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第62話:強制換装(インストール)と、防衛線の乙女たち。……意識のない彼を護るため、私は2人の獣人を説得した

 伸ばしかけたララの手が止まる。

 ヴァルはすでに意識を失い右瞼を下ろしているが、左はレティナの微弱な電流により閉じず、琥珀色の輝きを消していなかった。

 そして、肩のスピーカーから響いたその切羽詰まった声に、ララは驚きを隠せない。


(レティナが、ヴァルの意識なしで動いている……!?)

『このままでは、彼が死んでしまいます! 早く奥へ!』


 廃墟の冷たい床の上。

 ヴァルの意識外でレティナが自律稼働しているという事実に、戸惑うララとルーナだが、今は一分一秒を争う事態だ。

 ヴァルの呼吸は浅く、足からは絶えず血が流れ続けている。


『マギーさんの作ってくれた、この外付けスピーカーがあって助かりました。私の声に従って、彼を最奥の区画へ運んでください!』

「わ、分かったわ……! ルーナ、手伝って!」

「うんっ!」


 二人は血まみれのヴァルを両側から抱え上げ、旧文明の分厚いハッチの奥、暗闇の通路へと駆け出していった。



 一方、激しい雨の降り頻る一つ上の階層。

 第4採掘場の崩落跡では、思わず目を背けたくなるような異様な光景が広がっていた。


「あはっ、あっはっはっは! 痛い、痛いなァァ……ッ!」


 数トンの岩塊の下敷きになったはずのアポロギアが、歓喜の奇声を上げながら瓦礫の隙間から這い出してくる。

 グチャグチャに潰れていたはずの肉体。

 それが、彼が展開する治癒魔法(レパラティオ)によって、ボコボコと不気味な泡を立てながら自己再生していく。

 ちぎれた神経が蠢き、砕けた骨が強制的に繋がり、肉が編み込まれていくグロテスクな光景。

 それは生命の治癒というより、悍ましい呪いのようだった。


「……見苦しいな、アポロギア」


 レヴォスは冷ややかにそれを見下ろしていた。

 彼の杖の先から放たれる風の防壁が、土砂降りの雨と泥はねを完全に弾き飛ばし、彼の周囲だけを美しく保っている。


 レヴォス・アトラス。

 ユグド・セコイアの急進派議員である「セタリア」家。その高貴な家系に生まれた彼だが、その実態は「奴隷の子」だった。

 同じ急進派議員であるセタリアの妻が、ただの慰み者として買った人間の奴隷。

 その不義の交わりによって生まれたのが、ハーフエルフである彼だ。

 幼い頃から魔法の才に恵まれながらも、一族の忌み子として日陰で育てられた。


 血の純潔と秩序を重んじる社会(ユグド・セコイア)で、その混ざり物の血がどれほどの意味を持つかは明白であった。

 不義を知り、妻と奴隷を処刑したセタリアは、レヴォスを「恥の象徴」として生かした。

 その後、レヴォス自身がどれほど努力しようと、どれほど魔法の才能を示そうと、背後で囁かれるのは常に「奴隷の血」という嘲笑だった。


 だからこそ彼は、奴隷であった実父の「アトラス」という名を敢えて名乗り、忌まわしきエルフの血という「不合理な呪い」を激しく憎んだ。

 実力主義という残酷な世界でトップへ這い上がるため、完璧な「魔法(理)」の完成に異常なまでに固執し、緩やかに衰退していく不完全な魔法文明を、永遠の秩序として固定することを望んだのだった。

