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【第3章完結済】魔力ゼロの最底辺、ゴミ山で拾った「義眼」が規格外すぎた 〜魔法が絶対の世界ですが、俺には敵の動きと弱点が「線」で視えるので、当たらなければどうということはありません〜  作者: ちゃんつよ
虚無の研究所(ラボ・ゼロ)編 ~鋼鉄の理(ロジック)と、3000年の箱舟(アーク)~

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閑話:百獣の王の嘲笑。……兎は愛のために、獅子(カミ)に牙を剥く

 嵐の予兆は、風の音よりも先に「匂い」として訪れた。

 深夜。聖都アイオーンの最奥、世界樹の根元に隠されたセバスチャン・アエテルナの屋敷。

 その二階にある客室は、深海のような静寂に包まれていた。

 最高級のランプが温かなオレンジ色の光を灯し、ベッドの上で眠る青年――ヴァルの顔を照らしている。

 その顔色は蝋のように白く、左腕の喪失を示す包帯が痛々しい。

 だが、呼吸は安定していた。

 ベッドの傍らで椅子に腰掛けたララは、ヴァルの残された右手を両手で包み込み、その温もりを確かめるように額を押し当てていた。

(……温かい)

 生きている。それだけで十分だった。

 彼が背負った過酷な運命も、失った腕の重みも、今は忘れさせてあげたい。

 ララの長い耳が、安堵に垂れ下がる。

 だが、その平穏は唐突に破られた。

 ララの耳がピクリと跳ね上がる。

 獣の本能が、警鐘を鳴らした。

 風の匂いが変わった。森の湿った空気の中に、濃厚な獣臭と、肌を焼くような焦燥感が混じり始めたのだ。

「……来る」

 ララが呟いた直後だった。

 階下の応接室から、空気が爆ぜるような重圧が立ち上ったのは。

 ◇

 時間は少し遡る。

 応接室の扉を開けたセイラは、そのノブを握ったまま凍りついていた。

「――おや。お目覚めですか、セイラ嬢」

 優雅に茶器を並べる執事、セバスチャンの声。

 だが、セイラの耳にはそれが入ってこない。

 彼女の全神経は、部屋の中央、革張りのソファに深々と身を沈めている「黄金の獅子」に釘付けになっていた。

 マジェスタス。

 南の大陸を統べる『獣の国レオ・プライマ』の女王にして、三神の一柱『獣神』の使徒。

 黄金の長髪をたてがみのように逆立てた彼女は、入ってきたセイラを一瞥もしなかった。

 ただそこにいるだけで、部屋の空気が物理的な質量を持って歪んでいる。

 セイラもまた、兄アポロギアと同じく先代・魔王の血を引く「使徒」であり、潜在能力ならば人智を超えているはずだ。

 しかし――生物としての「格」が違いすぎた。

 蛇に睨まれた蛙。いや、暴風雨の前に立ち尽くす小鳥。

 本能が「逃げろ」と叫んでいるのに、足が床に縫い付けられたように動かない。

「……なんだ、小猫か」

 マジェスタスが、ようやくセイラに視線を向けた。

 興味のかけらもない、路傍の石を見るような目。

「入りたければ入れ。……入る度胸があるならな」

「ッ……」

 挑発ですらない。単なる事実の確認。

 セイラは屈辱に唇を噛み締めながらも、セバスチャンの手招きに従い、逃げるように部屋の隅へと移動した。

 マジェスタスの正面になど座れない。彼女から最も遠い、壁際の椅子に腰掛けるのが精一杯だった。

「遅い」

 セイラが座るなり、マジェスタスが不機嫌に吐き捨てた。

 貧乏ゆすりのように、鋭く尖った爪先がマホガニーのテーブルをコツ、コツ、とリズムよく叩く。そのたびに、高価なテーブルに小さな穴が穿たれていく。

「滅相もございません、マジェスタス殿」

 セバスチャンは涼しい顔で、砂時計の砂が落ちきるのを待っている。

 テーブルの惨状を見ても眉一つ動かさない。

 その横で、セイラは膝の上で拳を握りしめ、小さくなっていた。

 同じ空間にいるだけで、肌がチリチリと焼けるようだ。これが「完成された使徒」の覇気なのか。兄アポロギアとはまた違う、荒々しくも絶対的な「個」の暴力。

