第45話:未踏の洗礼(オーバーフロー)。……「質」で勝っても、「量」で圧殺される
【ラボ・ゼロ・入口エリア】
多種族国家テトラゴニアのギルド支部でクエストを受注し、意気揚々と出発した一行。
荒野を走ること数時間。タートルが到着した『ラボ・ゼロ』の入り口は、異様な光景だった。
「……なんだこりゃ。岩の中に『鉄』が混じってやがる」
護衛としてタートルのデッキに立ったタルゴスが、壁をコンコンとハンマーで叩く。
そこはただの洞窟ではない。
旧文明の超巨大地下施設が、数千年の地殻変動で自然の鍾乳洞と融合し、押し潰された場所だ。
入り口付近には、まるで岩に飲み込まれたかのように歪んだ鉄板が埋まっている。
『MAM...TH... CA...V...』
「……古代語か? 読み取れないな」
カイルが掠れた文字も見ながら呟く。
判読不能だが、かつてここが何か重要な施設であったことを無言で物語っていた。
さらに奥へ進むと、天井から垂れ下がる鍾乳石に錆びた鉄骨が絡み合い、壁からは血管のように太いケーブルが垂れ下がり、地底湖は不気味な蛍光グリーンに発光している。
自然の雄大さと、人工物の無機質さが混ざり合った、生理的嫌悪感を催す空間。
マギーが吸っていた煙草を携帯灰皿に押し込み、地図を広げて厳しい顔つきになった。
「さ、ここから先が『ラボ・ゼロ』だよ。……今まで数多の冒険者が挑み、誰一人として最深部へ辿り着けなかった『未踏』だからね。気を抜くんじゃないよ」
だが、アビアたちの士気は最高潮だった。
リーダーのアビアが、背中の大剣を親指で弾く。
「へっ、マギー婆さん! 未踏だろうがなんだろうが、今の俺たちの『魔法』なら余裕さ!」
「そうですよ。カイルの理論とヴァルの解析があれば、ドラゴンだって落とせます」
慎重派のティアですら、この自信だ。
合流から三日が経過し、道中の魔物相手に連戦連勝。
連携は完璧。火力は過剰。
今の彼らに問題があるとすれば、その溢れんばかりの自信だけだった。
「やれやれ、ガキだねぇアンタらは。……痛い目見ても知らないよ」
マギーは呆れつつも、タートルの手綱を握り直した。
布陣は以下の通り。
最前線:ヴァル、アビア、カイル、ララ、ルーナ。
中央:ティア(回復・防御担当)。
後衛:タートル(運転マギー、護衛タルゴス)。
「行くぞ! お宝とロマンが俺たちを待ってるぞ!」
アビアの号令と共に、一行は未踏という闇へと足を踏み入れた。
◇
【ラボ・ゼロ・中層エリア手前】
侵入から三時間。
彼らの進撃は、まさに破竹の勢いだった。
「グルルルルァァッ!!」
暗闇から襲いかかってきたのは、機械部品が肉体に癒着した異形の魔獣『メック・ベア』の群れだ。
かつての実験動物の成れの果てか。鋼鉄の装甲板が皮膚に食い込み、その爪は岩をも砕く。
以前の彼らなら、包囲されれば苦戦必至の相手だ。
だが、今の彼らは次元が違う。
「行くぞ! A.F. Code... 11:FLASH-M【雷光の歩法】!」
アビアが紫電を迸らせながら消える。
目にも止まらぬ速さで駆け抜け、硬い装甲を持つ魔物を、まるで豆腐のように両断する。
バチバチッ!
切り裂かれた断面が電気熱で赤熱し、魔物は悲鳴を上げる間もなく絶命した。
「遅いですね。……A.F. Code... 02:PRESS-M【高圧水柱】!」
カイルが眼鏡を光らせ、指を鳴らす。
詠唱破棄に近い速度で展開された術式により、敵集団の中心でピンポイント圧縮された水圧が敵を貫通する。
ドォォォン!!
