第50話:鍵開け(ロックスミス)の矜持と、3000年の忠義。……主のいない楽園で
【ラボ・ゼロ・最深部ゲート前】
アビアによる雷撃魔法で数百の魔物が炭化し、静寂が戻った広場。
一行の目の前には、ダンジョンの終着点である巨大で堅牢な鉄の扉が立ちはだかっていた。
高さ10メートル。表面には複雑な電子回路の紋様が走り、中央には赤いランプが点滅している。
『解析不能。単純な電子ロックですが、現在の技術では解錠不可能です。……物理的破壊を推奨します』
レティナの冷徹な判断に、アビアたちが肩を落とす。
「マジかよ……。俺の魔力はすっからかんだぞ。またぶっ壊すのか?」
「いえ、これだけの厚みです。今の火力では……」
手詰まりかと思われたその時。
紫煙を吐き出す老婆が、カッカッカッと笑った。
「破壊だって? ……野暮だねぇ」
マギーが前に出る。
その背中は、いつもの気怠げな老婆のものではない。歴戦の冒険者のそれだった。
「私がなぜ、少ない魔力で数々のダンジョンを攻略し、『鍵開け』なんて二つ名で呼ばれたか知ってるかい?」
彼女は懐かしそうに目を細める。
かつて、夫のセバスチャンが扉を力任せに破壊した時、彼女は激怒した。
『馬鹿っ! 一番気持ちいいところを台無しにするんじゃないよ!』と。
未知への入り口をこじ開ける瞬間の、あの心臓が跳ねるような高揚感。それこそが冒険の醍醐味だ。
「どきな、若造ども。……ここからは年寄りの出番だ」
◇
マギーは巨大な扉に手をかざし、小さく詠唱する。
「微かな信号」
それはヴァルの使う簡易術式とは違う。一般的な魔法だ。
だが、長い年月で研鑽された、彼女だけの『魔法』だ。
魔力をソナーのように反響させ、壁の中の構造を読み取る。
鉄板の奥にある配線が、血管のように透けて見えた。
「……見つけた。坊や、右手の岩を壊しな」
「はい!」
ヴァルがアサルトライフルのストックで岩を叩き割ると、錆びついた配線盤が露出する。
そこからはマギーの独壇場だ。
「……寂しかっただろう? 誰も触れてくれなくて、そこかしこ錆びちまってるねぇ」
マギーは配線盤を、まるで赤子をあやすように優しく撫でた。
「……構造は単純だね。……痺れる刃」
彼女の指先から、紫色の微弱な電流が走る。
それは破壊のための雷撃ではない。
『ファラデーの電磁誘導』を直感的に応用し、死にかけている回路に正しいパルス信号を送り込み、騙すための繊細な魔法。
パチッ、パチッ。
ピアノを弾くような優雅な指使い。
ヴァルはその手元を見つめ、息を呑んだ。
(すごい……。電圧を調整して、セキュリティをバイパスしているのか……?)
魔法というよりは、ハッキングに近い。
「ほら、いい子だ。……頑固な鍵は嫌われるよ?」
カチリ。
静かな音が響き、中央の赤いランプが緑へと変わった。
複雑な電子ロックが、まるで魔法使いに魅了されたかのように解除されていく。
ズズズズズ……ッ。
数千年の時を超え、重厚な扉が悲鳴のような音を立てて左右に開き始めた。
その隙間から、冷たく、淡い青色の光が漏れ出す。
「開きな。……夢の続きを見せておくれ」
◇
扉の向こうは、広大なドーム状の空間だった。
壁一面に埋め込まれた無数のモニター。そこには、今まで彼らが通ってきたダンジョンの各所が映し出されている。
中央には巨大な制御卓があり、幾何学的なホログラムが浮かんでいる。
「なっ……ダンジョンの中が丸見えじゃねえか!?」
アビアが驚愕する。
だが、ヴァルが目を奪われたのは別の点だった。
部屋はもぬけの殻だ。人の気配はない。
それなのに――床には、塵ひとつ落ちていなかったのだ。
金属の壁は磨き上げられ、まるで昨日完成したかのように輝いている。
空気は冷たく澄んでおり、カビの臭いなど微塵もしない。
ヴァルの肩で、レティナが警告音を鳴らした。
『警告:強力なAI反応を確認。……識別信号照合。……間違いありません、この部屋の管理AI、通称「セクター4」です』
レティナのカメラアイが周囲をスキャンする。
『この設備は、環境維持および生態系管理のためのメインサーバーです。……信じられません。これほどの規模のシステムが、まだ生きています』
その時。
中央のパネルが強く発光し、ノイズ混じりの合成音声が響いた。
〈……生体認証。スキャン開始……〉
青い光線がヴァルを捉える。
〈……マギレス反応を確認。ID照合……検索結果なし。マギレスのため、管理者権限と断定〉
