第55話:蹂躙された凱旋。……道化と銀髪は「終末」を嗤う
ドォォォォォォォンッ!!
荒野に轟音が響き、巨大な土煙が巻き上がった。
ノアズ・アークまであと少しの街道沿い。
そこを塞いでいたのは、Bランク冒険者パーティですら苦戦を強いられる『トロル・ロード』の群れだった。
鋼のような筋肉と、驚異的な再生能力、そして粗末だが頑丈な鉄鎧で武装した十体以上の巨人の群れ。
だが、今の彼らにとって、それはただの「作業対象」でしかなかった。
「――遅いわよ、木偶の坊さん」
ヒュンッ!
風を切る音と共に、銀色の閃光が戦場を駆け抜けた。
ララだ。
彼女は身の丈ほどある長槍を構え、トロルの巨体の懐へ、瞬きする間もなく潜り込んでいた。
突き出された槍は、正確無比に鎧の継ぎ目――心臓を一撃で貫く。
だが、彼女はそこで止まらない。
貫いた勢いを利用して跳躍し、次の獲物の首へと槍の石突を叩き込む。
流れるような演舞。以前よりも遥かに鋭く、そして迷いのない動き。
「グオォッ!? ガアアアッ!!」
仲間を一瞬で失ったトロルたちが激昂し、ララへ殺到しようとする。
しかし、その足がピタリと止まった。
いや、動けないのだ。
「そこ。……纏めてふっ飛びなさい」
後方で手をかざしていたのは、狼獣人のルーナ。
彼女が放ったのは、完全術式によって最適化された爆発魔法。
「A.F.Code:01...BLAST-M!【強固な爆発】」
ズドォォォォンッ!!!!
五体のトロルの間から、爆ぜる爆炎が巻き起こる。
炎と衝撃に同時に殴られたように、巨体が一斉に地面へと叩きつけられる。
「仕上げだ、レティナ」
『了解。マルチロック、固定』
タートルの御者台に立つヴァルが、涼しい顔で左腕を伸ばす。
彼の背中には、黒いバックパックのような『戦術工廠』が装着されている。
そこには二本の機械腕が、『スラグ・リボルバー』と『アサルトライフル』を保持していた。
そして、パンドラ下部のサブアームがバックパックに保持していた『対物ライフル』を左腕へと渡し、ヴァルは持ち直す。
トリガーを引くのは、彼の脳と直結した「意思」だ。
ダァンッ!! ……カラン。
レバーを引き、薬莢が飛び、そして地面に落ちる。一定の間隔で繰り返される死のリズムだ。
爆風で地面に縫い付けられたトロルたちの頭部が、熟れた果実のように弾け飛ぶ。
無駄弾なし。全弾、急所へのクリティカルヒット。
「……ふぅ。終わりか」
ヴァルは小さく息を吐き、サブアームを収納した。
戦闘時間、わずか三十秒。
かつては死を覚悟した相手が、今は準備運動にもならない。
ララが槍についた血を払い、涼しい顔で戻ってくる。ルーナも尻尾を揺らしながら、「楽勝~!」とハイタッチを求めてきた。
(強くなった……はずだ)
ヴァルは自身の左手――黒鉄の義手を握りしめた。
アビアたちと別れ、少数精鋭となった新生チーム。
火力は減ったが、機動力と連携の密度は劇的に向上している。これなら、どんな困難も乗り越えられる。
そんな全能感すら感じていた。
「よし、行こう! ノアズ・アークに!」
ヴァルはタートルの速度を上げた。
懐かしの場所、始まりの街へ。
……そう、思っていた。
あの「門」を見るまでは。
◇
異変に気づいたのは、街の正門が見えてきた時だった。
いつもなら多くの行商人や冒険者でごった返しているはずのゲートが、静まり返っている。
代わりに目につくのは、完全武装した警備兵の壁と、張り詰めたような殺気。
まるで、街全体が喪に服しているかのような重苦しさ。
「……なんだ? 様子が変だぞ」
ヴァルがタートルを寄せると、衛兵が血相を変えて飛んできた。
その顔は青ざめ、目には恐怖の色が浮かんでいる。
「アビア様のパーティの方です!? 帰ってきたんですか!?」
「ああ。……何があったんだ? この厳戒態勢は」
「し、知らないんですか!? ギルド本部が襲撃されたんです! それも、総ギルド長が……!」
ドクン、とヴァルの心臓が跳ねた。
アイザックさんが? なぜ、ギルド本部が?
