第24話:神話級(Myth-Class)の筋肉。……おい、デコピンの威力が「攻城兵器(バリスタ)」ってどういうことだ!?
長い闇を抜けると、そこは森の入り口だった。
ゴブリンたちが整備した地下搬入路を抜け、アサルト・スケーターは地上へと顔を出した。
眼前に広がるのは、ユグド・セコイアの国境付近に位置し、巨大な森の入り口を囲むようにして建てられた宿場町『ルート・タウン』だ。
三大国家の玄関口という立地から、街は活気に満ちていた。
行商人のドワーフ、護衛の獣人、観光客のエルフたち。さらには稀にだが、ゴブリンなどの魔族の姿も見られ、多種多様な種族が共存する独特の熱気がある。
アビアたちは人目を避けるように、町の外れへと歩を進めた。
「……ふぅ。ギアさんに感謝しなきゃだね!」
「ルーナ、匂いは辿れるか?」
ルーナが鼻をひくつかせながら、周囲を確認する。
「うん。あの女の香水の匂い、こっちからする。……あそこに看板が見えるよ」
ルーナが指差した先には、町外れの巨木に絡みつくように建てられた、優雅な木造建築があった。
看板には『世界樹の止まり木』とある。
白塗りの壁に蔦と花が彩りを添え、ユグド・セコイア方面には森を一望できるテラス席が設けられている。いかにも観光客が好みそうな、平和で美しい宿屋だ。
「やれやれ、やっと休めますね。昨晩から動きっぱなしでしたから」
「そうだな。一旦あそこで情報を整理しながら、今後の動きをまとめよう」
ノアズ・アークを出発して以来、アビアたちはまともな宿で一泊もできていなかった。野営と徹夜作業の連続だった体に、休息への期待が染み渡る。
カイルが伸びをして、無防備にドアへと近づく。
だが。
ヴァルだけは、その場から一歩も動けなかった。
『警告:前方、宿屋内部に測定不能(Unmeasurable)の生体反応を検知』
視界の端で、レティナの警告ログが真っ赤に点滅している。
『警告:魔力保有値、計測限界を突破。……神話級(Myth-Class)の脅威です』
『推奨:即時回頭。全力疾走での逃走を強く推奨します』
(……お、おい。マジか)
ヴァルの背筋を冷たい汗が伝う。
この扉の向こうに、とんでもない何かがいる。
「おい、ヴァル? どうしたんだ?」
アビアが怪訝そうに振り返る。
「……いえ、なんでもないです。行きましょう」
ヴァルは覚悟を決めた。ここで逃げても、行く当てはない。
それに、あのセイラが誘導した場所だ。ただの宿屋であるはずがない。
◇
カランコロン、と軽やかなベルが鳴る。
「いらっしゃいませ」
カウンターの奥から、重低音のバリトンボイスが響いた。
ぬっと顔を覗かせたのは、白銀の髪をオールバックになでつけた、初老の紳士だった。
切れ長の目に、彫りの深い顔立ち。エルフ種特有の端正な美貌は、まさに「執事」の理想像そのものだ。
――首から上が。
彼がカウンターから身体を出した瞬間、カイルの笑顔が凍りついた。
首から下は、燕尾服が悲鳴を上げるほどの筋肉の鎧だった。
例えるなら、オークの首領の首をすげ替えたような違和感。
逆三角形というレベルではない。丸太のような腕、樽のような胸板。
彼が優雅にお辞儀をした瞬間。
ビリィッ!!
背中の縫い目が弾け飛び、布の裂ける音が店内に響き渡った。
「……おい。服、死んでるぞ」
アビアが呆然と突っ込む。
「お気になさらず」
主人は表情一つ変えず、分厚い胸筋をピクリと動かした。
「少々、接客への気合でパンプアップしてしまったようです。……ようこそお越しくださいました」
「は、はは……エルフにしては珍しい肉体派ですね」
カイルが引きつった笑みを浮かべる。
彼らは気づいていない。
だが、ヴァルの「眼」には見えていた。
(……なんだこいつ。ただ立っているだけなのに、周囲の空気が陽炎みたいに揺らいでやがる……!)
それは魔力によるものではない。
異常なまでの基礎代謝が生み出す「体温(熱気)」と、圧倒的な生物的質量による「重圧」だ。
まるで溶鉱炉のそばに立たされているような熱気が、肌をジリジリと焼くような錯覚を覚える。
「まずは当店自慢のテラス席でおくつろぎください。……紅茶をお持ちします」
断れる雰囲気ではない。一同は大人しく案内された席に着く。
主人がポットを傾ける。
上腕二頭筋が盛り上がり、注がれる紅茶が遠心力で渦を巻く。その動作だけで、テーブルの上に微かな突風が巻き起こった。
◇
主人は紅茶をアビアたちに振る舞うと、ふと鼻をひくつかせた。
その視線が、アビアたちを通り過ぎ、末席に座るヴァルへと注がれる。
「……貴方からは、良い匂いがしますね」
「えっ」
ヴァルは思わず自分の袖を嗅いだ。
(……昨日の作業でついた汗の匂いか?)
