第5話:紫電の化け物と、圧倒的な格の違い。……死の淵から救われましたが、義眼(チート)を疑われ強制連行。
ジジッ、バチチ……。
坑道の中に、静電気が弾ける音が残響していた。
鼻を突くのは、強烈なオゾン臭。そして、肉と殻が焼け焦げたような、鼻孔の奥にこびりつく異臭。
目の前には、黒い炭の塊と化した『グリット・タスカー』の巨体が横たわっている。
ほんの数秒前まで、ヴァルを死の淵へと追い詰めていた怪物が、今はただの煙を上げる障害物でしかない。
「あ、あ……」
ヴァルは腰が抜けたまま、カタカタと震えていた。
助かった、という安堵はない。
あるのは、目の前に立つ「男」に対する、生物としての根源的な恐怖だけだった。
男――アビア・アトラスは、まだ紫色の火花を散らしている大剣を担ぎ直し、無感動な瞳でヴァルを見下ろした。
「……おい。生きてるか?」
低く、腹の底に響く声。
ヴァルは喉がひきつり、声が出ない。ただコクコクと首を縦に振るのが精一杯だった。
殺される。
タスカーを一撃で灰にするような化け物が、今、自分を見ている。
『警告:対象は魔力保有者。魔力量は、一級(High-Class)です』
脳内で、声の主が緊急アラートを鳴らす。
『敵対行動は即死に繋がります。……勝率:0.00%。推奨:全面降伏』
言われるまでもない。
ヴァルは震える両手をゆっくりと上げた。降参のポーズだ。
「……た、助かりました……」
「礼はいい。散歩のついでだ」
アビアは素っ気なく言い捨てると、もうヴァルには興味がないと言わんばかりに視線を外した。
彼が歩み寄ったのは、黒焦げになったタスカーの死体だ。
「さて、中身が無事ならいいがな」
アビアは腰からナイフを取り出すと、慣れた手つきで炭化した死体を解体し始めた。
硬いはずの装甲が、熱で脆くなっているのか、あるいは彼の技量が優れているのか、バターのように切り開かれていく。
「……お、あったな」
彼が黒い肉の中から取り出したのは、青白く輝く拳大の結晶だった。
一つ、二つ、三つ。
坑道の暗闇を照らすほどに強く輝く、純度の高い『青色魔鉱石』だ。
「チッ、全部青か。シケてやがる」
アビアは舌打ちし、不満げにそれをポケットに放り込んだ。
ヴァルはその光景を、口を開けたまま呆然と見つめていた。
(……青色が、三つ)
ヴァルが泥水をすすって一日中ラットを狩っても、到底手が届かない金額。
それを、この男は「散歩のついで」で手に入れたのだ。
圧倒的な『本物』の力。
それに比べて、俺はどうだ。
たまたま拾った便利な眼とナイフに浮かれ、「俺一人で稼げる」などと思い上がった挙句、タスカーの前に腰を抜かして死にかけていた。
(……馬鹿みたいだ。何が『見てろよ、世界』だ。俺はただの、勘違いした砂利運びじゃないか)
恐怖の波が引いていくにつれ、己の身の程知らずな甘さが恥ずかしくて、顔から火が出そうだ。
ヴァルは俯き、逃げ帰るように立ち上がろうとした時だった。
「さて」
作業を終えたアビアが、再びヴァルに向き直った。
鋭い視線が、ヴァルの露わになった左目、泥だらけの作業着、そして刃こぼれした旧文明のナイフを値踏みするように観察する。
「装備もなし、魔力もゼロ。冒険者ギルドのタグも見当たらねえ。……お前、ここで何やってた?」
確信めいた問い詰め。
心臓が止まりそうになる。
ダンジョンへの無許可侵入は重罪ではないが、ギルドのブラックリストには載る。そうなれば、運搬屋の仕事すら失うかもしれない。
「……金が、必要だったんです」
ヴァルは言い訳を飲み込み、正直に答えた。プロに嘘は通じないと思ったからだ。
「金? 馬鹿野郎、マギレスが単独でDランクに潜るなんて、金稼ぎじゃなくてただの自殺だぞ」
アビアは呆れたように吐き捨てる。だが、その目は鋭くヴァルを射抜いていた。
「ただの自殺志願者なら放っておくが……お前、最後に石を投げたな?」
「え……?」
予想外の質問に、ヴァルは言葉を詰まらせた。
そんなヴァルを逃がさないように、アビアが一歩近づく。
空気中に残る電気が、ヴァルの肌をチリチリと刺した。
『警告:対象からの探知魔法を検知。……左眼の眼球に擬態します』
レティナの報告と同時に、左目が僅かに熱を持った。
琥珀色のレンズの輝きが消え、通常の人間の瞳に近い色へと変化した。
(探知魔法……!? マズい、バレる!)