「通してください! 俺はアイザックさんに会わないと!」
「だ、駄目です! 現在、本部は完全封鎖されています! Aランク冒険者ですら立ち入り禁止で……」
衛兵が槍を交差させて道を塞ぐ。
ヴァルが強行突破しようとパンドラを起動しかけた、その時だった。
「――通しなさいッ!!」
群衆を割って響いた、悲鳴のような鋭い声。
衛兵たちがビクリと震え、道を開ける。
そこから転がるように走ってきたのは、一人の女性だった。
カレンだ。
いつもなら氷のように冷徹で、髪一本の乱れも許さない完璧な秘書。
だが、今の彼女は違った。
自慢の艶髪は乱れ、目の下には濃いクマがあり、制服には洗い落とせていない血の染みが点々と残っている。
その瞳は、ヴァルの姿を認めた瞬間、安堵と絶望が入り混じった複雑な色に揺れた。
「……ヴァル、様……」
「カレンさん! 無事……じゃなさそうですね」
ヴァルはタートルから飛び降り、彼女の肩を支えた。
カレンは震える手でヴァルの腕を掴み、すがるように言った。
「来てください……。あの方が……アイザックが、貴方を待っています」
◇
案内されたのは、ギルド本部の最上階にある特別治療室だった。
廊下には消毒液の匂いと、鉄錆のような血の匂いが充満している。
ララとルーナも、その異様な空気に呑まれ、言葉少なにヴァルたちの後ろをついてきていた。
重厚な扉が開かれる。
部屋の中央、真っ白なベッドの上に、その男は横たわっていた。
世界経済の支配者。ノアズ・アークの王。
アイザック・グラント。
「……やあ。おかえり、ヴァル君」
アイザックは、ヴァルを見て弱々しく笑った。
その顔色は紙のように白く、頬はこけている。
だが、何よりもヴァルの目を釘付けにしたのは、布団の上に出された彼の「左肩」だった。
ない。
肘から先が、無残にも失われていた。
包帯には赤黒い血が滲み、そこにあったはずの腕の不在を、残酷なまでに主張している。
「アイザック、さん……その腕……」
「はは、不覚を取ったよ。……君に『五体満足で帰ってこい』なんて願っておきながら、私がこれじゃあ、示しがつかないね」
アイザックは自嘲気味に笑い、身を起こそうとした。
その時だ。
ガコッ。
布団の中で、硬質で無機質な音がした。
それは、骨や関節が鳴る音ではない。金属と木材がぶつかるような、命のない音。
アイザックの顔が苦痛に歪む。
彼は右腕だけでなく、右足も動かないかのように、上半身だけで這いずり、枕元の水を取ろうとした。
「……カレン、水を」
「はいッ! すぐに!」
カレンが慌てて駆け寄り、ストロー付きのカップを差し出す。
その光景は、あまりにも痛々しかった。
あの、常に余裕に満ちていた支配者の姿はどこにもない。
「誰に……やられたんですか」
ヴァルの声は、怒りで震えていた。
アイザックは水を飲み干し、静かに告げた。
「……道化師のような男と、銀髪のハーフエルフだ」
ヴァルの息が止まる。
道化師。
そして、銀髪のハーフエルフ。
顔も知らない奴らがなぜギルド本部のアイザックを。
「奴らは……『ラボ・ゼロ』の鍵を探していたよ。私が持っていないと知ると、この腕を奪って消えたんだ」
「ふざけるな……ッ!!」
ヴァルは拳を壁に叩きつけた。
ドンッ!!
