第22話:魔法の効かない俺と、科学の暖炉(ストーブ)。……その「ゴミ」は、太陽よりも温かい
凍てつく風を避けるため、ヴァルたちはスラムの奥にある巨大な廃工場へと逃げ込んでいた。
天井は抜け落ち、錆びついた鉄骨が肋骨のように夜空を切り取っている。風はしのげるが、気温は外と変わらない。
「……見つけた。みんな、この黒い石を集めてもらえますか?」
工場の隅にある瓦礫の山。ヴァルがそれを指差した直後、視界がぐらりと揺らいだ。
ツツッ、と鼻から温かい液体が垂れる。
過剰な脳内演算の代償だ。
「ヴァル!?」
倒れかけた体を、ララが素早く抱き止める。
「無理しすぎよ…! 顔色が真っ青じゃない…」
「ティア! 回復魔法を!」
アビアの叫び声に応じ、ティアが慌てて駆け寄った。
「動かないで! すぐに塞ぐわ!」
ティアが分厚い手をヴァルの額にかざす。
温かな緑色の光――生命を活性化させる魔法『治癒』の輝きが溢れ出し、ヴァルの体を包み込もうとした。
だが。
その光は、ヴァルの体を「素通り」した。
まるでそこには何もないかのように、光は空を切って拡散し、霧散していく。
鼻血は止まらない。顔色も悪いままだ。
「え……?」
ティアが呆然と自分の手を見る。
「嘘……どうして? 私の魔法、効いてないの?」
「……無駄ですよ、ティアさん」
ヴァルは袖口で乱暴に鼻血を拭い、力なく笑った。
「俺はマギレスです。生まれつき、魔力を受け入れる『器』がない。……だから、回復魔法も、身体強化も、俺の体には作用しないんです」
その場に重い沈黙が落ちた。
アビアも、カイルも、ルーナも言葉を失っていた。
「……じゃあ、お前はずっと」
「ええ。自己修復薬も効きません。……皮肉なもんですよね。魔法で作られた火とかは、物理現象として俺を焼くことができる。なのに、俺を助ける『癒やし』だけは、俺の体をすり抜けていく」
この世界において、魔法はインフラであり、医療そのものだ。
それが効かないということは、彼がこの世界の理から拒絶された異物であることを意味していた。
それは種族の違いなどよりも深く、冷たい、埋めようのない断絶。
その重苦しい空気を払拭するように、ヴァルはララの腕から離れ、しゃがみ込んだ。
「大丈夫、ちょっと知恵熱が出たようなもんです。それよりタルゴスさん、仕事です」
「あ、ああ……なんだ、何をすればいい?」
「ここにある廃材で、この暖房器具を作ってください」
ヴァルは足元の煤けたコンクリート床に、落ちていたレンガ片で線を引いた。
ガリガリと音を立てて描かれたのは、ドラム缶とパイプを組み合わせた奇妙な設計図だった。
「……なんだこりゃあ? 下に吸気口? こんなスカスカじゃ熱が逃げちまうぞ」
「いいから作ってください。……今夜は冷えます。急ぎましょう」
◇
同時刻。駐留軍詰め所。
堅牢な石壁で作られた室内は、冷蔵庫の中のような冷気に包まれていた。
パイプラインによる熱吸収がピークに達し、室温は氷点下を大きく下回っている。
「おい! なんだこのポンコツは! 全然暖かくならんぞ!」
隊長が怒鳴り散らしながら、高級な『魔導暖房』を蹴り飛ばした。
黒煙を上げて停止した魔道具の前で、メンテナンス担当のゴブリンたちが震え上がっている。
「も、申し訳ありません……! 魔力供給過多による不完全燃焼です……! 酸素取り込み口を塞いだまま、無理やり出力を上げられたので……」
「言い訳をするな! 俺たちは寒いんだよ!」
隊長はゴブリンを殴り飛ばすと、ガタガタと震える手で懐を探った。
取り出したのは、『青色魔鉱石』だ。
「くそっ、こうなったら直だ……!」
彼は魔鉱石を握りしめると、掌から直接魔力を吸引し始めた。
『直接摂取』。
体内の魔力保有量が低下した場合、金を魔力に変換して取り込む。それが魔力保持者たちの生存本能だ。
