第26話:一方通行の通信機(ラジオ)。……魔法使いには聞こえない、俺たちだけの「周波数」
「魔法使いには聞こえない、俺たちだけの『声』を使う方法が」
ヴァルは言い切った。
その声に迷いはない。だが、内心では心臓が早鐘を打っていた。
ハッタリだ。
正確には、まだ「方法」など何ひとつ確立していない。あるのは、レティナなら何か見つけ出してくれるはずだという、綱渡りのような信頼だけ。
「ほう……。それは興味深い」
セバスチャンが目を細める。その瞳の奥にある光は、ヴァルが何を見出すかを期待している。
(……頼むぞ、レティナ!)
ヴァルは表情を崩さぬまま、左目の相棒に願う。
(魔法使いに探知されず、離れた場所で会話できる道具……あるはずだ)
『……検索終了。結論を提示します』
脳内に響いたレティナの声は、無慈悲なほど淡々としていた。
『現状の資材と技術レベルにおいて、携帯可能な「双方向通信機」の作成は不可能です』
(は……?)
ヴァルの思考が凍りつく。
不可能。
レティナがそう断言するとき、それは確率ゼロを意味する。
ヴァルは肌でそれを理解していた。
『魔力波長を用いない通信には、旧文明の通信インフラが必要です。それらが崩壊した現在、一から構築するには数トンの機材と、数ヶ月の工期を要します。……作戦行動には適用できません』
終わった。
ヴァルの背中を冷たい汗が伝う。
目の前では、カイルたちが期待に満ちた目で次の言葉を待っている。セバスチャンだけが、口元に微かな笑みを浮かべて反応を楽しんでいるようだ。
ここで「やっぱり無理でした」とは言えない。言えば、ユグド・セコイアへの潜入作戦そのものが破綻する。
『代替案として、発光信号や手旗信号による視覚伝達を提案します』
(これは却下だ……。隠れて動くのに旗なんか振れるか)
どうする。どうすればいい。
ヴァルは必死に思考を巡らせる。
レティナは「双方向」で「会話」ができる道具を探しているから「不可能」と導き出した。
だが、俺たちの目的はなんだ? 仲良くお喋りをすることじゃない。
作戦を成功させるために、俺の「眼」が見た情報を伝えることだ。
「よ、要するに……お互いが会話する形ではなく……、俺が一方的に話しかければいいのではないかと思うんです……」
自信のない回答だ。ヴァルはこの時ほど、レティナに思考を読んでもらいたいと思ったことはない。
しかも、今は目の前で皆が見ている。
ヴァルは一か八かに賭けてみた。
(……レティナ頼むぞ。双方向である必要はないんだ)
『賞賛/再検索:……素晴らしい着眼点です。検索をし直します』
レティナの声色が、僅かに変わった気がした。
(俺の声が一方的に届けば、指揮は執れる。……受信するだけの機能なら、作れる……はずだ)
少しの沈黙。
それは、超高度な計算機である彼女が、「妥協」という名の「最適解」を学習した時間だった。
『……検索条件を再設定。「単方向音声受信機」および「振幅変調(AM)方式」。……マッチしました。初期文明レベルの技術構造であれば、現存する廃材で構築可能です』
来た。
この訳のわからない単語たちが並んだ時こそ、答えが導き出せた時だ。
ヴァルは深く息を吐き出し、張り付いた笑顔のまま口を開いた。
「なので……会話はできません。俺の声が一方的に届くだけです」
「一方的に……?」
カイルが首を傾げる。
「ええ。俺にはこの『眼』があります。高台から戦場全体を見渡し、俺が一方的に指示を出す。……皆は、それを受信するだけでいい」
「なるほど、受信専用の道具か……。それなら魔力も必要ないか……だが、どうやって作る?」
アビアの問いに、ヴァルは棚の魔鉱石ではなく、その横に積まれていたガラクタの山を指差した。
「魔力は必要ありません。使うのは、空気中にある『ただの波』です」
◇
「ふむ。ガラクタ……いえ、私のトレーニング器具でお役に立てるなら光栄です」
セバスチャンが案内した部屋には、応接室にあるガラクタの比にならないほど大量の、鉄製のコンテナが置かれていた。
彼が「少し重めのダンベル代わり」にして運んでいた中身は――ヴァルたちが喉から手が出るほど欲しい、『旧文明の遺産』たち。
電子機器の残骸だけではない。得体の知れない金属の塊、用途不明のシリンダー、ガラス質の管……まさに宝の山だった。
「こりゃすげぇ! 宝の山だ!」
タルゴスが子供のように目を輝かせてジャンクの中を漁りだす。
「この中のものであれば、自由に使っていただいて構いません」
セバスチャンの一言で、そこからは物理の宴――もとい、開発セッションの始まりだった。
銅線を巻き、コイルを作る。
そして動力源となるバッテリーの作成だ。
廃材の中から見つけた異種金属の板を交互に重ね、その間に酸性の溶液(廃液タンクから採取したもの)と、砕いた微細な魔鉱石の粉末を挟み込む。
いわゆる「ボルタ電池」の構造に、魔鉱石のエネルギー放射を加えたハイブリッド・バッテリーだ。
「……よし、電圧安定。これで送信機はいけますね」
