第30話:暴走する合成獣(キメラ)。……そして、「眼(司令塔)」は沈黙した
【作戦開始直前:移動中】
聖都の深い闇の中を、二つの影が音もなく駆けていた。
γチーム。
担当は、武闘派として知られるカルドゥス議員の屋敷だ。
メンバーは、盾役に回ったティアと、遊撃として攻撃特化のララ。
張り詰めた空気を和らげるように、ララがふと口を開いた。
「ねえ、ティアちゃん」
「は、はい?」
「アビアさんとはどうなの? お似合いだと思うけど」
唐突な問いかけに、ティアは巨大なシールドを抱えたまま、ボッと顔を赤くした。
「そ、そんな! アビアは頼れるリーダーで……大切な仲間で……!」
「ふふ、顔が真っ赤よ」
「うぅ……からかわないで。……でも」
ティアは夜空を見上げ、少しだけ目を細めた。
「いつか、全部終わって平和になったら……装備を置いて、あの人と一緒にゆっくりお酒でも飲めたらって、そう思います」
「……そっか。ささやかだけど、素敵な夢ね」
ララは優しく微笑む。
熊獣人のティアは、その巨体と怪力に反して、誰よりも繊細で心優しい女性だ。彼女の守る背中が、どれほど温かいか、チームの全員が知っている。
「ララこそ……ヴァル君のこと、放っておけないんでしょう?」
今度はティアが問い返す番だった。
ララは少し驚いた顔をして、それから苦笑交じりに遠くを見た。
「……そうね。あの子、強いフリして危なっかしいから」
脳裏に浮かぶのは、必死に強がって、震える手で銃を握る青年の姿。
「世界を敵に回しても平気そうな顔してるけど、誰かが手を引いてあげないと、どこかへ行っちゃいそうで」
「ふふ、お姉さんね」
「あら、これでも母性はあるのよ?」
二人は顔を見合わせ、クスリと笑い合った。
ティアも、ララがなぜヴァルをそこまで気に掛けているのか、という深い詮索はしない。それぞれの事情がある、アビアにもあるように彼女にも。
互いの胸にある「守りたいもの」を確認し合う。それは、これから死地へ向かう戦士たちが交わす、小さな誓いだった。
「さあ、行きましょう。早く終わらせて、みんなで帰らなきゃ」
「うん!」
二人の表情から笑みが消え、戦士の顔へと切り替わる。
目の前には、カルドゥス議員の屋敷が静かに佇んでいた。
◇
【現在:カルドゥス邸】
屋敷の周囲は、異様な静寂に包まれていた。
護衛の気配がない。門番すら立っていない。
〈……全チーム、配置につきましたね。作戦開始〉
イヤホンから、ノイズ混じりのヴァルの声が届く。
二人は頷き合い、正面の扉を蹴り開けて突入した。
「カルドゥス議員! 大人し……く……!?」
ティアの警告は、途中で凍りついた。
エントランスホール。
そこに広がっていたのは、地獄だった。
豪奢な絨毯は、どす黒い血で染まりきっている。
そこら中に転がっているのは、屋敷のメイドたちの無残な遺体。
そして、その血の海の中心に、一人の男が立っていた。
武闘派議員、カルドゥス。
彼は全身を返り血で濡らし、虚ろな目で天井を見上げていた。
「あ……が、ぁ……」
「うっ! ひどい臭い……」
強烈な鉄の臭いに、ティアが鼻を覆う。だが、彼女は盾を構え直し、毅然と告げた。
「貴方を確保します! 抵抗はやめて……」
「……待ってティア、様子が変よ」
ララが鋭く警告した。
カルドゥスの肉体が、泡立つように脈動している。
次の瞬間。
ブチブチブチッ!!
不快な音と共に、カルドゥスの背中が盛り上がり、皮膚を突き破って「何か」が飛び出した。
それは、昆虫の節足であり、爬虫類の鱗を持つ腕であり、猛禽類の翼だった。
「ギ、ギシャブブダダバアアアオオオオオッ!!」
絶叫。
人の形が崩れ去る。
右足は馬のように太く歪み、左足は鉤爪を持つ鳥のそれへと変貌する。
人間の腕は裂け、猛獣の剛腕が再生する。
それはもはやエルフではない。あらゆる生物の特徴を悪夢のように継ぎ接ぎした、冒涜的な合成獣だった。
「な、何なのコイツ!? 人間じゃない……!」
「化け物……!?」
二人が戦慄する中、理性を失った怪物が床を砕いて突進した。
「来るッ! ティア!」
「防ぐッ!」
ティアがタワーシールドを地面に突き立て、防御する。
だが。
ドォォォォォンッ!!