「……それで? 貴様はいつまで、あのような『ガラクタ』を寝室に置いておくつもりだ?」

 マジェスタスの視線が、天井――二階の客室へと向けられる。

「ガラクタとは心外ですな。彼は私の大切な『友人』であり、この世界の希望の種ですよ」

「希望だと? 笑わせるな。魔力を持たぬマギレスなど、進化の袋小路に入った欠陥品だ。淘汰されるのが自然の摂理だろう」

 マジェスタスは鼻を鳴らす。

 その言葉に、セイラはビクリと肩を震わせた。

 彼女もかつてはそう思っていた。兄に従い、魔力なき者を侮蔑していた。

 だが、ヴァルと出会い、その考えは揺らいでいる。

 それでも、目の前の暴君に対して反論することなど出来なかった。今の自分には、その資格も、力もないと思い知らされているからだ。

「チッ……。まあいい、その目で確かめてやろう。貴様が拾った『希望』とやらをな」

 マジェスタスが立ち上がる。

 その瞬間、部屋を支配していた重圧が渦を巻き、扉を内側から弾き飛ばした。

「ご案内しましょう。……ただし、お静かにお願いしますよ。彼は怪我人なので」

「指図するな」

 セバスチャンが苦笑しつつ先行し、マジェスタスが大股で続く。

 セイラは少し躊躇った後、意を決してその後を追った。

 怖い。けれど、ヴァルに何をするつもりなのか確かめなければならない。その微かな義務感だけが、震える足を動かしていた。

 ◇

 客室の扉が開かれる。

 マジェスタスは部屋の中央まで歩み寄ると、ベッドの上の青年を見下ろし――そして、露骨に顔をしかめた。

「……なんだ、これは」

 失望。いや、嫌悪。

 彼女の黄金の瞳には、ヴァルの身体の醜悪さが映っていた。

「魔力がないだけでなく、肉体まで欠損してるとはな。ゴミクズだ。……反吐が出る」

 マジェスタスは吐き捨てるように言った。

 その声は、あえて隠すこともなく室内に響き渡る。

 入り口付近に立っていたセイラは、息を呑んだ。あまりにも無慈悲な言葉。

「おいセバスチャン。掃除用具を持ってこい。こんな無価値なゴミが神聖な世界樹の近くにいるなど、空気が腐る」

 それは、絶対的強者ゆえの断定だった。

 だが。

 その暴言が床に落ちるよりも早く、部屋の空気が一変した。

「……取り消して」

 低く、地を這うような声。

 椅子の上のララが、ゆっくりと顔を上げていた。

 その長い耳は垂直に逆立ち、普段の温厚な彼女からは想像もつかないほどの、凄まじい殺気が立ち上っている。

「ほう? ……聞こえなかったか、ウサギ。私はゴミと言ったんだ」

「その人を……ヴァルを、ゴミなんて呼ばせるものかァッ!!!!」

 ドンッ!!

 ララが床を蹴り、椅子が粉々に砕け散る。

 セイラは目を見開いた。

 相手は使徒だ。勝てるはずがない。生物としての格が違う。

 自分ですら萎縮して動けない相手に、なぜこの人は立ち向かえるのか。

「取り消せェェェッ!! 命に代えても、その言葉を飲み込ませてやる!!」

 ララの特攻。

 マジェスタスの喉元へ、その爪が届こうとした刹那。

 パンッ。

 乾いた柏手の音が、場を支配した。

 セバスチャンがララの肩を掴み、その動きを制止させていた。

「そこまでです、ララさん」

「……放して、セバスチャンさん! こいつは、この女は……!」

「落ち着きなさい。……この部屋で暴れれば、ヴァル様に障りますよ」

 その言葉に、ララはハッとしてヴァルを見た。

 彼女はギリッと唇を噛み締め、悔し涙を瞳に溜めながら、それでも射殺すような視線でマジェスタスを睨みつけた。

「……出て行って。彼が寝てるから。……二度と、彼を侮辱しないで」

 震える声での拒絶。

 その姿を見て、セイラの胸に熱いものが込み上げた。

 恥ずかしい。

 自分は「使徒候補」だなんだと言いながら、ただ震えていただけだ。

 魔力を持たないララが、愛する人を守るために命を懸けているのに。

(……私は、何をしているの)

