第27話:伝説の執事と、指一本の「検品」。……コンテナ(1トン)が、軽石のように動いた
「止まれッ!! 何者だ!」
十数名の兵士が、タートルを取り囲むように制止する。
殺気立った衛兵たちの視線が、御者台のヴァルを射抜く。
心臓が早鐘を打つ。
だが、ここで怯んでいては怪しまれるだけだ。ヴァルが口を開こうとした――その時だった。
「おい! 何をグズグズしておるかッ! さっさと許可証を出さんか、この能無しが!!」
鼓膜が破れそうな怒鳴り声が、横から飛んできた。
助手席に座っていたタルゴスだ。
彼は顔を真っ赤にし、持っていた空の図面ケースでヴァルの頭をパコーン! と叩いた。
「い、痛っ……!?」
「『痛っ』ではないわ! 大事な商談の時間に遅れたらどうするつもりだ! これだからマギレスの砂利運びは使えんのだ!」
「も、申し訳ありません、旦那様……! すぐに!」
ヴァルは一瞬で理解した。
タルゴスによる、三文芝居の開幕だ。
ヴァルは慌てて背中を丸め、オドオドとした手つきで懐から羊皮紙を取り出した。
それは、ノアズ・アークの総ギルド長、アイザックから託されたものだ。彼が裏ルートで入手した、「ユグド・セコイア政府高官」名義の正規通行証である。
「こ、こちらでございます……お役人様……」
「……見せろ」
エルフの衛兵隊長が、ひったくるように通行証を受け取る。
その視線が書類の上を走り、眉が僅かに動いた。
「……『長老議会』の署名入りか。身元引受人は……フィンドル議員」
書類に不備はない。そこに押されている紋章は、この国の高官のものだ。無下に扱える相手ではない。
だが、隊長の疑念は晴れていないようだった。
彼は書類を部下に渡すと、冷ややかな目でヴァルを見下ろした。
「書類は本物だ。……だが、お前はどうかな?」
衛兵隊長は持っていた槍をヴァルへ近づける。
「ひっ……!」
「最近、国境付近が騒がしいのは知っているな? 特に隣街のグリット・フォールでは、マギレスを含む武装集団が町長殺害に関与した疑いがあるとの報告が入っている」
ギクリ、とヴァルの心臓が跳ねる。
完全に自分たちのことだ。手配書が回っているのか。
「お前もマギレスだな? その眼帯……人相書きの特徴とも一致する」
「ふん! そんなの知ったことか! こちとら、不眠不休で運んできたんだ!」
タルゴスが再び怒鳴り声を上げ、ヴァルの前に立ちはだかった。
その演技には、ドワーフ特有の頑固さと、商人の傲慢さが絶妙にブレンドされている。
「こいつは私が現地で雇ったただの荷運びだ! 安かったから使っているに過ぎん! それより早く通してくれ! この荷物は、フィンドル議員への献上品だぞ!?」
「黙れドワーフ風情が。……我々は国の安全を守る義務がある」
隊長は一歩も引かなかった。
鋭い眼光が、タートルの背中に積まれた荷物――整然と並べられた複数のコンテナ群に向けられる。
「念の為だ。その男の身元照会と、荷台の中身を全て確認させてもらう」
「なっ……!?」
絶体絶命だ。
身元照会をされれば、ヴァルの素性はすぐに割れる。
何より、コンテナを開けられればおしまいだ。積まれている正方形のコンテナには、アビアたち「ユリシーズ・アトラス」の面々が一人ずつ潜んでいる。
「総員、構え! 抵抗するなら即時拘束する!」
ジャキッ!
一斉に槍の穂先が向けられる。
ヴァルが冷や汗にまみれ、リボルバーに手を伸ばそうとした――その時。
「おやおや。……少々、騒がしいようですが」
優雅で、どこか艶のある低い声が、殺伐とした空気を塗り替えた。
荷台の陰から、一人の紳士が音もなく降り立つ。
白銀の髪をオールバックに撫で付け、燕尾服を完璧に着こなした長身の姿。
切れ長の双眸は宝石のように鋭く、深く刻まれた皺さえもが彫刻のような陰影を作り出し、ダンディズムを極めている。
――服の上からでも分かる、異常に発達した筋肉以外は。
「貴様、何者だ! 荷台から離れろ!」
一人の若手兵士が槍を突きつける。
だが、その直後。
隊長が目を見開き、悲鳴のような声を上げた。
「ばッ……馬鹿者! 槍を引けぇッ!!」
「えっ、隊長……?」
「あ、貴方様は……まさか、セバスチャン様ではありませんか!?」
隊長の声が裏返る。
周囲の衛兵たちも、その名を聞いた瞬間に凍りついた。
セバスチャン。
それはユグド・セコイアにおいて、伝説として語られる執事の名だ。
最長老に仕え、あらゆる無理難題を完璧にこなすとされる、生ける伝説。
彼を知らぬ者は、この国にはいない。
(あの銀髪、あの佇まい……間違いない!)
