第44話(前編):紫煙の講義(アカデミック・タイム)。……おば様、魔法は「数式」なんですか? 感覚派の私は目が回ります
【移動中:タートル・車内】
聖都ユグド・セコイアを出発してから、三日が過ぎた。
一行を乗せたタートルは、荒涼とした大地をひた走っている。
目指すは、未踏ダンジョン『ラボ・ゼロ』の手前に位置する最大の都市、多種族国家『テトラゴニア』だ。
「……それにしても、セバスチャンさんの見送りは凄かったですね」
ヴァルが遠い目をして呟く。
出発の際、最強の執事は屋敷の門にしがみつき、「マギー! ヴァル君! どうかご無事でぇぇぇッ!!」と、近所迷惑なほどの大音量で号泣していたのだ。
あの姿を見れば、誰も彼が世界最強の使徒だとは思うまい。
「はん。あの筋肉ダルマ、私がいないのをいいことに、また羽根を伸ばす気満々だったけどね」
対面座席で足を組み、優雅に煙草を燻らせているのは、今回の旅の案内人――マーガレット・アエテルナだ。
彼女は窓の外へ紫煙を吐き出し、鋭い視線をララへと向けた。
「……はぁ。見てられないねぇ」
「えっ?」
ララがビクリと肩を揺らす。
彼女は暇を見つけては、手のひらで魔力を練り上げる訓練をしていたのだが、それをマギーに鼻で笑われたのだ。
「惜しいねぇ。いい魔力(素材)を持ってるのに、使い方が『原始人』レベルだよ」
「げっ、原始人……!? 私、結構うまく戦えてるつもりなんですけど……」
「力任せに垂れ流してるだけさ。例えるなら、ティーポットに注がれたお湯を、蓋も押さえずにティーポットごとひっくり返しているようなもんだ。……お湯は溢れるし、火傷するだろ?」
「う……」
ララは言葉に詰まる。確かに、ヴァルに簡易術式を教えてもらったとしても、彼女の魔法はどこか感覚的で、燃費が悪いのが欠点だった。
「では、おば様。……どうすればいいんですか?」
ララが問うと、マギーは懐から一冊の分厚いノートを取り出した。
ボロボロに使い込まれた革の表紙。そこには金文字で『聖都学術院・研究記録』と記されている。
「しっかりコップに注ぐには、お湯の量と傾き(角度)がいるのさ。……いいかい? 魔法ってのは『願い』や『奇跡』じゃない。厳格な『手順』なんだよ」
マギーがノートを開く。ヴァルもララも、そして運転中のタルゴスまでもが顔を覗き込み、そのノートに釘付けになった。
そこに書かれていたのは、魔法陣や呪文ではない。
幾何学的な回路図と、目が回るほど緻密な物理数式の羅列だった。
◇
「いいかい。この世界の現象(魔力操作)は、物理学的原理に基づき11個の『ID』として分類される」
マギーは教鞭代わりのシガレットホルダーで、ノートの記述を指し示した。
「あんたたちが学校で習う『攻撃魔法』だの『強化魔法』だのってのは、後付けの俗称さ。一旦忘れな。本質はここにある」
I. 物理干渉系(Physical)
ID:01 イグニス(熱力学):
「分子運動の加速による熱エネルギー変換。初級魔法の『ほのかな光』なんかがこれさ。着火してるんじゃない、分子を擦り合わせてるんだ」
ID:02 アークァ(流体力学):
「液体の粘性と表面張力の操作。『水滴の振動』は、水を操ってるんじゃなく、水の『動きやすさ(水圧)』をいじってる」
ID:03 アーエル(気体力学):
「気圧操作による風の生成。高気圧と低気圧を人工的に作れば、勝手に風は吹く」
ID:04 テッラ(重力場):
「局所的な質量の変更。初級魔法『大地の振動』は土属性の基礎として教えられるね」
「これらはエネルギー変換の基礎だ。一番扱いやすく、応用も効く」
II. 構造干渉系(Structural)
ID:05 エレメンタ(物質変換):
「物質の原子配列の組み換え。いわゆる錬金術や、『石化』なんかが該当する」
ID:06 ヴィルトゥス(運動学):
