第37話:ゴミ箱の中の手紙。……不器用な「愛」が、俺の背中を押した
【ご報告】第36話を昨日加筆・修正しております。宜しければ再度ご覧になって頂けると幸いです。
【回想の続き:セバスチャン邸・客室】
静寂が支配する部屋で、ヴァルの乾いた声だけが響いていた。
彼は、昏睡状態の中で見てきた「記憶」について語り終えたところだった。
「……夢、だったのかもしれません」
ヴァルは自身の膝の上で、膝掛けを強く握りしめる。
「でも、あれは確かに『記録』でした。誰かが古い絵巻物をめくるみたいに、俺の脳裏に焼き付けてきたんです」
瞼を閉じれば、今でもその光景が鮮明に浮かび上がる。
視界のすべてを覆い尽くす、完全詠唱の雨。
大地はひび割れ、海は沸騰し、逃げ惑う人々――魔力を持たない「マギレス」たちの悲鳴が、鼓膜を劈くほどに響いていた。
魔法という理不尽な暴力の前では、剣も、盾も、祈りさえも無意味だった。彼らは虫のようにすり潰され、塵となって消えていく。
その絶望的な光景の果てに、空高く、天空へと隠された人類最後の希望『D.N.A』と、それを守るためだけに生み出された冷徹な兵器群。
「俺たちマギレスは、出来損ないじゃなかった。……魔法という『新たな支配者』に対抗するために設計された、この星の正規管理者だった」
ヴァルは顔を上げ、アイザックとセバスチャンを見つめた。
その瞳には、深い哀しみと、恐れが混じっていた。
「この『眼』と、失った左腕の代わりになる『力』……それは、魔法を殺すための鍵なんです。俺は……今の世界にとっての異物なのかもしれません」
重苦しい沈黙が落ちた。
真実はあまりにも残酷で、そして今の魔力社会を根底から否定するものだった。
アイザックが何かを言いかけ、言葉を飲み込む。彼自身もまたマギレスとして、その「歴史の重み」に押しつぶされそうになっていたからだ。
その時。
控えていたカレンが一歩、静かに進み出た。
「ヴァル様」
いつもの冷徹な事務口調ではない。少しだけ、温かみを含んだ声。
「アビア様から……貴方へ預かっているものがあります」
「アビアさんから……?」
カレンが差し出したのは、二枚の羊皮紙だった。
一枚は、封蝋がされた真新しい紙に書かれた手紙。
そしてもう一枚は――何度も握り潰され、インクが滲み、紙の繊維がボロボロになった「ゴミ」のような紙切れだった。
「これは……」
ヴァルは震える手で、まずはボロボロの方を受け取った。
紙を開く指先が震える。
そこには、ミミズがのたうつような、乱れた筆跡で言葉が殴り書きされていた。
『ヴァル。すまない』
『俺のせいだ。俺が、お前をあんな場所に連れて行かなければ』
『お前はただの運搬屋だったのに。俺たちの夢に巻き込んで、未来を奪ってしまった』
文字が滲んでいる。
何度も書き直し、塗りつぶされた跡。
あの豪快で、誰よりも頼りになった「兄貴分」の姿が脳裏をよぎる。
いつもガハハと笑い、大きな背中で仲間を守っていたアビア。だが、その背中の裏側で、彼はどれほどの責任と恐怖を抱えていたのか。
ヴァルの胸が締め付けられる。
『恨んでくれていい。俺は、お前のリーダー失格だ』
『あいつらを連れて先に行く。お前はもう、自由にいきてくれ』
『すまない、すまない、すまない』
最後は筆が折れたのか、文章は途切れていた。書けなかったのだ。罪悪感に押しつぶされて。
インクの滲みは、汗か、それとも涙か。
クシャクシャに丸められたその紙には、アビアの人間臭い「弱さ」と、ヴァルへの不器用すぎる「愛」が詰まっていた。
「……馬鹿な人だ」
ヴァルは唇を噛み締め、もう一枚の、カレンが「清書」として渡されたであろう紙を見る。
そこには、いつものアビアらしい、力強い大文字が一言だけ。
『先に行って待ってる!! 早く来い!!』
そしてその端に、丸っこい可愛らしい文字で追伸が添えられていた。
『アビアったら慣れない事したみたいで、部屋中ゴミだらけにしてたの。ゴミ箱から拾って、こっそり添えておくね。……待ってるからね、ヴァル。 ティア』
「……っ、うぅ……」
ヴァルの瞳から、堪えていたものが溢れ出した。
ボロボロと零れ落ちる涙が、手紙を濡らす。
恨むわけがない。
自由になれと言われて、はいそうですかと去れるわけがない。
路地裏で石を投げられ、誰からも必要とされなかった自分を、「仲間」として迎え入れてくれたのは誰だ。
背中を預け、共に死線を潜り抜け、同じ釜の飯を食った。
彼らが待ってくれている。
ゴミ同然だった自分を、まだ必要としてくれている。
それだけで、地獄へ足を踏み入れる理由は十分だった。
「……カレンさん」
ヴァルは袖で乱暴に涙を拭い、顔を上げた。
その表情は、憑き物が落ちたように澄み渡っていた。
