第32話:交差優位(クロスドミナンス)。……左腕が使えないなら、身体ごと銃になればいい
【回想:作戦開始直前】
聖都を見下ろす時計塔の屋上。
夜風が吹き抜ける中、ヴァルは一人、眼下の街を見下ろしていた。
背中から長大な『対物ライフル』を降ろし、瓦礫の隙間にバイポッド(二脚)を固定する。
さらに、手製の一方向無線機をセットし、マイクの位置を調整した。
「……ふぅ」
ヴァルは小さく息を吐き、左眼の眼帯に手をかけた。
革紐を解き、黒い布を外す。
露わになったのは、琥珀色に輝く機械の瞳。
『起動。……マスター、全システム・オールグリーン』
(……ああ。頼むよ、レティナ)
ヴァルは意識を集中させた。
これより、彼はただの射手ではない。戦場を俯瞰し、仲間を動かす「脳」となる。
ラジオの電源を入れ、静かに待つ。
『マルチタスク・モード起動。……3エリア同時接続』
ブォン。
ヴァルの視界に、無数の光のウィンドウが展開された。
α、β、γ。三つのチームの現在地、敵の配置、魔力反応、建物の構造図。
現実の風景の上に、青白いワイヤーフレームの地図が重なり、赤いマーカーが敵の予測進路を描き出す。
膨大な情報の濁流が脳内に流れ込んでくる。
普通なら発狂しかねない情報量だが、今のヴァルには、それが整理されたチェス盤のようにクリアに見えていた。
彼の手の中に、戦場がある。
〈……全チーム、配置につきましたね。作戦開始〉
ヴァルは静かに告げた。
◇
【現在:時計塔・屋上】
戦いは、ヴァルの描いたシナリオ通りに進んでいた。
アビアたちは盾を気絶させ、斧使いへ。
〈――αチーム、前方敵! ルーナさん、建物内の敵殲滅! アビアさんは正面のリーダーを引き付けて!〉
ウィンドウの中で、光の点が動く。
レティナの予測演算が、敵の攻撃ラインを白い線で可視化する。
ヴァルはその隙間を縫うように指示を出し、アビアとルーナを誘導していく。
視界を移し、βチームのウィンドウへ切り替える。
〈……βチーム。ターゲットは3階、北側の執務室です〉
カイルとセバスチャンが屋敷へ接近している。
屋敷の構造図が展開され、最短ルートが緑色で表示される。
ん? セバスチャンの高度が一気に上昇した?
ヴァルは目を疑った。あの執事、壁を走って登っているのか。
〈……えっ、ちょ、セバスチャンさん? まさか登ったんですか? ……はぁ。まあいいです〉
呆れはしたが、結果として最短ルートだ。
修正。突入タイミングを早める。
完璧だ。
言葉一つ一つで戦局が動く。
自分が戦場を支配しているという全能感。
この「眼」があれば、誰も死なせない。誰も傷つかせない。
だが。
その驕りは、唐突なノイズによって崩れ去った。
『警告:αチーム、敵性体に高密度の防御魔法を確認』
視界の端で、アビアを示すパラメーターが揺らいだ。
アビアの攻撃が弾かれている。
(……なんだ、あの魔法は?)
レティナが高速で演算を行う。
『斥力の壁』。一方通行の防御魔法。
厄介だ。アビアなら時間を稼げるが、決着には時間がかかる。
〈――アビアさん、強力な防御魔法あり! 時間を稼いでください!〉
指示を飛ばした直後、今度はγチームのアラートが赤く点滅した。
『警告:γチーム、対象カルドゥスの生体反応、急上昇。……異常な変異を確認。これは、魔法による強制的な変異です』
(なんだって……!?)
ウィンドウに映るカルドゥスのシルエットが、醜悪な異形へと膨れ上がる。
ティアとララの心拍数が跳ね上がるのが見えた。
想定外だ。議員本人が怪物化するなんて聞いていない。
〈γチーム、カルドゥスの生体反応が増大中。……ティアさん、警戒して! ララさん、遊撃に徹してください!〉
指示を出しながら、ヴァルは必死に脳を回転させる。
アビアへの支援、キメラの解析、カイルたちの脱出ルート確保。
三つの盤面が同時に崩れ始めた。
処理すべき情報がキャパシティを超え、脳が焼き切れるような熱を帯びる。
『警告:CPU温度上昇。演算リソース限界。……マスター、脳内負荷が危険域です』
ガン、ガン、と頭蓋骨の内側からハンマーで殴られるような頭痛。
視界がチカチカと明滅し、ノイズが走る。
ツツッ……。
鼻から温かい液体が垂れた。鼻血だ。
脳を酷使しすぎた代償が、肉体を蝕み始めている。
『マスター、自身の周囲への警戒リソースが低下しています。これ以上の接続は……』
レティナの無機質な警告が響く。
だが、ヴァルはそれを無視した。
自分のことなどどうでもいい。今は、ティアさんたちが危ない!
袖で鼻血を乱暴に拭い、血走った目でウィンドウを睨みつける。
(弱点はどこだ……キメラの核は! あの防壁の隙間は!)
視界を極限まで拡大し、γチームの戦場を覗き込む。
〈……γチーム、カルドゥスの動きが変です、距離を取って!〉
叫ぶように指示を出した、その瞬間だった。
全ての意識を仲間に向けていた、一瞬の空白。
『警告:高エネルギー反応ッ!! 直上、距離2.5キロ!』
レティナの絶叫に近いアラートが脳髄を叩いた。
え?
