第54話:それぞれの道、新たな旅。……次なる目的地は「始まりの街」
【昼下がり:宿屋『世界樹の止まり木』】
ユグド・セコイアでの報告を終え、一行はマギーの経営する宿屋で遅めの昼食を囲んでいた。
窓からは穏やかな午後の日差しが差し込み、湯気の立つシチューの香りが漂っている。
必死で闘った『ラボ・ゼロ』での日々が嘘のような、平和な時間。
食器を置く音がカチャリと響いた後、アビアが口を拭い、居住まいを正した。
その表情は、いつになく真剣だった。
「……皆、聞いてくれ」
全員の視線がリーダーに集まる。
アビアは一人ひとりの顔をゆっくりと見渡し、静かに告げた。
「俺たち『ユリシーズ・アトラス』は、今日をもって解散する」
その言葉に、驚きの声は上がらなかった。
カイルも、ティアも、そしてヴァルも。誰もが予感していたことだったからだ。
そこにあるのは悲しみや不和ではない。
「やりきった」という、清々しい達成感だった。
公式記録では失敗扱いだが、彼らは未踏ダンジョン『ラボ・ゼロ』を攻略した。
最深部の楽園を見た。
それは、この世界の冒険者としての最高到達点だったのだ。
マギーが満足そうに珈琲を啜り、紫煙を吐き出す。
「……いい顔だ。引き際を自分で決めるのも、一流の冒険者の条件だよ」
アビアが破顔する。
「ああ。俺たちの旅は、最高の結果で終わった。……文句なしの結果だ」
◇
それは、解散宣言の前夜のことだった。
風呂上がりのヴァルが夜風に当たろうとテラスに出ると、先客がいた。
アビアだ。彼は手すりに寄りかかり、満天の星空を見上げていた。
「……兄貴」
「おう、ヴァルか。……ちょうどいい、お前に話があったんだ」
ヴァルは隣に並ぶ。
ユグド・セコイアの夜は静かだ。木々の葉が風に擦れる音だけが、心地よく響いている。
アビアが、ぽつりと語り始めた。
「お前が入るまで、俺たちはそこらの凡百な冒険者だった。Sランクなんて夢のまた夢、自分の限界を感じて、正直腐りかけてたんだ」
剣の腕はあっても、魔法の才はあっても、Aランクで足踏みしていた。
そんなどこにでもいるパーティ。
だが、数ヶ月前。
『旧文明の遺産』を持つ「モグリ」の青年――ヴァルと出会い、全てが変わった。
見たこともない科学という武器。常識を覆す戦術。
そして何より、諦めることを知らないその右目。
「お前が来てからの数ヶ月は……それまでの何十年が薄く感じるほど、濃くて、楽しかった」
アビアはゴツゴツした手で、ヴァルの肩をバシンと叩いた。
「ありがとうな、ヴァル。お前のおかげで、俺たちは『夢』を叶えられた」
その言葉に、ヴァルの胸が熱くなる。
喉の奥が詰まりそうになるのを堪え、彼は深く頭を下げた。
「……違います。俺の方こそ、居場所をくれて、ありがとうございました」
魔力を持たない魔力欠如者。どこにも馴染めなかった自分を、偏見なく受け入れ、背中を預けてくれた。
アビアたちがいたから、ヴァルはここまで来れたのだ。
アビアはニカッと笑う。
「俺とティアは……ここで身を固めるつもりだ。あいつも俺も、もういい歳だ」
「そうですか……おめでとうございます」
「……だからヴァル、お前は行け。その左眼の秘密を知る旅にな」
リーダーとしての最後の命令。
そして、兄としてのエール。
「お前の旅は、まだ終わってねえんだろ?」
「……はい」
そして、アビアは恥ずかしそうに空を見上げて続けた。
「そんで……なにかあったら、ここに戻ってこい。お前は、俺の……弟だからな」
「兄貴……」
そこからしばらく、二人だけで静かに語り合った。
しかし、二人の会話を、テラスの物陰で仲間たちが優しく聞いていたことを、ヴァルだけが知らなかった。
◇
翌朝。
まだ街が眠りについている薄暗い時間。
ヴァルは誰にも告げずに宿を出ようとしていた。
涙の別れは苦手だ。湿っぽいのは性に合わない。
愛用の対物ライフルを背負い、静かに扉を開ける。
「……おはよう、ヴァル」
「置いていく気? 水臭いじゃない」
そこには、既に旅装を整えた二人の女性が待っていた。
ララと、ルーナだ。
「えっ、二人とも……? どうして」
ヴァルが驚いて立ち尽くす。
ララが優しく微笑み、黒鉄の槍を持ち直した。
「私はあなたの『護衛』なの。それに10年前の約束、まだ果たしきってないもの。……貴方一人を放っておけるわけないじゃない」
ルーナが短剣をクルクルと回し、ウインクする。
「私はもっと広い世界が見てみたいから! ここに残るってのは退屈だしね。……それに、私のほうが冒険者としては先輩だし! あんたの指導係が必要でしょ?」
二人の瞳に迷いはない。
ヴァルは苦笑し、観念したように肩をすくめた。
「……はは。どんな旅になるかわからないんですよ?」
「旅は道連れ世は情けって言うでしょ。私がいるからには安心しなさいっ」
ルーナが先輩面で偉ぶるのを見て、ヴァルは笑顔で応える。
そこへ、カイルが歩いてくる。彼は旅装ではなく、普段着だった。
