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第61話:自律稼働(オートノマス・モード)と、沈黙する右眼。……システム限界を超えた左眼は、主を救うためのナビゲートが響く

 換装が完了した瞬間。

 絶対的な「質量」が、ヴァルの左肩に宿った。

 これまでヴァルが使っていた義手のような、美しいテンパーカラーの面影はどこにもない。


 深く禍々しい黒鉄の腕――否、その表面は光や電磁波を歪めるメタマテリアル加工によって、蜃気楼のように空間が歪んで見えた。

 関節部からは青白いプラズマの光が明滅し、周囲の雨を瞬時に気化させ、焦げたオゾンの匂いを漂わせている。


「……な、なんだ、それは……!」


 レヴォスが、思わず一歩、後ずさった。

 自らの魔法、世界の理の余波でひしゃげたはずの箱の中から、さらに強大で、おぞましい「異物」が産声を上げたのだ。

 エルフとしての高潔な理性が、未知の科学技術に対して本能的な「戦慄」を抱いていた。


「……ハァ……ハァ……」


 ヴァルは、新しく結合した左腕――ジェネシス・アームの指を、ゆっくりと握り込んだ。

 鉄の約2.5倍の密度を誇るタングステン合金の太い指が擦れ合い、重々しい金属音を鳴らす。


 この「力」は、大切なものを守るための盾か。

 それとも、触れるものすべてを砕く、マギレスの呪いか。

 冷たい雨とオゾンの匂いの中、英雄の反撃の狼煙が、鋼の産声と共に重く鳴り響いた。

 直後、ヴァルの視界を夥しい数のシステムログが埋め尽くした。


『Module ID:07 "Genesis Arm" 起動。……生体神経へのバイパス接続、強制実行……接続完了、異常なし』

『装甲材質:タングステン合金。関節駆動:アモルファス金属。……超小型プラズマエンジン、アイドリング開始』

『警告:出力リミッター未設定。本兵装に安全装置は存在しません』


 これまでのモジュールとは、根本的に次元が違った。

 左腕の上腕部と前腕部に内蔵されたプラズマエンジンが、キュイイイインッ、と甲高い磁場発生音を立てて唸りを上げている。

 以前の義手には備わっていた、微かな「疑似触覚」すら存在しない。

 ただ冷たい数値と、異常な質量だけを突きつけてくる純粋な「兵器」の感覚。


『……呆れました。本当に、無茶ばかりするんですから』


 脳内に響くレティナの声は、かつての無機質な機械音ではない。

 毒舌な敬語の裏に、祈るような、震えるような感情を帯びていた。


『この腕では、触れるものすべてを破壊する覚悟を持ってください。……あなたがこれ以上、傷つくのを見たくありませんから』

「……了解だ」


 ヴァルは座り込んだまま、左手の指をゆっくりと泥に食い込ませた。

 たったそれだけの動作。

 だが、タングステン合金の圧倒的な質量と、エンジンの駆動トルクが地面を掴んだ瞬間、強固な岩盤が濡れたクッキーのようにひしゃげた。

 メキメキッ、と凄まじい亀裂が放射状に走る。

 魔法による超常現象でも、鍛え上げられた筋肉でもない。

 純粋な「物理定数を無視した絶対的な暴力」だった。


『ヴァル、気をつけて。あのハーフエルフの杖……』


 レティナの解析ログが、視界の端で赤く明滅する。


『先端の加工された魔鉱石(グリット)の波長から、フルコードの重力魔法を検知。まだ起動はしていませんが、直撃すれば細胞ごと圧殺されます』

「なら、起動する前に潰す!」


 ヴァルは泥に這いつくばったまま、自らの両足を潰していた巨大な岩塊に、ジェネシス・アームの黒鉄の拳を向けた。


「マギアン様、お返しだ……ッ!」


 肘のスリットから青白いプラズマガスが爆発的に噴射される。

 殺人的な推力で撃ち出されたタングステン合金の拳が、数トンはある岩塊の側面に直撃した。


 パァンッ!!


 光の爆発などはない。ただ空気を力任せに引き裂く「衝撃波」と、ジェットエンジンのような爆音が弾けた。

 超音速で弾き飛ばされた巨大な岩塊が、大砲の弾のように一直線にレヴォスへ迫る。


「なっ……!?」


 レヴォスは美しい詠唱と共に、完璧な重力魔法を放とうとしていた。

 だが、岩塊の暴力的な速度が、魔法の構成速度を遥かに上回る。


(速すぎる……! これが、魔力を持たぬ者の力だと!?)


 レヴォスは屈辱と焦燥に顔を歪めながら、咄嗟に横へと飛んで回避する。

 しかし、それこそがレティナの演算した「正解」だった。


『対象の回避行動を確認。……予測軌道通り。マスター、もう一発です。この軌道でどうぞ』


 視界に赤いラインがレヴォスの着地点へ向けて表示される。

 ヴァルは敵の着地と同時にもう一つ、巨大な岩塊をプラズマの推力で殴り飛ばした。


(……クソッ! 避けるので手一杯だ)


 足を着いた瞬間に、圧倒的な速度で投擲された岩塊が迫る。

 レヴォスは魔法を撃ち込む暇もなく、身をよじって避けるしかなかった。


()()()()()()、ハーフエルフ。……おかげで、後方の目標へ直撃します』


 岩塊の真の狙いは、回避したレヴォスのさらに後方。

 瓦礫の山から這い出ようとしていた、アポロギアだった。


「……は?」


 アポロギアが、間の抜けた声を漏らす。

 彼が展開していた何重もの防御魔法を、特大の質量の塊がいとも容易く、物理的に食い破った。

 魔法の理屈など、圧倒的な物理法則の前に粉砕されたのだ。


 ドォォォォンッ!!


