第41話:鉄壁の拒絶(アンカー)と、魔鏡の反射(リフレクション)。……貴方たちの魔法、僕が代わりに当ててあげます
【国境付近・断層ダンジョン入口】
「下がっててください」
砂煙が舞う戦場の中心で、ヴァルは背を向けたまま言い放った。
それは、この国のエリートである魔導騎士団に対する、明確な拒絶だった。
「……なっ、ふざけるな!」
金色の鎧を纏った騎士団長が、顔を真っ赤にして激昂する。
彼は怒りに任せて、ヴァルの肩を乱暴に掴んだ。
「貴様、何者だ! マギレス風情が、我々に指図をする気か!」
「……っ!」
その一瞬の遅れが、命取りになりかけた。
「うるさいです。……前を見てください」
ヴァルが騎士団長の手を冷たく振り払った、その時だった。
ズゥゥン……。
片腕を吹き飛ばされた『レムナント・ゴーレム』が、残った右腕を高く振り上げていたのだ。
その腕は丸太のように太く、全身が対魔力金属で覆われている。
質量にして数トン。
その標的は――魔力切れで座り込んでいた、一人の若い女騎士だった。
「あ……」
彼女は震える手で折れた杖を握りしめ、頭上を見上げた。
逃げられない。足が動かない。
迫りくる死の影に、彼女はギュッと目を閉じた。
「ひっ……!」
他の騎士たちが悲鳴を上げ、我先に逃げ惑う。
だが、ヴァルは動かない。
逃げない。
『衝撃予測。……負荷率80%』
「……分かってる。アンカー展開」
ヴァルは足幅を広げ、女騎士を背に庇うように腰を落とした。
ドゴォォォォォォォォン!!!
轟音と共に、ゴーレムの拳がヴァルの頭上へ垂直に振り下ろされた。
大地が揺れ、爆発したような土煙が視界を奪う。
「いやぁぁぁぁぁ……ッ!!」
女騎士の絶叫が、土煙の中に消えた。
潰された。
あんな無防備な体勢で、数トンの質量を受け止められるはずがない。
自分ごと、塵一つ残らずミンチになったはずだ。
だが。
「……軽いな」
煙の中から聞こえたのは、拍子抜けするほど平坦な声だった。
風が吹き、砂煙が晴れていく。
女騎士がおそるおそる目を開けると――そこには、信じられない光景があった。
「え……?」
ヴァルは、生きていた。
無傷で立っていた。
彼の頭上には、背中の『戦術工廠』から展開された上部二本のサブアームが掲げられ、ゴーレムの巨大な拳をガッチリと受け止めていたのだ。
プシュゥゥゥッ!!
受け止めたアームの排熱スリットが開き、真っ白な蒸気が勢いよく噴き出した。
衝撃を熱エネルギーに変換し、外部へ放出する強制排熱機構。
内部の油圧シリンダーがミシミシと軋みを上げるが、その黒い鉄の腕はピクリとも沈まない。
それだけではない。
ヴァルの背中から伸びた、残り二本の下部アーム。
それらは鋭利な杭となり、ヴァルの足元の地面深くに突き刺さっていた。
杭。
頭上で受け止めた数トンの衝撃エネルギーを、背骨のフレームを通して下部アームへと伝達し、すべて大地へと逃がしたのだ。
その証拠に、ヴァルと女騎士を守るようにして、半径数メートルの地面が蜘蛛の巣状にひび割れ、陥没している。
「じ、地面が……割れた……?」
「あいつ、あの攻撃を身体一つで受け流したのか!?」
遠巻きに見ていた騎士たちが戦慄する。
防御魔法ですら防げない物理攻撃を、ただの機械の腕で完封したという事実。
それは彼らの常識を根底から覆すものだった。
「……ふぅ。防ぐだけじゃない」
ヴァルは涼しい顔で、左手に握っていた無骨な直剣――『ヒート・エッジ』の柄ではなく、赤熱した刀身そのものを持ち直した。
ジュッ……!
皮の手袋が焦げる音がするが、ヴァルの表情に痛みはない。
彼の左腕は今や、高温にも耐えうる流体金属製の義手なのだ。
パンドラとの接続により、刀身はすでに凶悪なオレンジ色に輝き、陽炎を立ち上らせている。
彼はゴーレムの拳を受け止めたまま、その剣を背後へ差し出した。
ノールックでのバトンパス。
「ララさん。……使ってください」
「了解ッ!」
呼応する声と共に、金色の疾風が戦場を駆け始めた。
ララだ。
彼女は赤熱した剣を、残像と共に受け取る。
そして、ヴァルが教えた「命令式」を展開した。
「……『A.F.Code...JUMP...道の加速』!!」
バァンッ!
空気が破裂する音。
ララの姿が消えた。
いや、速すぎて常人の目には「光の線」にしか見えない。
金色の髪が風になびき、赤熱した刀身が空中にオレンジ色の光跡を描く。
美しい、光の演舞。
ヒュンッ!
交錯した瞬間。
ゴーレムの太い膝関節と肘関節が、音もなくスライドした。
熱伝導コイルによる超高温の斬撃。
対魔力金属であろうと、物理的な熱量で溶断されれば形を保てない。
切り口は瞬時に焼き塞がれ、再生すら許さない斬撃。
「グガァァァッ!?」
支えを失った巨体が、バランスを崩して崩れ落ちる。
ズシィィィン!!
