第53話:凱旋と、恋の鞘当て(トライアングル)。……そして、もう一人の「アトラス」
【帰路:タートル車内】
カルデラの楽園を後にし、一行を乗せたタートルは地上への帰路についていた。
車内の空気は、行きとはまるで違う。張り詰めた緊張感はなく、心地よい疲労感と達成感が漂っている。
そんな中、アビアが座り直し皆に切り出した。
「なあ、相談なんだが……『ラボ・ゼロ』の件、ギルドには『攻略失敗(未踏のまま)』ってことにしねえか?」
「えっ?」
御者台のヴァルが目を丸くする。
「失敗って……俺たちは最深部まで到達しましたよ?」
「ああ。だがな、あんな綺麗な場所だ。公表してみろ。他の冒険者や各国のお偉い奴らが押し寄せて、あっという間に踏み荒らされちまう」
アビアは頭を搔き少し照れながら、苦笑交じりに言う。
「俺たちは冒険者だ。発見するのは仕事だが、破壊するのは趣味じゃねえ。……あの景色は、俺たちだけの秘密にしておこうぜ」
その提案に、マギーが驚いた顔をし、やがて優しく笑った。
「……ふふ。アンタ、見た目に似合わず優しいねぇ。筋肉まで脳みそかと思ってたけど、見直したよ」
「マギー婆さん! 褒めるなら普通に褒めてくれ!」
そこへ、カイルがニヤニヤしながら口を挟んだ。
「へえ~、リーダーって意外とロマンチストなんですねぇ。お花畑を守りたいだなんて」
「なっ……!?」
ティアもクスクスと笑う。
「ふふ、アビア可愛い。乙女チックね」
「う、うるせえ! 可愛くねえよ! 合理的な判断だっつの!」
アビアは耳まで赤くして怒鳴る。
その様子を見て、車内はどっと笑いに包まれた。
マギーが満足げに紫煙をくゆらせる。
「……いいチームだねぇ。アンタたちなら、秘密を守り通せるさ」
全員が同意する。
ヴァルも胸を撫で下ろした。
(よかった。……これで、セクター4も守られる)
あの忠実な番人を、人間の欲に晒したくはない。
「じゃあ、決まりだな。『ラボ・ゼロは化け物の巣窟で、最深部は瓦礫の山だった』……これが公式記録だ」
彼らは「秘密」を共有する共犯者として、固い絆で結ばれた。
◇
【ユグド・セコイア:セバスチャン邸】
数時間後。一行はユグド・セコイアの聖都アイオーンへ到着した。
報告のため、最長老であるセバスチャン・アエテルナの屋敷へと向かう。
重厚な扉を開けると――そこでは、いつものドタバタ劇が繰り広げられていた。
「お待ちくださいセバスチャン様! まだ決裁書類が山ほど残っております! 逃げないでください!」
「離してください! 妻が帰ってきたんです! 仕事などしている場合ではないのです!」
書類の山から脱走しようとするセバスチャンと、それを必死に追いかけるエルフの少女。
少女はヴァルたちの姿に気づくと、キキーッ! と音が出そうなほどの急ブレーキをかけた。
「あ……! ヴァ、ヴァル様……!」
彼女はリリア・デジール。
ヴァルに命を救われ、その強さと優しさに一目惚れした元エリート騎士だ。今はセバスチャンの側近として働いている。
リリアは顔を真っ赤にし、スカートの裾をギュッと握りしめた。
(ど、どうしよう……! 心の準備が……! 今日の髪型変じゃないかな!?)
