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魔力ゼロの最底辺、ゴミ山で拾った「義眼」が規格外すぎた 〜魔法が絶対の世界ですが、俺には敵の動きと弱点が「線」で視えるので、当たらなければどうということはありません〜  作者: ちゃんつよ
底辺からの反逆者 ~魔力なき『砂利運び』が得た機械の瞳~

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第3話:砂利運びの算術 〜AIの計算で、搾取してくる同業者を論破(ざまぁ)します〜

「はぁ、はぁ……本当に、死んでるな」

 静寂が戻った廃墟のダンジョン。

 ヴァルは荒い息を整えながら、足元に転がるエーテル・ハウンドの死体を見下ろした。

 つい先刻まで自分を食い殺そうとしていた化け物が、今は動かない肉塊となっている。

『警告:エネルギー残量低下。戦闘モードによる急速消費を確認』

 感傷に浸る間もなく、脳内に無機質な声が響く。

『システム維持のため、直ちに魔鉱石グリットを摂取してください。放置した場合、生命維持機能バイタル・サポートの一部を停止します』

「はぁ? 停止って……俺の身体機能をか?」

『肯定します。視神経および接続脳領域の壊死ネクロシスが発生する可能性があります』

「ふざけんな! 脅しか!?」

 ヴァルは顔を引きつらせた。

 壊死なんてごめんだ。脳味噌はまだ使いたい。

 だが、手持ちの魔鉱石はない。冒険者たちの荷物は、タートルと一緒に崩落の向こう側だ。

『スキャン完了。眼前の敵性体内部に、高純度のエネルギー反応を検知』

 視界の中で、ハウンドの胸部が赤くハイライトされた。

『推奨:胸部を切開し、魔鉱石グリットを摘出。本機の動力源として充当してください』

「……こいつを、解体しろってのか?」

 ヴァルは嫌悪感に眉をひそめた。

 魔物の解体は、専門の知識を持つ冒険者や解体業者の仕事だ。ただの運搬屋であるヴァルには経験がない。

 だが、躊躇している時間はないらしい。左目の借り主が警告表示を点滅させている。

「……やるしかないか」

 ヴァルは覚悟を決め、手に持っていた白いナイフ――『セラミックナイフ』をハウンドの胸に突き立てた。

 ズブリ。

 驚くほど抵抗がなかった。

 鋼鉄のように硬いはずの変異種の皮膚が、まるで濡れた紙のように裂けていく。

 骨を断つ感触すら手に伝わらない。異常な切れ味だ。

「うわ……なんだよこのナイフ、怖いくらい切れるぞ」

 ヴァルは血に濡れた手で胸腔を探り、奥にあった握り拳大の結晶を掴み出した。

 青白く輝く、純度の高い『青色魔鉱石ブルー・グリット』だ。

 通常、Dランクの魔物からは茶色魔鉱石ブラウン・グリットしか出ないはずだが、その輝きは強かった。

『適合燃料を確認。……摂取を開始します』

「え、ここでか? どうやって……」

『対象物を左眼前に保持してください』

 ヴァルはおっかなびっくり、血塗れの石を左目に近づけた。

 石がレンズに触れそうになった、その瞬間。

 キィィン……。

 耳鳴りのような、あるいはガラスと未知の金属を擦り合わせたような、鋭く冷たい音が鳴った。

 左目のレンズ中央がカメラのシャッターのように開き、そこから極細の銀色の針――『ドレイン・ニードル』が飛び出す。

 針が硬い魔鉱石に、いとも簡単に突き刺さる。

 ジュゴォォ……ッ。

 石の中に封じ込められていた魔力。その青い光が、針を通って眼球へと吸い上げられていく。

