第34話:隻腕の連射(ラピッド・ファイア)。……これで終わりだ。あぁ、何も見えない
【現在:時計塔・屋上】
一発目の銃声が夜空に吸い込まれ、数秒後、遠くでガラスが割れるような音が響いた。
αチームの戦場。アビアの前で、Bランクの斧使いが腰を抜かしているのがスコープ越しに見える。
だが、まだ終わっていない。
屋上の二名の魔導師たちだ。
彼らはリーダーの「最強の盾」が砕かれたことに動揺しながらも、逆上し、再び杖を構えようとしていた。
「クソッ! アイツ死んでなかったのか!!」
「もう一発食らわせてやる!!」
彼らはヴァルの生存を確認し、闇雲に攻撃魔法を放とうとしている。
放っておけば、アビアやルーナにも被害が出る。
『ターゲットロック。心臓および頭部。……確殺コースです』
レティナの赤いマーカーが、魔導師たちの急所に吸い付く。
トリガーを引けば終わる。彼らの命を奪えば、憂いは断たれる。
だが。
「……違う。殺すだけが、戦いじゃない」
ヴァルは血を吐き出しながら、わずかに銃口をずらした。
スコープで覗くのは、腕と足だ。
彼らは敵だ。自分を殺そうとした。
それでも、奪うことへの躊躇いと、情報を引き出すという理性が、引き金にかかる指を制御する。
ドォン!!
ガシャッ。
右手で素早くボルトを引き、空薬莢を弾き飛ばす。次弾を送り込み、閉鎖。
痛みで霞む視界の中、照準を修正する。
ドォン!!
二発の銃声が連続して響いた。
魔導師一人の腕が消えた。
「ぎゃああああっ!?」
ドォンと響く着弾音が遅れて聞こえる。そして、――
「あ、足がぁぁぁッ!?」
二人目の魔導師が地面に転がると、遅れてきた銃声が彼らの頭上を通り過ぎていった。
一名は杖を持った右腕を、もう一名は身体を支える右足を、根本から吹き飛ばされた。
致命傷ではない。だが、戦闘継続は不可能だ。
『……非効率的です。ですが、理解しました。敵性体からの情報抽出(尋問)を優先するのですね』
レティナが納得したように告げる。
ヴァルの甘さを、機械知性が「合理的判断」として学習していく。
「……ああ、そういうことにしておいてくれ」
ヴァルは血まみれの顔で、少しだけ優しく笑った。
マイクに向かって声を絞り出す。
〈ルーナさん、屋上の魔導師二人を無力化しました……捕縛して、回復をかけてやってくれ〉
「……了解!」
指示されたルーナは震える脚に喝を入れて、屋上に駆け出す。
心配そうな顔をしているが、ラジオでは自分の声が届かない。
(ヴァル……大丈夫だよね……)
〈……次、行くぞ〉
ルーナの心配を感じ取るかのように、ヴァルは意識を切り替えた。
休む暇はない。
最も危険な戦場――γチームが待っている。
◇
【γチーム:戦場】
ティアとララは、限界寸前だった。
キメラと化したカルドゥスの猛攻。
『斥力の壁』がある限り攻撃は通らず、一方的に防戦を迫られる。
〈――ティアさん、盾で一瞬動きを止めてください。ララさんは核を狙って〉
イヤホンから、ヴァルの静かな、しかし鬼気迫る声が届く。
「信じるわッ!」
ティアが叫び、迫りくるキメラの猛進に対して真正面からタワーシールドを構えた。
ガギィィィィン!!
凄まじい衝撃。ティアの足が地面を削り、骨がきしむ音がする。
だが、止めた。
キメラの動きが、一瞬だけ静止する。
〈今だ〉
時計塔の上。
ヴァルの集中力は極限に達していた。
狙うべき標的は二つ。
表面にある『斥力の壁』と、その奥にあるキメラの『核』。
壁を壊しても、すぐに変異再生されたら意味がない。壁を壊した数秒後に、核を撃ち抜く必要がある。
だが、この対物ライフルはボルトアクションだ。
一発撃つごとに、手動で排莢と装填を行わなければならない。
左腕は使えない。
右手一本で、その神業を行わなければならない。
(やれるか? ……いや、やるんだ)
一発目。
装填されているのは、壁を砕くための『共鳴破壊弾』。
ドォン!!
発砲。
弾丸が『斥力の壁』に着弾した瞬間、キィィンという高周波と共に、不可視の壁がガラスのように砕け散った。
ここからが、神速の世界。
ヴァルは発砲の反動が消えるよりも早く、右手でボルトハンドルを叩くように掴んだ。
跳ね上げる。引く。
排莢口から空薬莢が舞う。
その薬莢が地面に落ちる前に。
ヴァルは並べておいた次弾――タルゴス製『炸裂弾』を指先で弾き、薬室へと滑り込ませた。
押し込む。倒す。
閉鎖完了。
ガシャコンッ!!
重厚な金属音が、一つの音として聞こえるほどの速度。
右手一本による、神速の連射。
激痛で視界が明滅する。脳が焼き切れるような感覚に、ヴァルは奥歯が砕けるほど噛みしめて耐えた。
『マスター……!!』
二発目。
ドォォォン!!
壁が砕けた直後、無防備になったキメラの胸板に、炸裂弾が吸い込まれた。
ドグゥゥゥン!!