 感情や血統などという不確かなものを排除し、圧倒的な論理(魔法)で世界を再構築すること。

 それが、自分の泥濘のような生い立ちに対する、唯一の反逆だった。


「レヴォス、どうするよォ? あいつら、地下に逃げたぜェ?」


 首をゴキリ、と不気味な音を立てて鳴らしながら、完全に立ち上がったアポロギアが、崩落した大穴を覗き込む。


「……アイザックの端末にあった情報が正しければ、この真下は『ラボラトリー・ワン』……旧文明の知の研究所だ。魔力欠如者(マギレス)しか入れない、いわば科学の聖域」


 分厚い白亜のハッチは、強固な生体認証によって完全にロックされている。

 いかにレヴォスの魔法が強大であろうと、旧文明の絶対的な防壁を外部から破壊することは不可能に近い。


「どうやって開けるつもりだィ? 君も僕も、魔力にまみれた『穢れた身体』なんだけど?」

「……鍵なら、ある。この瓦礫の山には、巻き込まれた『ゴミ』がいくらでも転がっているからな」


 レヴォスは冷酷な瞳で、崩落に巻き込まれて泥の中で怯え震えている、スラムの生存者たちを見下ろした。



 地下深く。旧文明の研究所遺構『ラボラトリー・ワン』。

 そこは、現代の魔法文明とは完全に断絶された、無機質で機械的な空間だった。

 何千年も経過しているにも関わらず、予備電源だけで稼働し続けていた。

 チカチカと明滅を繰り返す青白い蛍光灯。

 剥き出しの壁面を這い回る、黒い血管のように太いケーブル群。

 どこからともなく響く空調の低い稼働音が、死んだ世界のようにただ静かに鳴り続けている。


「ハァッ……ハァッ……! ここに、寝かせればいいのね!?」


 ララとルーナは、最も奥にある区画――中央に据えられた錆びついた手術台のような設備のうえに、ヴァルの身体をそっと横たえた。

 冷たい金属の台に、彼の赤い血がねっとりと広がっていく。


『バイタル低下。……出血多量、およびショック状態。両足の粉砕骨折、主要神経の完全断裂を確認』


 スピーカーから響くレティナの声は、かつてなく震えていた。

 視界の隅では、緑色の警告表示が赤色へと変わり、激しく点滅しているのだろう。


『このままでは……彼は死ぬか、良くても一生歩けなくなります』

「そんな……! 回復魔法なら、私が!」


 ルーナが咄嗟に手を構え、治癒の光を灯そうとするが、レティナがそれを制止する。


『無駄です。彼はマギレス……魔法による干渉を一切受け付けません。あなたたちの魔力では、彼の細胞を再生させることは不可能です』

「じゃあ、どうすればいいの……!」


 ララが悲痛な声を上げる。

 魔力が通じない。神の奇跡も及ばない。

 それが、真の人類であるヴァルの抱える絶望的な孤独だった。

 レティナは、重い決断を口にした。


『……この施設のオートメーション設備を利用し、Module ID:06 "Titanic Legs" への強制換装を実行します』


 レティナの音声に呼応し、手術台の奥の壁面が重々しく開き、冷凍保存されていた巨大なシリンダー状のカプセルがせり出してきた。

 中には、ジェネシス・アームと同じ禍々しい黒鉄で造られた、重機のような一対の「機械の脚」が眠っている。


「かんそう……?」

『壊れた両足を切断し、あれへと置き換えるんです』

「なっ……!?」


 ララは息を呑み、ヴァルの左腕――先ほどレヴォスを圧倒した、無骨で禍々しい『ジェネシス・アーム』を見た。

 少し力を込めただけで、旧文明の合金の床すら陥没させてしまう、あの呪われた黒鉄の腕。

 あれと同じ冷たい金属を、両足にまで組み込むというのか。


『天井の自動修復アームが、対象の生体組織とプロト・マキナの結合を行います。神経を強制的にバイパス接続するため、念のため麻酔など処置を行いますが……これしか、生きる道はありません』