「ぐ、ぅぅッ!?」
重い。あまりにも重すぎる。
戦車でも受け止めるティアの膝が、一撃で折れそうになる。
純粋な物理質量と、暴走した強化魔法による理不尽な暴力。
「ララ、今よ!」
「任せて!」
ティアが受け止めた一瞬の隙を突き、ララが背後へ回り込む。
双剣に魔力を乗せ、キメラの無防備な首筋へと斬りかかる。
確実な一撃。
だが。
ガギィンッ!!
「なっ!?」
刃が、何もない空間で弾かれた。
見えない壁。
それも、ただの障壁ではない。ララの攻撃は弾くのに、キメラの触手はその壁をすり抜けて、ララに襲いかかってきたのだ。
「きゃあっ!?」
「ララ!」
ララは空中で身を捻り、紙一重で触手を回避するが、頬を浅く切り裂かれた。
「一方通行!? 敵の攻撃だけ通して、こっちの攻撃は弾くっていうの!?」
『斥力の壁』。
それは物理的な攻撃や投擲物を跳ね返す中級魔法。ただの暴走した怪物が使えるような代物ではない。
誰かが、この怪物に「兵器」としての細工を施したのだ。
絶望的だった。
相手は、元々冒険者でありスタミナがある怪物だ。さらに、こちらの攻撃は一切届かず、あちらの攻撃だけが届く理不尽な盾を持っている。
〈――アビアさん、強力な防御魔法あり! 時間を稼いでください!〉
イヤホンからヴァルの声が響く。彼はαチームの支援で手一杯のようだ。
〈……γチーム、カルドゥスの動きが変です、距離を取って!〉
「取ってるわ! でも、攻撃が通じないの!」
ララが叫ぶ。つい、一方向だというのを忘れてしまう。
ティアの回復魔法で、頬の傷は癒える。
が、ティアの盾が限界に近い。ミスリル合金の表面が、キメラの爪撃の一発で削り取られていた。
「ティア! 貴女、下がりなさい!」
このままでは、ジリ貧だ。
「…わ、分かった! …風の壁!」
後退しつつ防御魔法を発動させるティア。
Aランクパーティらしい柔軟な動きをする。が、ララは目の前のプレッシャーから目を離せない。
声にもならない言葉を発している異形を。
「ヴァル……! ヴァルに弱点を聞かないと……!」
ララは必死にイヤホンの声に問いかけてしまう。
あの「眼」なら。
あの理不尽な壁の隙間も、キメラの弱点も、見つけてくれるはずだ。
「ヴァル! 攻撃が通じないの! 指示を……」
その時だった。
ドォォォォォォォォォン!!
遠くで、街を揺るがすほどの爆発音が轟いた。
ララとティアが反射的に視線を向ける。
窓の外。
街の中心に聳え立つ、時計塔の最上階が――爆発に包まれて吹き飛んでいた。
「え……?」
あそこは。
司令塔がいる場所。
「嘘……ヴァル!?」
ザザッ……、ザー…。
イヤホンから流れていたノイズが流れ出す。
声がなくなる。
ただの静寂。
「あ、あぁ……」
ティアの顔から血の気が引いていく。
目の前には、涎を垂らして爪を振り上げる不死身のキメラ。
そして、唯一の希望だった「眼」は、爆発の中に消えた。
◇
その光景を、近くの屋根の上から眺める人影があった。
道化のような奇抜な服を着た、魔族の男――アポロギア。
「ギャハハハハ! 素晴らしい。なんて、綺麗な姿だろうねカルドゥスくぅん……」
大きな爆発と、ティアたちの悲鳴をBGMに、彼はゲラゲラと笑っていた。
その足元には、傷だらけで気絶している赤い髪の女――情報屋セイラが転がされている。
「さあ、頼みのマギレスはいないぞォ? ……実験の始まりだ」
男の嘲笑が、聖都の夜に溶けていった。
【あとがき】
読んでいただきありがとうございます!
γチーム、絶体絶命です。
物理も魔法も弾く「一方通行の壁」を持つキメラ。
そして、ラストの爆発……。
頼みの綱である司令塔からの通信が途絶えました。
ヴァルは無事なのか? そして、この理不尽な怪物をどう攻略するのか?
次回、視点はαチーム(アビア&ルーナ)へ!
彼らの前にもまた、因縁の相手が立ち塞がります。
すべての戦場が地獄と化す聖都の夜。
まだまだ激戦は続きます!
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