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魔力ゼロの最底辺、ゴミ山で拾った「義眼」が規格外すぎた 〜魔法が絶対の世界ですが、俺には敵の動きと弱点が「線」で視えるので、当たらなければどうということはありません〜  作者: ちゃんつよ
聖都潜入編 ~物理と演算で、聖都の夜を攻略せよ~

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第35話:代償(サクリファイス)。……朝日が照らすのは、隻腕の英雄

【某所・屋上】

 夜明け前の冷たい風が吹き抜ける屋上で、二つの規格外の存在が対峙していた。

 一人は、銀髪の老執事、セバスチャン。

 もう一人は、道化のような装いの魔族オルタス、アポロギア。

 だが、戦闘は起きていない。

 もし彼らが本気でぶつかり合えば、この聖都はおろか、周辺の地形ごと地図から消滅することを知っているからだ。

「……なぜ、このような真似を? アポロギア」

 セバスチャンが静かに問う。

 その殺気は理性で抑え込まれているが、周囲の空間が重力に耐えかねて、ミシミシと軋むような音が響いている。

「もう飽きたのさァ。……管理された『停滞(世界)』にな」

 アポロギアはつまらなそうに鼻を鳴らした。

「この世界は綺麗すぎる。『三神の使徒アポストル』が、旧文明の過ちを繰り返さぬよう作り上げた箱庭。……だが、変化がなく、ただ緩やかに腐っていくだけの鳥籠だ。俺は、お前らとは違う予測不能な混沌カオスが見たいんだよ」

 天を仰ぎ見ながら話す彼は、まるで舞台上の演者そのものだ。

 セバスチャンから漏れ出した殺気が肌を焼くほど突き刺さっていても、平気な顔をしている。

 彼にとって、この世界は退屈な演劇の舞台でしかないのだ。

「それが、罪なき人々を巻き込み、弄ぶ理由になるとでも?」

「なるさ。管理した世界で人の生き死にを握って、ただ見守ってるお前とは違う。『使徒』として、俺はアイツらに『悲劇』という役割を与えたのさ。……刺激がなけりゃ、人間は家畜と同じだろ?」

