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【第3章完結済】魔力ゼロの最底辺、ゴミ山で拾った「義眼」が規格外すぎた 〜魔法が絶対の世界ですが、俺には敵の動きと弱点が「線」で視えるので、当たらなければどうということはありません〜  作者: ちゃんつよ
虚無の研究所(ラボ・ゼロ)編 ~鋼鉄の理(ロジック)と、3000年の箱舟(アーク)~

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閑話:道化の妹と、黄金の鬣(ヘルマフロディトス)。……目覚めれば、魔窟の王と対峙する

 深夜。

 世界樹の膝元、ユグド・セコイアの聖都アイオーン。その一角に、地図から抹消されている屋敷がある。

 この国を影から守護する最長老、セバスチャン・アエテルナの私邸だ。

 その二階にある客間は、死のような静寂に包まれていた。

 床には分厚い絨毯が敷き詰められ、足音一つ吸い込んでしまう。窓の外からは、夜風に揺れる木々のざわめきすら聞こえない。

 置かれているのは、貴族が使うような豪華な天蓋付きのベッドが二つ。

 片方のベッドで、セイラはゆっくりと瞼を開けた。

 視界に飛び込んできたのは、見知らぬ天井だ。

 最高級のシルクで織られた天蓋。鼻腔をくすぐるのは、清潔なリネンの香りと、どこか遠くから漂う高級茶葉の芳醇な香り。

(……ここは?)

 瞬きを繰り返す。

 記憶の彼方にある匂い。情報屋として何度か招かれたことのある、あの老執事の屋敷だと理解するのに数秒を要した。

「……ッ、ぅ」

 体を起こそうとして、こめかみに鋭い痛みが走る。

 軽い眩暈を覚えながら、セイラはシーツの上で自分の右手を握りしめた。

 開いて、また握る。

 指先の感覚はある。血管を流れる魔力回路の循環も正常だ。身体的なダメージは皆無と言っていい。

 だが、精神の奥底に、得体の知れない不快感がこびりついていた。

 まるで大切な記憶のページを、誰かに乱暴に引きちぎられたような喪失感。虫食いのように欠落した時間が、不安を煽る。

 ふと、気配を感じて隣のベッドに視線を向けた。

 瞬間、セイラの喉がひきつった。

「……ぁ」

 そこに横たわっていたのは、蝋人形のように顔色の悪い青年――ヴァル・ヴェリテクスだった。

 いつもの笑顔が満ちた表情はない。苦痛に歪んだ眉間と、浅く早い呼吸。

 布団から出ている左肩の先は、ない。

 純白の包帯が何重にも巻かれているが、それでも隠しきれない赤黒い血が滲み出し、彼が失ったものの大きさを残酷なまでに物語っていた。

 左腕切断。

 情報屋として数々の修羅場を見てきたセイラでさえ、その痛々しさに目を背けたくなった。

 魔力を持たない彼が、どれほどの覚悟で、どれほどの暴力に立ち向かったのか。想像するだけで胸が締め付けられる。

「……ごめんね、ヴァル君」

 セイラの声が震えた。

 ベッドの脇には、丸椅子に座ったまま突っ伏して眠る女性の姿があった。

 長い兎の耳を持つ獣人、ララだ。

 彼女の手は、ヴァルの残された右手をしっかりと握りしめたまま、離そうとしない。

 祈るように組まれた指先。その寝顔には、極限の疲労と、深い悲しみが刻まれていた。彼女もまた、ヴァルを守れなかった自分を責め続けているのだろう。

(……あぁ。私が彼を巻き込んだからだ)

