表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔力ゼロの最底辺、ゴミ山で拾った「義眼」が規格外すぎた 〜魔法が絶対の世界ですが、俺には敵の動きと弱点が「線」で視えるので、当たらなければどうということはありません〜  作者: ちゃんつよ
聖都潜入編 ~物理と演算で、聖都の夜を攻略せよ~

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

39/54

閑話:幻肢痛(ファントム・ペイン)。……罪悪感と、黒い棺桶を持って

【夕暮れ時:冒険者ギルド本部・最上階】

 冒険者の街、ノアズ・アーク。

 空が茜色から群青へと変わりゆく逢魔が時。

 冒険者ギルド本部、その最上階にある総ギルド長の執務室は、しんと静まり返っていた。

 アイザックは休む間も惜しんで書類に目を通していたが、不意にバルコニーの方角から聞こえた重い羽ばたき音に顔を上げた。

 バサァッ……!

 ガラス戸の向こうに舞い降りたのは、巨大な有翼獣――『天翔る馬スカイ・ホース』だ。

 その背には、緑の装束を纏ったエルフの騎士が跨っている。

 ユグド・セコイアからの緊急の特使だ。

 アイザックはカレンに目配せをし、ガラス戸を開け放った。

 吹き込む冷気と共に、獣の荒い息遣いと、独特の獣臭が部屋に入り込む。

「……こんな時間に、礼儀を知らない訪問者だ」

「失礼。アエテルナ(セバスチャン)様より、緊急の親書を預かっている」

 特使のエルフは、スカイ・ホースから降りようともせず、馬上から見下ろすように書簡を放り投げた。

 カレンがそれを空中で鮮やかにキャッチする。

 同じエルフ種でありながら、野生的な身のこなしを見せる彼女に対し、特使の瞳には隠そうともしない侮蔑の色があった。

 ギルド長といえど、所詮は人間の、それも野蛮な冒険者たちの元締め。

 高潔なエルフやマギアンからすれば、卑しい存在でしかないのだ。

「報告は以上だ。……ふん、血生臭い」

 特使は吐き捨てるように言い残すと、再びスカイ・レオを駆り、夕闇の中へと消えていった。

 アイザックは表情一つ変えず、カレンから書簡を受け取る。

「……セバスチャン殿が、正規の手順を無視してまで送ってきた報告だ。ただ事ではない」

 封蝋を割る。

 中には、端的な事実だけが記されていた。

『作戦成功。敵対組織の排除完了。死亡者はなし……ただし、ヴァル重傷。左腕切断により欠損』

 アイザックの動きが凍りついた。

 呼吸が止まる。

 視線が、「左腕切断」の文字に釘付けになる。

 カチャン……。

 持っていたワイングラスが、震える指先から滑り落ちそうになり、慌ててデスクに置いた。

 だが、その微細な音は、彼の心の動揺を隠しきれていなかった。

「……腕を、失ったか」

 重苦しい独り言が、広い執務室に虚しく響いた。

 アイザックはバルコニーへ出た。

 手すりに寄りかかり、眼下に広がるノアズ・アークの街並みを見下ろす。

 夕闇に魔導街灯グリットの光が灯り始め、石造りの街を幻想的に照らし出している。

 だが、アイザックの心は鉛のように重かった。

 ズキリ。

 不意に、右足に鋭い痛みが走った。

 アイザックは顔を歪め、ズボンの裾の上から右太腿を強く握りしめた。

 そこにあるのは、温かい肉の感触ではない。

 硬く、冷たい、金属と魔導樹脂の感触。

 義足だ。

 彼の右足は、膝から下が失われていた。

 ギルド専属の職人・タルゴスが作成した精巧な義足と、それを完璧に使いこなす体幹、そしてカレンの献身的なサポートによって、普段は誰にも気づかれていないが――彼は、欠損者だ。

 そして、ヴァルと同じ「魔力なしマギレス」でもある。

(……痛むか。あるはずのない足が)

 幻肢痛ファントム・ペイン

 失われたはずの足が、脳の中で悲鳴を上げる現象。

 幼い頃、事故で足を潰された時の記憶が蘇る。

 神官たちは言った。「魔力回路がないため、再生魔法は効きません」と。

 周囲からも「呪われた存在」「役立たず」と疎まれ、蔑まれ、差別されてきた日々。

 絶望の底から、彼は金と知恵、そしてコネクションだけを武器に、ここまで這い上がってきた。

 だが、その代償として支払った痛みは、今も彼を縛り続けている。

(ヴァル……君も、こちら側に来てしまったのか)

