「……猫? 犬の間違いじゃないですか? 食費の無駄です。元の場所に捨ててきてください」
最後に、分厚い魔道書を閉じて眼鏡を押し上げたのは、神経質そうな糸目の男。
長い耳を持つエルフ種、カイル。
どいつもこいつも、ヴァルとは住む世界が違う「本物」の冒険者たちだ。
圧倒的なオーラに、ヴァルは縮こまるしかない。
「まぁ、待て待て。こいつ、中でタスカーに襲われてたんだ」
アビアが焚き火のそばにドカリと腰を下ろす。
カイルが呆れたように溜息をついた。
「タスカー? ……ああ、さっきアビアさんが『寝る前に一運動してくる』って感知した反応ですか」
どうやらアビアがダンジョンに入ったのは、野営中にイレギュラーな魔力反応を感知し、寝込みを襲われないよう「散歩がてら駆除しに行った」だけだったらしい。
「で、駆除しに行ったら、コイツがいた。マギレスのモグリだ」
「マギレス?」
ルーナが興味津々でヴァルに駆け寄り、顔を近づけてクンクンと匂いを嗅ぎ始めた。
「うわっ……!?」
「んー、本当だ! 魔力の匂いが全然しない! 泥と……あと、すごい『冷や汗』の匂い!」
獣人の距離感の近さに、ヴァルは硬直する。
マギレスであることを見抜かれた。これでもう、冒険者のふりすらできない。
「さて……」
アビアが串焼き肉を齧りながら、鋭い視線をヴァルに向けた。
場の空気が張り詰める。
「単刀直入に聞くぞ。……あのタスカーの眉間に石を当てた時、お前は『何』を見ていた?」
ヴァルの心臓が跳ねた。
レティナの擬態で、見た目は普通の目に戻っているはずだ。だが、アビアの目は誤魔化せない。
『警告:情報の秘匿を推奨。沈黙してください』
脳内でレティナが警告する。
だが、ヴァルの目の前には、タスカーを瞬殺した男と、巨大な熊の獣人と、得体の知れないエルフがいる。
ここで嘘をつけばどうなるか。ヴァルの生存本能が「正直に話せ」と叫んでいた。
「……実は、これを拾ったんです」
ヴァルは震える指で、自分の左目を指差した。
『警告:開示行動を確認。リスク増大』
レティナの制止を無視し、ヴァルは語り始めた。
崩落に巻き込まれたこと。瓦礫の中で変なレンズを見つけたこと。それが勝手に目にくっついて、敵の動きや弱点が「線」で見えるようになったこと。
「……そ、そうか。勝手にくっついたのか」
全てを聞き終えたアビアが、意外そうな顔をした。
四人がヴァルの顔を覗き込む。
「カイル、見てみろ」
「失礼します」
カイルが懐からモノクルを取り出し、ヴァルの左目をじっくりと観察する。
数秒後、彼の糸目が驚愕に見開かれた。
「……ほう。これは中々興味深い……」
「なになに? すごいヤツ?」
ルーナが尻尾を振る。
カイルは興奮を抑えるように眼鏡の位置を直し、アビアに向き直った。
「アビアさん。これは『旧文明の遺産』……それも、最高ランクの『生体融合型アーティファクト』です。現在は、眼球に擬態してますがね」
「やっぱりか」
「ええ。魔力反応が皆無なのに、高度な演算と身体強化補助を行っている。……市場価値で言えば、小国の国家予算レベルの代物ですよ」
「こ、国家予算……!?」
ヴァルの口から素っ頓狂な声が出た。
パン30個分の青色魔鉱石で一喜一憂していた自分が、国家予算を目に入れて歩いていたなんて。
「はぁ……また奇天烈なもんを拾ってきたわねぇ」
ティアが呆れたように肩をすくめる。
アビアが真剣な目でヴァルを睨んだ。
「いいか、モグリ。……この話、絶対に他の奴にするなよ」
「え……?」
