第21話:国境の理不尽と、凍てつく夜。……マスター、あの兵士を「ミンチ」にして配送しましょうか?
荒涼とした赤土の荒野を、風を切るように巨大な砂煙が突き抜けていく。
その正体を目撃した者がいれば、我が目を疑ったことだろう。
それは、巨大な陸ガメだった。
だが、ただの亀ではない。腹甲の下には巨大な六輪のタイヤが装着され、前脚で地面を蹴り出し、その勢いを慣性力に変換して滑るように進んでいく。
『強襲用装甲台車』。
かつて鈍足の代名詞だった『カーゴ・タートル』は今、時速八十キロという非常識な速度で大地を滑走していた。
「グルゥゥゥッ!!(訳:気持ちいい~)」
「よしよし、いい子だ相棒! その調子だ!」
手綱を握るヴァル・ヴェリテクスは、風圧に耐えながら叫んだ。
ゴーグル越しの視界には、地平線の彼方に目指す街の影が見え始めていた。
ノアズ・アークとユグド・セコイアの中間に位置する中継都市国家、『グリット・フォール』だ。
「……見えてきた。あれが『黄金のパイプライン』か」
ヴァルの呟きに、貨物室から顔を出したカイルが息を呑む。
「相変わらず……壮観ですね」
街の上空を、直径五メートルはあろうかという巨大な黄金のチューブが、まるで龍のように貫いていた。
太陽の光を反射して輝くそのパイプは、地上の薄汚れた街並みとはあまりにも不釣り合いだった。
『解析:構造材は対魔力コーティングされた特殊合金。内部は完全な真空状態です』
脳内でレティナの冷静な声が響く。
『定期的に通過する物資は、魔鉱石です。……ユグド・セコイアへ向けて、毎日数トンの資源が送られています』
フゥンッ!!
直後、空気を切り裂く高音と共に、パイプの中を何かが超高速で通過していった。
あれが、この街で採掘・精製された富の塊だ。
だが、ヴァルの目に留まったのは、その輝かしいパイプの上で蠢く小さな影たちだった。
「カイルさん……あそこで作業しているのは?」
「ゴブリン種ですよ」
カイルが眼鏡の位置を直した。
「オルタス族ゴブリン種。彼らの手先の器用さはドワーフ種にも匹敵します。高所も恐れないため、世界中のインフラ維持は彼らの仕事なのですが……エルフたちは彼らを『脂ぎった裏方』と呼んで、決して表舞台には出しません」
輝くパイプの上で、命綱一本でへばりつく小柄な緑色の作業員たち。
対照的に、その下にある街は黒い煤に覆われ、ボロ布を纏った子供たちが、地面に落ちたクズ石を拾い集めている。
富は頭上を通り過ぎ、落ちてくるのは煤とゴミだけ。
それが、この『グリット・フォール』という街の正体だった。
ヴァルはハンドルを握る手に、知らず知らずのうちに力を込めていた。かつての自分を見ているようで、胸が痛んだ。
◇
「――止まれ! ここから先はユグド・セコイア管理区域だ!」
街の北側、国境へと続く巨大なゲート前。
アサルト・スケーターを止めたヴァルたちを、彼の国の紋章をつけた駐留兵たちが取り囲んだ。
「我々はAランクパーティ『ユリシーズ・アトラス』だ。これが通行許可証と、商業ギルドからの依頼書だ」
リーダーのアビアが、懐から羊皮紙の束を取り出して提示する。
それはカレンが用意した、完璧な『カモフラージュ用の依頼書』だ。
表向きは、総ギルド長アイザックからユグド・セコイア高官へ贈る「最高級ワインの輸送任務」ということになっている。
アイザックが裏ルートで入手した『本物の政府通行証(盗品)』は、ここぞという時のための切り札だ。こんな薄汚れた中継地点の検問で切るカードではない。
兵士の一人が書類を確認し、面倒くさそうに敬礼しかけた。
が、その視線が御者台に座るヴァルに止まった瞬間、その表情が歪んだ。
「……おい。なんだその眼帯の男は」
「彼は我々のポーターだ」
「ポーター? 魔力反応がないぞ。……まさか、マギレスか?」
兵士たちの間に、嘲笑と侮蔑の空気が伝染する。