 ヴァルの顔が脳裏に浮かぶ。

 年若いが、芯の強い青年。マギレスでありながら、義眼レムナントと工夫で無事にBランクへ駆け上がった挑戦者。

 アイザックは、彼にかつての自分を重ねていたのかもしれない。

 だからこそ、期待し、交渉をし、任務を依頼した。

 だが。

 その期待が、彼を壊した。

「……私のせいだ。私が、あんな危険な依頼をしなければ……」

 アイザックの声が震える。

 自分の野心のためだ。

 未踏ダンジョン『ラボ・ゼロ』の情報欲しさに、まだ若い彼らを死地に送り込んだ。

 片腕を失えば、冒険者生命は絶たれる。

 日常生活すらままならないだろう。

 自分が、有望な若者の未来を摘み取ってしまったのだ。

 罪悪感が、夜の冷気と共に、古傷をえぐるように彼を蝕んでいく。

 震えるアイザックの背中を、ふわりと温かいものが包み込んだ。

 カレンだ。

 彼女はショールを彼の肩にかけると、そのまま背後から抱きしめた。

「……カレン」

「震えているわね、アイザック」

 二人きりの時だけ、彼女は「秘書」の仮面を外し、一人の女性として彼に接する。

 アイザックの孤独と、義足の秘密を知る、唯一の理解者。

「……ああ。私は、取り返しのつかないことをしたのかもしれない」

 アイザックは彼女の手を握りしめ、弱音を吐露した。

 冷徹な総ギルド長の顔ではない。

 罪に怯える、一人の無力な男の顔だった。

「私のエゴが、彼を……ヴァルを壊してしまった」

 カレンは何も言わず、彼の背中に頬を埋めた。

 優しいリリィの香りが、アイザックの強張った心を少しずつ溶かしていく。

「貴方が選んだ子でしょ?」

 静かな、しかし確信に満ちた声が耳元で囁く。

「貴方が、かつて絶望の淵から這い上がり、この地位を築いたように。……彼もまた、絶望に負けるような人じゃないわ。私はそう信じている」

「……カレン」

「思い出してみて。貴方たちは『持たざる者』。魔法という理不尽な力を持たないからこそ……誰よりも強く、賢く、牙を研いできた」

 その言葉は、アイザックの魂の根幹に触れた。

 そうだ。

 マギレスだからと見下され、身体がないからと嘲笑われ、それでも歯を食いしばって生きてきた。

 ここで自分が折れてどうする。

 後悔している暇があるなら、すべきことがあるはずだ。

 アイザックは深く息を吸い込み、冷たい夜気を肺に満たした。

 震えが止まる。

 彼はカレンの手を握り返し、ゆっくりと振り返った。

「……ああ、その通りだ。私は総ギルド長、アイザック・グラントだ。依頼主としての責任を果たさねばならない」

 彼に償いを。

 そして、奪われた腕の代わりに、世界を噛み砕く新たな「牙」を与えるのが、私の役目だ。

 アイザックは執務室に戻ると、壁に掛けられた巨大な絵画を動かした。

 現れたのは、ミスリル製の重厚な隠し金庫。

 首にかけていた鍵を取り出し、鍵穴へ差し込む。

 ギィィィ……。

 重く擦れる音と共に、分厚い扉が開く。

 漏れ出したのは、肌を刺すような冷気と、異質なプレッシャー。

 その奥に鎮座しているのは、一つの「遺物」だった。

 高さ1.5メートルほどの、黒い金属の塊。

 形状は、まるで直立した「棺桶」。

 表面には幾何学的なラインが走り、どこか禍々しくも、吸い込まれるような機能美を放っている。

【ModuleID:01……Tactical Foundry "Pandora"】

 もちろん、そんな正式名称を彼は知らない。

 分かっているのは、それが旧文明の遺産レムナントであり、この国を一つ買えるほどの価値を持つ、禁断のテクノロジーの結晶であることだけ。

 アイザックは、その冷たい表面を愛おしげに撫でた。

(……これは、ただの道具ではないはずだ)

 根拠はないが、そう確信していた。

 片腕を失ったヴァルが、再び冒険者として戦うには、これしかない。

「……ラボ・ゼロの情報との交換条件だったが、前払いだ」

 アイザックの唇が吊り上がり、不敵な笑みを形作った。

 それは、弱音を吐いていた男の顔ではない。

 修羅場を潜り抜けてきた、ギルド長としての野心に満ちた顔だった。

「これを使え、ヴァル。……この『遺産』を使ってでも、再び私の前に立ってみせろ」

 彼はカレンに振り返る。

 その瞳には、強い光が戻っていた。

「支度を。アエテルナ様……いや、セバスチャン殿への見舞いだ。……ユグド・セコイアへ向かうぞ」

「はい、ギルド長。ただちに」

 カレンはスカートの裾を摘み、優雅に一礼した。

 その表情は、愛する男が覇気を取り戻したことへの喜びで輝いていた。

 窓の外、グリットの街明かりが、黒い棺桶パンドラを妖しく照らし出す。

 それは、絶望の象徴か、それとも最後に残された希望か。

 その答えを知る者は、まだいない。

 二人は新たな希望と、重すぎる手土産を持って、歩き出した。


【あとがき】


読んでいただきありがとうございます!


第2章の余韻が残る中、ギルド長アイザックの視点でした。

彼もまた、痛みを知る「持たざる者」。

だからこそ、ヴァルのために動きます。


彼が持ち出した謎の遺産『黒い棺桶パンドラ』。

「国が一つ買える価値」を持つという禁断のテクノロジー。

果たして箱の中身は、希望か、それとも災厄か。

これが、隻腕となったヴァルに何をもたらすのか。


次回、いよいよ第3章開幕です!

目覚めたヴァルと、新たな物語の始まりにご期待ください!


(※ネトコン14参加中です! 「アイザック渋くて好き!」「パンドラの中身が気になる!」と思った方は、応援ブクマいただけると嬉しいです!)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