第33話:共鳴破壊(レゾナンス・ブレイク)。……その「絶対防御」、波の位相を合わせて砕く
【現在:時計塔・屋上】
半壊した時計塔の屋上。
砂煙と鉄錆の匂いが充満する瓦礫の上で、ヴァルは体を横たえていた。
左腕は鉄屑のようにひしゃげたシールドと共に動かない。
右目は血で潰れ、視界を閉ざしている。
唯一残された左眼(義眼)だけが、スコープの奥で琥珀色の光を放っていた。
激痛。
呼吸をするたびに、折れた肋骨が肺に刺さるような痛みが走る。
意識が飛びそうだ。暗い海へと沈んでしまいそうだ。
だが、ヴァルは歯を食いしばり、意識を繋ぎ止める。
まだだ。まだ、終わっていない。
アビアさんたちが、あの理不尽な盾に苦しめられている。
「……ハァ、ハァ……ッ」
ヴァルは荒い息を吐きながら、顔の横にあるラジオのマイクへ手を伸ばした。
スイッチを「ON」に入れる。自分は平気だぞ、と伝えるために。
「α、γチームへ。……今から敵の防御魔法を破壊します」
気丈に振る舞ったつもりだった。
しかし、彼の苦痛に満ちた呼吸音と、脳内の相棒との会話は、ノイズ混じりの電波に乗って、戦場の仲間たち全員へと届いていた。
『警告:マスター、バイタルサイン低下。これ以上の戦闘行動は生命維持に支障をきたします。直ちに撤退し、治療を……』
脳内に直接響くレティナの声。
だが、極限状態のヴァルにとって、それは今、思考を妨げる雑音でしかなかった。
「……レティナ……黙ってくれ。……集中できないんだ……」
ヴァルは掠れた声で呟く。
その独白は、数キロ離れた仲間たちの耳に、雷鳴のような衝撃として突き刺さった。
◇
【αチーム:アビア視点】
剣を弾かれ、後退していたアビアは、耳元のイヤホンから聞こえてきた声に戦慄した。
〈……黙ってくれ……集中できないんだ……〉
ヴァルの声だ。だが、いつもの冷静な指揮官の声ではない。
痛みに耐え、命を削り出しながら絞り出したような、悲痛な響き。
(レティナ? ……誰だ? ヴァルは、誰と話している?)
アビアは目の前の敵――ドーピングで暴走するBランクの男を見据えながらも、意識は無線に向いていた。
通信の向こう側で、ヴァルが「何か」と会話している。
それは仲間への指示ではない。もっと根源的な、自分自身への問いかけのような独白。
〈……アビアさんたちの前の『壁』を壊すんだ。……演算リソースを、全部こっちに回せ〉
ザザッ、とノイズが走る。
アビアは息を呑んだ。
あいつは、自分の命を代償にしてでも、俺たちを支援しようとしている。
「馬鹿野郎……! 無茶をするなヴァル!!」
アビアが叫ぶ。だが、一方通行のラジオでは、その声は届かない。
◇
【時計塔・屋上】
「……アビアさんたちの前の『壁』を壊すんだ。……演算リソースを、全部こっちに回せ」
ヴァルには、仲間の悲鳴は聞こえていない。
あるのは、目の前のスコープ越しの世界と、脳内の警告音だけだ。
「……これは命令だ、レティナ。『D.N.A』に直接繋いでくれ」
ヴァルの言葉に、レティナが一瞬沈黙する。
『D.N.A(Data Network Archive)』。
それは旧文明の遺産である保存されたデータ集積場。遥か天空、世界中の『どこにいても繋がる』ことができる知識の源泉。
その領域への直接接続を意味する禁断のコード。
生身の脳で接続すれば、膨大な情報の濁流に自我が流され、廃人になるリスクがある。
『理解不能です。……なぜ、そこまでするのですか? 自身の生存確率を著しく低下させてまで、他者を守る行動に合理的根拠が見当たりません』
機械であるレティナには理解できない。
生存本能こそが生物の最優先事項であるはずだ。そう定義されているから、そう答える。
だが、ヴァルは血に濡れた唇を歪め、ふっと笑った。
「……それが、人間ってやつなんだ。……理屈じゃない」
大切な仲間が傷つくくらいなら、自分の身が砕けたほうがマシだ。
だって、こんなマギレスをここまで拾い上げてくれたんだから。
そんな馬鹿げた計算式が成り立つのが、人間の心だ。
『…………』
レティナの思考回路の中で、無数のエラーログと、新たな定義ファイルが生成されていく。
非合理。自己犠牲。愛。
それらを総称して、「人間」と定義する。
『……了解。オーダーを受諾します』
レティナの声色が、わずかに変わった気がした。
ただの機械的な音声ではない。主人の覚悟に寄り添うような、意思のある響き。
『……ただし、本当に危険になった場合は、マスターの意思に関わらず強制シャットダウンを行います。……死なせません、マスター』
「フッ……随分と人間っぽいな、その発言……」
『!? ……思考ルーチンにノイズ発生。……実行します』
ブオォン……!!
ヴァルの左眼が、かつて霧の峡谷で見せたような、激しい青白い光を放った。
リミッター解除。
『Oracle Sight』全稼働。
グギギギギ……!