その目の前に、ヴァルが歩み寄った。
ゴーレムの拳を離した上部サブアームを収納しながら、ヴァルは右脇から『スラグ・リボルバー』を抜く。
銃口は、ゴーレムの眉間――その奥にあるコアへ、ゼロ距離で突きつけられた。
「硬いだけが取り柄か。……なら、砕くだけだ」
躊躇いはない。
ヴァルは撃鉄を起こしトリガーを引いた。
ズドォォォォォン!!
近距離での発砲音が、周囲の騎士たちの鼓膜を揺らす。
50口径の徹甲弾が眉間の装甲を貫通し、内部の魔力核を粉砕した。
ゴーレムの赤い眼光が明滅し、やがてフッと消える。
完全なる沈黙。
騎士団が数十人でかかり、傷一つつけられなかった怪物を、たった二人で。
それも、一分とかからずに屠ったのだ。
だが、戦いはまだ終わっていなかった。
「グギャァァァァッ!!」
「シャアアアアッ!!」
ボスの消滅に呼応するかのように、周囲の森や地割れから、無数の雑魚魔物が溢れ出してきたのだ。
統率を失った暴走状態の群れが、雪崩のように押し寄せる。
「く、来るぞ! 迎撃しろ!」
「撃て! 近寄らせるな!」
騎士団長が裏返った声で叫ぶ。
パニックに陥った騎士たちが、闇雲に魔法を放ち始めた。
炎、氷、雷。
それらは威力こそ高いが、狙いはバラバラで、このままでは魔力が尽きるのも時間の問題だ。
「……はぁ。最後まで世話が焼けるな」
ヴァルは小さくため息をついた。
左目の情報解析には、彼らの魔法の軌道と、魔物の侵攻ルートが表示されている。
その効率は最悪だ。有効打率は30%以下。これでは無駄打ちで自滅するだけだ。
「レティナ。……射線計算」
『了解。反射角、調整』
ヴァルはサブアームを操作し、足元に転がっていた「物体」を持ち上げた。
それは、先ほど倒したレムナント・ゴーレムの、巨大な胸部装甲板だ。
磨き上げられたミスリル銀の表面は、あらゆる魔法を弾く「鏡」の性質を持っている。
ヴァルはその鏡を盾のように構え、あろうことか騎士団が放った魔法の射線上に割り込んだ。
「なっ、何をする気だ!?」
騎士の一人が叫ぶ。
だが、ヴァルは構わず、戦場に響き渡る大声で叫んだ。
「死にたくなければ、自分が撃てる最大級の魔法を、僕に向けて撃ってください!」
「な……!?」
正気か、という視線が集まる。
だが、ヴァルの瞳に迷いはない。その絶対的な自信と、有無を言わせぬ圧力。
パニック状態の騎士たちは、思考するよりも先に、半ば反射的に杖を向けた。
放たれる最大火力の炎弾、雷撃。
直撃すれば塵も残らないエネルギーの塊。
カッッ!!
魔法が装甲に直撃する。
だが、弾かれない。
ヴァルはサブアームの微細な角度調整により、装甲の曲面を利用して、魔法のベクトルを制御したのだ。
『反射角、固定。……拡散照射です』
一塊だった炎と雷が、装甲の表面で細かく分割され、無数のレーザーのように拡散した。
その切っ先が向かうのは――押し寄せる魔物の群れ。
「ギャアアアッ!?」
「グギッ……!?」
降り注ぐ魔法の雨。
騎士団の高威力な魔法が、ヴァルという「レンズ」を通すことで、広範囲殲滅兵器へと変換された瞬間だった。
周りにいた魔物の群れが、一瞬にして蜂の巣にされ、炭化して崩れ落ちる。
静寂。
今度こそ、戦場から動くものの気配が消えた。
「……清掃完了、ですかね」
ヴァルは黒焦げになった装甲板を、その場で放り投げる。
ガシャン、と乾いた音が響く。
彼は呆然と立ち尽くす騎士団、そして顔面蒼白の騎士団長の方へゆっくりと振り返り、肩をすくめた。
「いい火力でしたよ。……使い方を知らないだけです」
それは、魔力を持たざる者からの、痛烈な皮肉であり、勝利宣言だった。
その背中を、命を救われた女騎士だけが、熱っぽい瞳で見つめていた。
【あとがき】
読んでいただきありがとうございます!
「地面しか割れませんでした」。
数トンのパンチを涼しい顔で受け流すヴァル、最高に硬いです。
(パンドラの排熱スチーム、ロマンですよね!)
そして後半の「魔法反射」。
無能な味方の火力を利用して、敵を一掃する。
これぞマギレス流の戦い方です。
騎士団長たちのプライドはズタズタですが、まあ自業自得ということで(笑)。
次回、騎士団との決別、そしてアビアたちとの合流です!
いよいよ「ラボ・ゼロ」攻略編が本格始動します!
(※ネトコン14参加中です! 「反射攻撃かっこいい!」「エリートざまぁ!」と思った方は、応援ブクマいただけると嬉しいです!)