拡散する水流ではない。一点に収束された「水」が敵を貫き、背後の岩壁を破壊させた音だ。
「近寄らせない! A.F. Code... 04:GRAV-M【重力の檻】!」
ティアが展開した重力の檻に突っ込んだ魔物は、自重の数倍の負荷をかけられ、その場でペシャンコに潰れて動けなくなる。
そこへ、ララとルーナが確実なトドメを刺していく。
「ギャオオォォォンッ!!」
さらに奥から、巨大な中ボス級の魔物『アイアン・スパイダー』が現れた。
全身がミスリルでコーティングされた、対魔法装甲を持つ蜘蛛だ。
だが、それすらも彼らの敵ではなかった。
「硬いだけですね。……ヴァル君、解析を!」
「装甲の隙間、全関節部特定! ルーナさん狙って!」
「了解! ……A.F. Code... 11:BLADE-S【プラズマの牙】!」
ルーナが放った超高圧電流の刃が、ヴァルの指定した一点を寸分違わず切り裂いた。
巨大な蜘蛛の足がバラバラに弾け飛び、胴体が地に落ちる。
「すげぇ……! 圧倒的じゃないか!」
アビアが歓喜の声を上げる。
魔力の消費を抑えるため、媒介となる魔鉱石の減りは早いが、それを補って余りある殲滅力。
硬い敵が紙のように切れ、群れがゴミのように吹き飛ぶ爽快感。
「これなら今日中に最深部まで行けるんじゃねえか?」
「ええ。計算上、リソースも十分持ちます」
カイルも興奮冷めやらぬ様子で頷く。眼鏡の奥の瞳孔が開いていることに、自分でも気づいていない。
ヴァルもまた、順調すぎる攻略に安堵していた。自分の解析が役に立っているという実感が、心地よかった。
誰も気づいていなかった。
アビアの剣を持つ手が、微かに痙攣していることに。
カイルの鼻の奥から、鉄錆のような血の味がし始めていることに。
その慢心こそが、未踏ダンジョンが口を開けて待っていた落とし穴だった。
◇
【ラボ・ゼロ・深層手前】
行程の半分ほど進んだ地点。
異変は唐突に起きた。
「……うっ、げぇっ!?」
最前線で索敵魔法を担当していたルーナが、突然膝をつき、激しく嘔吐した。
「ルーナ!?」
駆け寄ったヴァルは、ギョッとした。
吐瀉物に大量の血と、黒いタールのような粘液が混じっている。
それだけではない。彼女の鼻からツーッと鮮血が流れ落ち、血の気が引き、透き通るように白くなった肌には、どす黒い血管が蜘蛛の巣のように浮き出ていたのだ。
「ひっ……な、なにこれ……!?」
ルーナが自分の腕を見て悲鳴を上げる。
視界が歪み、世界が回転している。
マギーがタートルの窓から身を乗り出して叫んだ。
「ストップ!! 全員、魔法使用中止だ! 『魔力変異』のレベル1だよ!」
「ミュータティオ……!?」
アビアが愕然とする中、マギーが怒鳴る。
「当たり前だろう! アンタら現代人の貧弱な回路に、古代規格の高出力を流し続けたんだ! 脳と神経が負荷に耐えきれずショートしてるんだよ!」
魔法とは、物理法則をねじ曲げる「毒」だ。
魔鉱石で燃料を補充し続けたとしても、それを流すパイプ(生身の肉体)が耐えられない。
神経が焼け、細胞が変異し、内側から崩壊する。
ルーナは索敵のため、常時脳に負荷をかけていた。だから真っ先に限界が来たのだ。
「ティア、回復を!」
カイルが叫ぶが、彼もまた鼻血を垂らし、ふらついている。
「わ、わかった! A.F. Code... 08:PATCH-M【生命の修復】!」
ティアが蒼白な顔で治癒魔法をかける。
緑色の光がルーナを包む。
だが。
「……嘘、効かない!? 傷は塞がるのに、苦しそうなまま……」
鼻血は止まらない。震えも収まらない。
それどころか、魔法を受けたルーナが「あぐっ……!」とさらに苦悶の声を上げ、白目を剥いて痙攣し始めた。
「馬鹿っ! 重ねがけするんじゃないよ!」
マギーがタートルから飛び降りてくる。
「それは怪我じゃない! 遺伝子レベルの『毒(書き換え)』だ! ポーションも回復魔法も効かない、むしろ魔力を注げば悪化するんだよ!」
その言葉に、全員が凍りついた。
アビアの手足の痺れが、急激に悪化する。剣が重い。視界が霞む。
アドレナリンで麻痺していただけで、彼らの体も限界寸前だったのだ。
ヴァルは即断する。
「フルコード中止! 全員、『簡易術式(出力50%)』に切り替えてください!」
「で、でもそれじゃ……!」
「命に関わります! 落として!」
出力を落とす。
だが、それはこの状況下では「死」を意味する悪手でもあった。
「グルルルルル……!」
「キシャァァァァッ!!」
奥の暗闇から、無数の赤い目が光った。
湧き出る敵の数が、先程までの比ではない。倍、いや十倍以上に増え始めている。
まるで、こちらの火力が落ちるのを待っていたかのように。
「くそっ、喰らえ! ……っ、硬ぇ!!」
アビアが剣を振るうが、出力を落とした斬撃では、強化された魔獣の装甲を断ち切れない。
ガキンッ!