脳が沸騰するような熱量。
鼻から、耳から、そして潰れた右目の隙間から、ツーッと新たな血が流れ落ちる。
だが、ヴァルの意識は鮮明だった。
視界が書き換わる。
数キロ先のアビアたちの戦場。
Bランクの男が展開している『拒絶の壁』。
今まで「見えない壁」として認識されていたそれが、無数の数式と幾何学模様の集合体へと分解されていく。
魔力の流れ。密度。揺らぎ。
そして――「波」が見えた。
光が「光子」という波と粒子の性質を持つように、魔力もまた「魔子」として波打っている。
どんなに強固な壁も、魔力という波で構成されている以上、固有の振動数を持つ。
その波と完全に逆の位相を持つエネルギーをぶつければ、波は相殺され、霧散する。
『解析完了。周波数特定。……逆位相による共鳴破壊シークエンス、準備よし』
レティナの報告と共に、スコープの中心に極小の「点」が表示された。
それは、壁の魔力が一点に収束する「要」の場所。
「ID04:REPULS。……強固な斥力か。波である以上は壊せる」
ヴァルは呟く。
その声は、もはや痛みに喘ぐ青年のものではない。
冷徹に標的を解体する、機械仕掛けの死神の声だった。
◇
ヴァルは全てのデジタルな補助表示を視界から消去した。
ノイズを捨てる。
『D.N.A』からダウンロードされた、古の射手の記憶と技術。そのインストールは完了した。
素早くポケットから五発ほどの弾を出し、ライフルの右側に並べる。
必要なのは、風の情報と、標的との距離、そして己の感覚だけ。
ターゲットは、Bランクの男ではない。
男の目の前に展開されている、不可視の盾の「一点」。
直径わずか数センチの、魔力結束点。
(殺しはしない。……だが、その自慢の盾だけは貰う)
スコープの倍率を上げる。
さらに、ヴァルの集中力が極限まで高まり、世界が収束していく。
数キロ先の空気が、レンズのように歪んで見える。
顕微鏡を覗くように、防壁の微細な揺らぎが、巨大な波のように拡大されて見えた。
それは機械の予測すら超えた領域。
人間のみが到達できる、極限の集中状態。
風が止まった。砂煙が収まり視界が晴れる。
心臓の鼓動が、指先のトリガーと同期する。
ドクン。
今だ。
ヴァルは瓦礫に寝そべったまま、右手だけでボルトハンドルを掴んだ。
ガチャン。
硬質で重厚な音が、マイクを通じて戦場に響く。
ボルトを引き上げ、後方へ引く。
排莢口から空薬莢が弾け飛び、カランと乾いた音を立てて瓦礫の上を転がった。
ジャキッ。
ボルトを押し込み、次弾を薬室へ送り込む。
込められたのは、タルゴスが手作りした特製の『カオス・スチール弾』。
魔力を帯びた黒鉄の弾丸。
カチャリ。
ハンドルを倒し、閉鎖。
一連の動作は、儀式のように美しく、そして重々しい。
その音が聞こえた瞬間、アビアも、カイルも、そしてティアも確信した。
来る。
彼の一撃が、この理不尽な状況を打ち砕くのだと。
引き金を絞る。
――爆音。
マズルブレーキから噴き出した炎が、時計塔の闇を切り裂いた。
音速を超えて飛翔する弾丸は、衝撃波を纏い、物理的な距離を一瞬で食い潰す。
それは一直線に、アビアの目の前にある「絶対防御」へと吸い込まれていった。
◇
【αチーム:戦場】
「逃げ回ってんじゃねえぞオラァァァ!!」
Bランクの斧使いが、勝利を確信して斧を振りかぶった瞬間だった。
空を切る音。身体の動きが止まる。
続けて聞こえてきた、ドォンと腹に響く、聞いたこともないような破裂音。
一体、何が起こったんだ。そして、――
キィィィィィィン……!!
不快な、耳をつんざくような高周波音が響き渡った。
空間が悲鳴を上げたかのような音。
直後。
パリーーーーーーンッ!!
盛大な音がして、男の目の前にあった「見えない壁」が、まるでガラス細工のように粉々に砕け散った。
キラキラと光る魔力の破片が、夜空に舞う。
「は……?」
男が間の抜けた声を上げた。
何が起きたのか理解できない。
絶対無敵の盾。あの御方から授かった最強の魔法が、砕けた?
カラン……。
石畳を叩く乾いた音がして、男の足元に「何か」が転がった。
それは、ひしゃげた黒い金属塊。
一発の弾丸。
全ての運動エネルギーと魔力を、壁の破壊(相殺)のみに使い切り、役目を終えて落ちたのだ。
「ひっ……!?」
男は腰を抜かし、後ずさった。
傷一つない。
だが、自分の足元にあるその「死の塊」を見た瞬間、本能的な恐怖が全身を支配した。
もし。
もし、この弾丸が「壁」ではなく、「自分」を狙っていたら?
壁ごと貫くこともできたはずだ。
頭を吹き飛ばすこともできたはずだ。
それをしなかったのは、慈悲か、それとも――「いつでも殺せる」という、圧倒的な強者の証明か。
「あ、あぁ……」
男の戦意は、壁と共に完全に粉砕されていた。
斧を取り落とし、ガタガタと震えながら空を見上げる。
遥か彼方。
半壊した時計塔の上から、青白い隻眼の魔人が自分を見下ろしている気がした。
【あとがき】
読んでいただきありがとうございます!
本日2話目、反撃編です!
満身創痍のヴァルと、進化するレティナ。
「共鳴破壊」による一撃、いかがでしたでしょうか?
魔法を「波」として解析し、逆位相で相殺する。
マギレスだからこそ辿り着いた、魔法殺しの理論です。
(足元に転がる弾丸を見て震える敵……ざまぁですね!)
これでαチームの壁は崩れました。
次はγチームの「キメラ」と「一方通行の壁」。
そして、ヴァルを撃った魔導師たちへの「お返し」です。
次回、怒涛の反撃はまだまだ続きます!
(※ネトコン14参加中です! 「狙撃シーン痺れた!」「レティナ可愛い!」と思った方は、応援ブクマいただけると嬉しいです!)