「俺が斬る直前だ。お前が投げた石が、タスカーの目ん玉……そこに吸い込まれるように当たった。おかげで奴が一瞬硬直して、俺も斬りやすかった」
アビアの目が光る。
彼は見ていたのだ。あの極限状態の中で、虫ケラのようなヴァルの抵抗を。
「あの距離、あのタイミング。そして魔力強化なしの腕力。……まぐれにしちゃ出来過ぎだ」
アビアが顔を近づける。
オゾン臭と、強烈な威圧感。
「どうやってあそこを狙った? 素人が出来る芸当じゃねえぞ」
ヴァルは背筋が凍りついた。
レティナだ。
レティナが表示したガイドに従って投げただけだ。
だが、それを言えばどうなる?
この男は青色魔鉱石すらゴミ扱いする実力者だ。もし、この左目が人間のものではないと知られたら、殺されるかもしれない。
『警告:本機の性能を開示することは推奨できません。リスクレベル増大』
レティナも警告する。言えば殺されるかもしれない、と。
「そ、それは……無我夢中で……」
「ほう、無我夢中で急所をピンポイントにか」
アビアは疑わしげに目を細める。
その時。
入り口付近から、若い男の声が響いた。
「――アビアさーん! どうしました!?」
続けて、鈴のような少女の声も聞こえる。
「あ! 雷魔法の音がしたよー! やっぱ、何かいたんだ!」
仲間の冒険者たちだ。
アビアはため息をし、ヴァルから視線を外した。
「はぁ……、行くぞ」
彼は大剣を背中のホルダーに固定すると、無造作にヴァルの襟首を掴んだ。
「ぐぇッ!?」
「ここでグダグダと話をしても意味ねえ」
「あ、あの……俺はこれで……」
ヴァルは愛想笑いを浮かべて後ずさろうとする。
だが、アビアの腕は鉄万力のように動かない。
「逃がすかよ。……お前、俺たちのキャンプまで来い」
「えぇ!? い、嫌です! 帰してください!」
「拒否権はねえ。モグリの不審者をこのまま放置できるか。……それに、お前の『目』について、じっくり聞かせてもらう」
アビアが歩き出す。
ヴァルは抵抗しようと足を踏ん張るが、Aランク冒険者の腕力には敵わない。
ズルズルと地面を引きずられていく。
「や、やめてぇぇ……!」
情けない悲鳴が坑道に木霊する。
助かったと思ったら、今度は「尋問」のための連行だ。
(最悪だ……やっぱり今日は、来るんじゃなかった……)
遠くに見える入り口の光。
そこには、呆れたようにこちらを見ている人影が数人あった。
「……なに、あの汚いの」
「アビアさん、また変なもの拾ってきましたね……」
そんな声が聞こえてくる。
泥だらけの服、折れた心、そして引きずられていく体。
ヴァル・ヴェリテクスの冒険者デビューは、これ以上ないほど惨めな失敗に終わった。
『警告:対象はAランク相当です。抵抗は無意味』
(わかってるよ……畜生……!)
ヴァルは涙目で空を仰ぎ、運命に身を委ねるしかなかった。
「用語解説」
魔力保有者……魔力を持つ者。この世界の大半が持ち、魔法が使える人々。
魔力欠如者……魔力を持たない人々の蔑称。マギアンはマギレスを「見るだけ」で判別出来る。
ギルドタグ……金属製で自身の名前や家族の名前などが書かれた物。死亡時に判別出来るようになっている。