「このクシャクシャの方……俺が貰ってもいいですか?」
「……ええ。貴方への手紙ですから」
カレンは眼鏡の位置を直し、微かに微笑んだ。
ヴァルは二枚の手紙を丁寧に折りたたみ、心臓に一番近い懐へとしまった。
鼓動が、強く、熱く脈打つ。
恐怖は消えた。あるのは覚悟だけだ。
「セバスチャンさん。いえ、アエテルナ様……お願いがあります」
ヴァルはベッドから降り、よろめきながらも背筋を伸ばし、最強の執事を見据えた。
「何なりと」
セバスチャンは居住まいを正し、主君に対するように恭しく頭を下げる。
「これから俺は、人間の枠を外れます。……旧文明の兵器を身に宿し、世界の深淵に触れることになる」
ヴァルは、自分の中の「怪物」を直視して告げた。
「もし俺が道を踏み外して……力に溺れて、ただ世界を壊すだけの『兵器』になったら」
ゴクリ、とアイザックが喉を鳴らす音が聞こえた。
だが、ヴァルの言葉は止まらない。
「その時は、貴方の手で俺を殺してください」
それは、世界最強の使徒に対する、命を懸けた安全装置の依頼。
自分を信じきれない弱さと、それでも進まねばならない強さが混在した、悲痛な契約。
セバスチャンは静かに目を閉じた。
その表情に、一瞬だけ深い哀愁が過る。
数千年の時の中で、彼が見送ってきた幾多の「英雄」たち。そして、力を制御できずに散っていった、かつての「インベンション・シリーズ」の戦士たちの姿を重ねたのかもしれない。
「……貴方は、残酷なことを仰る」
セバスチャンは低く呟き、やがてゆっくりと瞼を開いた。そこにあるのは、揺るぎない鋼の意志。
「……承知いたしました。このアエテルナの名にかけて、貴方の魂の行方は、私が責任を持って背負いましょう」
それは、ただの執事としてではなく、悠久の時を生きる「証人」としての重い誓いだった。
「ありがとうございます」
契約は結ばれた。
ヴァルは残された右手を、光のない左眼にかざした。
「……戻ってこい、相棒。仕事の時間だ」
呼びかける。
脳の奥底、深い闇の中で眠っている相棒へ。
「Providence Retina、起動」
『……Voice print verified(声紋照合)』
ノイズ混じりの電子音が、懐かしく響いた。
『Module ID:00... Providence Retina... Boot』
カッ!!
黒い虚無だった左眼の奥に、鮮烈な琥珀色の光が灯る。
瞬間、ヴァルの視界が劇的に変貌した。
ぼんやりとしていた部屋の風景が、無数の緑色のグリッドラインによって分割され、定義されていく。
空気の揺らぎが数値化される。
舞い散る埃の軌道が、白い線となって予測される。
アイザックの心拍数、カレンの体温、セバスチャンの筋肉密度。
あらゆる情報が奔流となって脳内へ雪崩れ込み、世界が「解像度」を取り戻す。
――全能感。
失っていた片割れが戻った感覚に、ヴァルの魂が震えた。
『[P-M/00:CONNECT-V]……再起動完了。……おはようございます、マスター』
「おはよう。……良い寝覚めだな」
『……心拍数の異常、および涙腺からの水分排出を確認。……泣いていましたか?』
「うるさい。目にゴミが入っただけだ」
ヴァルはニヤリと笑い、アイザックに向かって手を伸ばした。
もう、迷いはない。
「アイザックさん。……例の物をください」
「……ああ。準備させよう」
アイザックが合図を送ると、数名の従者が重そうな物体を運び込んできた。
ズゥゥゥン……。
床に置かれたのは、高さ1.5メートルほどの、黒い金属の塊。
表面には幾何学的なラインが走り、禍々しくも美しい機能美を放っている。
『戦術工廠"Pandora"』。
かつての兵士が背負い、運び、そして運命を変えてきた「棺桶」だ。
「これより、移植手術をします」
ヴァルは黒い棺桶に手を触れた。
冷たい金属の感触が、心地よく掌に吸い付く。
「俺の身体と、こいつを直結させる。……耐えてみせるさ」
懐のアビアの手紙が、熱を帯びている気がした。
ヴァルは光を取り戻した左眼で棺桶を見据え、自らの足で一歩を踏み出した。
【あとがき】
読んでいただきありがとうございます!
アビアさんの「ゴミ箱の手紙」。
豪快に見えて、実は誰よりも責任感が強い彼の「不器用な優しさ」を描きました。
ティアさんのファインプレーも光りましたね。
そして、セバスチャンとの「命の契約」。
レティナの再起動。
これで準備は整いました。
次回、いよいよ『戦術工廠』の移植手術です。
ヴァルがどうやってあの「阿修羅」のような姿になるのか。
機械と融合する展開、お楽しみに!
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