壁にヒビが入る。
許せない。俺たちがいない間に、こんな仕打ちを。
ヴァルは叫んだ。
「レティナ! アイザックさんの腕を治せないか!? 俺の腕みたいに、機械の義手をつければ……!」
俺の左腕は動く。指の一本一本まで、神経が通っているかのように。
なら、アイザックだって。
だが、返ってきたのは、レティナの冷酷なまでの事実宣告だった。
『不可能です』
レティナの電子音が、静まり返った病室に響く。
『マスターの左腕が機能しているのは、貴方がP.M.(プロト・マキナ)の正規適合者であり、神経接続インターフェースを経由して脳と直結しているからです。……これは、旧文明のロストテクノロジーによる特例です』
レティナは淡々と続けた。
『現在の魔導医学、および科学技術において、切断された神経を生体接続できる義手は存在しません』
「じゃあ、その足は……?」
ヴァルは布団の下の足を指差した。
さっき鳴った、あの嫌な音。
『スキャン完了。……それは、タルゴス氏によって作成された、単なる「支柱」です』
『バネと蝶番で膝の動きを模倣していますが、感覚フィードバックはありません。……言うなれば、精巧な「動く棒」に過ぎません』
アイザックが体勢を変えようとして、また足が鳴った。
その音は、ヴァルの心臓を冷たい手で鷲掴みにするようだった。
アイザックは、感覚のない鉄の棒を足に繋ぎ、痛み止めを飲んで、普通を装い笑顔を作っていたのだ。
それに引き換え、俺は。
ヴァルは自分の左手を見た。
黒鉄の指が、自分の意志通りに動き、握りこぶしを作る。
「魔力がない」というだけで、俺だけがこの力を許され、P.M.を持たないアイザックは、ただ失うだけなのか。
「……不公平だ」
ヴァルは唇を噛み締め、血が滲むほど拳を握った。
世界を変えられる者が傷つき、ただの運搬屋だった自分が力を得ている。
この理不尽な現実への怒りが、腹の底から煮えたぎってくる。
「殺す……。その道化師も、そのハーフエルフも。必ず見つけ出して、俺が……!」
「――やめろ、ヴァル君」
制止したのは、アイザックだった。
彼は残った右手で、ヴァルの震える拳を優しく包み込んだ。
「復讐に生きるな。……それは、君の役目じゃない」
「でもっ……!」
「君には、君にしか果たせない目的があるはずだ」
アイザックは、枕元にあった古い地図を指差した。
そこに記されていたのは、ノアズ・アークから北の彼方。
魔力格差が激しく、常に灰色の雲に覆われた緩衝国家。
「……『アトランティア』へ行け」
その名を聞いた瞬間、ヴァルの背筋が凍りついた。
アトランティア。
それは、かつてヴァルが生まれ育ち、そして逃げ出した故郷。
砂利運び(グラベル・キャリー)を始めるキッカケにして、泥水をすすり全てを捨てて飛び出した、忌まわしき場所。
「私の調べが正しければ……君の持つ『P.M.』のルーツ、そして私たちマギレスの『血』の秘密は、あの国に眠っている」
「マギレスの……秘密?」
「ああ。奴らもまた、そこを目指している。……彼らに先を越されれば、世界は終わる」
アイザックはヴァルの目を真っ直ぐに見つめた。
その瞳には、怪我人とは思えないほどの強い光――託す者の覚悟が宿っていた。
「過去と向き合うんだ、ヴァル。……君が『本物』の英雄になるために」
ヴァルは息を呑んだ。
脳裏に、故郷の風景が蘇る。
常に降り続く雨。
スクラップの山。
飢えた子供たちの目。
そして、置き去りにしてきた「罪」の記憶。
(……あそこへ、戻るのか)
逃げ続けてきた過去。
だが、もう逃げるわけにはいかない。
ヴァルはアイザックの手を強く握り返し、ゆっくりと、しかし力強く頷いた。
「……わかりました。行ってきます、アイザックさん」
その目にもう、迷いはなかった。
◇
同時刻。北の彼方、緩衝国家アトランティア。
一年を通して止むことのない雨が、錆びついた鉄の街を濡らしていた。
その街を見下ろす瓦礫の山に、一人の男が立っていた。
降り注ぐ雨が彼の綺麗な髪を濡らす。
「……ここが、あのマギレスの故郷か。ひどい匂いだ」
銀色の髪を風になびかせ、男――レヴォス・アトラスは、感情のない瞳でスクラップの山を見つめた。
豊かな森を持つユグド・セコイア出身の彼にとって、この鉄と油にまみれた街は、掃き溜めにしか見えない。
その背後で、道化のような格好をした男がケタケタと笑う。
「おいおい、観光気分か? 鍵はこの街の下だァ」
「分かっている、アポロギア。……ただの確認だ」
レヴォスは懐から、アイザックから奪い取った情報を記した手帳を取り出す。
「……世界の終末の始まりを見に行こう」
銀髪のハーフエルフは、冷たく微笑んだ。
【あとがき】
読んでいただきありがとうございます!
これにて第4章、開幕です!!
いきなりの急展開。
トロルを瞬殺するほど強くなったヴァルたちですが、帰る場所は既に蹂躙されていました。
アイザックさんの義足の描写……書いていて辛かったです。
ヴァルの義手がいかに特別であるか、残酷な対比となってしまいました。
そして、次の目的地は「アトランティア」。
ヴァルの故郷であり、マギレスの秘密が眠る場所。
そこには既に、レヴォスとアポロギアが到着しています。
過去との決着、そして最強の敵との遭遇。
第4章も、息つく暇もない展開が続きます!
(※ネトコン14参加中です! 「第4章開幕おめでとう!」「アイザックさん辛い…」と思った方は、応援ブクマいただけると嬉しいです!)