 セイラは唇を噛み、鉄の味を感じた。

 ヴァルをこの国へ手引きしたのは自分だ。アイザックに紹介したのも、この危険な任務に彼が必要だと判断したのも。

 全ては、使徒としての目的のために。

 ズキリ、と頭が痛む。

 その痛みがトリガーとなり、脳裏に直前の記憶がフラッシュバックした。

 ◇

 数時間前。

 ユグド・セコイアへ到着した直後のことだ。

 国境での戦闘情報を掴んだセイラは、セバスチャンの屋敷へと急いでいた。

 聖都特有の濃い夜霧が立ち込める石畳の道。街灯の明かりすら届かない暗がりから、それは現れた。

「やァ、愛しいセイラ。……随分と人間ごっこが板についてきたじゃないかァ?」

 霧の向こうから、道化のような派手な衣装を纏った男が、まるで散歩でもするように現れた。

 アポロギア。

 魔神の使徒であり、セレーネ・アビソスを裏で統べる混沌の体現者。

 そして――セイラの「兄」と呼ぶべき存在。いや、正確には同じ親から生み出された、完成品と失敗作と言うべきか。

「……そこを退きなさい、兄さん。私は急いでいるの」

 セイラは足を止めず、冷たく言い放つ。

 だが、全身の毛穴が恐怖で開くのを感じていた。本能が「逃げろ」と叫んでいる。

 アポロギアはケラケラと笑い、わざとらしく両手を広げて通せんぼをした。

「つれないねェ。せっかく俺が育ててきた『火種(議員)』を、お前が連れてきた『水 (ヴァル)』が消しちまうなんてなァ」

 その言葉に、セイラの足が止まった。

「……なんですって?」

「俺は何年もかけて、この国の腐った議員どもに餌をやり、太らせ、内部から国を食い破らせる『脚本』を書いていたんだよ。……それを、お前が全部台無しにした」

 アポロギアの目が、三日月のように細められた。そこには笑いはない。

 セイラは息を呑んだ。

 セイラはセバスチャンのために、ヴァルを使って急進派議員を排除し、国の秩序を取り戻そうとした。

 だがアポロギアは、その急進派議員を使って国を崩壊させようとしていた。

 二人の作戦は、最悪のタイミングで交差クロスしてしまったのだ。

「あいつは良い『舞台装置ヴァル』だ。魔力がないからこそ、何色にも染まる。……お前の描く『秩序の物語』にも、俺が描く『混沌の物語』にも使える」

 アポロギアは恍惚とした表情を一変させ、底冷えする声で告げた。

「だが、今回は演出過剰だ。俺のオモチャ(議員)を勝手に片付けやがって。……いつからてめぇは、エルフの掃除屋になった?」

「……偶然よ。私はただ、セバスチャンと協力して、膿を出そうとしただけ」

 セイラは震える声を押し殺し、兄を睨み返した。

「貴方の遊びなんて知らないわ! 邪魔をするなら……」

 セイラの手元に、風の魔力が渦巻く。

 だが、アポロギアは動じない。それどころか、憐れむような目でセイラを見下ろした。

「排除? 邪魔? ……ハッ、笑わせるな」

 瞬間、肌を焼くような濃密な殺気が、セイラの全身を貫いた。

 息ができない。重力が増したかのように、膝が震える。

「お前ごときが、俺の邪魔をできるとでも? ……失敗作の『不完全な器』風情が、使徒の真似事をするんじゃねェよ」

 ブチリ。

 セイラの中で何かが切れた。

 心臓を鷲掴みにされるような劣等感。抗えない恐怖。そして何より、傷つきながらも懸命に生きるヴァルを「道具」と侮辱された怒り。

「黙りなさいッ!!」

 セイラは叫びと共に、掌から不可視の風の刃を放った。

 本気の一撃。鉄すら切り裂く真空の刃が、アポロギアの首を狙って疾走する。

 だが。

 アポロギアは避ける素振りすら見せない。

 ただ、退屈そうに欠伸を噛み殺しながら、指をパチンと鳴らしただけだ。

 ――パリン。

 何かが割れる音がした。

 風の刃が、セイラの意識が、そして世界の理そのものが。

 直後、セイラの視界が歪んだ。

 天地が反転し、意識が泥の中へと沈んでいく――。

 ◇

「……そこから、記憶がない」

 セイラは額に手を当て、深い溜息をついた。

 恐らく、一瞬で無力化され、気絶させられたのだ。そして、運良く(あるいは気まぐれで)セバスチャンに回収されたのだろう。

 殺されなかったのは慈悲ではない。「殺す価値もない」と判断されたからだ。