「そんなくだらない事が使徒の役割だと、私は教えてはいないはずですが」

「世界を観測し、干渉するのが役目? ……笑わせるな」

 アポロギアはニヤリと笑い、足元に転がるセイラを無造作に蹴り飛ばした。

こいつは預けておく。……お前と同じ考えっぽいからな」

「……貴様」

「俺は『使徒』を辞めるぜ、セバスチャン。こんな決まりきった台本の舞台は降りる。……次の遊び場を探しに行く」

 それは、世界を揺るがす衝撃の宣言だった。

 世界の均衡を保つ管理者の座を放棄し、野に放たれる災厄となると言っているに等しい。

「……どうするつもりですか?」

「足りねえ頭で考えろ、耄碌爺もうろくじじい。……じゃあな」

 アポロギアが背後の空間を指先で引き裂く。

 現れた黒い亀裂の中に、彼は嘲笑を残して消えていった。

 残されたのは、意識を失ったセイラと、静寂だけ。

 セバスチャンは大きくため息をつき、セイラを抱き上げた。

「……やれやれ。困った『兄妹』です」

 だが、感傷に浸っている時間はない。

 彼には、今すぐに救わねばならない者がいる。

【時計塔・跡地】

 半壊した時計塔の屋上に、風を纏った人影が降り立った。

 カイルだ。

 彼は瓦礫の中に倒れているヴァルを見つけ、顔色を失った。

「ヴァル君ッ!!」

 駆け寄る。

 ひどい惨状だった。左腕は鉄屑と化したシールドに押し潰され、どす黒く変色している。右目は血で固まり、呼吸は浅く、不規則だ。今にも心臓が止まりそうだ。

「くっ……すぐに治します! A.F.Code:08『生命の修復ヴァイタル・リペア』!」

 カイルが杖をかざし、中級の治癒魔法を紡ぐ。

 温かな緑色の光粒子が溢れ出し、ヴァルの身体を包み込む――はずだった。

 スゥッ……。

 光は、ヴァルの身体をまるで幽霊のように素通りした。

 彼の肉体には一切干渉せず、その下の瓦礫だけを新品同様に修復して消えていく。

「な……ッ!?」

 カイルは愕然とした。

 忘れていた。

 マギレスとは、単に魔法が使えないだけではない。

 大気中の魔力や、他者からの魔力干渉を一切受け付けない「絶縁体」のような体質なのだ。

 この世界の人間マギアンは皆、生まれつき魔力を受け入れ、循環させる『回路』を体内に宿している。

 治癒魔法とは、その回路に魔力を注ぎ、自己治癒力を爆発的に活性化させる技術。

 だが、ヴァルにはその『回路』がない。

 彼はこの魔法文明の世界において、システムから無視された存在。

 皮肉にも、彼らマギレスだけが魔力に染まっていない「本来の人間」であるが故に、魔法の救いを受けられないのだ。

「嘘だろ……!? 効かないなんて……!」

 遅れて到着したティアとララも、その絶望的な光景に絶句した。

 ティアが泣き叫びながら何度も回復魔法レパラティオをかけるが、全て虚しく空を切るだけ。

 まるで、そこに彼が存在していないかのように。

「どうすれば……魔法が効かないなんて……!」

 血は流れ続ける。体温は下がっていく。

 世界最高峰の魔法技術を持ちながら、彼らはヴァル一人救えない。

 手詰まりの絶望が、場を支配した。

 その時。

 空間が歪み、セバスチャンが現れた。

 彼は瞬時に状況を理解し、抱えていたセイラをアビアに預けると、ヴァルの元へ跪いた。

「セバスチャンさん! 回復魔法が……!」

「ええ、存じております」

 セバスチャンは表情を変えず、自身のベルトを外し、ヴァルの左腕の付け根を強く縛り上げた。

 止血帯として締め上げる手際は完璧だが、その目は険しい。

 彼は、潰れた左腕を慎重に触診し、静かに告げた。

「……壊死ネクロシスが始まっています」

「えっ……」

「長時間、圧迫された状態で放置されました。筋肉も神経も死滅し、毒素が回り始めています。……このままでは、全身に毒が回り、死に至ります」

 セバスチャンは一度だけ目を伏せ、苦渋の決断を口にした。

「助かる方法は一つ。……切り落とすしか、ありません」

 カイルたちの悲鳴のような息が、夜明けの空に吸い込まれた。

【セバスチャン邸・地下手術室】

 屋敷へ皆を連れて転移した後、地下にある医療設備へとヴァルは運び込まれた。

 過去に何度か使用された形跡のある設備は、今も綺麗に整備されている。

 その中で、無影灯のような冷たい光が、瀕死の青年を照らし出す。

「カイル様、ヴァル様の身体を押さえていてください。麻酔はないので……ショックで暴れるかもしれません」

「は、はい……ッ!」

 カイルは震える手で、ヴァルの肩を力一杯押さえつけた。

 セバスチャンが右手を掲げる。

水竜の斬撃ヒュドラ・スライス』。

 彼の指先に、極限まで圧縮された超高圧の水流が収束する。

 岩石すらバターのように断ち切る、医療用メスよりも鋭利な『水の刃』。

 だが。

 その完璧な手が、一瞬だけピタリと止まった。

(……なんという皮肉でしょうか)

 セバスチャンの脳裏に、数千年前の記憶がフラッシュバックする。

 旧文明の戦場。

 それは、「魔法を持つ者マギアン」と「持たざる者マギレス」による、凄惨な同族殺しの歴史。

 そこで彼が対峙したのは、『インベンション・シリーズ』と呼ばれる改造兵士たちだった。

 魔力を持たない「持たざる者」たちが、圧倒的な魔法の力に対抗するために選んだ道。

 それは、自らの肉体を切り捨て、機械と融合し、兵器として消費されることだった。

 セバスチャンは彼らを「人の尊厳を捨てた悲しき成れ果て」として憐れみ、その手で葬ってきた。

(あのような悲劇を生み出した『技術(切断と改造)』を……まさか私が、この手で、主に行うことになるとは)

 ヴァルの左腕を切り落とせば、彼は隻腕となる。

 戦士として復帰するためには、いずれ「機械の腕(義手)」を求めるかもしれない。

 それは、かつて自分が否定し、破壊し続けてきた「異形」への道を開くことと同義だ。

 私の手は、彼を救っているのか?

