第23話:ドワーフとゴブリンの「現場主義」。……アナタ達、最高のチームです。共通言語は『機械(マシン)』ですね?
未明。
都市グリット・フォールの中央に位置する町長の執務室は、冷え切っていた。
パイプラインによる熱の収奪は、権力者の部屋とて例外ではない。
「……寒いな。暖房はどうなっている」
象の獣人(エレファス種)である町長は、分厚い毛皮のコートを羽織り、苛立ちながら部屋に入った。
だが、そこで足を止めた。
暗闇の中、自分の執務机に、誰かが腰掛けていたからだ。
窓から差し込む月光が、その人物のシルエットを浮かび上がらせる。豪奢なドレスに身を包んだ、赤い髪の女だった。
「貴様……何者だ!」
町長が怒鳴ると、女はゆっくりと振り返った。
その手には、厳重に保管していたはずの『裏帳簿』が握られている。
「あら、こんばんは町長さん。……この帳簿、面白いわね」
女――情報屋セイラは、鈴を転がすような声で笑った。
「エルフ種の急進派議員に、随分と貢いでいるのね。横流しした魔鉱石の売上、住人や子供たちの労働力の搾取記録……全部ここにある」
「き、貴様ッ……! 返せ!」
町長の長い鼻が怒りで震え上がる。
あれが表に出れば、失脚どころか極刑は免れない。
彼は掌を突き出し、魔力を練り上げた。
「死ねぇッ! 不法侵入者め!」
「シーッ」
「…!?」
セイラが人差し指を唇に当てた。
ただそれだけの動作。
だがその瞬間、部屋の空気が凍りついた。
月光が彼女の影を壁に長く伸ばす。その影には、人間の彼女にはないはずの、禍々しい「角」と「翼」の輪郭がはっきりと映し出されていた。
「そ、その翼……まさか、セレーネ・アビソスの『使徒』……!?」
町長は本能的な恐怖に後ずさりした。
魔族の頂点に立つ始祖種。混沌の国セレーネ・アビソスの支配層。
だが、今は恐怖よりも保身が勝った。ここで彼女を殺さなければ破滅だ。
「マ、海の打撃!!」
町長が叫んだ。
それは現代において、上級攻撃魔法とされる術式だ。大気中の水分を凝縮し、水圧の鉄槌を下す。
はずだった。
「……プロセスを知らない力なんて、ただの雑音よ」
セイラは溜息交じりに、乾いた唇を動かした。
「A.F.……Code10:FIELD-α……テクトゥム・ウィム(微かな障壁)」
パチンッ。
町長の放った水の鉄槌は、セイラの目の前に展開された幾何学模様の薄い膜に触れ、霧散した。
水しぶきすら上がらない。ただ、無効化された。
「な、なんだと……!? 私の魔法が消された!?」
「はぁ……よっわ。こんなのが上級? ……ま、理屈も知らずに使わされているだけじゃ、当然か」
セイラは興味を失ったように、自分の爪先を眺めた。
そして、残酷な宣告を下す。
「雑魚には興味ないの」
セイラが指先を町長に向ける。
「ひっ…!?」
「A.F.……Code02:FLUID-S……マーレ・ストライク」
ドォォォォォォン!!
轟音。
執務室の窓ガラスが全て砕け散り、壁が内側から吹き飛んだ。
それは町長が放とうとした魔法と同じ名前。だが、威力は桁が違った。圧縮された水流は槌となり、執務室ごと町長を粉砕したのだ。
瓦礫と化した部屋の中心で、セイラは舞うように降り立った。
「……さあ、世界を回しましょうか」
彼女は帳簿を懐に入れると、夜の闇へと溶けていった。
◇
翌朝。
スラムの廃工場は、外の騒乱とは無縁の熱気に包まれていた。
昨夜の即席ストーブのおかげで、住人たちは凍死することなく朝を迎えることができた。
だが、工場の奥では別の熱い戦いが繰り広げられていた。
「おい! 汚ねえ手で俺の最高傑作に触るんじゃねえ! このド素人が!」
タルゴスの怒声が響く。
彼が整備しているのは、ヴァルたちの足となる『強襲用装甲台車』だ。
その周りを、この工場の本来の主であるゴブリンたちが取り囲み、興味津々で手を出そうとしているのだ。
「タルゴスさん、落ち着いてください」
ヴァルが割って入る。
「彼らは邪魔をしてるわけじゃありません。……ほら、これを見てください」
ヴァルは、ゴブリンの一人――整備長のギアという男が差し出したメモを渡した。
そこには、汚い字だが正確な数式が書かれていた。
「……あぁ? なんだこりゃ」
タルゴスは鼻で笑いながらメモを受け取り――数秒後、その目が大きく見開かれた。
「……おい。この計算、バネの摩擦係数と荷重移動を考慮してやがるのか?」
『肯定:サスペンションの減衰力計算式です』
ヴァルの脳内でレティナが補足する。
『この設計に変更すれば、車輪の回転効率が15%向上。さらに駆動音が劇的に静かになります』
「へへ……現場じゃ理論より実測値なんでね」
ギアが油まみれの手で鼻を擦りながら笑った。
「エルフの旦那方は数字ばかり気にするが、俺たちは毎日このパイプラインの上で命預けて作業してるんだ。何が壊れて、何が動くかは、匂いで分かる」
ゴブリンたちの知識は、洗練された学問ではない。
だが、過酷な現場で培われた「生きるための技術」だった。それは、タルゴスの職人魂と、ヴァルの実利主義に強烈に共鳴した。
