第46話:敗走の苦味と、逆転の青写真。……魔法使い(ファンタジー)を発電所(インフラ)に変える夜
【ラボ・ゼロ・入口通路】
キュルルルルルッ!!
タートルがタイヤを軋ませ、全速力で洞窟を逆走していく。
「うわぁぁぁ! 来てる、まだ来てるぞォッ!」
後部の荷台から身を乗り出したカイルが、悲鳴に近い声を上げた。
彼らの背後には、通路の壁も天井も埋め尽くすほどの、赤い目をした魔物の波が押し寄せていた。
ザザザザザッ……!
数千の爪が岩肌を削る音。機械部品が軋む音。そして、飢えた獣の唸り声。
それらが混じり合い、巨大なノイズとなって鼓膜を叩く。
それはもはや「敵の群れ」ではない。ダンジョンそのものが彼らを異物として吐き出そうとする、赤黒い「津波」だった。
「ひっ……! 来ないで、来ないでよぉ……!」
ティアが泣き叫びながら、気絶したルーナを抱きしめて縮こまる。
Sランクに近い実力を持つ彼女たちでさえ、生理的な恐怖で震えが止まらない。
個の力ではどうにもならない、圧倒的な「量」の暴力。
「振り落とされるんじゃないよ! 出口までノンストップだ!」
マギーが叫び、ヴァルが手綱をさらに握り込む。
ギリギリのドリフトで岩角を抜け、一行は命からがら、ラボ・ゼロの入り口から荒野へと飛び出した。
キキーッ!!
急停止したタートルの後ろで、追ってきた魔物たちがピタリと止まる。
太陽光を嫌ってか、あるいはテリトリー外だからか。
彼らは入り口の影の中から無数の赤い目を光らせ、不気味な咆哮を残して闇へと消えていった。
「はぁ……はぁ……死ぬかと思った……」
洞窟の外で、全員が糸が切れたように倒れ込む。
圧倒的な敗北。
完膚なきまでの撤退だった。
「ふぅ~……一度、テトラゴニアに戻るよ。このままじゃ全滅だ」
御者台で震える手で煙草に火をつけたマギーが、重苦しく告げた。
誰もが満身創痍で、その言葉に頷くことしかできなかった。
◇
【テトラゴニア・貸倉庫】
深夜。
ミュータティオを起こしたルーナをベッドで休ませ、残りのメンバーは倉庫の中央にある作戦テーブルに集まっていた。
重い沈黙が場を支配している。
ドォン!!
アビアが悔しさに任せて、倉庫の壁(カイルが空けた大穴の横)を殴りつけた。
「くそっ……! 通用したはずだ! なのに、なんで押し負けるんだ!」
個々の戦闘では勝っていた。火力も足りていた。
なのに、気づけば包囲され、リソースが尽きていた。
マギーが静かに諭す。
「質が良くても、数には勝てない。それが『戦争』だよ」
彼女は紫煙を吐き出す。
「Sランク冒険者だろうが英雄だろうが、あの『無限の湧き』の前じゃ無意味さ。個人の魔力には限界がある。対して、ダンジョンの生産力は無限……。正面から殴り合えば、先に尽きるのはこっちだ」
誰も反論できない。
魔法という「最強の矛」が、数の暴力という「厚すぎる壁」に折られた夜だった。
だが。
その沈黙の中で、ヴァルだけは顔を上げていた。
その瞳に、絶望の色はない。あるのは冷徹な計算と、解析の光。
「……戦争。魔物 対 人類か。……レティナ、今回のログを展開してくれ」
『了解。戦術データ、および敵性分布図を投影します』
ヴァルが立ち上がる。
敗北は終わりではない。ただの「データ収集」だ。
◇
【翌朝・倉庫内】
朝日が差し込む倉庫。
ルーナもふらつきながら起きてきて、椅子に座り込んだ。「治らない二日酔いみたい……」とダルそうにしているが、峠は越えたようだ。
気を取り直して、ヴァルはパンドラのサブアームを展開した。
ウィィン……。
義手の先端から、チョークのような細いアームが伸び、床に直接複雑な設計図(青写真)を描き出していく。
