第28話:聖都の夜と、狙撃手の視界。……かつての強敵が、今はただの「隙だらけの弱者」に見える
聖都『アイオーン』。
世界樹の根元に広がるその都は、あまりにも美しく、そして冷たかった。
幾何学模様を描く純白の街並み。道路は塵ひとつなく清掃され、行き交うエルフたちは皆、一様に静かで気品がある。
だが、その光景には「生活の匂い」が欠落していた。
まるで、巨大な博物館の展示ケースの中を歩いているような息苦しさ。
その都から少し離れた深い森の中に、蔦に覆われた古びた洋館があった。
「こちらをご自由にお使いください。少々、掃除が行き届いていないようですが……最長老様の旧宅です」
セバスチャンが蔦を掻き分け、錆びついた門を開ける。
「少々」どころではない。数十年は放置された廃屋そのものだ。
「……セバスチャンさん。ここ、本当に大丈夫か?」
アビアが建物の強度と隠蔽性を危惧し、リーダーとしての険しい顔で問いかける。
「ええ。地上部分は見ての通りですが、地下の設備は生きております。魔力遮蔽の高い床を張ってありますので、隠れ家としては最適かと」
涼しい顔で言う執事に、ヴァルたちは苦笑しながらも館へと足を踏み入れた。
ここを拠点とし、今夜、作戦を決行する。
ターゲットは三人。
急進派の筆頭であるセタリア議員。
慎重な性格で知られるヘデラ議員。
そして、自らも武闘派として鳴らすカルドゥス議員。
彼らを同時に無力化し、捕縛する。その後、最長老アエテルナの前に連行すればミッション完了だ。
「俺とセバスチャンさんは偵察に出ます。皆さんはここで待機をお願いします」
「ああ。……ヴァル、顔は見られるなよ」
「分かってます」
アビアの言葉に頷き、ヴァルは商人のローブを深く被った。
◇
昼下がりの聖都。
ヴァルとセバスチャンは、街を歩いていた。
側から見れば、老練なガイドが、余所者の商人に街を案内しているようにしか見えないだろう。
だが、そのコースは巧妙にターゲットの屋敷周辺を巡回するものだった。
ヴァルの左眼は、観光客のふりをしながら常に高速で情報を収集し続けている。
『スキャン開始。……魔力反応、警備配置、構造データをマッピングします』
まず訪れたのは、成金として知られるセタリア議員の屋敷だ。
豪奢な装飾が施された門の前には、柄の悪そうな傭兵たちがたむろしている。
「……ん?」
ヴァルは足を止めた。
傭兵の中に見覚えのある顔があったからだ。
巨大な戦斧を背負った大男。
かつてノアズ・アークのギルドでヴァルに絡み、足をかけて転ばせたBランクパーティ『鉄の戦斧』のリーダーだ。
周囲にはメンバーである魔法使いが二人と、タンク役の大盾持ちが一人。フルメンバーで揃っている。
『照合完了:以前、ギルドにてマスターを嘲笑し、掴みかかろうとして自滅・転倒した個体です』
「……あいつら、ノアズ・アークにいないと思ったら、ここで用心棒やってたのか」
ヴァルは物陰から彼らを観察した。
リーダー格の大男と軽薄そうな魔法使いが、気だるそうに会話している。
「へっ、こんな田舎で警備たぁ退屈だぜ。本当にあのマギレスが来るのかねえ?」
「『あのお方』の情報だ、間違いねえだろ。……来たら八つ裂きにしてやるよ。あの時の屈辱、倍にして返してやらねえとな」
彼らはヴァルの存在に気づいていない。
だが、今のヴァルの眼には、彼らの姿が以前とは全く違って見えていた。
(……隙だらけだ)
かつては見上げるような強者に見えた。
だが今は、重心のズレ、防具の隙間……すべてが「死に直結する線」として視えている。
リボルバーを抜くまでもない。そこらの片手剣が一振りあれば、数秒で制圧できる。
『鎮静推奨:現在のマスターの戦闘能力であれば、彼らは脅威対象外です』
レティナの言葉通りだ。
だが、「あのお方」という言葉が引っかかる。
情報が漏れている? セイラなのか? ヴァルたちがここへ来るのを知って、待ち構えているような――。
続いて、慎重派のヘデラ議員の屋敷。
そこには、市警護のものではなく、正規の騎士団の鎧を着た衛兵が立っていた。
「妙ですね。騎士団の者が個人の屋敷を警護するになど、法で固く禁じているはずですが……嘆かわしい」
セバスチャンが眉をひそめ、不快そうに呟く。まるで、自分が定めたルールを破られたかのような口ぶりだった。
『スキャン結果:屋敷内部の生体反応に異常。……魔力保有量が少ない個体群がいます。……いました。ヘデラ議員の心拍数が上昇中。極度の緊張状態、あるいは脅迫下にあると推測されます』
魔力を持たない、あるいは微弱な魔力しかない市民たちが何人も集められているようだ。
嫌な予感がする。まるで「壁」として用意されているかのような配置だ。
そして最後、武闘派のカルドゥス議員。
こちらは護衛もおらず、至って普通だ。
本人が腕に自慢があるからなのか、建物の中には武器を持たないメイドたちと思しき個体も、サーモグラフィー越しに見えた。平和そのものだ。
(……話が違うな。三人とも、我々が来ることを知っているようだ)
セバスチャンはヴァルとの偵察で違和感を感じていた。情報屋セイラとの事前協議では、ここまでの展開は想定されていなかったはずだ。
その切れ長の瞳が、鋭く光る。
(誰かが裏で糸を引いている。……セイラの背後にいるという、あの男か?)