 レティナの言葉に呼応するように、天井から六本ほどの多関節アームが、ウィィィン……と不気味なモーター音を鳴らして降りてきた。

 先端には、旧文明のメスやレーザーカッター、そして太い接続ケーブルが備わっている。


「待って……! ダメよ、そんなの!」


 ララは、ヴァルを庇うように冷たい手術台へ覆い被さった。


「これ以上、ヴァルを傷付けないで!……これ以上は……」


 ララは、その先の言葉を飲み込んだ。

 機械化が進めば進むほど、ヴァルが自分たちの手の届かない、遠い場所へ行ってしまうような。冷たい「機械」になってしまうような気がしたからだ。

 彼が冷たい兵器へと成り果て、誰にも触れられなくなっていくのを、これ以上見ていられなかった。

 ルーナもまた、拳を握りしめたまま辛そうに目を伏せている。


『……』


 スピーカーから、ノイズ混じりの沈黙が落ちた。


『……私だって、嫌です』

「え……?」


 響いたのは、感情を排した「機械」の冷徹な論理ではなかった。

 泣きじゃくるような、必死な一人の女性の「声」だった。


『彼が冷たい鉄に侵食されていくのを見るのは、私だって怖い……! 私だって、彼を包み込める温かい肌があれば。その痛みを撫でてあげられる「身体」があれば、こんな鉄の脚なんて選ばない……!』


 レティナの左眼が、琥珀色の光を激しく明滅させる。

 それはまるで、涙を流しているかのようだった。


『でも、彼を失うことだけは、絶対に耐えられません! ……私を、ただの薄情な機械だと蔑んでいい。だからお願いです、彼を救わせて……!』


 ララは、言葉を失った。

 彼女は今まで、レティナをただの優秀な機械であり、ヴァルを支援する「便利な道具」だと、どこかで線引きしていた。


 だが、違ったのだ。

 彼女は自分と同じ。

 ヴァルという一人の不器用な男を、何よりも深く愛し、想い焦がれる「一人の女性」なのだ。

 肉体を持たないがゆえに、誰よりも強く「触れたい」と願い、それが叶わない絶望を知っている。


 それでもなお、彼を生かしたいと叫ぶ、気高い心。

 ルーナもまた、ハッとしてヴァルの顔を見る。

 いつも自分たちを不器用に守ってくれた、彼の背中。

 その温もりを失いたくないという想いが、種族や存在の壁を超え、三人の心を一つに結びつけていく。


「……分かったわ」


 ララは目尻の涙を乱暴に拭い、決意の瞳で顔を上げた。


「やりましょう、レティナ。……彼の命を、繋ぐために」

「私も手伝うよ! ヴァルを死なせたりなんかしない!」


 ルーナも力強く頷き、スラムの裏路地で生きてきたたくましさを見せる。


『……ありがとうございます。電源、起動します』


 ガガガガッ、と重々しい音を立てて、旧文明の遺物が本格的に目覚める。

 ディストピアの無機質な青白い光と、ララたちが灯した魔鉱石(グリット)の温かなオレンジ色の光が交差して、血に染まったヴァルを照らし出した。

 レティナの指示に従い、ララとルーナは泣きそうになるのを堪えながら、古のコンソールパネルを操作していく。


『切断シーケンス開始。……麻酔投与、および神経結合用ナノマシン散布』


 ヴァルを「鋼の騎士」へと変える、禁忌の再誕の儀式が始まった。



 その頃。

 研究所の入り口を塞ぐ、白亜の分厚いハッチの前。

 レヴォスとアポロギアが、隔壁を前にして立っていた。

 レヴォスの手には、首根っこを乱暴に掴まれた「何か」がぶら下がっている。


「ひぐっ……うわぁぁぁん……っ! やだぁ、離してぇっ!」


 それは、ボロボロの衣服を着た、スラムの子供だった。

 先ほどの瓦礫の山から引きずり出されたのだろう。恐怖に顔を歪め、足をバタバタとさせて泣き叫んでいる。


「……旧文明の遺物は、純粋なマギレスの生体認証にのみ反応する。我々エルフや魔族の穢れた魔力波形では、どうやっても弾かれる」


 レヴォスは冷酷な瞳でハッチを見据え、その子供の細い腕を、緑色に光る認証パネルへと無理やり押し当てた。


「マギレスの血を捧げれば、扉は開く」


 絶望の泣き声が、冷たい廃墟の通路に、無情にも響き渡った。

すいません...遅くなりました!

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