 理解不能。そんな顔を貼り付けたまま、アポロギアは巨大な岩塊の下敷きとなり、ひしゃげた。


「貴様ァッ!!……『A.F.Code:03-SHOCK-Ω』【構造物破壊テクトゥム・ブレイク】!」


 レヴォスが激昂し、杖を振り下ろす。

 不可視の暴風の刃が、空気を切り裂きながらヴァルの首を刎ねようと迫る。


『マスター! あなたの足じゃ、もうまともに戦えません!』


 神経がズタズタになった両足では、回避は不可能。


「なら……これでどうだ!」


 ヴァルは迫り来る風の魔法に対し、ジェネシス・アームを盾のように正面へ突き出した。

 直後、暴風の刃はメタマテリアルの表面加工によって物理的・光学的に「迂回」させられ、ヴァルの身体を避けるように背後の岩盤だけを大きく削り取った。


「ば、かな……! 私の魔法が、逸らされただと!?」


 レヴォスの目が驚愕に見開かれる。

 魔法のエネルギーすら無効化する規格外の装甲。


『マスター、この地下です。真下に旧文明の区画があります。逃げますよ』

「ああ。……魔法がねえなら、物理で道を作るだけだ!」


 MHD(電磁流体力学)駆動が臨界に達する。

 ヴァルは腕を大きく振りかぶることすらしない。

 手首と肘のスリットからプラズマガスが凄まじい勢いで噴射され、その圧倒的な推進力だけで、音速のストレートが真下の床へと叩き込まれた。


 ズドォォォォンッ!!


 ジェットエンジンのような爆音と共に、莫大なトルクが地下の地盤を限界まで追い込む。

 強烈な反動はアモルファス金属の関節が極上のサスペンションとなって吸収し、自壊を完全に防ぎ切った。


 地震のような揺れと共に岩盤が崩落し、巨大な裂け目が口を開ける。

 土煙の奥に剥き出しになったのは、旧文明の研究所遺構の隔壁だった。

 錆びついた鉄と、壁面を這い回る太いケーブル。

 分厚いハッチの認証パネルだけが、冷たい緑色の光を放っている。


「ララ! ルーナ!」


 ヴァルの叫びに、二人が瞬時に動いた。

 ララが崩れゆく床を蹴ってヴァルを背負い上げ、ルーナが瓦礫を避けながら先行する。

 崩落する床の裂け目を抜け、開放済みの白亜のハッチへと三人は滑り込む。


『認証確認。管理者権限、承認。……緊急防壁、閉鎖します』


 ヴァルの生体認証にのみ反応し、重々しいハッチが閉ざされた。

 背後でレヴォスの放った追撃の魔法が直撃するが、旧文明の絶対的な防壁は傷一つ負わず、外の喧騒を完全に遮断した。



 外の喧騒が嘘のような、白い静寂。

 むき出しのパイプラインから微かに水滴が落ちる音と、チカチカと点滅する冷たい光源。

 かつての栄華の残骸である、旧文明の廃墟がそこには広がっていた。


「ハァ……ッ、ハァ……ッ」


 ララが荒い息を吐きながら、背負っていたヴァルをゆっくりと床へ下ろした。

 彼女は内心、その尋常ではない重量に驚いていた。ヴァルの新たな左腕が、あまりにも重すぎるのだ。


『エネルギー残量が急激に減少。左腕の稼働停止、およびアドレナリン放出減少』


 神経を寸断された足は動かない。

 ヴァルは上体を安定させるため、ジェネシス・アームを床に突こうとしたが、強制的な排気音と共にシステムの駆動が停止した。


 ギギギッ、ガガァンッ!


 耳障りな金属音が、静かな通路に反響する。

 ヴァルは、重すぎる左腕に引っ張られるように倒れ込んだ。

 ただ、自重を支えるために、そっと手を置きたかっただけだ。

 それなのに、支えを失ったタングステン合金の規格外の重量が、旧文明の強固な合金の床に無情にも沈み込む。

 

「あ……ダメだ。何も見えない……」


 黒く染まっていく視界。生身の右眼が意思に反し強制的に閉じていく感覚。

 

「ヴァル……大丈夫!?」


 異常な光景に息を呑みながらも、ララが心配そうに駆け寄ろうと手を伸ばす。


『ウサギ……いえ、ララ! ヴァルを早くこの奥に!』


 伸ばしかけたララの手が、空中でビクッと止まった。

 ヴァルはすでに意識を失い目を閉じているが、左眼の奥にある琥珀色の輝きだけは、少しも失われていないのだ。

 肩のスピーカーから響いたその切羽詰まった声に、ララは驚きを隠せない。


(レティナが、ヴァルの意識なしで動いている……!?)

『このままでは、彼が死んでしまいます! 早く奥へ!』


 廃墟の冷たい床の上。

 ヴァルの意識外でレティナが自律稼働しているという事実は、果たして何を意味するのだろうか。


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