脳内は大パニックだが、長年の騎士生活で培ったポーカーフェイスが裏目に出て、表情はガチガチに固まっている。
「あの、先日は……! 私、リリア・デ……」
「ああ、あの時の騎士さんですね。転職されたんですか?」
ヴァルは軽く会釈し、スタスタと通り過ぎようとする。
彼にとってリリアは「一度助けただけの人」であり、今はこれから来る「パーティ離脱」と「次の旅路」のことで頭が一杯で、上の空なのだ。
「えっ……あ、はい……」
固まるリリア。
だが、こんなことで恋の炎を絶やすほど、元エリート騎士は甘くない。彼女は勇気を振り絞り、一歩前に出た。
「あ、あのっ!!」
「はい!?」
ヴァルが足を止める。
リリアは耳まで真っ赤にしながら、しかし瞳には騎士らしい強い意志を宿してヴァルを見つめた。
「私、リリアって言います! この前はありがとうございました! もしよろしければ、お礼に食事でも……!」
「えっと、いえ、こちらこそ……?」
ヴァルが困惑して頭を掻く。
その背後から、スッと冷ややかな影が現れた。
「こらヴァル! 報告が先よ!」
ガシッ。
ララがヴァルの首根っこを掴んだ。
「え? ララさん!?」
「アエテルナ様がお待ちよ。余計な『道草』食ってる暇はないわ。(……ちょっと目を離すと、すぐ余計な虫がつくんだから!)」
ララはニッコリと(しかし目は笑っていない)リリアに会釈すると、ズルズルとヴァルを引きずっていく。
「あぁ~、すみませんリリアさん! また今度!」
「あっ、はい……! また今度……!」
リリアはその場に取り残されたが、その表情は明るかった。
(名前、呼んでくれた……! 「また今度」って言った……!)
「はぁぁ……素敵……」
リリアはその場に崩れ落ちそうになりながら、ウットリと頬を押さえた。
「運命です……! これは間違いなく、愛の女神が導いた運命の再会……! ヴァル様もきっと、私に気があるはず!」
完全に自分の世界に入っている。
その様子を、屋敷のメイドたちが遠巻きに見ていた。
「……リリア、また壊れちゃった」
「あのクールな騎士様がねぇ……恋って怖いわ」
「でも、あんな幸せそうな顔、初めて見ましたよ」
メイドたちの呆れ声も、恋する乙女の耳には届かない。
ライバルの気配に耳をピーンと立てるララと、一歩前進したと勘違いして舞い上がるリリア。
ヴァルを中心とした恋の鞘当てに、他の事で頭いっぱいな本人だけが気づいていないのだった。
◇
応接室にて。
一連の出来事の詳細をひとしきり話し終わった。その締めの一言は―― 。
マギーが「最高の景色だったよ」と語り、こっそりと持ち帰った「押し花」をセバスチャンに見せた。
それは、楽園に咲いていた青い花だ。
「……そうですか。本当に、あったのですね」
セバスチャンは震える手で花を受け取り、愛妻の満足げな顔を見て、深く頷いた。
「君が笑っているなら、それが私にとって一番の報酬です。……よく、ご無事で」
「ふん。アンタこそ、少し白髪が増えたんじゃないかい?」
二人は見つめ合い、穏やかに微笑む。
ヴァルたちはその空気を邪魔しないよう、静かに部屋を出た。
こうして、前人未到の『ラボ・ゼロ』攻略は、公式には「最深部到達ならず(失敗)」として処理されることになった。
真実は、彼らの胸の中だけにしまわれたまま。
◇
【ノアズ・アーク:冒険者ギルド】
一方その頃。
空には重たい積乱雲がかかり、月を隠している。
ユグド・セコイアの冒険者ギルドに併設された酒場は、夜の帳が下りると共に荒っぽい熱気に包まれていた。
その騒がしい店内で、一人の少年が絡まれていた。
銀髪に、理知的な瞳。線が細く、まるで人形のように整った顔立ちをしたハーフエルフの美少年だ。
「おい、生意気なんだよ色男。どこの田舎もんか知らねえが、ここじゃ先輩に挨拶するのがルールだろぉ?」
酒臭い息を吐きながら、大柄な冒険者が少年の胸倉を掴もうとする。
少年は、手にしたグラスの中の氷をカランと鳴らし、ため息をついた。
「……騒々しい。知性のかけらもない。ここはこんな屑どもしかいないのか」
「ああん!? なんだとテメェ!」
男が拳を振り上げた、その瞬間。
ズンッ!!!!