着弾と同時に内部で爆発。
再生しようとしていた肉と、硬質な外殻が内側から吹き飛ぶ。
胸の中央。
抉れた肉の奥底に、ドス黒く脈打つ『核』が露出した。
◇
〈ララさんッ!!〉
ヴァルの絶叫が響く。
『……限界です。シャットダウン!』
同時に、プツンッ、とヴァルの左眼の光が消えた。
全ての力が抜けていく。
だが、その声は届いていた。
戦場にて、双剣を構えたララが、露出した核を見据えて跳躍する。
「もらったぁぁぁぁッ!!」
ヴァルが命を削って抉じ開けた、千載一遇の勝機。
外すわけがない。
ララの双剣が交差し、金色の軌跡を描く。
ズバァァァァァァン!!
「ギ、ギャァァァァァァ……!?」
断末魔。
核を両断されたキメラは、再生することなくドロドロの肉塊となって崩れ落ちた。
γチーム、完全勝利。
◇
【時計塔・屋上】
全ての敵の反応が消えたのを、消えゆく意識の中でヴァルは感じ取っていた。
(……終わっ、た……)
ヴァルはライフルに寄りかかるようにして、崩れ落ちた。
もう、指一本動かせない。
右目は潰れ、左腕は砕け、脳はオーバーヒートを起こしている。
出血多量による寒気が、急速に体を冷やしていく。
(みんな、無事かな……。皆を…守れたかな……)
安堵と共に、ヴァルの意識は今度こそ、底のない深い闇へと沈んでいった。
◇
【βチーム:ヘデラ邸】
全ての戦況を、遠く離れた場所で察知していた男がいた。
セバスチャンだ。
彼はイヤホンからの通信が途絶えた瞬間、スッと表情を消した。
いつもの温和な老紳士の顔ではない。
数千年、この国を影から守り続けてきた「最長老」としての、冷徹な顔。
「カイル様」
「は、はいッ!」
「貴方はすぐに時計塔へ向かってください。風魔法で飛べば間に合います」
「えっ? ……ま、まさか、ヴァル君が!?」
「急ぎなさい。……死にますよ」
淡々とした言葉に、カイルは顔色を変えた。
彼は何も言わず、全力の『風の道』を発動させ、窓から飛び出していった。
部屋に残されたセバスチャンは、優雅に手袋を直し、低い声で呟いた。
「さて。……後始末です」
彼の周囲の空間が、歪んだ。
ヒュン。
音が消える。
空間座標を再構築し、視認できる範囲内の任意の場所へ瞬間的に転移する。戦闘での主要な移動手段だ。
『空間の移動』。
◇
【某所・屋上】
「クソッ、クソォッ、クソォ゙ォ゙ッ!! なんだあのマギレスは! 僕の最高傑作を壊しやがってェェ!」
全ての戦場を見下ろせる高いビルの屋上で、道化のような服を着た男――アポロギアが地団駄を踏んでいた。
計算外だ。あんなゴミ一人に、全ての盤面をひっくり返されるなんて。
「まあいい。データは取れた。今日は引き上げ……」
アポロギアが背を向けようとした、その時だった。
「おや。ご挨拶もなしに帰られるおつもりですか?」
耳元で、冷ややかな声がした。
背筋が凍りつく。
気配がなかった。音もなかった。
いつの間にか、背後に「死」が立っていた。
「な、ん……!?」
アポロギアが飛び退き、振り返る。
そこには、銀髪の執事が静かに佇んでいた。
距離にして数キロ。
魔法による飛行でも数分はかかる距離を、一瞬で。
「な、なぜここが……わかった……!?」
「貴方ほどの方が、空間魔法を知らないはずはないでしょう……つまらない演技はやめなさい」
セバスチャンは微笑んでいる。だが、その目は笑っていない。
絶対零度の瞳が、アポロギアを射抜いている。
そして、セバスチャンの視線が、アポロギアの足元へ向けられた。
そこには、傷だらけになり、ボロ布のように扱われている赤髪の女――セイラが転がっていた。
かつて、彼女が幼い頃を知っており、世話もしたことがある。
ピリッ。
セバスチャンから放たれた殺気で、屋上の空気が凍結した。
「やはり、お前でしたか」
セバスチャンが一歩、踏み出す。
その一歩は、世界の理を軋ませるほどに重かった。
「ヘッ、言葉が乱れてるゾォ、ジジイ」
「我が国の子供たちを弄び、あまつさえ私の大事な友人を……よくも」
最強の執事が、激昂する。
その怒りは、魔族であるアポロギアをして「恐怖」を感じさせるに十分なものだった。
【あとがき】
読んでいただきありがとうございます!
片手でのボルトアクション連射。
ヴァルの命懸けの支援で、ついにキメラを撃破しました!
(ララさん、ナイスフィニッシュ!)
しかし、ヴァルは限界を超えて意識を失ってしまいました。
カイル君、間に合ってくれ……!
そしてラスト。
逃げようとする黒幕の背後に、あの男が現れました。
「空間転移」で瞬時に距離を詰める最強執事。
ブチ切れたセバスチャンがどれほど怖いのか。
次回、アポロギアさんにはたっぷりと後悔してもらいましょう。
(※ネトコン14参加中です! 「セバスチャンかっこいい!」「ヴァル助かって!」と思った方は、応援ブクマいただけると嬉しいです!)