 悔しさが込み上げてくる。爪が食い込むほど拳を握りしめた。

 自分はまだ、あの男の手のひらの上で踊らされているだけなのか。

「……ごめんね、ヴァル君」

 眠るヴァルとララに背を向け、セイラは逃げるように部屋を出た。

 ここにいると、自分が彼らを壊した元凶だという事実に押しつぶされそうになる。

 冷たい空気を吸いたい。

 そう思って廊下を歩く。

 深夜の屋敷は静かすぎるほど静かだった。使用人の気配もない。ただ、廊下の突き当たりにある応接室から、微かな光と、異質な空気が漏れ出していた。

 濃密な、獣の匂い。

 そして、肌が粟立つような圧倒的な覇気。

 セイラは吸い寄せられるようにその扉の前へ立ち、震える手でノブを回した。

 ガチャリ。

 扉を開けた瞬間、セイラは再び息を呑むことになった。

「――おや。お目覚めですか、セイラ嬢」

 部屋の中央、ローテーブルを挟んで、優雅に紅茶を啜るセバスチャンの姿があった。

 彼はいつもの温和な笑みを浮かべている。

 だが、セイラの視線は彼には向かない。向けられない。

 その対面に座る、圧倒的な「存在感プレッシャー」を持つ人物に、視線も魂も釘付けになったからだ。

 椅子が軋んでいる。

 最高級の革張りソファが、その重量と圧力に悲鳴を上げているのだ。

 その人物は、豪奢な毛皮のマントを羽織っていたが、その下にある肉体は規格外だった。

 黄金色の肌。

 丸太のように太く、鋼のように引き締まった腕。

 頭部には、百獣の王たる雄々しい黄金の「たてがみ」が広がり、その中心にある鋭い瞳孔が、入室したセイラを射抜いている。

 どう見ても、最強の獅子の獣人(レオ種)。

 しかし、はだけた胸元には、豊満で巨大な乳房が揺れ、腰つきは妖艶なほどに女性的だった。

 男であり、女であり。

 獣であり、人であり。

 相反する属性を暴力的なまでの「美」で統合した、究極の生命体。

 彼の国では「神の奇跡」として崇められる両性具有。だが、目の前の存在はそんな生易しいものではない。

 生物としての格が違う。

 捕食者としての本能が、全身から溢れ出している。

「……目が覚めたか、小娘」

 その人物が口を開く。

 腹の底に響く地響きのような重低音と、鈴を転がすような高音が混じり合った、不思議な声色。

 耳心地が良いのに、背筋が凍るような威圧感を含んでいる。

 レオ・プライマの支配者。

 生命と多様性を司る、獣の神の代行者。

「貴様がアポロギアの妹か。……ふん、匂いは似ているが、随分と脆そうだな」

 黄金の瞳が、値踏みするように細められた。

 セイラは金縛りにあったように動けない。蛇に睨まれた蛙だ。

 セバスチャンが困ったように、しかし深い敬意を込めて微笑み、紹介した。

「セイラ嬢。紹介しましょう。……遠路はるばる、お忍びで駆けつけてくださったのです」

 老執事は手を開き、その王の名を呼んだ。

「レオ・プライマの使徒――マジェスタス殿です」

 セイラは扉のノブを握ったまま、立ち尽くすしかなかった。

 魔窟だ。

 兄という怪物から逃れ、目覚めた先には、また別の、さらに強大な怪物が待ち構えていたのだから。

【あとがき】


読んでいただきありがとうございます!


……はい、ただの閑話ではありませんでした(笑)。

セイラさんの視点で描かれる、第2章での裏側。

アポロギアとの関係性、そしてヴァル君への罪悪感。

彼女もまた、板挟みの中で苦しんでいる一人なんですね。


そしてラストに登場した、超弩級の新キャラクター!

レオ・プライマの使徒、マジェスタス。

「男であり女であり、獣であり人である」

カオスな存在ですが、実力は本物です。

(セバスチャンとも旧知の仲のようですね)


これで役者は揃いました。

月曜日から始まる第4章では、

彼らがヴァルたちとどう関わってくるのか……?

波乱の幕開けにご期待ください!


(※ネトコン14参加中です! 「マジェスタス強そう!」「セイラさん頑張れ!」と思った方は、応援ブクマいただけると嬉しいです!)

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