「ぐあぁっ!?」
男の身体が、見えない巨人の手に押し潰されたように、床に叩きつけられた。
木製の床板がバキバキと音を立てて砕け、男はカエルのように這いつくばる。
「ぎ、が……っ!? な、なんだ……!?」
少年は指一本動かしていない。
詠唱すらしていない。
ただ、冷ややかな瞳で男を「見た」だけだ。
「重力だ。学のない奴にはわからないだろう?……お前の体重を10倍にした。その程度の筋肉では、自分の身体すら支えられない」
少年はため息を一つして、興味なさげに席を立つ。
周囲の冒険者たちが、恐怖で道を空ける。
圧倒的な格の違い。無動作での魔法。それは天才の所業だった。
その様子を、カウンターの隅で静かに見ていた男がいた。
黒いフードを目深に被った男。
元・使徒、アポロギアだ。
「へえ……面白い魔法を使うなァ。それに……不満がありそうな顔をしてるじゃないか」
アポロギアはニヤリと笑い、グラスを置いて少年の後を追った。
◇
酒場の外。冷たい夜風が吹いている。
少年が路地裏に入ったところで、アポロギアが声をかけた。
「よう、天才くん。随分と退屈そうだな」
少年は足を止め、振り返る。
「……貴方も僕に何か用でも? さっきの店の中で、唯一まともな魔力量を持っていましたね」
「へぇ。隠蔽してたのに、さすがにわかるか。……俺と一緒に、世界をひっくり返してみないかい?」
アポロギアの唐突な提案に、少年は眉をひそめることもなく、興味深そうに目を細めた。
「世界を?」
「ああ。今の『三神の均衡』とかいうぬるま湯、飽き飽きしてるんだろ? 俺もお前も、強すぎる力は毒にしかならない」
少年はアポロギアを一瞥する。
胡散臭い男だ。だが、その言葉は少年の心の琴線に触れた。
彼は知っている。長老たちが守る「秩序」が、いかに脆弱で、才能ある者を殺す偽りに満ちたものかを。
「……興味深い提案だ。僕も、この腐った世界には反吐が出る」
少年はアポロギアに近づく。
彼は真の魔力社会、実力ある者が正当に評価される世界を作るためなら、悪魔とでも手を組む覚悟があった。
「話が早いなぁ。名前を聞こうか」
アポロギアの問いに、少年は冷たい表情で答える。
「僕はレヴォス」
一瞬の間。
夜空を引き裂くように、遠雷が轟く。
「……レヴォス・アトラスだ」
その名は、この街では有名な名であり、冒険者アビアと同じ姓。
だが、その瞳に宿る光は、太陽のようなアビアとは対極の、冷たく暗い月のような輝きだった。
光の当たる場所でヴァルたちが凱旋を祝うその裏で。
才能を持った「影」が、静かに動き出した。
【あとがき】
読んでいただきありがとうございます!
前半は、マギーさんの夢を守るための「優しい嘘」。
そして、お久しぶりのリリアちゃん!
(相変わらずのポンコツぶりと、ララさんの鉄壁ガード……ヴァル君の周りは賑やかですね)
そして後半。
不穏な空気を纏った少年、レヴォス。
「アトラス」の名を持つ彼は、アビア兄貴とどういう関係なのか……?
さらに、あの「アポロギア」と接触してしまいました。
最悪の組み合わせが誕生しそうです。
次回、いよいよ第3章最終話!
ヴァルたちは新たな旅路へ。
物語は大きく動き出します。
(※ネトコン14参加中です! 「リリアちゃん可愛い!」「レヴォスってまさか…」と思った方は、応援ブクマいただけると嬉しいです!)