「Aランクのパーティに、ゴミが混じってるなんて聞いてないな」
隊長格の男が、下卑た笑みを浮かべてヴァルの前に立った。
男の手には、最新式の魔導矢銃が握られている。銃口こそ向けていないが、その指はいつでもトリガーを引ける位置にあった。
「許可証には『パーティメンバー』としか書いてない。マギレスのような家畜を通すとは明記されてないなぁ」
「……何が言いたい」
アビアの声が低くなる。
空気がピリつき、アビアの体表に紫色の火花が散り始めた。
「特別通行税だ。……一人につき、『緑色魔鉱石(100 Grit)』を一つ。それが通してやる条件だ」
「はぁ!?」
後ろで聞いていたルーナが獣耳を逆立てて叫んだ。
「緑色って、あんたたちの週給分くらいあるでしょ! それを全員分!? ふざけないでよ!」
「嫌なら帰れ。……それとも、ここで反逆罪で牢屋にぶち込まれたいか?」
ガシャッ。
兵士たちが一斉に銃口を向ける。
殺気というよりは、弱いものいじめを楽しむ加虐的な空気。
自分たちの立場が「強者」であり、ルールそのものであると信じて疑わない傲慢な目。
アビアの手が背中の大剣に伸びかける。
その横顔には、仲間を侮辱されたことへの明確な怒りがあった。
カイルも杖を構え、ティアも前に出ようとする。
一触即発。
だが。
「……払いましょう」
ヴァルが、アビアの腕を掴んで制した。
「ヴァル!?」
「ここで騒ぎを起こせば、アイザックさんにも迷惑がかかる。……俺たちの任務は、あくまで『荷物』を届けることですから」
ヴァルはアビアを見上げ、小さく首を横に振った。
悔しくないわけがない。
だが、ここで戦えば、彼らは「反逆者」の汚名を着せられる。潜入という最重要ミッションも失敗に終わるだろう。
ヴァルは懐から、虎の子の緑色魔鉱石を取り出した。
それは、彼が命がけで稼いだ報酬だ。タートルの餌代や、これからの旅費にするはずだった大切な資金。
兵士はそれをひったくるように奪い取ると、汚いものを見るような目で鼻を鳴らした。
「最初からそうすりゃいいんだよ、砂利クズが。……行け!」
ゲートが開く。
背中に浴びせられる兵士たちの嘲笑を聞きながら、ヴァルはタートルを歩かせた。
仲間たちの、やり場のない沈黙が痛かった。
◇
日が暮れると、グリット・フォールの気温は氷点下近くまで急降下した。
宿屋はどこも満室――というより、兵士たちが「マギレス連れはお断りだ」と手を回したため、ヴァルたちは街外れのスラム街で野営を余儀なくされていた。
廃工場の跡地。
天井はなく、頭上にはあのパイプラインが星空を遮るように走っている。
「……ごめん、みんな。俺のせいで」
焚き火の準備をしながら、ヴァルは小さく謝った。
自分の存在が、Aランクである彼らの足枷になっている。その事実が胸に重くのしかかっていた。
自分がマギレスでなければ。もっと力があれば、彼らにこんな惨めな思いをさせずに済んだのに。
「馬鹿言うなよ、ヴァル」
アビアが薪を放り込みながら笑い飛ばす。
「あの程度の挑発に乗ろうとした俺が未熟だっただけだ。お前の判断は正しかった」
「そうよ! 悪いのはあいつらだもん!」
ルーナも怒り心頭といった様子で、干し肉を乱暴に齧り付く。
「あーもう! 思い出すだけでムカつく! 次会ったら絶対尻尾踏んでやるんだから!」
「…はは、それは見てみたいかも。新しい薪取ってきますね」
ヴァルは立ち上がり、周辺の薪を拾い始める。
『……踏むだけで済ませるつもりですか? お優しいことですね』
その時。
ヴァルの右耳のデバイスから、氷のように冷徹な声が響いた。
『……個体識別名:駐留兵Aおよびその小隊。発言に論理的欠陥、およびマスターへの不当な評価を確認』
レティナだ。
彼女の声には、いつもの無機質さの中に、微かな、しかし明確な「ノイズ」が混じっていた。
それは機械が持つはずのない感情――「殺意」に他ならなかった。