隊長の脳裏に、軍学校で聞いた逸話が蘇る。
五十年前、暴走した地竜の群れを、たった一発の「デコピン」で鎮圧したという伝説。
あるいは、長老会議で居眠りをしていた不敬な議員を、手刀一閃による風圧だけで気絶させ、襟を正させたという粛清の記録。
目の前にいるのは、ただの紳士ではない。国の歴史そのものだ。
「おや、私の顔を覚えていてくださいましたか。光栄です」
セバスチャンはニコリと微笑み、タルゴスの肩に手を置いた。
「失礼。こちらのドワーフの旦那様は、私の古い友人でしてな。……少々口は悪いですが、身元は私が保証いたします」
「セ、セバスチャン様のご友人……!?」
隊長は直立不動になり、冷や汗を流しながら頭を下げる。
だが、職務への忠誠心か、ギリギリのところで踏みとどまった。
「し、しかし……規定により、荷物の検査をしなければ……上層部への報告が……」
「ああ、なるほど。献上品の検査ですか。それは当然のことですな」
セバスチャンは理解ある態度で頷き、コンテナの山に歩み寄った。
「ですが、これは精密機器でして。……乱暴に扱われると困ります。私が『お手伝い』いたしましょう」
「は?」
セバスチャンは白手袋をはめた人差し指を、手近なコンテナの角に添えた。
中には大人一人が潜み、さらに大量の武器弾薬が詰め込まれている。総重量は一トンを軽く超える鉄塊だ。
それを、彼は。
ズズズズズズズズズッ……!!
指一本で、横にスライドさせた。
「なっ……!?」
衛兵たちの目が飛び出る。
強化魔法を使った形跡はない。ただの指の力だけで、鋼鉄のコンテナが軽石のように動いたのだ。
荷台が、重量移動によってミシミシと悲鳴を上げている。
(で、伝説は……本当だったのか……ッ!?)
隊長は戦慄した。地竜をデコピンで倒したという話も、誇張ではなかったのだと理解させられた。
「ご覧ください。この側面に刻印がございます」
セバスチャンが指差したコンテナの下部。
そこには、彼自身が事前に刻んでおいた『ユグド・セコイア長老議会・特別認可』の紋章が輝いていた。
無論、本物だ。なにせ、彼自身がその「長老」なのだから。
「これは……最高位の認可印!?」
「左様でございます。……我々は急いでいるのです。これ以上の遅延は、あの方々への『不敬』に当たりませんか?」
ニッコリ。
セバスチャンの笑顔は、慈愛に満ちているようでいて、絶対零度の威圧感を放っていた。
伝説の執事という知名度、エルフとしての圧倒的な美貌と格、そして常識外れの物理パワー。さらに最高権威の紋章。
これらを見せつけられ、衛兵たちの精神はポッキリと折れた。
「し、失礼いたしましたッ!! 道を開けろォォォッ!!」
隊長の絶叫と共に、衛兵たちが慌てて左右に分かれ、最敬礼を取る。
鉄壁の国境ゲートが、いとも呆気なく開かれた瞬間だった。
「感謝いたします」
セバスチャンは優雅に一礼し、再び荷台へと戻る。
その背中は、どこまでもスマートで、隙がなかった。
ヴァルは呆然としながらも、震える手で手綱を振るった。
「……行こう、タートル」
重いゲートを潜り抜け、タートルがその領土へと足を踏み入れる。
背中には、衛兵たちの畏怖に満ちた視線がいつまでも突き刺さっていた。
◇
ゲートを抜け、しばらく進んだ森の中。
周囲に人影がないことを確認すると、ヴァルは御者台の上で大きく息を吐き出した。
「……死ぬかと思った……」
「悪いな坊主、言い過ぎたか?」
隣でタルゴスが、バツの悪そうな顔で小声で謝ってくる。
さっきまでの横柄な態度はどこへやら、いつもの気さくな職人の顔だ。
「いえ……あそこまでやってくれたから、逆に助かりましたよ。タルゴスさんの演技力、大したもんですね」
「へっ、伊達に偏屈オヤジやってねえからな」
二人は顔を見合わせ、安堵の笑みをこぼした。
ヴァルは振り返り、積み上げられたコンテナの壁を、コンコンと叩いた。
「……ヴァルです。もう大丈夫です」
遮音性に優れたコンテナの中へ、呼びかけるように声を張る。
すると、数秒のラグの後。
コン、コン!
コンテナの中から、壁を叩き返す音が二回返ってきた。「了解」のサインだ。
他のコンテナからも、次々と安堵のノック音が響いてくる。
「入国成功です。セバスチャンさんのおかげで、無事に通過しました」
ヴァルがそう告げると、再び力強いノックが返ってきた。
目の前には、鬱蒼とした森が広がっている。
だが、それはただの森ではない。
木々の一本一本が異様に太く、葉の一枚一枚に至るまでが、完璧な黄金比で整えられていた。
あまりにも美しく、そしてあまりにも人工的だ。
森全体が魔力を帯びて青白く発光しているが、その光にはスラムの焚き火のような温かさがない。
冷たく、拒絶的で、不純物を一切許さない「潔癖な光」だ。
そして、その遥か先。
雲を突き抜けるほどに巨大な、世界樹の幹が聳え立っていた。
神々しいまでの威容。だが、ヴァルの目には、それが大地から生命を吸い上げる巨大な墓標のようにも見えた。
「あれが……ユグド・セコイアの首都……」
世界で最も美しく、そして最も歪んだ国。
ヴァルたちはついに、敵の中枢へと足を踏み入れたのだ。
【あとがき】
読んでいただきありがとうございます!
無事に入国成功!
タルゴスさんの名演技(パワハラ演技?)も光りましたが、やはりセバスチャンが全部持っていきましたね。
「指一本でコンテナを動かす」。
魔法を使わずに物理で解決するあたり、やはり彼も「こっち側(脳筋)」の住人です。
そして辿り着いたユグド・セコイア。
「美しすぎて不気味な森」という表現にこだわってみました。
完璧に管理された世界で、異物であるヴァルたちがどう暴れ回るのか。
次回からの首都編もお楽しみに!
(「セバスチャン強すぎ!」「入国おめでとう!」と思った方は、評価・ブクマいただけると嬉しいです!)