 それはまるで、機械がストローでジュースを啜るような、とても不思議な光景だった。

 この世界にこんな技術は存在しない。少なくともヴァルは見たことがなかった。

 数秒もしないうちに、手の中にあった宝石は輝きを失い、透明なガラスのような石となってしまった。

「……消えた」

 手元に残ったのは、ただの透明な石だけ。

 マギアン達が魔力を使い切った後に投げて捨てる「搾りかす」と同じだ。パン10個分はあろうかという高価な石が、一瞬で無価値な石へと変わったのだ。

『充填完了。エネルギー残量38%。……推奨:活動維持にはさらなる摂取が必要です』

「はぁ!? これ一つで三割ちょっとかよ!?」

 ヴァルは思わず叫んだ。

 一般市民なら三日は暮らせる魔力量だ。それを一瞬で飲み込んで、まだ半分もいかないと言うのか。

『本機は旧規格の高出力モデルです。現行の低品質な魔鉱石では、効率的な稼働は困難です』

「低品質って……これ、変異種のかなり良いヤツだぞ」

 ヴァルはガックリと項垂れた。

 残りの二匹も解体すれば、とりあえずの危機は脱せるだろう。

 だが、とんでもないものを拾ってしまった。命は助かったが、これでは稼いだ金が全てこの「左目の餌代」に消えてしまう。

 まさに金食い虫だ。

「……とりあえず、帰る準備をするか」

 三匹分の解体を終え、ヴァルは荷物入れから薄汚れた包帯を取り出した。

 琥珀色に光るこの左目を、そのままにして街へ入るわけにはいかない。

 ぐるぐると包帯を巻き、左目を隠す。

「痛っ……」

 包帯を巻く際、腕の擦り傷がズキリと痛んだ。

 転げ回ったせいで全身傷だらけだ。

 普通の冒険者なら、ここで『回復魔法レパラティオ』を使って治すところだろう。

 だが、マギレスであるヴァルにそれはできない。

 魔法による治癒は、受ける側の体内魔力と共鳴させて細胞を活性化させる仕組みだ。魔力が空っぽの彼には、どんな高位の回復魔法も作用しないのだ。

「……痛いし、金はかかるし、散々だな」

 自然治癒を待つしかない身体を引きずり、ヴァルは重い足取りで出口へ向かう。

 散らばるコンテナの山を見る。ハウンドの姿は見当たらないが、油断はできない。

「おいレティナ、まだ敵はいるか?」

『ソナー・スキャン実行中……。半径300メートル以内に敵性生体反応なし。安全です』

 左目の保証を得て、ヴァルは大きく息を吐いた。

 おそらく、生き残ったハウンドは逃げたか、あるいは最初から幻影で数を多く見せていたのだろう。

 外に出ると、岩陰で小さく縮こまっていた巨大な影が、のっそりと首を持ち上げた。

「グゥ、グゥ!」

「……待たせたな、相棒。怖かったろう」

 カーゴ・タートルが、甘えるようにヴァルの胸に鼻先を擦り付ける。

 あの混乱の中、この亀は逃げずにずっと主人を待っていたのだ。

 ヴァルは涙が出そうになるのを堪え、その硬い皮膚を撫でた。

「よし、帰るぞ。その前に荷積みだ」

 ヴァルは痛む体に鞭を打ち、散乱していたコンテナを一つずつ回収し、タートルの背中に積み直した。

 タートルの『重力緩和(グラビティ・リリーフ)』のおかげで軽くはなっているが、それでも重労働だ。だが、これを捨てていくわけにはいかない。

 積み込みを終え、ようやく一人と一匹は帰路についた。

 この亀と、謎の生意気な左目。

 それが今のヴァルの全てだった。

 交易都市『ノアズ・アーク』。

 巨大な城壁に囲まれたこの街の搬入口は、今日も多くの商人や冒険者でごった返していた。

