第44話(後編):魔法の解体新書(ソースコード)。……脳筋リーダーは、物理法則をハックする
【多種族国家テトラゴニア・郊外の貸家】
政治、商業、軍事、魔力。
四つの勢力が拮抗する混沌の都市『テトラゴニア』。
この街では、ホテルで派手な訓練をすれば即座に憲兵が飛んでくるため、アビアたち『ユリシーズ・アトラス』の一行は、郊外にある「倉庫付きの貸家」を拠点として借りていた。
夕刻。
夕食の買い出しから戻ったティアとルーナが、重い荷物を抱えて玄関を開ける。
「ただいま戻りましたー……って、うわっ!?」
ドゴォォン!!
直後、裏手の倉庫から爆発音と怒号が聞こえてきた。
「くそっ、火力が足りねえ! 気合が足りないのか!?」
倉庫の中で、アビアが汗だくになりながら大剣を振り回している。
彼は焦っていた。
ヴァルと別れてからの数週間、自分たちの実力不足を痛感し続けてきたからだ。
「……やれやれ。まだ『気合』や『根性』で魔法を使っているんですか、リーダー」
そこへ、山のような羊皮紙を抱えたカイルが現れた。
眼鏡の奥の瞳が、冷徹な光を放っている。
「ああん? なんだカイル、その大量の紙は。古新聞の回収か?」
「失敬な。これは出発時にセバスチャン様から渡された『暗号』……その解読結果ですよ」
カイルは携帯用の木枠黒板を壁に掛けると、バァン! と手を叩きつけた。
もう片方の手には、チョークが握られている。
「これより、『魔法術式最適化計画』を開始します。……いいですか、アビアさん。魔法とは『ファンタジー』ではなく『数式』なんです!」
その剣幕に、ティアとルーナも「面白そう」と荷物を置いて席に着いた。
◇
【倉庫・即席講義室】
カイルは猛烈な勢いで黒板にチョークを走らせる。
カッカッカッカッ!!
白い粉が舞い、幾何学的な図形と文字が刻まれていく。
「魔法の正体は、以下の4つのコードの組み合わせで構成されています」
『起動コード(Arcanum Fātum)』+『IDコード(物理カテゴリ)』+『術式コード(現象)』+『Param(強度)』=『魔法』
「例えば、初級魔法の『ほのかな光』。これを分解するとこうなります」
【Arcanum Fātum、Code:01、HEAT-α】
【起動、ID:01(イグニス)、術式 (ヒート)、強度 (アルファ) 】
「つまり、難しい詠唱やイメージなど不要。『熱(HEAT)』を『最小出力(α)』で励起させろ、という命令文を送っているだけなんです」
アビアたちはポカーンと口を開けた。
「な、なんだその呪文みたいなのは……」
「呪文じゃなく、『ソースコード』です! 我々が学校で教わった長ったらしい詠唱などは、このコードをあやふやにイメージで包んで誤魔化した『劣化魔法』に過ぎません!」
「ソースコードねぇ。……ヴァルが言ってた『簡易術式』のことか?」
「そうです! イメージというフィルターを通さず、ソースコードを口頭で直接入力すれば、純度100%で魔法は発動できます。……ただし」
カイルは真剣な顔になり、眼鏡を中指で押し上げた。
「100%の純粋コードは、魔力消費(燃費)が桁違いです」
彼は黒板の端にグラフを描く。
「古代人は膨大な魔力を持っていましたが、混血が進んだ現代人は魔力保有量が少ない。そのため、あえて『不純物』を混ぜて威力を落とし、燃費を下げたものが現代魔法なんです」
ティアが納得したように手を打つ。
「なるほど……。だからヴァル君の教えてくれたコードは、短くて強力だけど、すぐに疲れちゃってたのね」
ルーナもハッとしたように自分の足を見ていた。先の戦いで、強度『Ω』を発動させ、反動で足が震え動かしにくくなったことを思い出したのだろう。
「その通りです。だからこそ、僕たちは魔鉱石でコストを補う必要があるんです」
カイルは手元の魔鉱石を空中に放り投げ、キャッチした。
「リスクはある。だが、構造を知れば制御ができる」
彼は黒板にリストを追加していく。
ID:01~ID:11までのカテゴリ。そしてその中に含まれる『44種の術式コード』。
「これを理解すれば、100%の威力でぶっ放すことも、あえて50%に抑えて連射することも自由自在です」
カイルはさらに書き足す。
「そして強度。α(アルファ)からΩ(オメガ)まで。……さらにその上(X)もあるようですが、セバスチャン様は『死ぬから教えん』と秘匿されました」
一同はゴクリと喉を鳴らす。
知れば知るほど、魔法というシステムが恐ろしく、精緻なものであると理解していく。
◇
「理屈は分かった。……だがよぉ」
アビアが腕を組み、眉をひそめる。
「本当にそんな呪文で、俺の『気合』以上の威力が出るのか?」
脳筋リーダーは、やはり実物を見ないと納得しないようだ。
「ふっ……言うと思いましたよ」
カイルは不敵に笑い、倉庫の壁際に積まれた石袋(訓練用の的)の前に立った。
彼は右手をかざす。
その指先には、小さな青魔鉱石が握られている。
「強固な爆発をお見せしましょう。……中級魔法の発動です。見ていてください」
カイルの口から紡がれたのは、無機質なシステムコマンド。
「……A.F. Code... 01:BLAST-M(アルカナム・ファトゥム、コードワン、ブラスト、メディア)!」
ドォォォォォォン!!!