体内に入れた魔力を熱魔法へ変換し、強引に魔導暖房に火をくべる荒業。
「あ、ああ……あったかい……」
しかし、すぐに熱は消えてしまう。また魔鉱石を取り出し、摂取する。
何度か繰り返したのち――隊長の瞳孔が開いた。
その代償は、すぐに現れた。
「う、ぐっ……おぇぇぇッ!!」
部下の一人が激しく嘔吐して倒れ込む。
魔力変異、レベル1。拒絶反応だ。
「暗い……寒い……終わらない……」
別の部下は、部屋の隅で膝を抱えてブツブツと譫言を呟き始めた。レベル2、精神汚染。
過剰な魔力行使は、身体そのものを書き換えてしまう。それは常識だが、彼らには背に腹は代えられぬ状況だった。
金も尽き、心身も蝕まれていく地獄絵図。
その時。
窓の隙間から、信じられないものが流れ込んできた。
楽しげな笑い声と、食欲をそそる匂い。
そして、風に乗って届く、圧倒的な「熱気」だった。
◇
廃工場の一角は、真夏のような熱気と、あふれる笑い声に包まれていた。
中心に鎮座するのは、タルゴスが組み上げた『即席燃焼炉』だ。
錆びたドラム缶に煙突を繋げただけの無骨な鉄塊。だが、その胴体は赤熱し、周囲数メートルに強烈な輻射熱を撒き散らしていた。
「す、すごい……! なんだこの熱さは!?」
カイルが眼鏡を曇らせながら叫ぶ。
「魔力反応ゼロだぞ!? なのに、どうしてこんな高熱が維持できるんですか!?」
「物理法則に従っているからですよ」
ヴァルはドラム缶の下部にある吸気口を調整しながら答えた。
「さっき、ルーナに魔法で薪を燃やしてもらいましたよね?」
「うん。ボッ!てなって、すぐ灰になっちゃった」
ルーナが口を尖らせる。
「魔法は、自然界のプロセスを無視して、魔力で無理やり結果だけを押し付けます。だから燃費が悪い。……でも、こっちは違う」
ヴァルは火箸で、燃え盛る黒い石――『炭素石(石炭)』をつついた。
ゴォォォォォ……!
吸気口から空気が吸い込まれる低い音が響き、炎の勢いが増す。
「煙突効果。上昇気流を利用して、下から新鮮な酸素を送り込み続ける。燃料である『炭素』と、空気中の『酸素』。条件さえ整えてやれば、石は勝手に燃えて、太陽になりたがるんです」
魔法陣も、詠唱もない。
ただそこにある自然の理を利用しただけの、科学の暖炉。
その温かさは、スラムの住人たちをも引き寄せていた。
獣人、ドワーフ、ゴブリン。
凍えていた彼らが、一人、また一人とおずおず近づいてくる。
「……あったけぇ」
誰かが呟いた。
「魔力のビリビリした感じがしねえ。……すげえ、ポカポカするぞ」
魔力を持たない者にも、持つ者にも。
その熱は平等に降り注ぐ。
ヴァルは炎を見つめ、静かに安堵の息をついた。
(魔法が効かない俺でも、この熱なら作れる……レティナに感謝だな)
『要望:良質な魔鉱石で手を打ちましょう』
脳内でレティナが現金な要求をしてくるのに苦笑しながら、ヴァルは炎に手をかざした。
「おい貴様らァッ!!」
その和やかな空気を引き裂くように、怒号が響いた。
入り口に立っていたのは、幽鬼のような形相の駐留兵たちだった。
目は血走り、口元には嘔吐物の跡があり、肌は土気色に変色している。
「な、何を燃やしている……! そんな高出力な魔鉱石、どこに隠し持っていた!」
隊長が剣を抜き、ふらつく足取りでヴァルに迫る。
「よこせ……その熱をよこせぇッ!」
狂気と寒さに支配された暴挙。
だが、ヴァルは動じなかった。
冷めた目で足元の箱を蹴り、中身を見せる。
「……これのことですか?」
転がり出たのは、黒く汚れた石ころだ。
「ただのゴミですよ。……あんたたちが『価値がない』と言って捨ててたやつです」
「嘘をつくなッ! こんなゴミが燃えるわけが……」
