第29話:天井からの訪問者。……ごきげんよう。最長老(アエテルナ)様が、物理で降臨されました
【回想:数時間前】
夕暮れの隠れ家にて。
作戦会議の場で、ヴァルが発表したチーム分けは、カイルにとって耳を疑うものだった。
「βチームの担当は、慎重派のヘデラ議員。……メンバーはカイルさんと、セバスチャンさんです」
「……はい?」
カイルは眼鏡をずり上げ、まじまじと隣を見た。
そこには、優雅に紅茶を淹れている老執事、セバスチャンがいる。
「私が……セバスチャンさんとですか?」
「はい。ヘデラ邸には、正規の騎士団が警護についています。魔法戦力としてはカイルさんが適任ですが、近接戦闘において騎士団クラスを抑えられるのは、セバスチャンさんしかいません」
ヴァルは淡々と説明するが、カイルの不安は拭えない。
この執事は確かに強い。あの「デコピン」の威力は認める。だが、隠密行動ができるのだろうか? 筋肉で解決しようとして、屋敷ごと吹き飛ばしたりしないだろうか?
「お任せください、カイル君。……ふふ、潜入任務など数百年ぶり……いえ、久しぶりで胸が躍りますな」
「あ、はい……お手柔らかにお願いします……」
こうして、魔法オタクと脳筋執事という、最も凸凹なコンビが結成されたのだった。
◇
【現在:ヘデラ邸・裏庭】
夜の闇に紛れ、二つの影が動いた。
ヘデラ議員の屋敷は、高い塀と厳重な魔力防壁に守られている。だが、そんなものは今の彼らには障害にならない。
〈――全チーム、配置につきましたね。作戦開始〉
耳元の鉱石イヤホンから、ノイズ混じりのヴァルの声が届く。
それが合図だった。
「行きます」
カイルは勝手口の茂みから、杖の切っ先だけを突き出した。
扉の前には、見張りの騎士団員が二名。全身をミスリル銀の鎧で固めた精鋭だ。まともにやり合えば騒ぎになる。
だが、カイルは深呼吸し、ヴァルから教わった「コード」を口の中で小さく発した。
「……A.F.…Code:02…クリュスタッラ・ゲル」
ヒュッ。
風切音すらしない。
杖から放たれたのは、透明な粘着質の氷塊だ。
それは弾丸のように飛び、二人の衛兵の顔面にへばりつくと、瞬時に硬化した。
「んぐっ……!?」
呼吸も、声も封じられる。衛兵たちが驚愕に目を見開き、剣を抜こうとした――その瞬間。
トン、トン。
いつの間にか背後に回っていたセバスチャンが、彼らの首筋に優しく手刀を落とした。
衛兵たちは糸が切れた人形のように、音もなく崩れ落ちる。
(……速い)
カイルは戦慄した。
(私の魔法発動とほぼ同時だ。あの巨体で、気配を完全に消して近づいたのか?)
強化魔法の光も見えなかった。純粋な身体能力だけで、Aランク相当の騎士の背後を取ったのだ。
(この人、本当に何者なんだ……?)
カイルが冷や汗を拭っていると、再びイヤホンからヴァルの緊迫した声が響いた。
〈――αチーム、前方敵! ルーナさん、建物内の敵殲滅! アビアさんは正面のリーダーを引き付けて!〉
セタリア邸を担当するアビアたちの戦闘が始まったようだ。
爆発音こそ聞こえないが、ヴァルの早口な指示から激戦が伝わってくる。
〈γチーム、カルドゥスの生体反応が増大中。……ティアさん、警戒して! ララさん、遊撃に徹してください!〉
γチームも戦闘に入った。
全ての場所で、同時に戦いが動いている。
カイルは身を引き締めた。自分たちも遅れるわけにはいかない。
セバスチャンがニコリと笑いかけた。
「お見事です、カイル君。無駄のない、美しい術式でした……(フルコードではない省略術式だが……やはり、ヴァル君の影響か)」
「い、いえ……セバスチャンさんこそ」
二人は無言で頷き合い、屋敷の壁面に張り付いた。
◇
〈……βチーム。ターゲットは3階、北側の執務室です〉
他チームへの指示の合間を縫って、ヴァルの声がこちらへ向けられる。
〈ですが、内部の魔力反応が多数。階段と廊下には騎士団が待ち構えています。正面からの突破は時間がかかります〉
階段には伏兵がいる。慎重派のヘデラらしい配置だ。
カイルが舌打ちする。
「チッ……外から魔法で壁を壊しますか? でもそれじゃあ音が……」
「おや、それは困りましたな」
セバスチャンが夜空を見上げる。
そして、名案を思いついた子供のような、無邪気な笑みを浮かべた。
「ではカイル君、ショートカット致しましょうか」
「は?」
セバスチャンが優雅に手を伸ばし――カイルの腰を掴んだ。
次の瞬間、カイルの身体は宙に浮いていた。
米俵のように、小脇に抱えられたのだ。
「えっ、ちょっ、なにするんですか!?」
「舌を噛まぬよう、ご注意を」
タンッ!