 ヴァルは商業ギルドの倉庫エリアへタートルを停め、受付カウンターへと向かった。

「――そうか。彼らは、全滅したか」

 報告を聞いたギルド職員のハンスは、痛ましそうに顔を歪めた。

 白髪交じりの短髪に、丸眼鏡。実直そうな初老の男性だ。

 彼はヴァルがこの仕事を始めた頃からの付き合いで、マギレスであるヴァルを差別せず、公平に扱ってくれる数少ない理解者だった。

「はい。エーテル・ハウンドの群れでした。俺はタートルの甲羅に隠れて、なんとか……」

 包帯で隠した左目のことは伏せ、あくまで運良く生き残ったと説明する。

 ハンスは疑う様子もなく、深く頷いた。

「無事でよかった。……それに、よく荷物を捨てずに持ち帰ってくれたな。普通のキャリーなら、パニックになって荷物を囮にして逃げるところだ」

 ハンスは伝票を確認し、安堵の息を漏らす。

 荷物の中身は、高位の魔法使いが発注した実験器具だったらしい。もし失くなっていれば、ヴァルには一生かかっても払えない莫大な賠償金が請求されていただろう。

「契約ですから。それに、タートルが守ってくれましたから」

「ああ、君の誠実さは知っているよ。……よし、今回は『危険手当』を上乗せしよう。本来なら護衛失敗の違約金が発生するところだが、私が処理しておく」

 ハンスが差し出した革袋には、通常の報酬に加えて、幾分かの魔鉱石が追加されていた。

 ヴァルは深々と頭を下げる。

 ありがたい。これでタートルの餌も、ちょっといい物を買ってやれる。

「ありがとうございます、ハンスさん! 次もまた、お願いします!」

 足取り軽くカウンターを離れるヴァル。

 だが、世の中そう甘くはない。

 出口付近でたむろしていた数人の男たちが、ヴァルの姿を見るなり、ニヤニヤと近づいてきた。

「ようヴァル、生きてたか。マギレスのくせにしぶといな」

 同業のグラベル・キャリーたちだ。

 全員が魔力持ち(マギアン)で、グリット・サラブレッドを乗り回し、普段からマギレスのヴァルを見下してはカモにしている連中だった。

「……なんの用だ」

「つれないなァ。ちょっと手間賃の『両替』頼めるかと思ってよ」

 リーダー格の男が、ジャラジャラと魔鉱石の入った袋を突き出してきた。

 彼らの手口はこうだ。

 自分たちが稼いだ高額な魔鉱石を、使い勝手のいい小銭に両替してくれと頼む。その際、袋の中身を誤魔化し、ヴァルから差額を搾取するのだ。

 魔力のないヴァルは、魔鉱石の魔力残量を感じ取れない。正確な価値を知るには両替所の鑑定機を通す必要があり、時間がかかる。

 それをいいことに、彼らは「時間がない」と急かし、確認させずに交換を迫るのだ。

「俺たちは忙しいんだ。ほら、この『緑色魔鉱石グリーン・グリット』二つと、お前の持ってる小銭を交換してくれよ」

 男の手のひらにあるのは、確かに二つの緑色の石。

 緑色魔鉱石は、一つで青色魔鉱石5個分の価値がある。つまり合計で10個分の大金だ。

 だが。

 ヴァルの左目が、カッ、と熱を持った。

 眼帯の下で、琥珀色のレンズが回転する。

『スキャン開始。……対象物:低純度魔鉱石。品質および魔力含有量を解析』

 視界に、男の手のひらがワイヤーフレームで表示される。

 そして、石の上に数値がポップアップした。

『左端の個体:魔力欠損率64%。右端の個体:硬化樹脂(ハード・レジン)(模造品)。……合計評価額、提示額に対しマイナス8.2Grit』

(……なるほど、そう来たか)