ウィィン。
制御卓からカメラアイが伸び、ヴァルを見つめた。
〈……ようこそ、管理者様。お待ちしておりました〉
それは、非常に丁寧で、優しい、老紳士のような口調だった。
敵意はない。あるのは純粋な忠誠心だけ。
〈最終アクセスより、3214年と8ヶ月12日。……長らくの不在でしたが、システムは正常です。本日の予定はいかがいたしますか?〉
さらりと言われた数字に、ヴァルは戦慄した。
「3200年……?」
アビアたちも言葉を失う。
このAIは、誰も来ないこの部屋で、たった一人で秒数を数え続けていたのだ。
来るはずのない主人を待ち続け、毎日、毎秒、誰もいない施設の気温や湿度を調整し、床を磨き続けてきた。
〈気温、湿度、生態系サイクル、すべて最適値を維持しております。いつでもご視察いただけます〉
壊れているのではない。
狂うこともなく、完璧に稼働している。
だからこそ、その「健気さ」が痛いほど悲しかった。
ヴァルの肩で、レティナが震える。
『……ログを確認。エラーなし。稼働率100%。……信じられません。これほどの期間、メンテナンスなしで自我を保つなど……』
同じAIである彼女だからこそ分かるのだろう。それがどれほどの「地獄(孤独)」であるかを。
『……マスター。このAIは私よりも前に作られています』
レティナの呟きに、ヴァルは言葉を詰まらせた。
彼はただ、レティナのスピーカーを指先で優しく撫でることしかできなかった。
◇
「……おい、お前は何を守っているんだ?」
アビアの問いに、AIがモニターを切り替える。
〈私が管理しているのは、「プロジェクト・アーク(箱舟)」。旧文明が遺した、汚染なき生態系です。先ほど、マギアンの反応があり守護者を配置しましたが全滅しております〉
「……あぁ」
マギーが膝から崩れ落ちた。
かつて彼女が、ボロボロの文献で読み、夢見た「原初の風景」。
汚染される前の、世界の姿。
「あったんだね。……御伽噺じゃなかったんだね」
マギーの目が潤み、赤くなる。
しわくちゃの手で口を覆い、子供のように肩を震わせる。
彼女は冒険者として、生涯をかけて追い求めた「宝」についに辿り着いたのだ。
「……見せてやりたかったねぇ。あの馬鹿に」
マギーは涙をこらえながら、どこか遠くを見つめるように呟いた。
AIは、誰もいない場所を、ただひたすらに磨き上げ、美しく保ち続けていたのだ。
主人が帰ってきた時に、一番綺麗な状態を見せるために。
ヴァルは、嬉々として報告を続けるセクター4を見つめる。
(……こいつには、「寂しい」という概念がない。だからこそ、死ぬまで……いや、死ぬことさえ許されず働き続ける)
ふと、肩のレティナを見る。
もし自分が死んだら、こいつもこうなるのだろうか。
永遠の時間を、誰かのために捧げ続けるのだろうか。
〈管理者様? どうかされましたか?〉
カメラアイが不思議そうに首を傾げる(ように動く)。
ヴァルはエンジニアとして、そして人間として、奥歯を噛み締め、優しく答えた。
「……いや、ご苦労だったな、セクター4。……完璧な仕事だ」
〈! ……感謝します。最高の評価です〉
AIが嬉しそうに光を点滅させた。
その光は、まるで尻尾を振る忠実な番犬のようだった。
ヴァルは震えるマギーの肩に手を置く。
「行きましょう、マギーさん。……貴方の夢を見に」
一行は制御室を抜け、さらに奥にあるエレベーターへ向かう。
悲しき機械の忠義に見送られ、彼らはついに、3000年の時を超えて保存された「楽園」へと足を踏み入れる。
【あとがき】
読んでいただきありがとうございます!
そして、祝・第50話到達!!
ここまでお付き合いいただき、本当にありがとうございます!
記念すべき回は、激しい戦闘ではなく、静かな「再会」の物語でした。
マギーさんの熟練の技。
そして、3000年間たった一人で待ち続けたAI「セクター4」。
「寂しい」という感情がないからこそ、永遠に待ち続けられる。
それは幸福なのか、それとも残酷な呪いなのか。
レティナの反応も含めて、彼らの「心」を感じていただければ嬉しいです。
次回、ついにその「楽園(箱舟)」の全貌が明らかになります。
そこで一行を待つものとは……?
第3章クライマックス、最後まで駆け抜けます!
(※ネトコン14参加中です! 「50話おめでとう!」「セクター4健気すぎる…」と思った方は、応援ブクマいただけると嬉しいです!)