「慣性と運動ベクトルの操作。『身体強化』は筋力を上げてるんじゃない。身体にかかる抵抗を減らして、出力効率を上げてるんだ」
「ララ、あんたが得意なのは『06』だね。無意識に筋肉の収縮速度と反発係数をいじってる」
「ま、待ってください! 目が回ります……!」
ララが頭を抱えた。その目は渦巻きになっている。
「学校では『熱き太陽をイメージせよ』とか『風の声を聞け』って習いました! 分子? 運動ベクトル? なんですかそれ!?」
魔力持ちの彼女にとって、魔法とは感覚的な「芸術」だった。それを無機質な「数式」として突きつけられ、脳が拒絶反応を起こしているのだ。
だが、魔力を持たないヴァルは違った。
「……いや、分かります。すごくしっくり来る」
彼はノートの数式を食い入るように見つめている。
「イメージはあくまで『起動キー』で、実際の中身はこの数式通りに動いてるんだ。……だから、イメージが曖昧だと不発が起きる」
『ガハハ! そりゃいい!』
伝声管から、運転に戻ったタルゴスの笑い声が響いた。
『俺たちドワーフが鉄を打つのと同じだ。感覚で剣は打てねえ。温度管理と含有量の『計算』があって初めて名剣になる。……へぇ、魔法ってのはてっきりフワフワしたもんかと思ってたが、案外『こっち側』の技術なんだな』
魔力を捨て、物理に魅入られたタルゴスもまた、マギーの理論に強く共感していた。
「……では、おば様。もっと気合いとかじゃなくて計算しろってことですか? 」
「そういうことさ。……理解が早くて助かるよ」
マギーは満足げに頷き、ページをめくった。
III. 概念干渉系(Conceptual)
ID:07 センス(波形工学): 光や音の波長操作。幻術や索敵。
ID:08 アニマ(遺伝子工学): 生体情報の書き換え。治癒や変身。
ID:09 テンポラ(時空物理): 時間流の主観的・客観的操作。
ID:10 アイテール(次元幾何学): 空間座標の接続。転移魔法。
「ここからは神の領域だ。一歩間違えば存在ごと消滅する、危険なカテゴリさ」
「……あれ?」
ふと、ヴァルが違和感に気づく。
「マギーさん。『雷』がないですよ? 炎や水があるなら、雷魔法も基礎なんじゃ……」
その問いに、マギーは苦虫を噛み潰したような顔をした。
「……ああ、それかい。『ID:11 フルメン(電磁気学)』だね。……強いて言うなら、構造干渉でもあり、概念干渉でもある特殊な枠だね」
「なんで11番目なんですか? 順番的におかしくないですか?」
「あのアホ(セバスチャン)が体系化する時に、うっかり忘れてたのさ」
「は?」
「『雷なんてプラズマ化した風だろう? ID:03に含まれる』とか適当なことを言ってねぇ……。後から電子の動きだと気づいて、慌てて付け足したんだよ。だからこれだけ番号が浮いてるのさ」
ヴァルは脱力した。
「……あの人らしい」
最強の使徒の、あまりにも人間臭いミス。
だが、その会話の裏で、レティナだけは戦慄していた。
『…………(ID照合。……合致します。人類が忘却し、魔法として体系化していたこれらの分類コードは、私のデータベースにある『物理法則干渉プロトコル』と完全に一致します)』
レティナは、ヴァルには干渉出来ない思考領域で、パズルのピースを組み上げていく。
パンドラに搭載されている機能。
たとえば『ヒート・エッジ』はID:01(熱力学)の応用であり、ヴァルの義手はID:06(運動学)の結晶だ。
(魔法とは、失われた科学技術の『インターフェース』だったのですか……)
◇
ヴァルはノートから顔を上げ、マギーを見つめた。
「マギーさん。……この分類(ID)をセバスチャンさんが決めたのはわかりました。でも、誰がこの大元のルール(魔法)を作ったんです? 自然発生にしては、あまりに人工的すぎますよね」
そう。
まるで、誰かが世界のプログラムを書き換えたかのような、整然としすぎた法則性。
