第38話:鋼鉄の接吻(インストール)。……それは、あまりにも美しく、冒涜的な儀式だった
【セバスチャン邸・地下手術室】
そこは、死のように静寂な空間だった。
無影灯の白く冷たい光だけが、部屋の中央にある「手術台」を照らし出している。
消毒液の匂いはしない。代わりに漂うのは、鉄とオイル、そして微かなオゾンの臭気。
手術台の傍らには、高さ1.5メートルほどの黒い直方体――『戦術工廠"Pandora"』が鎮座している。
沈黙するその黒い棺桶は、まるでこれから捧げられる生贄を待つ祭壇のようにも見えた。
「……準備は、よろしいのですか?」
部屋の隅、分厚い強化ガラスの向こうで控えていたカレンが、緊張を滲ませた声で確認する。
その隣には、万が一の暴走に備え、いつでも制圧行動に移れるよう、セバスチャンが腕を組んで立っていた。
そして、アイザックはカレンの傍で、ガラスに張り付くようにしてその光景を見つめている。
ヴァルは上半身裸の状態で、手術台の前に立っていた。
痩せ型だが、脱げばその肉体は引き締まり、日々の労働と戦闘で培われた筋肉が浮き上がっている。
だが、その左側には腕がない。包帯が巻かれた肩口は痛々しく、バランスを欠いた身体はどこか不安定だ。
「……行きます」
ヴァルは短く告げ、肩の包帯を自ら解いた。
迷いはない。
恐怖がないと言えば嘘になる。だが、それ以上に身体の奥底で渦巻く「渇き」があった。
力が欲しい。
理不尽な魔法を、たった一つの物理でねじ伏せるための、絶対的な力が。
仲間とまた一緒に過ごすための力。
アビアたちが、もう二度と傷つかなくて済むような、最強の盾と矛が必要だった。
『確認:本機への換装プロセスは、不可逆な肉体改造を伴います』
脳内から、頭蓋骨を直接震わせるようにレティナの声が響いた。
それは医師の問診ではなく、システムによる最終確認。
『脊髄反射速度の向上、神経伝達の最適化、および四肢への生体電気信号向上……これらを実現するため、マスターの骨格構造を根本から書き換えます。……生存確率は72%。実行しますか?』
ヴァルは一度だけ深く息を吸い込み、吐き出した。
そして、黒い棺桶を見据える。
「管理者権限を使用する」
声が、地下室の空気を震わせた。
「……起動」
『承認(Accept)。……これより、Module ID:01 Tactical Foundry "Pandora"、インストール・シーケンスを開始します』
ガコンッ。
重々しい解錠音と共に、黒い棺桶の前面がスライドし、内部機構が露出した。
ヴァルは自ら、その機械の胎内へと背中を向けた。
それは、人間であることを辞めるための儀式。
アイザックは息を呑んだ。
金と権力で武装し、安全圏から世界を動かそうとしてきた自分とは違う。
そうしたくても、その機会に恵まれず、ただ歯を食いしばって耐えるしかなかった自分の過去。
肉体そのものを代償として差し出す覚悟。
それこそが、持たざる者が到達できる、ある種の「極致」なのだと見せつけられていた。
『Phase 1:脊髄フレーム接続。……局所麻酔、注入』
プシュッ。
棺桶から伸びた無数の極細針が、ヴァルのうなじに突き刺さる。
冷たい液体が首筋へ広がる感覚。
だが、その安らぎは一瞬だった。
「ガッ、ァアアアアア……ッ!!」
ヴァルの喉から、獣のような咆哮が漏れた。
背中で、肉が裂ける音がした。
麻酔など気休めにもならない。
棺桶から伸びた黒い金属のアームが、ヴァルの背中の皮膚を切り裂き、その下の脊椎へと直接「爪」を食い込ませていく。
ガシュッ、ガシュッ、ガシュッ……。
一定のリズムで打ち込まれる杭。
頚椎から腰椎まで。背骨の一つ一つに、強制的に金属の補強パーツが噛み合わされていく。
それは拷問だった。
人間の柔らかなカルシウムの骨に、硬質な『旧文明の合金』をねじ込む、生物への冒涜的な接合。
『骨格強度、不足。……補強フレーム展開』
レティナの無慈悲なアナウンスと共に、打ち込まれたパーツ同士が連結する。
ジャキキキッ!