「錆びた鉄と、オイル、そして焼けた火薬の香り……。ああ、なんと懐かしく、芳しい香りでしょう」
主人はうっとりと目を細め、ヴァルの肩に手を置いた。
万力のような力が、骨を軋ませる。
「ぐっ……!?」
「おや、失礼。……貴方、魔力がありませんね? 体内に『ノイズ』がない」
主人の目が、鋭い光を帯びる。
「いやぁ、素晴らしい。実に素晴らしい」
「……何が、ですか」
「魔法など、所詮はイメージ。脆い幻想に過ぎません。……ですが、貴方の体には確かな『物理』しか持ち合わせていない!!」
彼は店の前に停めてあるアサルト・スケーターを一瞥し、ニヤリと笑った。
「あれは良い筋肉だ。無駄がない。……貴方こそ、『真の人類』ッ!!」
両手を広げて天を仰ぐその執事は、異様そのものだった。
おまけに、広げた際に肩と腕の間で服がさらに裂けている。
「……ひっ!?」
ヴァルは息を呑んだ。
「真の人類? 何ですかそれは」
横からカイルが口を挟んだ。
「エルフの古い伝承か何かですか? ……そういえば、この国の『最長老』様も、変わった思想をお持ちだと聞きますが」
カイルは小馬鹿にしたように鼻で笑い、紅茶を啜った。
レティナの警告音が、さらに激しく鳴り響く。
『警告:脅威レベル上昇中。……対象の筋肉密度が増大しています』
「最長老様?」
アビアが尋ねる。
「ええ。建国神話に出てくる『始まりの使徒』アエテルナ様のことです。数千年以上も生きているらしく、ここ一千年以上お姿を見ていないとかで……もはや想像上の存在とされていますがね」
「へぇ、そんな人がいるんだ。……今回の依頼、アイザックさんがその人に会えって言ってたけど、本当に会えるのかな?」
ルーナが無邪気にクッキーを齧る。
「どうだろうな。アイザックさんの事だから、そこら辺は問題ないと思うが……」
アビアは困ったように頭をかいた。
「何か情報がもらえないかと思って、セイラの紹介でここに立ち寄ったんだが……失敗だったかな」
目の前に立つ「それ」に気づかず、呑気に会話を続ける仲間たち。
ヴァルは冷や汗でシャツが張り付くのを感じていた。
違う。
こいつだ。
この筋肉ダルマこそが、その「想像上の存在」そのものだ。
「……あの」
主人はアビアたちの会話を無視し、ヴァルだけを見つめたまま口を開いた。
その声は低く、地響きのように空気を震わせた。
「静かにしていただけますか? 幻想に頼りきったお子様たちは」
ブワァッ!!
主人が軽く指を振っただけなのに、発生した風圧でカイルが椅子ごと後ろへひっくり返った。
「うわっ!?」
カイルが目を白黒させる。
アビアたちが即座に武器へ手を伸ばすが――身体が動かない。
圧倒的な「質量」の差。
蛇に睨まれた蛙のように、本能が「動くな」と警鐘を鳴らしているのだ。
主人は目を細めた。
そこにあるのは、単なる宿屋の主人の顔ではない。数千年の時を経て、なお研鑽され続けた「武」の化身の目だ。
「貴方たちは、ユグド・セコイアへ向かうつもりですね?」
場の空気が凍りつく。
「急進派の連中が嗅ぎ回っているネズミというのは……貴方たちのことですか」
(……まずい。こいつ、敵か!?)
ヴァルはリボルバーに手を伸ばそうとした。
だが、それより速く、主人の手が動いた。
「貴方たちが、我らの国を乱すに足る存在か……少し、試させていただきましょう」
主人はヴァルの鼻先に、右手のデコピンの構えを突きつけた。
親指と中指を重ね、極限まで力を溜める。
それだけの動作なのに、指の周囲の空間が歪み、バチバチと静電気が発生している。
「……は?」
「私のこの『指』に耐えられたら、この宿の代金はタダにして差し上げましょう」
「……た、耐えられなかったら?」
「さあ? ……スイカが割れるように弾けるだけかと」
主人は爽やかに笑った。
「いきますよぉ~」
軽い口調とは裏腹に、致死性の運動エネルギーが指先に圧縮されていく。
『解析:回避不能。運動エネルギー概算……攻城兵器の直撃と同等』
レティナが絶望的な数値を弾き出す。
『防御最大出力で受けるしかありません。……生存確率、15%』
(冗談だろ……デコピンで攻城兵器だって!?)
ヴァルは覚悟を決め、左腕のパイル・シールドを構えた。
筋肉の神との対話(物理)が、唐突に幕を開けた。
【あとがき】
読んでいただきありがとうございます!
新キャラ登場!
優雅なエルフの執事……かと思いきや、服を弾け飛ばす筋肉ダルマでした。
「魔法なんて幻想だ!」と言い切る彼は、ある意味で究極の「物理使い」。
ヴァル君とは気が合いそうですが、挨拶代わりのデコピンが攻城兵器並みというのは勘弁してほしいですね(笑)。
レティナの計測限界を突破したこの男。
一体何者なのか?
次回、筋肉vs科学の真っ向勝負です!
(「筋肉エルフやばいw」「デコピンで死ぬ!」と笑っていただけたら、評価・ブクマいただけると作者の筋肉も喜びます!)