 ヴァルは内心で舌を巻いた。

 二つのうち一つは、ただ精巧に色を塗った偽物。もう一つは、使い古して魔力が半分以上抜けたクズ石だ。

 本来なら青10個分の価値があるはずが、計算上は青1.8個分しかない。八割以上の損だ。

 肉眼では分からない。だが、レティナの「眼」は、残量から品質まで全てを見通していた。

「……おい」

「あ? なんだよ、早くしろよ」

「こんな場所に模造品まで持ち込んだら問題じゃないか?」

 ヴァルの言葉に、男たちの表情が凍りついた。

「は……? 何言ってんだテメェ。ちゃんと緑色魔鉱石グリーン・グリットだろうが!」

「一つはな。だが、その端っこのヤツ、中身がスッカラカンだ。それに、もう一つのはただの模造品だろ?」

「なッ……!?」

 図星だったのだろう。男が狼狽える。

 普段なら言われっぱなしの「砂利」が、まさか見抜くとは思っていなかったのだ。

「て、テメェ! マギレスの分際で俺たちを疑うのか!? イチャモンつけてんじゃねぇぞ!」

 男がヴァルの胸倉を掴もうとした、その時だ。

「――私の目の前で、不正をする気か?」

 低く、よく通る声が響いた。

 ハンスだ。カウンターから出てきて、腕を組み、冷ややかな目で男たちを見据えている。

「ハ、ハンスさん……いや、これは違うんスよ、こいつが計算できないから教えてやってて……」

「全て見ていたぞ。……模造品を使った詐欺行為は、ギルド登録抹消の対象だ。衛兵を呼ぼうか?」

「チッ……! 覚えてろよ、砂利クズが!」

 男たちは捨て台詞を吐き、逃げるように去っていった。

 その背中を見送りながら、ヴァルは小さく息を吐いた。

「……助かりました、ハンスさん」

「いや、君が正確に看破したからだ。……驚いたな、いつの間にあんな目利きを覚えたんだ?」

「え、あ、いや……まあ、長く石を扱ってると、ただの勘ですけど分かるようになりまして……」

 ヴァルは曖昧に笑って眼帯を押さえた。

 まさか「左目が勝手に計算してくれた」とは言えない。

 だが、胸の奥には小さな達成感があった。

 ずっと搾取される側だった自分が、初めて彼らの悪意を跳ね返したのだ。

(悪くないな、この眼も……)

 そう思ったのも束の間だった。

 その夜。

 街外れの安宿の裏手、タートルの荷台の上で、ヴァルは頭を抱えていた。

「ふざけんな! 九割だぞ!? 九割!」

『推奨:エネルギー完全充填。残り報酬の90%をグリットへ変換し、本機へ供給してください』

 手元に残った報酬。

 危険手当も含め、いつもより多い額だった。

 だが、レティナの要求は非情だった。

「これじゃタートルの飯代と、俺の今日の晩飯代しか残らねぇじゃねぇか! 装備の補修もしたいのに!」

『生存には本機の稼働が最優先です。拒否する場合、脳内神経節へ電気刺激を執行します』

「……悪魔か、お前は」

 本気だ。この左目には「情け」や「家計の事情」など通用しない。

「……分かったよ、分かった! 食わせりゃいいんだろ!」

 ヴァルは泣く泣く、魔鉱石の山を眼前に積み上げた。

 キィィン、シュゴォォ……。

 虚しい捕食音が夜空に響く。

 一山いくらのグリットが次々と透明な石に変わり、ヴァルの財布は軽くなっていく。

 全ての食事が終わった後、手元に残ったのは、いつもの日常と変わらない、僅かな小銭だけだった。

「……はぁ。命懸けで戦って、これかよ」

 ヴァルは荷台に寝転がり、星空を見上げた。

 左目の表示は『エネルギーレベル:92%』。満腹になって満足そうだ。

 ふと、思う。

(確かに金はかかる。……だが、あの性能は本物だ)

 ハウンドの動きを見切り、急所を一撃で貫いた戦闘力。

 偽物の石を一瞬で見抜いた解析力。

 もし、この力を使って、本格的にダンジョンに潜ったら?

「……待てよ」

 ヴァルは起き上がり、眠っているタートルの甲羅を叩いた。

「なあ相棒。……俺たちだけで、潜れるんじゃないか?」

 今までは「グラベル・キャリー」として、護衛をつけて運搬をしているだけだった。

 報酬の大部分は護衛たちが持っていき、自分たちには残飯のような分け前しか回ってこない。

 だが、俺一人で潜り、レムナントや魔鉱石を持ち帰れば、その全てが俺のものだ。

 そうすれば、レティナの大食らいを養っても、十分にお釣りが来るはずだ。

「……やってやる。俺はもう、ただの砂利運びじゃない」

 ヴァルの瞳に、野心の火が灯る。

 だが、彼は知らなかった。

 一般人が許可なくダンジョンに潜り、資源を持ち帰ることが、ギルド法で厳しく禁じられていることを。

 そして、その無知な行動が、明日、運命の出会いを引き寄せることになることを。

「よし、明日は早起きだ。……見てろよ、世界!」

 希望に満ちたヴァルの独り言を、レティナの冷ややかなログが記録していた。

『ログ記録終了。マスターの精神状態:軽度の躁状態と推測。……明日の生存確率、再計算中』

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