脊髄に沿って黒い金属板が展開され、まるで蛇の鱗のようにヴァルの背骨を覆い隠していく。
焼けるような熱。
異物が体内に侵入し、我が物顔で居座る不快感。
ヴァルは手術台の端を掴み、指が白くなるほど力を込めた。脂汗が滝のように流れ落ち、床を濡らす。
『Phase 1完了。……続いて、Phase 2:管制システムリンク』
休む間もない。
今度は胸椎の上部、心臓の裏側あたりに、掌サイズの電子基板が埋め込まれた。
そこから銀色のケーブルが蛇のように伸び、皮下組織を突き破って這い進む。
首筋を通り、耳の裏へ。
バチチチッ!!
右耳の『オラクル・サイト』に、物理ケーブルが直結された瞬間だった。
ヴァルの視界がホワイトアウトした。
「あ、が……ッ!?」
目に映るのは部屋の風景ではない。
真っ赤な警告色と、膨大な緑色のデータ列。
脳と脊髄、そして背中の巨大な機械が、一本の太い「ライン」で繋がった感覚。
自分の神経網が拡張され、背後の巨大な棺桶が「自分の臓器の一部」になったような、奇妙で恐ろしい一体感。
意識が飛びそうだ。
だが、ヴァルは歯を食いしばり、白目を剥きかけながらも耐えた。
ここで落ちれば、ただの肉人形になる。
俺は、俺の意志で、こいつを従えるんだ。
『神経パス、正常。……Phase 3へ移行します』
ヴァルは苦悶の表情で、フラつきながらも立ち上がった。
背中にはすでに、脊髄直結型のフレームが埋め込まれている。
だが、まだ終わっていない。
目の前には、パンドラの本体――質量ある金属の塊が残っている。
『左腕部形成プロセス、スタンバイ。……マスター、挿入してください』
「……ああ、分かってる」
ヴァルは荒い息を吐き、残された棺桶の開口部を見据えた。
そこには、黒いコールタールのような液体がドロドロと渦巻いている。
ナノマシンを含有した高密度流体金属。
ヴァルは自ら、その「泥の沼」へ向かって、欠損した左肩を乱暴に叩き込んだ。
ジュゥゥゥゥゥゥ……!!
激しい接触音が響き、蒸気を上げる。
肉が焼ける音ではない。金属が急激に冷却され、成形される音だ。
肩口から侵入した流体金属が、ヴァルの神経と血管を貪るように接続し、失われた骨と筋肉を模倣していく。
『骨格形成、完了。……筋繊維生成。……装甲コーティング』
レティナが網膜に設計図を投影する。
熱い。その言葉が正しいかわからない程の痛み。
棺桶の中の流体金属はまだ排熱を終えていない。
左腕全体が溶岩に浸されているようだ。
数秒か、あるいは数時間か。
永遠にも似た苦痛の時間が過ぎ、ヴァルは勢いよく腕を引き抜いた。
「ハァッ、ハァッ、ハァ……!」
現れたのは、かつての人間の腕ではない。
高温による焼き入れ処理が施された、「鈍い虹色」の鋼鉄の義手。
オイルと煤にまみれ、禍々しくも美しいその腕は、照明を反射して妖しく輝いている。
それと同時だった。
用済みとなった棺桶の本体が、変形を開始した。
ガコッガコッ、ガシャン、ウィィィ……。
複雑怪奇な駆動音。
高さ1.5メートルの金属塊が、幾重にも折り畳まれ、圧縮されていく。
無駄な空間を排除し、密度を高め、やがて一つの「バックパック型コンテナユニット」へと姿を変えた。
『背部ジョイント、接続』
ヴァルは背中を近づけた。
脊髄フレームのコネクタが、バックパック側のコネクタを挟み込み、結合する。
重厚な金属音が響き、ヴァルの背中に約60キログラムの質量が固定された。
だが、不思議と重さを感じない。
脊髄フレームと強化外骨格が、その荷重を全身へと分散させているからだ。
『システム・オールグリーン。……強制冷却開始』
シュゴォォォォォ……ッ!!