セレーネ・アビソスの暗部。セイラが「兄」と呼び恐れていた存在。
その名が、セバスチャンの脳裏をよぎる。
――アポロギア。
情報屋セイラ。彼女の背後に見え隠れしていた男の影が、ここに伸びている。
◇
夜。
隠れ家の洋館に戻ったヴァルたちは、最終的な作戦会議を終え、それぞれの準備をしていた。
タートルとタルゴスは、後方支援と脱出ルート確保のため、この拠点に残る手はずとなっている。
落ち着いた雰囲気のアビアたち。
彼らは武器を点検し、無言で時を待っている。
ヴァルはその横顔を見て、微かな震えを覚えた。
魔獣相手なら躊躇はない。だが、今回は「人」だ。
あの『鉄の戦斧』の連中や、騎士団を殺すことになるかもしれない。
その覚悟はあるか? 撃てるのか?
(……怖いな、やっぱり)
ヴァルが自分の手を握りしめていると、アビアがふと視線を向けた。
何も言わない。だが、その目は静かに語っていた。
「汚れ役は俺たちがやる」と。
彼らはギルドの暗部も、対人戦闘も経験してきたプロフェッショナルだ。ヴァルの甘さも、恐怖も理解した上で、それでも前に立つ覚悟を決めている。
(……俺だけが、青臭いんだな)
ヴァルは深呼吸をし、頬を叩いた。
甘えは捨てろ。俺の役目は、彼らを死なせないこと。
そのために、この眼があるんだ。
「……よし。行きましょう」
ヴァルは背中に背負った長大な『対物ライフル』の感触を確かめ、商人のローブを脱ぎ捨てた。
ここからは、戦う者の顔だ。
◇
街の中心に聳え立つ、巨大な時計塔。
その真下に、ヴァルとセバスチャンの姿があった。
街全体を見下ろせるこの場所こそが、今回のヴァルの「指揮所」となる。
だが、入り口は厳重にロックされ、登る時間はない。
「ではヴァル様、いきますよ。……受け身はしっかりお願いしますね」
「は、はい。……って、え?」
セバスチャンが優雅に手袋を直し、ヴァルの襟首を掴んだ。
嫌な予感がする間もなかった。
「よいしょ、っと」
ブォォンッ!!
ベコッと地面が陥没する音と共に、ヴァルの身体が射出された。
魔法ではない。純粋な腕力による「人間投石機」だ。
「~~~~~~ッ!!!!!」
声にならない悲鳴を上げながら、ヴァルは夜空を垂直にカッ飛んだ。
眼下の街が一瞬で遠ざかり、風圧で顔が歪む。
時計塔の屋根――地上五十メートル地点が見えてくる。
『衝撃予測。……着地準備』
レティナの指示に従い、ヴァルは空中で姿勢制御を行い、屋根瓦の上へと転がり込んだ。
ダンッ! ザザーッ……。
なんとか止まったが、足がガクガクと震えている。
『警告:涙による視界不良。および本機への浸水リスク。……マスター、泣かないでください』
「(うっせぇ……! 怖かったんだよ!)」
ヴァルは涙目で袖に顔を押し付け小声で叫び、すぐに顔を上げた。
屋根を小走りで、全体を見渡せる場所まで移動する。
背中からライフルを降ろし、瓦の上に固定し、一方向無線機を置く。
時代が違えば、それはまさに狙撃手のそれだった。
ただし、スコープは覗かない。今は自分の「眼」で、全体を見る必要がある。
眼下には、聖都の全景が広がっている。
左眼の眼帯を取る。
琥珀色の義眼が輝き、夜の街をデジタルな情報へと書き換えていく。
三つのターゲットの屋敷。
そこに潜む敵の配置。
そして、闇に溶け込んで待機する仲間たちの位置。
すべてが、光の「線」で繋がった。
ヴァルはマイクに指を添えた。
震えはもうない。あるのは、戦場を支配する「眼」としての冷徹さだけだ。
〈――あ~あ~。聞こえますか、皆さん〉
ノイズ混じりのヴァルの声が、電波に乗って飛ぶ。
およそ二キロメートル離れた地点で、アビアが耳元のイヤホンを押さえ、無言で剣を抜くのが見えた。
カイルが杖を構え、ルーナが姿勢を低くする。
返事はいらない。彼らの殺気が、何よりの「了解」の合図だ。
〈標的は3名。同時刻、同時制圧を行います〉
ヴァルは眼下の街を見下ろし、静かに告げた。
〈……作戦開始〉
瞬間、三方向で同時に動きだす。
聖都の静寂を破る、作戦の狼煙が上がった。
【修正】(2026/01/21)
記載ミス:ヴァル→セバスチャンへ変更しました。
【あとがき】
読んでいただきありがとうございます!
ついに聖都での作戦が始まりました。
かつて自分を見下していた「鉄の戦斧」の連中。
彼らが今は「脅威対象外」と断定されるシーン、ヴァルの成長を感じていただけたでしょうか?
(レティナさんの毒舌解説も光っていましたね)
そして、またしてもセバスチャンによる「人間投石機」。
物理で空を飛ぶのはヴァル君のトラウマになりそうですが、おかげで最高の狙撃ポジションを確保できました。
次回、三ヶ所同時制圧!
ヴァルの「眼」による指揮と、仲間たちの戦いが交錯します。
シリアス成分多めでお送りする聖都編、ご期待ください!
(「ヴァル強くなったな!」「セバスチャン投げんなw」と思った方は、評価・ブクマいただけると嬉しいです!)