セバスチャンが地面を蹴った。
いや、蹴ったのは「壁」だ。
重力を無視し、垂直な壁面を駆け上がる。
「ひぃぃぃぃっ!?」
カイルの悲鳴は、風圧で喉の奥に押し込まれた。
一階、二階、三階――。
一瞬で視界が上昇し、気づけば二人は屋根の上に立っていた。
「よいしょ……、到着です」
「……」
セバスチャンがカイルを降ろす。
カイルは涙目でへたり込んだ。魔法使いの常識(および三半規管)に対する冒涜だ。
イヤホンからは、まだヴァルの指示が続いている。
〈アビアさん、強力な防御魔法あり! 時間を稼いでください! ……γチーム、カルドゥスの動きが変です、距離を取って!〉
他が必死に戦っている中、自分だけが「物理エレベーター」で運ばれてしまった罪悪感と情けなさで、カイルはさらに小さくなった。
〈……えっ、ちょ、セバスチャンさん? まさか登ったんですか? ……〉
イヤホン越しに、ヴァルの呆れ返った溜息が聞こえた。
彼の「眼」には、この暴挙の一部始終も見えていたのだろう。
〈ターゲットは真下です。……そこ。ちょうど今、足元にいます〉
「承知いたしました」
セバスチャンは屋根瓦の位置を確認し、手袋をキュッと締め直した。
「さぁ、いきますよぉ」
彼は深く腰を落とし、屋根に向かって正拳突きを構えた。
魔力はない。あるのは、洗練された「武」の極致。
「お、おいまさか……!」
「失礼、致しますッ!!」
ズドォォォォォォォォン!!
爆音が夜の静寂を粉砕した。
屋根が、天井が、そして床板が、一点に集中した衝撃波によって綺麗に打ち抜かれる。
カイルは瓦礫と共に、自由落下していった。
◇
3階、執務室。
ヘデラ議員は、震える手でワイングラスを握りしめていた。
広い部屋の隅には、年端もいかない子供や、魔力の少ないメイドたちが怯えて集められている。
外の様子がおかしい。警備の騎士たちはなぜ何も連絡をしてこない。
何かが来る。だが、どこから? 廊下は封鎖した。窓も強化ガラスだ。
ドゴォォォォンッ!!
突然、天井が爆発した。
瓦礫と土煙が舞う中、二つの影が降り立つ。
一人は、腰を抜かした優男。
そしてもう一人は――埃一つ付けず、優雅に一礼する、銀髪の老紳士。
「ごきげんよう、ヘデラ様。……夜分遅くに、天井から失礼いたします」
セバスチャンが顔を上げた。
その顔を見た瞬間、ヘデラ議員の顔色が、恐怖で真っ白に染まった。
グラスが手から滑り落ち、カシャーンと砕け散る。
「ひ、ヒィッ……!? そ、その顔は……まさか……!?」
ヘデラは知っている。
長老議会の最深部。そこに飾られている、建国の英雄の肖像画を。
そして、数百年前、若き日の自分が一度だけ遠目に見かけた、絶対的な支配者の姿を。
「さ、最長老様ァ!? な、なぜここに!?」
「えぇぇぇ!?」
絶叫したのはヘデラだけではない。カイルも素っ頓狂な声を上げてセバスチャンを凝視した。
最長老。
この国の神話に等しい存在。それが、この脳筋執事だと!?