「カイルの言う通りだ。それは金で買えるレベルの宝じゃねえ。そんなもん持ってるって吹聴してみろ。路地裏で刺されて目をえぐられるか、どっかの国の研究所に拉致られて、一生実験台にされるのがオチだぞ」
脅しではない。実感を込めた警告だった。
ヴァルの背筋に冷たいものが走る。
自分は、とんでもない爆弾を抱えてしまったのだ。
「無知は罪だぞ、モグリ。……おいカイル、何ナイフ出してる」
「おや、バレましたか」
カイルの手には、いつの間にか鋭利なダガーが握られていた。
その切っ先は、正確にヴァルの左目に向けられている。
「残念です。ここで解体して売り払えば、向こう3年は遊んで暮らせそうですが……リーダー命令なら仕方ありません」
「ひぃッ!?」
「冗談です」
カイルが涼しい顔でナイフをしまう。
アビアが止めなければ、もしかしたらヴァルの左目は、冗談ではなく本当に抉り出されていたかもしれない。
「はぁ……モグリで遺物持ちか。危なっかしくて見てられねえな」
アビアは頭をかき、しばらく考え込んだ後、ニヤリと笑った。
「モグリ、お前、名は?」
「……ヴァル。ヴァル・ヴェリテクスです。普段は運搬屋を……」
「運搬屋ねぇ……。よし、ヴァル。俺たちの『臨時ポーター』をやれ」
「え?」
予想外の提案に、ヴァルは目を白黒させる。
「俺たちはこれから交易都市ノアズ・アークへ戻る。タスカーの素材やら何やらで荷物が増えた。お前が運べ。……もちろん、お前の相棒の亀も一緒にな」
「タートルを……?」
「ああ。その代わり、街まで護衛してやるし、今日の不法侵入は見逃してやる。……ついでに、その危なっかしい左目の使い方も、少しはマシになるよう扱ってやるよ」
それは、事実上の保護と口止めの提案だった。
国家予算級の遺物を持った素人が、一人で野垂れ死ぬのを防ぐための。
「え!? そんな急に……!?」
「悪くない提案だろ? ……その左目は色々と面倒事を呼ぶ。ここは俺に従った方が得じゃないか?」
アビアの瞳が、有無を言わせぬ圧力を放つ。
事実、ヴァルに拒否権はない。
ギルドに突き出されれば終わりだし、一人で放り出されれば、次はタスカー以上の何かに殺されるかもしれない。
『推奨:提案を受諾してください』
脳内でレティナが弾き出した答えも同じだった。
ヴァルは覚悟を決め、深々と頭を下げた。
「……ありがとうございます。……本当に、助かります」
「よし、交渉成立だな!」
アビアがヴァルの背中をバシンと叩く。
ヴァルは前のめりに倒れそうになった。
「報酬はDランクポーターの相場通りです。サボったら減額、情報の漏洩は違約金として命で支払っていただきますからね?」
カイルがニッコリと微笑みながら釘を刺す。
ヴァルは引きつった笑みを浮かべるしかなかった。
こうして、ヴァル・ヴェリテクスは、秘密を共有する共犯者として、Aランクパーティー『ユリシーズ・アトラス』の臨時メンバーとなった。
夜が更けていく。
焚き火を囲み、アビアたちが豪勢な肉料理と酒で談笑している。
少し離れた場所で、ヴァルはタートルと共に携帯食の固いパンをかじっていた。
相変わらずの格差だ。
だが、不思議と悪い気はしなかった。
焚き火の暖かさと、周囲を警戒する「本物」たちの気配。
昨日の孤独な夜とは違い、ここには確かな安全があった。
『警告:機密情報の流出を確認。リスクレベル増大』
レティナが不満げなログを流す。
ヴァルは苦笑いしながら、心の中で呟いた。
(いいじゃないか。……少なくとも今日は、死なずに済んだんだからさ)
ヴァルは小さく息を吐き、星空を見上げた。
運搬屋としての新しい日々が、予想もしない形で始まろうとしていた。