弾かれ、火花が散る。
「倒しきれません! 数が多すぎます!」
カイルの魔法も小規模になり、敵の進軍を止められない。
質を落とした途端、圧倒的な「量」に押し込まれる。
ドゴォッ!!
アビアが敵の爪を受け止めきれず、吹き飛ばされる。
「ぐあっ!?」
「アビア!」
ララがカバーに入るが、彼女もスタミナの限界が近い。動きにキレがない。
◇
じりじりと後退する一行。
回復不能のルーナを抱え、全員が満身創痍。
アビアは血を吐き捨て、リーダーとしての苦渋の決断を下した。
「くそっ……一時撤退だ! タートルまで下がれ!」
「……ヴァル、敵の規模は!?」
ララが叫ぶ。
ヴァルはマギーから受け取った地図データと、自身の『オラクルサイト(広域スキャン)』をリンクさせた。
「レティナ、敵性反応を表示だ」
『了解。……警告。数が異常です。計測不能!』
ブォン。
ヴァルの視界に、レーダー画面が展開される。
彼は息を呑み、言葉を失った。
「……なッ!?」
そこには、自分たちを取り囲む数百の赤い点が表示されていた。
だが、絶望の本番はそこではない。
その奥。ダンジョンの深層部。
そこが、「真っ赤な海」のように埋め尽くされていたのだ。
「……ダ、ダメだ。数が違いすぎる」
震える声が出た。
一個小隊でどうにかできる数ではない。万単位だ。
まるで、奥にある何らかの巨大プラントで、魔物が工業製品のように「量産」されているかのような、異常な密度。
未踏ダンジョン。
そこは、生半可な「最強(質)」が、圧倒的な「数(量)」の暴力によって、塵芥のように磨り潰される場所だった。
ヴァルは叫んだ。
「全員、タートルに乗ってください! マギーさん、運転代わります!」
「あいよ! 飛ばしな坊主!」
マギーが意識のないルーナを受け取り、荷台へ担ぎ込む。
ヴァルが運転席に飛び乗り、魔導駆動輪を限界まで回した。
ギュルルルルルッ!!
タートルがその場で180度スピンターンを決める。タイヤが焦げる臭いが充満する。
「乗れぇぇぇッ!!」
アビアたちが転がり込むように乗車する。
「タートル、全速力だ! 逃げるぞ!!」
「グゥゥゥッ!!(了解!)」
キキキキッ!!
タイヤを軋ませ、タートルは入り口へ向かって爆走を開始した。
背後からは、赤い津波のような魔物の群れが、地響きと共に迫っていた。
【修正】(2026/02/06)
ティアの序盤のセリフを修正しました。
ありゃ→あれば
【あとがき】
読んでいただきありがとうございます!
「最強になったから余裕でしょ!」
……と思いきや、未踏ダンジョンは甘くありませんでした。
カイルの理論は強力ですが、生身の人間には「毒」となる。
そして、質を落とした途端に襲いかかる、圧倒的な数の暴力。
(レーダーが真っ赤になる絶望感、伝わりましたでしょうか?)
ルーナさんが心配です。
回復魔法も効かない状況、どう切り抜けるのか。
次回、撤退戦と対策会議(そして新たな武器の予感?)です!
(※ネトコン14参加中です! 「数の暴力怖い!」「ルーナ大丈夫?」と思った方は、応援ブクマいただけると嬉しいです!)




