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第36話:戦術工廠(パンドラ)起動。……隻腕の彼は、鋼鉄の「阿修羅」となる

【現在:セバスチャン邸近郊・屋外訓練場】

 セバスチャン邸の裏手に広がる、石畳の訓練場。

 早朝の冷たく澄んだ空気の中、一人の「異形」の戦士が立っていた。

 ヴァル・ヴェリテクスだ。

 だが、そのシルエットは、以前の彼とも、そして人の形とも大きく逸脱している。

 背負っているのは、かつて彼が運んでいたコンテナなどではない。

 背中の脊髄に沿うように装着されているのは、小型のバックパック程度の大きさとなった『戦術工廠タクティカル・ファウンドリ"Pandora"』。

 左腕の形成にリソースの大半を割いたことで、筐体自体は高さ1.5メートルの黒い金属の塊から、本来の大きさへと戻っていた。

 だが、その威圧感は減るどころか増している。

 バックパックから伸びる四本の機械腕サブアーム。一メートル程の長さを持ち、球体関節によって構成されたその腕は、まるで意思を持つように蠢いていた。

 それぞれが長大な『対物ライフル(ID:30)』や『スラグ・リボルバー(ID:20)』を把持しているからだ。

 そして――失われた左腕。

 肩口からは、流体金属が筋肉繊維のように絡み合いながら伸び、一本の無骨な義手を形成していた。

 その色は、単なる黒ではない。

 高温による焼き入れを行い、油と煤にまみれて長い時を経た鋼鉄のような――鈍い虹色テンパーカラー

 黒をベースに、酸化した青や紫、そして鈍い金が混ざり合った、油膜のような混沌とした色彩が、日光に濡れて妖しく輝いている。

演習テスト、開始」

 ヴァルが短く告げる。

『Module ID:30、展開。……射撃ファイア

 ヴァルの呼びかけに呼応し、背中のサブアームの一本が爆発的に動いた。

 アームは背負っていた全長二メートル近い対物ライフルを軽々と掴み出し、ヴァルの目の前の空中に「固定」する。

 ヴァル自身は、銃の重量を支えてすらいない。

 アームが銃身を万力のように固定し、ヴァルはただ、空中に浮いた銃のグリップを握り、トリガーに指をかけるだけ。

 一切のタメも、構えもなく、指を絞る。

 ドォォォォン!!

 腹の底に響く爆音。

 マズルブレーキから噴き出した炎が衝撃波となって周囲の砂塵を巻き上げる。

 本来なら全身の骨が軋むほどの反動。だが、ヴァルの体幹はピクリとも揺れない。

 サブアームに内蔵された油圧サスペンションが、発砲の瞬間に後方へスライドし、衝撃を完全に殺しきったのだ。

 薬莢が排出される金属音が鳴るよりも早く、五〇〇メートル先の標的(巨大な岩)が粉々に砕け散る。

『次。近接防御です』

 間髪入れず、訓練相手を務めるセバスチャンが動き、レティナから鋭い警告が飛ぶ。

 彼が指先を振るうと同時、初級魔法の水流弾『プッルスス・ドロップ (水滴の振動)』が、完全術式フルコードより致死性の速度で迫る。

 ヴァルは回避しない。動く必要がない。

 背中の別のサブアームが、地面の石畳を強引に引き剥がし、即席の「遮蔽物カバー」として前面に展開した。

 ドゴォォン!!

 水弾が石畳を粉砕する重い衝撃。

 だが、残りの二本のサブアームがアンカーとなって地面に深く突き刺さり、衝撃を大地へと逃がす。

 防御の姿勢すら取らず、ヴァルは硝煙を切り裂いて踏み込んだ。

「……ッ!」

 左腕――鈍い虹色の義手が唸る。

 ヴァルの動きに合わせて流体金属の腕が光によって鈍い煌めきを放ち、脇のホルスターから『リボルバー(ID:20)』を神速で抜き放った。

 義手の指は人間よりも滑らかに、かつ機械的に正確に撃鉄を起こす。

 バアン!! バアン!! バアン!!