『提案:殲滅モードを起動しますか? 現在の彼らの位置は、パイプラインの第3吸気口付近です』
「……おい、まさか」
『彼らを事故に見せかけて吸気口へ誘導し、真空チューブ内へ投入することは可能です。……試算では、0.5秒でミンチ状になり、鮮度抜群の状態でユグド・セコイアの首都へ配送されます』
「却下だ! ……あと、冗談でもそんな物騒なこと言うな」
ヴァルは思わず声を荒げた。
『冗談? ……心外です。本機は常に、マスターのストレス要因を排除する最適解を提示しています』
(嘘だ。お前、絶対に怒ってるだろ……)
薪を拾い終わり、ヴァルは溜息をつきつつも、胸の奥が少しだけ暖かくなるのを感じていた。
機械であるはずの彼女が、自分のために怒ってくれている。
仲間たちが、自分のために憤ってくれていた。
その事実が、凍えた心に小さな灯火をともしたようだった。
「……それにしても、寒いな」
アビアが身を震わせて、焚き火に手をかざす。
火の勢いはあるのに、熱がすぐに奪われていくような奇妙な感覚。
「この異常な寒さ……原因は頭上のあれですよ」
カイルがパイプラインを指差す。
「真空チューブの維持と冷却には膨大なエネルギーが必要です。あのパイプは、触媒として周囲の大気から『熱』を強制的に吸い上げているんです」
ゴブリンが作った優れたシステムが、皮肉にも住民から体温を奪っている。
遠くに見える駐留兵の詰め所からは、楽しげな笑い声と、窓から漏れる暖かそうな光が見えた。
彼らは高級な魔導暖房でぬくぬくと過ごしているのだ。
一方、こちらのスラムでは、ボロ布にくるまった子供たちが、身を寄せ合って凍えている。
白く濁った息を吐きながら、動かなくなった親らしき人のそばで蹲る子供の姿も見えた。
「……ふざけた話だ」
ヴァルは呟き、足元に転がっていた黒い石ころを拾い上げた。
選別過程で弾かれた、燃えカスのような廃棄石。
魔力を吸い上げて透明になった石とは真逆の存在。
魔力含有量はほぼゼロ。市場価値なし。ただの産業廃棄物。
「……ヴァル?」
ララが不思議そうに彼を見る。
彼女の長い耳が、ヴァルの放つ微かな決意の気配を捉えてピクリと動いた。
ヴァルの左目が、琥珀色に輝き始めた。
視界の中で、ただのゴミ石が解析され、無数の数値と構造線へと分解されていく。
『解析完了。……廃棄石内部に、微量な熱伝導物質の残留を確認。元素記号【C】。』
『発火から安定燃焼までのプロセスを構築します』
左目のログが流れ、物質の正体をレティナが教えてくれた。
『元素記号【C】とは、炭素です。旧文明において、燃焼用として用いられています』
ヴァルはニヤリと笑い、その石を強く握りしめた。
「ゴミだってな……磨けば光るんだよ」
駐留兵たちは知らない。
彼らが見下している「ゴミ」と「技術」が、この凍てつく夜をどう変えるのかを。
そして、彼らが捨てた「ガラクタ」が、どれほどの熱を秘めているのかを。
「レティナ。……演算の時間だ」
【修正】(2026/1/15)
魔道小銃→魔導矢銃
世界観設定とズレていたため
【削除】(2026/01/16)
ユグド・セコイアの一部を削除
【あとがき】
読んでいただきありがとうございます!
第21話、お届けしました。
国境の理不尽な扱い、腹が立ちますね……。
でも、アビアたち仲間や、まさかのレティナまでがブチ切れてくれたのが救いです。
「ミンチにして配送」というブラックジョーク、AIなりの精一杯の愛情表現(?)だと思うと少し可愛く見えてきませんか?
そしてラスト。
捨てられた黒い石(炭素=石炭)を使って、ヴァル君が反撃の狼煙を上げます。
魔力が全ての世界で、忘れ去られた「科学の炎」がどう燃え上がるのか。
次回、ざまぁ展開にご期待ください!
(レティナ過激すぎ! 兵士ざまぁ期待! と思った方は、評価・ブクマいただけると嬉しいです!)