ヴァルが顔を上げる。
夜空の彼方。とある屋敷の屋上で、二つの杖が光ったのが見えた。
『防御行動推奨!! 全リソースをシールドへ!!』
考える時間はなかった。
ヴァルは反射的に、左腕を顔の前にかざした。
装着された攻防一体の兵装『パイル・シールド』が展開する。
直後。
視界が、赤く染まった。
ドォォォォォォォォォォン!!
音すら置き去りにする衝撃。
『強固な打撃』――圧縮された空気が物理的な砲弾となって着弾したのだ。
凄まじい運動エネルギーがシールドに激突し、装甲板を飴細工のようにひしゃげさせる。
世界が反転したかのようなGが全身を襲う。
時計塔の屋根が爆砕し、ヴァルの体は瓦礫と共に吹き飛ばされた。
◇
キィィィィィィィィィィィィン……。
不快な耳鳴りが、世界の全てを支配していた。
音が聞こえない。
自分がどこにいるのかも、生きているのか死んでいるのかも分からない。
ただ、身体が重い。そして熱い。
(……あ、れ……?)
薄目を開ける。
視界は砂嵐のようなノイズで埋め尽くされている。
『ERROR』『CONNECTION LOST』『DAMAGE REPORT』。
赤い文字が明滅している。
鼻をつくのは、粉塵と、むせ返るような血の臭い。
瓦礫の下敷きになっていることに気づく。
(おれ……撃たれた、のか……)
遅れて、激痛が津波のように押し寄せてきた。
左腕の感覚がない。いや、ありすぎて痛い。
顔の右半分が熱い。何かがドロドロと目に入ってきて、視界を塞いでいる。
『……スター……マス、ター……! 生存、確認……!』
途切れ途切れのレティナの声が、意識を現世に繋ぎ止めた。
まだだ。
まだ、終わっていない。
アビアさんたちが、ティアさんたちが、待っている。
◇
2.5キロメートル離れた屋上。
対物破壊魔法を放った二人の魔導師は、望遠鏡で着弾を確認し、ハイタッチを交わしていた。
「見たか! 直撃だ!」
「ギャハハ! ざまあみろドブネズミが! 偉そうに指示なんか飛ばしてるからだ!」
時計塔の上部は半壊し、砂煙がもうもうと立ち込めている。
マギレスの身で耐えられる威力ではない。
死体すら残っていないだろう。
彼らは勝利の美酒に酔いしれていた。
だが。
「……おい、なんだあれ」
一人の魔導師が動きを止めた。
風が吹き、時計塔の煙が晴れていく。
その煙の奥から。
ザッ……、ザッ……。
瓦礫を踏みしめる音が聞こえた気がした。
そして、煙が完全に晴れた時。
彼らの笑顔は凍りついた。
「あれは……武器か……?」
そこには、黒光りするライフルの切っ先が鈍く見えていた。
無傷なわけがない。むしろ、瀕死のはずだ。
魔導師が考えた通り、ヴァルの衝撃を受け止めた左腕のシールドは半壊し、鉄屑のようにひしゃげている。
その下の左腕は、ありえない方向に折れ曲がっていた。骨が砕けているのは明白だ。
額からは大量の血が流れ出し、右目は鮮血で塞がれ、開くことすらできていない。
だが。
彼は死んでいなかった。
痛みに顔を歪めることすらなく、ただ無表情に、標的を見据えていた。
ヴァルは動かない左腕をだらりと下げたまま、右手一本で『対物ライフル』のグリップを掴んでいた。
ズルズルと引き寄せ、瓦礫の上にドン! と銃身を固定する。
右目は血で潰れて見えない。
左腕は使えない。
ならば、どうするか。
ヴァルは瓦礫の上に身を横たえた。
ライフルのストック(銃床)に右頬を無理やり押し付け、身体全体で銃を固定する。
右手でトリガーを引き、潰れた右目の代わりに左眼(支配眼)でスコープを覗く。
腕を交差させるような、不自然で異様な構え。
――クロスドミナンス(交差優位)。
血に濡れた顔の中で、左眼の義眼だけが、琥珀色の光を放っている。
その瞳に宿っているのは、恐怖でも痛みでもない。
ヴァルは口元の血を手の甲で拭うと、静かにマイクへ囁いた。
〈α、γチームへ。……今から敵の防御魔法を破壊します〉
イヤホンの向こうで、アビアたちの絶叫が止まる気配がした。
狙うは、アビアとララを苦しめる「理不尽な防壁」の発生源。
そして、自分を撃った愚かな魔導師たち。
ガチャン。
右手でボルトを押し込み、薬室へ送り込む硬質な音が響いた。
【あとがき】
読んでいただきありがとうございます!
ヴァル、生きてました……!
ですが、左腕粉砕、右目負傷という満身創痍の状態。
それでも彼は、仲間のために「眼」を開き続けます。
あの異様な構え。
痛みを超えた執念の一撃が、戦況をどう変えるのか。
そして皆様、お待たせしました。
【本日は2話投稿です!】
この後、18:00 に第33話を投稿します!
瀕死のヴァルが放つ一撃。
この熱い展開を、一気にお届けします。
(※ネトコン14参加中です! 「ヴァル生きててよかった!」「18時待機!」と思った方は、応援ブクマいただけると嬉しいです!)