 セイラは震える足を叱咤し、一歩、前に出た。

 マジェスタスの視線が自分に向く。心臓が潰れそうだ。

 それでも、彼女はヴァルのベッドを守るように立ちはだかった。

「……私も、同意見です。彼に手出しはさせません」

「ほう?」

 マジェスタスは、自分に刃を向けた二人の小娘と、それを制した老執事を交互に見やり――。

「――クックックッ、アハハハハハハハッ!!」

 腹を抱えて、愉快そうに大笑いした。

「傑作だ! まさか最下層のウサギ風情と、使徒見習いの小娘に牙を剥かれるとはな! いや、実にいい!」

 マジェスタスは笑い涙を拭い、獰猛な笑みをララに向けた。

「おい、ウサギ。名はララ言ったな。……貴様、純血性が高いな。良い『イチモツ』を持っていそうだ。気が向いたら『レオ・プライマ』へ来い。本物の『強さ』を教えてやる」

 マジェスタスは踵を返すと、セイラを一瞥した。

 その視線は、先ほどまでの「興味なし」とは違い、冷たく、値踏みをするようなものだった。

「おい、情報屋の娘」

「は、はい……ッ!」

「貴様を使徒候補として『承認』してやる。……だが、勘違いするなよ」

 マジェスタスが一歩、セイラに近づく。

 ただの一歩。それだけで、セイラの呼吸が止まるほどの重圧がのしかかる。

「貴様はまだ、入り口に立ったに過ぎない。魔神の使徒という重圧に耐えきれず、自滅するか、食われるか……。その程度の実力では、兄の足元にも及ばんぞ」

「……ッ」

「精々、死ぬ気で足掻け。……面白くもない凡庸な結末なら、私がこの手で終わらせてやる」

 厳しい宣告。だが、それは彼女なりの激励でもあった。

 セイラは膝が崩れそうになるのを必死に堪え、無言で頷いた。

 マジェスタスは最後に、眠るヴァルへと冷ややかな視線を投げた。

「あの男も同じだ。……目覚め、もし次会った時も『無価値なゴミ』のままならば、その時は私が直々に握りつぶす」

 言い捨てると、彼女は嵐のように部屋を去っていった。

 残されたのは、緊張の糸が切れてその場にへたり込むセイラと、ヴァルの手を強く握りしめ、涙を拭うララの姿だけだった。

 ◇

 屋敷の外へ出たマジェスタスは、夜空を見上げて大きく鼻を鳴らした。

 背後で見送るセバスチャンに、背中越しの声を投げる。

「……おい、セバスチャン」

「はい、何でしょう」

「あの小僧の身体……ゴミじゃないな。あれは『劇薬』だ」

 彼女の黄金の瞳は、楽しげに歪んでいた。

 先程までの侮蔑は、あくまでララたちを試すための演技。彼女の嗅覚は、ヴァルの身体に埋め込まれた異質な機械の匂いと、それが世界に与える影響を感じ取っていたのだ。

「あの『鉄クズ』を身体に埋め込んで生きていること自体が異常だ。……あれは、魔力で停滞したこの世界を壊す、良い毒になるぞ」

「買い被りですな。彼はただの運送屋ですよ」

「ふん、とぼけるな。……まあいい」

 マジェスタスは南の空へ向けて、跳躍の構えを取った。

 その脚力だけで、空を飛ぶ鳥すら追い越す勢いだ。

「せいぜい大事に育てることだ。……あの『道化アポロギア』が動き出す前に」

 ドォン!!

 爆音と共に、彼女の姿は夜の彼方へと消え去った。

 残されたセバスチャンは、やれやれと肩をすくめ、静かに呟いた。

「ええ、分かっていますよ。……賽は、もう投げられているのですから」

【修正】(2026/02/16)

キャラ名を一部誤表記しておりました。申し訳ありません。


【あとがき】


読んでいただきありがとうございます!


閑話後編は、ララさんの独壇場でした。

相手は「百獣の王」にして「使徒」。

普通なら萎縮して動けない相手に、愛する人のためなら一歩も引かずに噛み付く。

彼女の強さと愛情の深さが、セイラさんの心を動かしましたね。

(セイラさんも、これから強くなっていくはず……!)


そしてマジェスタス。

ただの暴君かと思いきや、ヴァル君の「異質さ」を正確に見抜いていました。

「ゴミ」ではなく「劇薬」。

この言葉が、今後の物語のキーワードになりそうです。


さて、土日の閑話タイムはこれにて終了!

明日(月曜日)から、いよいよ第4章がスタートします。

舞台は再び始まりの街へ。

そこで待つのは、アイザックの悲劇と、新たな戦い。

ヴァルたちの旅路を、引き続き見守っていただければ幸いです!


(※ネトコン14参加中です! 「ララさんかっこいい!」「マジェスタスの圧がすごい…」と思った方は、応援ブクマいただけると嬉しいです!)

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