 轟く三連射。

 右手のライフルによる遠距離狙撃。

 サブアームによる防御とアンカー固定。

 左手のハンドガンによる近接制圧射撃。

 これら全てを、たった一人の人間が、並列処理で同時に行っている。

 視覚情報は右耳のデバイスで処理され、脳内で最適化された命令が、五本の腕へと伝達される。

 それはもはや、個人の戦闘技術ではない。

 一人で一個小隊の火力を完結させる、歩く要塞。

 プシュゥゥゥ……。

 全ての的を破壊し終えると、背中の小型バックパックから白い蒸気(排熱)が噴き出した。

 ヴァルは荒い息を吐きながら、サブアームを収納形態へと戻していく。

 背中で折り畳まれた四本のアームと、虹色に鈍く光る左腕が、朝日を背負って不気味なシルエットを描く。

『出力安定。……脊髄結合ニューラル・リンクにノイズなし。痛み、許容範囲内です』

「……了解。テスト終了だ。……やっぱり、この状態で精密狙撃は脳への負担がデカすぎるな……」

 こめかみを指で押さえるヴァルに、セバスチャンが歩み寄る。

 その表情には、隠しきれない感嘆の色が浮かんでいた。

「……お見事です。流体金属による義手と、四本の副腕。その姿、まさしく古の戦神『阿修羅』ですな」

 隻腕となった少年は、失った腕の代わりに、悪魔の力を手に入れたのだ。

【回想:一週間前】

 時間は遡り、聖都『アイオーン』での動乱から一週間後。

 ノアズ・アークから足を運んだアイザックたちだったが、セバスチャン邸の一室には、重苦しい空気が澱のように漂っていた。

 ソファーには、山積みになった書類の塔と格闘するカレンとアイザックの姿があった。

 聖都の被害状況の確認、情報規制の手配、各所への根回し。

 特に、ヴァルたちが破壊した時計塔の修繕費や、口封じのための裏工作費は天文学的な数字になっている。

 疲労の色が濃い二人は、それでも手を休めることなく事後処理に追われていた。

 そして、窓辺には沈痛な面持ちで外を見つめるセバスチャンの姿があった。

「……一週間、か。まだ目は覚めないのですか?」

 書類から顔を上げ、アイザックが問う。

 セバスチャンは振り返らず、重く首を横に振った。

「肉体の傷は、縫合で塞がり始めています。ですが、失った血液量と、脳への情報負荷オーバーロードによる精神的なダメージが大きすぎました。……それに、あの『腕』の切断ショックも」