ヴァルがレティナの投影する未知の設計図を書き写し、タルゴスの匠の指先がそれを形にしていく。
あれよあれよという間に時間は過ぎ、深夜となっていた。
専門用語と熱気が渦巻く作業場へ、ララとティアが夜食のスープを持って入ってきた。
だが、二人は声をかけられなかった。
油と煤にまみれ、目の下に隈を作りながらも、楽しそうに笑い合う男たち。
そこには、魔法も剣技も入り込めない、彼らだけの世界があった。
「……男の子って感じね」
ララがクスリと笑う。
その言葉には、少しの寂しさと、それ以上の温かい色が混じっていた。
「自分には理解できないけど……でも、不思議ね。あの背中を見てると、『ああ、なんとかなるんだ』って思えちゃう」
ララは冷めかけたスープの鍋に手をかざした。
「『ほのかな光』」
ボゥ、と柔らかな光がスープを包み、湯気が再び立ち上る。
それは攻撃魔法でも、偉大な秘術でもない。ただの生活の知恵。
だが、冷たい機械に囲まれたこの部屋で、その魔法はとても優しく見えた。
――そして、空が白んでくる頃。
「ふぅ……完成だな……!」
タルゴスが額の汗を拭い、横を見る。
そこには、工具を握りしめたまま椅子で眠りこけるヴァルの姿があった。
高いびきをかいている。無理もない、ここ数日まともに寝ていないのだ。
タルゴスは鼻で笑いつつ、近くにあった毛布を無造作にかけてやった。
「ったく、しょうがねえ弟子だ」
そう呟くタルゴスの手には、余った特殊合金の端材が握られていた。
「……素材が少し余ったな。おまけでも、くれてやるか」
彼はヴァルを起こさぬよう、静かにハンマーを握り直した。
その瞳は、楽しそうな職人の色をしていた。
◇
翌朝。
完成したのは、無骨な鉄の箱と、鉱石の欠片を磨き上げた数個の「耳飾り(イヤホン)」だった。
「……こんな石ころで、本当に声が聞こえるんですか?」
カイルが半信半疑で、欠片を耳に押し込む。
構造は単純だ。
電気信号で振動する性質を持つ「圧電素子」を削り出し、極薄の金属板と張り合わせただけのもの。
魔導具のような複雑な回路はないが、それゆえに壊れにくく、魔力も発しない。
ヴァルは少し離れた場所で、マイク代わりの集音板に向かって囁いた。
〈――あーあー。感度良好。聞こえますか、カイルさん〉
「ッ!?」
カイルが飛び上がった。
周囲を見渡すが、魔力の波長は一切感じない。なのに、脳内に直接語りかけられたかのように、ヴァルの声が響いている。
「魔法じゃない……魔力探知にも引っかからない! なんだこれは、世紀の大発見だぞ!?」
「ただの『波』です。見えないけど、そこら中に飛んでる……らしいです……」
ヴァルは不思議そうに鉄の箱を撫でた。
レティナはこれを『ラジオ』と呼んだ。魔法使いには感知できない波。この世界には、まだ自分たちが知らない「物理法則」が眠っているのだ。
「素晴らしい工夫ですな、ヴァル様。……あの方もよく、そうやってガラクタを直しては、嬉しそうに自慢されたものです」
セバスチャンは穏やかに微笑むだけだったが、その瞳にはヴァルへの確かな敬意が宿っていた。
◇
そして、決戦の時。
タートルは巨体を揺らしながら、国境へと向かった。
ユグド・セコイアの国境ゲート『ユグド・ゲート』。
どの木よりも高く高く伸びた木々の森に作られたその国は、他者を拒絶する絶対的な壁として聳え立っている。
「……警備が、増えてるな」
荷台のアビアが検問を見ながら、表情を硬くする。
城壁の上には無数の魔導兵器。ゲートの前には、殺気立ったエリート衛兵たちが蟻の這い出る隙間もなく並んでいる。
情報屋セイラが起こした騒ぎのせいで、警備レベルは最高度だ。
「……行きますよ」
ヴァルは手綱を握りしめる手に力を込めた。
ここからは、演技と度胸の勝負だ。
タートルはゆっくりと巨大なゲートの目前で停車する。
土煙が晴れる中、数十人の衛兵が一斉に槍を構え、鋭い視線を突き刺してきた。
「止まれッ!! 何者だ!」
怒号が飛ぶ。
ヴァルは横に座るセバスチャンを一瞥した。
この最強の執事が動くか、それとも――。
緊張で喉が鳴る中、ヴァルは覚悟を決めて衛兵を見据えた。
【修正】(2026/01/19)
一部シーンの流れを変更し削除。
全体的に文脈を調整。
【あとがき】
投稿時間が変更になりましたが、読んでいただきありがとうございます!
「双方向通信が無理なら、一方通行でいい」
この逆転の発想で、ヴァルたちは「ラジオ」を発明しました。
魔法の世界に、目に見えない「電波」という概念を持ち込む。
こういうSF的なアプローチが、この作品の醍醐味だと思っています。
そしてララさんの「温かい魔法」。
物理的な温もりだけでなく、男たちの背中を支える精神的な魔法でもありましたね。
ラストはいよいよ国境越え。
警備は最高レベル。
次回、ヴァルとセバスチャンの「演技力」が試されます!
(「ラジオ発明熱い!」「ララさん優しい!」と思った方は、評価・ブクマいただけると嬉しいです!)