「戦い方を変えましょう。……正攻法が通じないなら、僕のやり方で攻略します」
ヴァルは全員を見回した。
「皆さんの魔法は『大砲』です。一発で強敵を吹き飛ばせる。……ですが」
ヴァルは指を一本立てる。
「100匹の虫を潰すのに、大砲を100発撃っていたら、砲身(体)が持ちません。昨日の敗因はそこです」
必要なのは単体火力じゃない。
敵の「数」を上回る効率。
「圧倒的な『範囲攻撃』と『継続制圧能力』です」
床に描かれた設計図が、次々と形を変えていく。
それは、この世界の住人が見たこともない、異様な形状の武具たちだった。
「一週間ください。全員を、ラボ・ゼロ攻略専用に『換装』します」
「一週間で? 無理だろ!」
アビアが叫ぶが、ヴァルは不敵に笑った。
「やります。……僕とタルゴスさんなら」
指名されたタルゴスが、ハンマーを担いでニヤリと笑う。
「へっ、面白い。ドワーフの腕の見せ所だな。……設計図は見えてる。材料もある。やってやろうじゃねえか」
◇
ヴァルは次々と狂気の設計図をプレゼンしていく。
①アビア&タートル案:『雷撃グリッド』
「兄貴は、剣を振るのは『ここぞという時』だけにしてください」
「はあ? ふざけるな! 俺は剣士だぞ!?」
アビアが噛み付く。剣を振るなというのは、戦力外通告に等しい。
だが、ヴァルは真っ直ぐにアビアを見つめ返した。
「雑魚如きに、兄貴の剣を使うのは勿体ないと言っているんです」
「……あ?」
「タートルから無数のワイヤー付き『避雷針』を射出します。兄貴はそこに雷を流すだけでいい。……面で制圧し、道を切り開く。貴方は『剣士』から『発電所』になるんです」
図面が、電線で結ばれた結界のような図を表示する。
「兄貴の剣は、最深部の『王』を討つために温存してください。……それまでは、俺のシステムで楽をさせます」
その言葉に、アビアの怒気がスッと引いた。
代わりに、ニヤリと凶悪な笑みが浮かぶ。
「……へっ。発電所、か。いいじゃねえか。俺の雷で、あのクソダンジョンごと感電させてやる」
②カイル案:『高圧水流切断』
次に書き記したのは、カイルの杖の先端に取り付ける、無骨な金属製のパーツだった。
「なんですか、この突起は……」
「金属製の『絞り弁』です。先端の穴は0.5㎜。髪の毛一本分です」
「はあ? そんな狭い穴じゃ、水が出ないでしょう! 水魔法とは、大河の如き流れこそが至高……」
「いいえ。ここに貴方の高圧水流(PRESS)を撃ち込むんです」
ヴァルはカイルの抗議を遮り、氷のような声で解説する。
「物理法則(ベルヌーイの定理)です。逃げ場を失った水は、極限まで圧縮され、音速を超えて噴出されます。……それはもはや水ではない。鉄すら豆腐のように切断する『刃』になります」
カッターのように撫でるだけで、敵集団が切断される仕様。
「そ、そんなことが起こるなんて……。私が長年研究してきた魔法が、こんな小さな『金属片』一つで覆るなんて……!」
カイルは青ざめながらも、その理論の美しさに魅入られていた。
魔法という芸術が、科学という暴力に敗北した瞬間だった。
③ルーナ(風)案:『粉塵爆発』
「ルーナさんには、これを使ってもらいます」
渡されたのは、小麦粉のような粉末が入った袋。
「ルーナの風(真空)で敵を窒息させ……空気が戻る瞬間に、この『可燃性微粒子』を撒きます」
「粉……? これでどうするの?」
「簡単です。火種を一つ放り込むだけ」
ヴァルは袋から少量の粉を空中に撒き、ルーナに目配せをした。
彼女がパチンと指を鳴らし、初級魔法・最小の脈動で小さな火花を散らす。
ボォォォォォンッ!!