「カイル君、関係ない者がいます。こちらに誘導を」
セバスチャンはヘデラの驚愕を無視し、部屋の隅で震える市民たちに優しく声をかけた。
彼の纏う空気は、さっきまでの破壊者とは異なり、慈愛に満ちた守護者のそれだった。
「侵入者だッ! 向かえぇぇッ!!」
外から怒号が聞こえてくる。先ほどの音でさすがに気づかれたようだ。
「……ヘデラ様。貴方にはあとでゆっくり聞きたいことがあります」
セバスチャンが振り返る。
その笑顔は、ヘデラにとっては今や死刑判決に等しい絶望の意味をなしていた。
そして、その混乱の中、部屋の外から護衛の騎士団たちが雪崩れ込んでくる。
重装歩兵が十名以上。狭い室内が一気に殺気で満たされた。
「カイル様」
セバスチャンは動かなかった。代わりに、カイルの肩に手を置く。
「貴方の魔法で、彼らを眠らせて差し上げなさい。……今の貴方なら、出来ます」
「む、無理です! 狭い室内で、これだけの人数を相手に……!」
「いいえ。……イメージを捨て、ただ『理』を紡ぐのです」
セバスチャンがカイルの耳元で、ある言葉を囁いた。
それは、既存の魔法体系には存在しない、未知のコード。
「A.F.Code:02……FLUID-M……」
カイルの背筋に電撃が走る。
その言葉を聞いた瞬間、脳内でパズルのピースが組み合わさるような感覚があった。
魔力の流れ、空気中の水分、ベクトルの指向性。全てが数式のように整列する。
「……『水流の渦』!!」
カイルが杖を振るった。
その瞬間、部屋の空気がねじれた。
何もない空間から激流が出現し、渦を巻いて騎士団たちを飲み込む。
ただの水ではない。高速回転する水流は、鎧の隙間に入り込み、呼吸を奪い、彼らの平衡感覚を破壊して壁際へと叩きつけた。
ドシャアァァッ……!
一撃。
十名の騎士団が、泡を吹いて気絶し、積み重なった。
部屋は水浸しだが、カイルとセバスチャン、そして保護した市民たちの足元だけは濡れていない。完璧な制御だ。
「……す、すごい……」
カイルは自分の手を見つめ、震えた。
これが、魔法の真の姿なのか。
「セバスチャンさん……これは、このコードは!!」
カイルは振り返り、目の前の執事に問うた。
このコードを知っているということは、彼はただの長寿のエルフなどではない。
この魔法体系そのものを熟知している――あるいは、創り出した者。
「貴方様は……本当は……」
セバスチャンは人差し指を口元に当て、茶目っ気たっぷりにウィンクしてみせた。
「今はただの執事ですよ。……ですが、貴方の魔法、見事でした」
彼はカイルの肩をポンと叩く。
「いずれ、貴方には『魔法の真実』……私たちが隠してきた世界の理を、お教えしましょう」
その言葉は、カイルにとって何よりの衝撃であり、福音だった。
魔法に魅せられ、故郷を捨ててまで探求の旅に出た異端児。
彼が追い求めていた答えの全てを持っている人物が、今、目の前にいる。
「……はいッ……!!」
カイルは眼鏡の奥で涙を滲ませ、深く頷いた。
ヘデラ議員は、すでに腰を抜かして気絶している。
βチーム、制圧完了。
〈――γチーム、ララさん! 気を付けて!〉
イヤホンから、再びヴァルの鋭い声が響く。
どうやらティアとララたちの戦場は、佳境を迎えているようだ。
その頃。
αチーム――アビアとルーナの方では、因縁の相手との激しい戦闘が始まろうとしていた。
【あとがき】
読んでいただきありがとうございます!
βチーム、制圧完了!
セバスチャンさん、壁を走ったり天井をぶち抜いたり、やりたい放題でしたね(笑)。
そして明かされた正体。ヘデラ議員の絶望した顔が目に浮かびます。
でも今回の主役はカイル君です。
最長老の導きで、「真の魔法」の一端に触れました。
今まで理論派として頑張ってきた彼が報われる瞬間、書いていて嬉しかったです。
さて、他チームの状況は?
次回、αチームのアビアとルーナが、因縁の相手と激突します!
(※ネトコン14参加中です! 「カイル覚醒熱い!」「執事強すぎw」と思った方は、応援の星やブクマいただけると嬉しいです!)