 その言葉に、アイザックの右足が、ズキリと幻肢痛を訴えた。

 自分も足を失った時、高熱にうなされ、一ヶ月近く生死の境を彷徨った。

 失われた部位が「ある」と錯覚し、そこに走る激痛に脳が焼き切られそうになる夜。

 ヴァルも今、その暗闇の中に一人でいる。

「……私の責任だ」

 アイザックがペンを置く。

 その時だった。

 廊下から、ズルッ、ズルッという、何かを引きずるような音が聞こえた。

 三人の視線がドアに集まる。

 呼吸を忘れるような静寂。

 ガチャリ。

 重いドアノブが回され、扉が開いた。

 そこに立っていたのは、包帯という死装束を纏った、幽鬼のような姿をしたヴァルだった。

「ヴァル……!?」

 カレンが息を呑み、椅子を蹴って立ち上がる。

 顔面は死人のように蒼白で、唇はひび割れている。壁に手をつかなければ、今にも崩れ落ちそうな状態。

 全身には包帯が巻かれ、左袖は中身がないまま、空虚に揺れている。

 そして何より異様なのは、その顔だった。

 いつも着けていた黒い眼帯がない。

 露わになった左眼。

 そこには、かつてのような琥珀色の輝きも、理知的な機械の光もなかった。

 ただ、真っ黒な闇。

 瞳孔が開いたまま固定され、光を一切反射しない「黒い虚無」が、ぽっかりと口を開けていた。

 システムが完全にダウンした、レティナの沈黙状態。

 魂が抜けた人形のように、彼の「眼」はただの硝子玉になり果てていた。

「……っ」

 ヴァルの膝が笑い、崩れ落ちそうになる。

 カレンが滑り込むように駆け寄り、その体を抱き止めた。

「無茶です! まだ起き上がれる状態じゃありません!」

 普段の冷静さをかなぐり捨てたカレンの悲痛な声。

 だが、ヴァルは焦点の合わない目で虚空を見つめ、カサカサに乾いた唇を震わせた。

「カレン、さん……」

 自分の身体のことよりも、失った腕のことよりも先に、彼は言葉を紡いだ。

「……アビアさんたちは……無事、ですか?」

 その問いに、アイザックは目を見開いた。

 死の淵から戻った直後の第一声が、仲間の安否確認か。

 自分のことなど二の次で、他人のために命を削る。そのあまりの愚直さに、アイザックは目頭が熱くなるのを感じた。

 彼は努めて明るく振る舞い、深く頷いた。

「ああ。全員無事だ。……君のおかげでな」

 その言葉を聞いた瞬間、ヴァルは深く息を吐き、心底安心したように体の力を抜いた。

 糸が切れたようにカレンに体重を預け、支えられながら椅子に深く沈み込む。

 それを見届け、窓辺にいたセバスチャンが一歩前へ出た。

 纏う空気が変わる。

 いつもの温和な執事の顔ではない。

 数千年の時を生きた、威厳に満ちた一人の超越者としての顔。

「ヴァル様。……改めて、名乗らせていただきます」

 彼は居住まいを正し、深々と頭を下げた。

 その所作はあまりに美しく、そして重かった。

「私はセバスチャン・アエテルナ。……この国を守護する『三神の使徒』の一人です」

「……使徒、アエテルナ……様……」

 ヴァルの黒い左眼が、虚空を見つめたまま動かない。

 だが、その耳はセバスチャンの言葉を聞き逃していなかった。

「貴方をこのような過酷な運命に巻き込んだのは、全て私の責任です。そして……貴方の命を繋ぐためとはいえ、その左腕を奪ったのも、私です」

 セバスチャンは顔を上げない。

 世界最強の存在が、一人の満身創痍の青年に向けて、懺悔のように頭を垂れ続けている。

 それは、かつて自分が救えなかった「彼ら」への贖罪でもあった。

「……弁明はいたしません。いかなる罰も受け入れます」

 セバスチャンは静かに、しかし断固として告げた。

「もし、貴方がもう戦いに疲れたのなら……冒険者を辞めるというのなら。生涯、私が責任を持って貴方の生活を保障しましょう。……金輪際、戦いとは無縁の、穏やかで安全な余生を約束します」

 それは、悪くない提案だった。

 片腕を失い、魔法も使えないマギレス。

 これ以上戦い続ければ、次は間違いなく命を落とす。

 英雄として引退し、平穏に暮らす。誰も彼を責めないだろうし、誰もがそれを望むだろう。

 重苦しい沈黙が部屋を支配する。

 カレンは祈るように手を組み、アイザックは何も言わず、じっとヴァルの瞳――光のない左目の闇を見つめていた。

 アイザックもまた、彼に引退を勧めるべきだと考えていたからだ。これ以上、彼を地獄へ付き合わせるわけにはいかないと。

 長い、長い沈黙の後。

 ヴァルはゆっくりと顔を上げた。

 包帯の間から覗く右目には、確かな光が宿っていた。

「……セバスチャンさん。それに、アイザックさん」

 その声に、迷いはなかった。

 引退する者の弱さも、絶望に打ちひしがれた者の脆さもない。

 あるのは、引き返せない「真実」を知ってしまった者の、覚悟。

「俺は、辞めません」

 ヴァルは残された右手を、自身の動かない左眼にかざした。

 一週間の昏睡の中、D.N.Aの海で見てきた光景が、脳裏をよぎる。

「この眼のこと……そして、俺が知ってしまった『世界の真実』を、お二人に話さなくてはいけません」

 黒い虚無の瞳が、二人を射抜く。

 それは、ただの冒険譚の終わりと、世界を揺るがす戦いの始まりを告げる、静かな宣戦布告だった。

【加筆・修正】(2026/01/28)

急ぎで投稿したため、変な箇所が何点もあったので修正致しました。

大変失礼致しました。


【あとがき】


読んでいただきありがとうございます!


今日から第3章スタートです!

左腕を失ったヴァル。

しかし、彼が手に入れたのは、ギルド長から贈られた禁断の遺産『戦術工廠パンドラ』でした。


四本のサブアームに、流体金属の義手。

人の形を捨て、異形の「阿修羅」となって戦場に戻ってきました。


そして、レティナが沈黙した「黒い虚無の瞳」。

彼が知ってしまった「世界の真実」とは?


第3章も、フルスロットルで駆け抜けます!

応援よろしくお願いします!


(※ネトコン14参加中です! 「阿修羅ヴァルかっこいい!」「続き楽しみ!」と思った方は、応援ブクマいただけると嬉しいです!)

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