隊長が叫び、ストーブに手を伸ばそうとする。
しかし、その手は熱気に触れた瞬間、ピタリと止まった。
圧倒的な熱量。
高級な魔導暖房ですら太刀打ちできない、本物の「火」の力。
それが、ただのゴミと物理現象から生まれているという現実が、魔力至上主義者である彼らのプライドを粉々に砕いた。
カラン……。
隊長の手から剣が落ちた。
ガチガチと歯を鳴らし、彼はその場に崩れ落ちた。
「た……頼む……」
プライドも、階級も、すべてが寒さの前に溶けていく。
「ここに入れてくれ……凍え死にそうだ……助けてくれ……」
部下の兵士たちも、涙と鼻水を垂らして懇願する。
さっきまでヴァルたちを見下していた「強者」の姿は、もうどこにもなかった。
「……どうする、『リーダー』?」
アビアが入り口で仁王立ちになり、ニヤニヤと笑いかけた。
その全身からは、バチバチと威嚇の紫電が漏れている。本気でドつき回す気満々だ。
ヴァルは少し考え、溜息交じりにドラム缶の前のスペースを空けた。
「……どうぞ。暖まるだけならタダですよ」
「え……?」
「火は誰にでも平等ですからね。……俺たち(人間)と違ってね」
皮肉を込めて、しかし拒絶はせずにヴァルは促した。
兵士たちが這うようにしてストーブへ集まる。
その背中に、アビアが低い声で釘を刺した。
「おい。タダとは言ったが……忘れ物はねえだろうな?」
「ひっ……!」
アビアのドスの効いた声に、隊長が弾かれたように顔を上げた。
「あ、ああ……! 返す! 全部返すから!」
震える手でポケットの中身をぶちまける。
昼間に奪い取った『緑色魔鉱石』。さらに、自分たちの財布に入っていた金まで全て。
「申し訳ありませんでした……! お返しします……!」
「……利子としては十分だな」
アビアは満足げに鼻を鳴らし、魔鉱石を回収してヴァルに渡した。
炎の爆ぜる音が、静かな夜に響く。
兵士も、スラムの子供も、そして「ユリシーズ・アトラス」の面々も、一つの火を囲んで暖を取る。
その奇妙な光景を、ヴァルの左目にあるデバイスだけが冷徹に観測していた。
『……非合理的。敵対勢力への利益供与。リスク管理の観点からは推奨されません』
レティナの無機質な声。
だが、その後に続くログには、ヴァルにも聞こえないノイズが混じっていた。
『視覚センサー:マスターの表情を確認不能。……レンズの死角です』
レティナには、ヴァルの顔が見えない。彼女はヴァルの「眼」そのものだからだ。
鏡でもない限り、彼女はマスターの笑顔を直接見ることはできない。
『……ですが、マスターの体温上昇および、バイタル数値の安定を確認』
だから彼女は、数値で「それ」を感じ取る。
その穏やかなバイタルを認識した瞬間、レティナの内部クロックが跳ね上がった。
『この熱源は……データ以上に『温かい』ようですね』
観測終了。
レティナの演算処理速度が、ほんの0.01%向上したことを、ヴァルはまだ知らない。
【あとがき】
読んでいただきありがとうございます!
「回復魔法が効かない」
冒頭で明かされたヴァルの体質。彼はこの世界の恩恵を受けられない、徹底した「異物」です。
でも、だからこそ彼は、誰にでも平等な「科学の火」を灯すことができました。
凍え死にそうな兵士たちが、プライドを捨てて「ゴミ石」の火にすがるシーン。
そしてアビア兄貴のきっちりした集金(笑)。
理不尽な連中への、最高のお返しができたのではないでしょうか。
ラストのレティナ視点。
「眼そのものだから、マスターの笑顔が見えない」
この距離感が、AIバディものの切なくて好きなところです。
いつか彼女にも、鏡越しじゃなくヴァルの笑顔を見てほしいですね。
(「科学の勝利!」「ざまぁスッキリ!」と思った方は、評価・ブクマいただけると、作者の心も温まります!)