装着完了と同時、バックパックの上部スリットと、新生した左腕の肘部分にある排気ポートが一斉に開放された。
猛烈な勢いで白煙混じりの熱気が噴き出し、地下室の温度を一気に上げる。
それは、システムを安定稼働させるための排熱処理。
ヴァルの身体を駆け巡っていた灼熱の溶岩のような痛みが急速に奪われ、代わりに氷のように冷徹な感覚が神経を支配していく。
激痛の嵐が去り、完全な静寂が訪れる。
プシュッ。
冷却を終えたバックパックの四隅から、圧縮空気が噴き出した。
そこから展開されたのは、上部二本、下部二本の、計四本のサブアーム。
球体関節をいくつも繋げた多関節構造。
その細身のアームは、医療用ライトのアームのように精密な可動域を持ちながら、その本質は明らかに「捕食者」のそれだった。
獲物の首を刈り取る死神の鎌のように、あるいは獲物を背後から刺し貫く蠍の尾のように、四本のアームが殺気を放って蠢く。
ジャキッ。
先端のクローが開閉し、空気を切り裂く音が静寂な手術室に響いた。
手術完了。
静寂が戻った部屋に、ヴァルの荒い呼吸音だけが響いていた。
「……痛みは、ない」
ヴァルは自身の左手を見つめ、掌を開閉させた。
指先の一つ一つまで、まるで生身のように――いや、生身以上に鮮明に感覚が伝わってくる。
これが、機械の身体。
「……試してみますか?」
セバスチャンが歩み寄り、部屋の隅にあった鉄板の切れ端を放り投げた。
厚さ2センチはある、古の装甲車の残骸だ。
ダンジョンの深層から発掘された、旧文明の兵器の装甲。
ヴァルは振り返りもせず、虹色の左手をかざした。
バシッ。
乾いた音と共に、鉄板が掌に収まる。
「フッ……!」
短く息を吐き、握り込む。
ギチチチチ……バキンッ!!
鼓膜を逆撫でするような、金属の悲鳴。
硬いはずの鉄板が、まるで粘土細工のようにぐにゃりとひしゃげ、中央からねじ切れた。
ヴァルは握り潰した鉄屑を、パラパラと床に落とす。
その「握力」だけで、生物の頭蓋骨など容易く粉砕できるだろう。
圧倒的な暴力。
だが、その力は魔法のような奇跡ではない。計算された物理と、削り取った人間性の代償だ。
「これなら、戦える……」
ヴァルは汗に濡れた髪を「右手」でかき上げ、生まれ変わった身体でアイザックを見上げた。
その瞳は、以前のような弱々しい青年のものではない。
修羅の道を往く、戦士の目をしていた。
ガラスの向こうで、アイザックは震える手で自身の胸元を押さえていた。
畏怖。
そして、どうしようもないほどの憧れ。
かつて自分が夢見ながらも、その痛みへの恐怖と保身から目を背けた「マギレスの進化形」が、今ここに完成したのだ。
(ああ……美しい)
アイザックは、熱を帯びた溜息を漏らす。
その姿を見て、彼の中で何かが音を立てて崩れ、そして再構築されようとしていた。
自分もまた、覚悟を決めねばならない。
この若者は、命を削って「最強」になった。
自分もまた夢のために何かをしなければ世界は変えられないのだと。
『マスター、演習を行いましょう』
「あぁ、そうだな。……セバスチャンさん、どこかに広い所ありませんか?」
こうして、新たな力をヴァルは手に入れたのだった。
【あとがき】
読んでいただきありがとうございます!
ついに完了しました、パンドラの移植手術。
脊髄への直結、流体金属の義手、排熱スチーム……。
これまでの魔法の世界をぶち壊すような、ガチガチのSF描写をお届けしました。
(痛そうですが、この「代償」あってこその強さです!)
アイザックさんが感じた「畏怖と憧れ」。
彼もまた、ヴァルの姿に何か思うところがあったようです。
次回からは、いよいよ新装備を引っ提げての実戦(?)です。
生まれ変わったヴァルの「暴力的な強さ」にご期待ください!
(※ネトコン14参加中です! 「SF描写たまらん!」「パンドラかっこいい!」と思った方は、応援ブクマいただけると嬉しいです!)