 それとも、人の道から外そうとしているのか?

「……セバスチャンさん?」

 カイルの不安げな声で、セバスチャンは我に返った。

 時間がない。迷っている間に、毒は回る。

「……失礼。始めます」

 セバスチャンは迷いを断ち切る。

 たとえ異形になろうとも。

 たとえ修羅の道を歩もうとも。

 生きていてほしい。ただ、それだけだ。

「……ッ!」

 ヒュン。

 水の刃が振り下ろされた。

 肉が断たれ、骨が砕ける、生々しい音が響く。

 意識がないはずのヴァルの身体が、ビクンと大きく跳ねた。

「ヴァル君ッ!!」

 カイルは飛び散る鮮血から目を背けそうになりながらも、必死に友の身体を支え続けた。

 地下室に、重苦しい血の匂いが充満していく。

【数時間後・屋敷客室】

 朝日が、セバスチャン邸の客室に差し込んでいた。

 清潔なリネンの上で、ヴァルは静かに眠っている。

 顔色は蝋のように白いが、呼吸は安定していた。

 一命は、取り留めたのだ。

 ベッドの脇には、泣き腫らした目で座り込むティアとララ。

 壁に寄りかかり、沈痛な面持ちで腕を組むアビア。

 そして、血に汚れた執事服を着替えることもせず、窓の外を見つめるセバスチャンの姿があった。

 誰も言葉を発しない。

 ヴァルの布団の左側。

 そこは、不自然なほど平坦に、ぺちゃんこになっていた。

 肩から先が、ない。

 彼は生き残った。

 街を守り、仲間を守り、強敵を退けた。

 だが、その代償はあまりにも大きかった。

「……馬鹿野郎が」

 アビアがポツリと、吐き捨てるように呟いた。

「こんなもん……俺たちがいくらでも代わりになってやるのによ……」

 その声は震えていた。

 悔しさと、自責の念。

 年若い仲間に守られ、あまつさえその腕を失わせてしまった事実が、Aランク冒険者の誇りを粉々に砕いていた。

 セバスチャンは窓ガラスに映る自分を見つめ、心の中で深く頭を垂れた。

(……お許しください、ヴァル様)

 彼は、失われた左腕の重さを噛み締める。

(私は貴方を救ったつもりで……人の道から外してしまったのかもしれません。ですが……)

 セバスチャンは振り返り、眠るヴァルの顔を見た。

 その寝顔は、痛みから解放され、どこか安らかだった。

(貴方が目覚め、再び歩き出すその時まで。……この薄汚れた手で、お支えいたします)

 朝日が、隻腕となった英雄を優しく照らしていた。

【修正】(2026/01/27)

アポロギアの一部台詞を修正および削除


【あとがき】


読んでいただきありがとうございます!


これにて第2章、完結です。

勝利はしましたが、あまりにも大きな代償を払いました。

魔法が効かないマギレスの体質。

そして、命を救うための「切断」。


ヴァルは左腕を失いました。

セバスチャンの葛藤通り、これは彼が「人の道(マギアンの世界)」から外れ、「機械(SF)」へと近づく第一歩なのかもしれません。


次回より第3章開幕!

失った腕はどうなるのか? 目覚めたヴァルの反応は?

そして、あの「技術屋」がついに動き出します。


(※ネトコン14参加中です! 「第2章面白かった!」「続きが気になる!」と思った方は、応援ブクマいただけると嬉しいです!)

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