「僕は、残ります」
カイルは真っ直ぐにヴァルを見つめる。
「ヴァル君の簡易術式や、武器の発想を見て……僕は自分の無知を恥じました。もっと魔法理論を勉強したくなったんです」
「カイルさん……」
「セバスチャン様の下で、基礎から学び直します。……いつかまた会う時まで、もっと強くなっておきますから」
「はい。……カイルさんなら、きっとすごい魔法使いになれます」
二人は固く握手を交わした。
そこへ、実は起きていたアビアとティアも、腕を組んで現れる。
「水臭いぞヴァル! 俺たちに見送りさせろってんだ!」
「ふふ、こっそり逃げるなんて、ヴァルらしいけどね」
◇
街の門。
朝日は昇りきり、新たな一日の始まりを告げている。
「ヴァル様ぁぁ! 嫌ですぅぅ! 行かないでくださいぃぃ!」
「ちょ、リリアさん!? 急に抱き付かないで! 苦しいです!」
リリアが涙目でヴァルにしがみついている。
それをララが「はいはい、離れなさい!」と引き剥がす。
「絶対に、絶対にまた会いましょうねぇぇ! 私、運命信じてますからぁぁ!」
リリアの絶叫がこだまする。
その後ろで、マギーとセバスチャン、タルゴスが穏やかに手を振っている。
「達者でな、坊やたち! 困ったらいつでも帰っておいで!」
「武運を祈ります」
「へっ、いい武器作れよ!」
そして、アビアとティア。
アビアは拳をヴァルに突き出し、別れの挨拶を紡ぐ。
「行け、ヴァル。ララ、ルーナ。俺の弟を頼む。……俺たちの分まで、暴れてこい!」
「お土産話、期待してるからね!」
ヴァルは拳を合わせ、深く頷いた。
「行ってきます!」
背を向け、歩き出す。
新生パーティは3人と1体。
少数精鋭。より過酷な、真実への旅路が始まる。
目指すは始まりの街、ノアズ・アーク。
アイザックの元へ一旦戻り、情報収集と補給を行うためだ。
そして、レティナが示した「Module ID」を集めるために。
ヴァルは振り返らず、広がる青空を見上げた。
その瞳に映るのは、もう過去のコンプレックスではない。未来への意志だ。
(レティナ。……俺は、俺の目標を見つけた。そのために、お前の言葉を信じるよ)
左肩のスピーカーから、相棒の声が響く。
そこには、隠された嘘も、矛盾する命令も感じさせない、いつも通りの響きがあった。
『マスター、ナビゲーション開始します。……次の目的地、ノアズ・アーク』
風が変わり、新たな冒険の匂いがした。
彼らの足跡は、ここからまた続いていく。
◇
彼らが目指す先。
始まりの街、ノアズ・アークのギルド本部。
最上階にて、ギルドマスターであるアイザック・グラントは、ヴァルたちの帰りを待っているはずだった。
――はずだった。
バンッ!
秘書官のカレンが、書類の束を抱えて慌てて入室する。
だが、彼女の動きは凍りついた。
そこは、血の海だった。
机に背を預け、床に踞るアイザックの姿があった。
カレンは職務を忘れ、悲鳴に近い声で叫ぶ。
「アイザック!!!」
駆け寄り、抱き寄せる。
身体は冷たく、呼吸は浅い。大量の出血が、カレンの服を赤く染めていく。
「はぁ、はぁ……カレンか……今日も綺麗だね、君は」
アイザックは血の気のない顔で、必死にいつものような軽薄な笑顔を作ろうとしていた。
だが、その手は自身の左肩を強く押さえている。
そして、カレンは気づく。
彼の左腕が、肩から先ごともぎ取られていることに。
「どうしたの!? 何があったの!?」
「……アポロギアと……ハーフエルフの少年が来てね」
アイザックはかすれ声で呟く。
痛みよりも、その瞳には悔しさと、ある種の「恐怖」が滲んでいた。
「……きっと、意趣返しさ。……私の左腕を切ってでも、彼ら(ヴァルたち)にメッセージを伝えたいんだと思う……うっ!!」
カレンにそこまで伝えると、彼の意識が途切れる。
力なくカレンの腕の中に崩れ落ちるアイザック。
窓の外では、不吉な雷鳴が轟いていた。
ヴァルの帰還を待つはずの場所は、既に戦場へと変わっていたのだ。
【あとがき】
読んでいただきありがとうございます!
これにて第3章「ラボ・ゼロ編」、完結です!!
アビア兄貴との熱い別れ。
カイル君の新たな決意。
そして、リリアちゃんの絶叫(笑)。
最高のハッピーエンド……で終わらせるつもりでした。
しかし、ラストでまさかの事態が。
帰るはずの「ノアズ・アーク」で、アイザックさんが……!
アポロギアとレヴォスの影が、思ったより早く、深くヴァルたちに迫っています。
ここから物語は第4章へと突入します。
奪われた日常と、新たな敵。
ヴァルとレティナの「嘘」を抱えた旅は、修羅場からのスタートとなりそうです。
ここまでお付き合いいただき、本当にありがとうございました!
次章も全力で駆け抜けますので、引き続き応援よろしくお願いいたします!
(※ネトコン14参加中です! 「第3章最高だった!」「アイザックさん生きて!」と思った方は、応援ブクマいただけると嬉しいです!)