一瞬にして、倉庫の空気が爆発的に膨張し、熱波が全員の顔を撫でた。
「きゃあっ!?」
「うおっ!?」
「……これが粉塵爆発です。密閉空間での威力は絶大。……ただし、深層へ向かう一本道では使いません。僕らが生き埋めになりますから。これは囲まれた時の『最終手段(切り札)』です」
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
それまで黙っていたティアが叫んだ。
「洞窟ごと吹き飛ばす気!? そんなことしたら、爆風で私たちまで死んじゃうじゃない!」
「だからこそ、ティアさんの出番です」
「え?」
「この爆風を制御するために、『重力プレス』を使ってもらいます」
「重力プレス?」
「敵を吹き飛ばすだけではなく、重力で爆風も魔物も一箇所に『圧縮』してください。そこへカイルさんとアビアさんが攻撃を集中させる。……貴女は守る盾だけじゃない。更に敵をまとめる『掃除機』になってください」
「そ、掃除機……」
ティアは遠い目をした。もうツッコむ気力もなさそうだ。
常識外れの、殺意に満ちた提案の数々。
マギーが目を丸くし、やがて低い声で笑い出した。
「……呆れたね。魔法使いを『発電機』や『裁断機』扱いするなんて」
彼女は新しい煙草を取り出す。
「……悪魔の発想だ。昔の人間が世界の中心だった理由がよく分かるよ。魔法という『奇跡』すら、効率的な『暴力』に変えちまうんだね 」
◇
「で、ヴァル。お前はどうするんだ?」
アビアの問いに、ヴァルは懐から残った魔鉱石の小袋を取り出した。
「俺は……こいつが必要です。また一週間、死ぬ気で稼ぎましょうね、兄貴」
そう言って、笑顔でパンドラの投入口へ魔鉱石を放り込む。
ガリッ、ボリボリ。
ついでに、その辺にあった岩石も放り込む。
『警告:マスター、不純物が多すぎます。純粋なグリット(魔鉱石)を要求します。岩は美味しくないです』
「こらレティナ、好き嫌いするんじゃありません。質より量だ。今は腹を満たせ」
いつものお返しとばかりにツッコミを入れるヴァル。
パンドラの内部メモリには、彼自身が使うための『新兵器』の設計図が既にセットされている。
これを生成するには、膨大なエネルギーと金属が必要なのだ。
「タルゴスさん、皆の装備のアタッチメントと、タートルの改修を頼みます。俺は自分の武器生成に集中します」
「おうよ! 忙しくなるぜぇ! 炉の火を絶やすなよ!」
タルゴスが腕まくりをして作業場へと走る。
マギーも立ち上がった。
「私も手伝うさ。レムナントいじりには自信があるんでね。微細な加工くらいなら手伝えるよ」
「……ねえ、私の分は?」
ララが不安そうにヴァルの袖を引いた。
ヴァルは優しく微笑む。
「ララさんには、とっておきの『サプライズ』がありますよ。……楽しみにしていてください」
『また贔屓ですか? マスター』
(うるさいぞ、レティナ)
期間は一週間。
敗走の夜は終わり、復讐を誓う職人たちの怒涛の一週間が幕を開けた。
【あとがき】
読んでいただきありがとうございます!
昨日の敗北から一夜明け。
落ち込んでいる暇はありません。
ヴァルによる「科学的改造手術(?)」の始まりです。
剣士は「発電所」に。
水魔法は「高圧切断機」に。
風魔法は「粉塵爆発」に。
魔法という「奇跡」を、効率的な「暴力装置」へと作り変える。
これぞマギレス(科学使い)の本領発揮ですね!
(カイル君のプライドがズタズタですが、強くなるからOK!)
次回、一週間の準備期間を経て、新生・ユリシーズ・アトラスが完成します。
そしてララへの「サプライズ」とは……?
リベンジマッチにご期待ください!
(※ネトコン14参加中です! 「科学TUEEE!」「ウォータージェット熱い!」と思った方は、応援ブクマいただけると嬉しいです!)