「……生意気な奴らだ!」
タルゴスがニヤリと笑い、スパナを放り投げた。
「おい、工具貸せ! ここを再調整するぞ! グリスも持ってこい!」
「へい! すぐに!」
そこからは早かった。
ドワーフとゴブリン。種族は違えど、「機械」という共通言語を持つ者たちが熱狂的に混じり合う。
「そこは3ミリ詰めろ!」「いや旦那、遊びがねえと焼き付くぞ!」「なんだと若造!」
ヴァルはその様子を眺めながら、微笑ましそうに呟いた。
「……いいチームだな」
「(小声で)それ、誉め言葉なの?」
ルーナが呆れたように尋ねるが、ヴァルは満足げに頷いた。
◇
だが、その平穏は長くは続かなかった。
正午近く、偵察に出ていたカイルが息を切らせて戻ってきた。
「ダメです! 街中のゲートが封鎖されました!」
カイルの悲痛な叫びに、作業の手が止まる。
「どうしたんだ?」
「昨夜、町長が何者かに殺害されました。執務室ごと破壊されたそうです」
「なっ……」
アビアたちが顔を見合わせる。
「犯人は『強力な魔法使い』だと断定され、厳戒態勢が敷かれています。さらに……」
カイルは言い淀み、そしてヴァルを見た。
「目撃者の兵士たちが、『昨日騒ぎを起こしたマギレスの一行も手配しろ』と騒いでいます。……完全に容疑者にされています」
「ふざけんな!」
ルーナが壁を蹴る。
「昨日あいつらを助けてあげたのに! 恩を仇で返す気!?」
「……保身でしょうね」
カイルは冷静に分析した。
「町長殺しの犯人が見つからないと軍の失態になる。だから、手頃な『余所者』である俺たちに罪を擦り付けようとしているんです」
外からはサイレンと怒号が近づいてくる。
完全に包囲されつつあった。正面突破は不可能だ。
Aランクの実力なら突破できるかもしれないが、それでは本当に犯罪者になってしまう。
「……旦那」
その時、整備長のギアが声を潜めて言った。
「表がダメなら、裏を行けばいいさ」
「裏?」
「ついてきな。……俺たちの『通勤路』だ」
案内されたのは、廃工場の床下に隠されていた巨大な搬入口だった。
重厚な鉄の扉。その先には、暗い闇がどこまでも続いている。
「ここなら誰にも見つからない。この通路は元々、俺たちが作ったパイプラインを運ぶためのものだった。地下を通って、国境の近くまで繋がってる」
「すごい……こんな抜け道が」
「旦那の亀でも余裕で通れるぜ。……それに」
ギアが扉の南京錠を指差した。
「ここの鍵、さっき誰かが『物理的』に壊していったみたいなんだ」
見ると、頑丈な魔導南京錠が、何らかの高熱魔法で焼き切られ、溶断されていた。
まだ断面は新しい。
「……くんくん」
ルーナが鼻をひくつかせた。
「……甘い匂い。あの女の匂いがする」
「あの女?」
「情報屋のセイラ! 」
ヴァルはハッとした。
『解析:昨夜の町長殺害現場の残留魔力パターンと、この鍵の破壊痕……一致します』
レティナの声が答えを告げる。
『結論:昨夜の騒ぎは、情報屋セイラによるものです。この退路は彼女が仕向けたものと断定します』
(……そういうことか)
何らかの理由で町長を殺して派手に暴れたが、警備が地上へ引きつけられるため。その隙にこの地下ルートで、俺たちが逃げられるように仕組んだのだ。
邪魔をしているようで、道を作っている。
食えない女だ。
『マスター、北東方向の屋上』
レティナに促され、ヴァルは工場の天窓から外を見た。
遥か遠く、建物の屋上に赤い髪の女性が立っているのが見えた。
彼女はヴァルたちが気づいたのを察したのか、優雅に手を振り、投げキッスを送ると、陽炎のように消えた。
「……とんでもない情報屋だ」
ヴァルは苦笑し、眼帯の位置を直した。
タルゴスが急ピッチで仕上げた亀も到着し、準備は整った。
ギアの手がヴァルに向かい、固く握り返した。
「ありがとう、ギア。この恩は忘れない」
「へへっ、いいってことよ。……俺たちの技術も、世界に見せつけてやってくれよな!」
ゴブリンたちの熱い声援を受け、アサルト・スケーターが地下通路へと滑り込む。
闇の中へ消えていくヴァルたちを乗せて、亀は静かに、しかし力強く加速していった。
目指すはユグド・セコイア。
敵地への侵入ルートは確保された。
【あとがき】
読んでいただきありがとうございます!
今回は「技術屋たちの共演」です。
ドワーフのタルゴスと、ゴブリンのギア。
最初は反発していても、「良いモノを作りたい」という情熱で繋がる瞬間って最高ですよね。
(現場猫的な「ヨシ!」という声が聞こえてきそうです笑)
そして暗躍するセイラさん。
圧倒的な魔法で町長を「掃除」しつつ、ヴァルたちの退路を作る。
彼女の目的は何なのか、敵なのか味方なのか……ミステリアスな彼女から目が離せません。
次回、いよいよ地下ルートを通ってユグド・セコイア領内へ!
本当の潜入任務が始まります。
(「技術屋の絆エモい!」「セイラさん怖いけど好き!」と思った方は、評価・ブクマいただけると嬉しいです!)