短い詠唱と共に、赤い閃光が走った。
石袋が消滅する。
いや、それどころではない。
倉庫の頑丈な石壁がごっそりと吹き飛び、とんでもなく大きな風穴が空いて、外の荒野の景色が見えた。
「……なっ!?」
アビアが腰を抜かす。
従来の魔法であれば、脳内で詠唱を作ってから発動と時間が掛かる。
しかも、石袋だけが吹き飛ぶはずだった。それが、あんな短時間で壁ごと消し飛ばす威力。
「……どうです。これで納得出来るでしょう?」
カイルは右手の、魔力を吸い尽くされ透明になった魔鉱石を放り投げながら、ドヤ顔で振り返る。
だが、アビアたちの顔は引きつっていた。
「……やべえな」
「カイル、あんた……」
ティアが震える指で、壁の大穴を指差す。
「壁の修理費、誰が払うと思ってるのよォォォッ!!」
「あ」
カイルの顔が凍りついた。
威力の証明に夢中で、予算のことを完全に忘れていた。
その時だ。
「アビアさんッ!! 大丈夫ですか!?」
爆音を聞きつけた人影が、土煙を上げて半壊した倉庫へ飛び込んできた。
黒いバックパックを背負い、焼色の義手を構えた青年――ヴァルだ。
その後ろから、ララ、マギー、そしてのんびりと歩くタルゴスが続く。
「ヴァル!!」
アビアが破顔し、男泣きしそうな勢いで駆け寄る。
「お前ぇ! 待たせやがって! 無事だったか!」
「アビアさん! ……って、なんですかこの穴?」
再会を喜び合う一同。
ヴァルは、壁の風穴と、カイルが書いた黒板の数式を見て、状況を瞬時に理解した。
「……すごい。カイルさんの理論……完璧です」
ヴァルが感嘆の声を上げる。
セバスチャンから教わったヒントとヴァルの簡易術式を、カイルは独自に解読し、実用化していたのだ。
「それを僕の『眼』で補正すれば、さらに安定させられます」
ヴァルが左目のレティナを展開する。
視界に走る緑色のグリッドライン。
彼はアビアに向き直り、ニヤリと笑った。
「アビアさん。剣を構えてください。……僕が『補助』します」
「おう! 任せろ!」
「目標は、あの外に生える大木にしましょう」
アビアが大剣を構える。
ヴァルの解析データが、アビアの動きとリンクする。
二人の声が重なった。
「「A.F. Code... 11:FLASH-M(雷光の歩法)!!」」
バチバチッ!
アビアの全身から紫電が迸る。
視界から遅れが消え、世界が止まって見える。
「体が、軽い……!」
「次、11:BLADE-Mです!」
アビアが一歩踏み出すと、それは瞬きする間もなく十メートル先へと移動し、大木の目の前に現れた。
「A.F. Code... 11:BLADE-M(雷の剣)!!」
振り抜かれた一撃。まさに紫電一閃だった。
紫電を纏った大剣が、抵抗を感じさせることなく大木を切り裂いた。
遅れて響く雷鳴と共に、巨木がズレて倒れ落ちる。
理論と解析、そして直感が噛み合った瞬間。
『ユリシーズ・アトラス』は、ただの冒険者パーティから、物理法則を操る「戦術部隊」へと進化したのだ。
「……へえ。悪くないねぇ」
その様子を見ていたマギーが、満足げに煙草の煙を吐き出した。
「(……あの木も、どうするんだろう)」
歓喜する男たちの中で、ティアだけが青ざめた顔で壁と木を見比べていた。
だが、役者は揃った。
準備は整った。
次なる舞台は、最難関の未踏ダンジョン『ラボ・ゼロ』。
彼らの本当の冒険が、ここから始まる。
【あとがき】
読んでいただきありがとうございます!
ついにアビアたちと合流しました!
カイル君、ただ待っていたわけじゃありません。
魔法を「ソースコード」として解読し、理論化していました。
これにより、アビアさんの直感任せだった魔法が、
「物理法則を書き換えるシステムコマンド」へと進化。
(倉庫の壁と木は犠牲になりましたが……修理費は誰が出すんでしょうね?)
ヴァルの「解析」とカイルの「理論」。
そしてアビアの「膂力」。
最強のパーティ『ユリシーズ・アトラス』の完成です!
次回、いよいよ未踏ダンジョン『ラボ・ゼロ』へ突入します!
ここから物語のスケールがさらに広がります。お楽しみに!
(※ネトコン14参加中です! 「ソースコード設定燃える!」「合流おめでとう!」と思った方は、応援ブクマいただけると嬉しいです!)