マギーはシガレットホルダーの向きを変え、煙草を吸うとふぅっと長く煙を吐き出した。
その瞳が、数千年前の遠い過去を見つめるように細められる。
「……鋭いね、坊や。それは遥か昔、空から降ってきた『災厄』と、それに抗おうとした旧文明の……」
そこまで言って、彼女は自嘲気味に首を振った。
「……っと、これ以上は年寄りの昔話だ。興味があるなら、テトラゴニアの学者様にでも聞きな。私の専門は『鍵開け』だからね」
マギーは煙草の火を消し、ヴァルの目を真っ直ぐに見据えた。
「だが、一つだけ覚えておきな。『魔法は奇跡なんてものじゃない』」
彼女は断言する。
「魔法とは、魔力という不純物によって歪められた『即席物理法則』だ」
「即席……?」
「そうさ。本来あるべき物理定数に、無理やり『魔力』という変数を代入して、結果をねじ曲げている。……水が高い所から低い所へ流れるのが物理だとしたら、それを逆流させるためにポンプ(魔力)を使うのが魔法さ」
マギーはヴァルの機械の左腕を指差した。
「本来の物理法則をバグらせて、火の無い所で燃やしたり、人を飛ばしたりする。それが魔法の正体だよ」
「……」
「だが、お前たちマギレスは違う。お前たちは、その『魔力』の影響を受けない『純粋な物理』だ」
ヴァルは自分の手を見つめた。
ずっと、コンプレックスだった。
魔力がないから、魔法が使えない。みんなと同じことができない。
世界から弾かれた「欠陥品」だと、ずっと思っていた。
けれど、マギーの言葉は逆だ。
弾かれたのではない。染まらなかったのだ。
「魔力を持たないからこそ、坊やは世界を『正しく』認識できる。歪められた法則に惑わされず、純粋な計算と物理で対抗できる」
「だからこそ、坊やの計算(科学)は、魔法で満たされた世界を修正できるのさ」
カチリ。
ヴァルの中で、全てのピースが嵌まる音がした。
自分がパンドラを使える理由。レティナの解析眼が「魔法」を「データ」として読み解ける理由。
自分は「落ちこぼれ」ではなかった。
歪んだ世界の理を測るための、唯一の「正しい定規」。
正常に戻す者――デバッガーだったのだ。
「……ありがとうございます、マギーさん。霧が晴れました」
ヴァルの顔から、長年の迷いが消えていた。
自分には、自分の戦い方がある。魔法使いにはできない、物理屋だけの戦い方が。
「ふん。礼には及ばないよ。……さあ、テトラゴニアまで少し寝るかね。年寄りは長話ですぐ疲れるんだ」
マギーは照れ隠しのように帽子を目深に被り、シートに深く沈み込んだ。
タートルは荒野を駆ける。
目指すは、政治・商業・軍事・魔力の四勢力が拮抗する混沌の都市『テトラゴニア』。
そこで待つ仲間たちとの合流に向け、ヴァルの決意は固まった。
――そして、一足先にテトラゴニアに到着しているアビアたちは。
宿の一室で、カイルを中心に眉間に皺を寄せ、何やら深刻な表情で頭を抱えていた。
【あとがき】
読んでいただきありがとうございます!
マギーさんによる「魔法の授業」でした。
魔法を「ID」で分類し、物理学で説明する。
そして、マギレスこそが世界を正しく認識できる「デバッガー」であるという真実。
これまでの「魔法が使えない=落ちこぼれ」という常識が、ひっくり返りました。
(セバスチャンが雷を忘れてたのはご愛嬌ですw)
これでマギレスが世界と戦う理由が開示されましたね…!
ちなみに、今回登場した「魔法ID」や物理法則の設定については、
そのうち活動報告などで分かりやすく一覧にまとめますので、お楽しみに!
(今は「なんか凄そう!」くらいの理解で大丈夫です!)
次回は、先行しているアビアたちのお話。
カイル君が何やら頭を抱えているようです。
テトラゴニアでの合流に向けて、物語が動きます!
(※ネトコン14参加中です! 「設定が深い!」「デバッガーかっこいい!」と思った方は、応援ブクマいただけると嬉しいです!)




