第20話:鈍足亀を魔改造しました。……え、時速80km? これ、ブレーキ付いてないですよね?
商業ギルドの裏手、技術研究棟の前。
夜の帳が下り始めた頃、そこには奇妙な緊張感が漂っていた。
「グルゥ……?」
主役であるカーゴ・タートルは、何か不穏な空気を感じ取ったのか、怯えたように首を甲羅の中に引っ込めようとしていた。
だが、時すでに遅し。
目の前には、凶悪な笑みを浮かべたドワーフと、作業着の袖をまくり上げたヴァルが立っている。
「いいか、坊主。亀が遅いなら、タイヤに乗せりゃあいい。……どうだ! シンプルな解だろ?」
タルゴスが作業台の上に、バン! と一枚の青焼き図面を広げた。
そこに描かれていたのは、正気の沙汰とは思えない代物だった。
タートルの腹甲に合わせて設計された、巨大な六輪の装甲台車。
カーゴ・タートルの前脚は、地面を前に押し出す構造をしており、甲羅は荷台に転用するため比較的に平たくなっている。
そこに、腹甲を浮かせて車輪駆動にすることで推進力を上げるのだ。
名付けて――『強襲用装甲台車』。
『解析:……発想が暴力的すぎます』
ヴァルの脳内で、レティナが呆れたような声を出す。
『ですが、サスペンション構造および推力計算に基づくと……理論上の巡航速度は時速80kmです』
「80キロ!? マジかよ!」
ヴァルは目を輝かせて図面を覗き込んだ。
今のタートルの歩行速度は、良くて時速5キロ程度だ。それが16倍になる。
「これなら、タートルも連れて行けますね! 置いていかなくて済む!」
ヴァルの興奮に対し、レティナが冷静に介入する。
『推奨:マスター、本機の製作作業に参加してください』
「え? 俺が?」
『肯定します。今後、過酷な環境下での長期遠征になります。本機や兵装のメンテナンスを、マスター自身が行えるようになる必要があります。……タルゴス氏は、技術習得のための優秀な講師です』
確かにその通りだ。
これまではタルゴスに丸投げしていたが、敵地で故障したら終わりだ。自分の武器は、自分で守らなければならない。
ヴァルは覚悟を決め、作業用ゴーグルを装着した。
「タルゴスさん、手伝わせてください。……こいつの構造、全部知っておきたいんです」
「ほう? 口先だけじゃねえだろうな?」
タルゴスが試すような目でニヤリと笑う。
「その言葉、後悔するなよ? 今夜は寝かさねえからな」
「望むところです! ……あ、ところでタルゴスさん。これって結構な速度出そうですけど、どうやって止まるんですか?」
図面を見る限り、減速機構が見当たらない。
タルゴスは親指を立て、真っ白な歯を見せて笑った。
「気合いだ!!」
「……はい?」
◇
こうして、男たちの熱く、暑苦しい徹夜の魔改造が幕を開けた。
ガガガガガガガッ!!
工房内に、魔力駆動ドリルの音が響き渡る。
鉄を切り裂く音、溶接の火花、そして鼻を突くオイルとオゾンの匂い。
タルゴスは事前にパーツを切り出していたらしい。「アイザックの旦那からの無茶振りでな」とぼやいていたが、その顔はどう見ても楽しそうだ。あの総ギルド長、やはりとんでもなく食えない人だ。
「おい若造! 第3魔力回路のバイパス繋げ! 出力係数は1.2だ! 遅れるんじゃねえぞ!」
「了解! ……レティナ、配線図の投影頼む!」
『了解。視覚支援(AR):オーバーレイ表示を開始します』
ヴァルの視界に、複雑な魔力回路の配線図が青い光の線となって重なる。
本来なら熟練の職人が長年の勘で行う精密作業。
だが、ヴァルには「正解のライン」が見えている。
スパナを握る手が、迷いなく動く。
『接続端子のズレ、0.01ミリ以内。……トルク圧、正常』
ミスリルコーティングされた装甲板を、ヴァルはレティナの精密誘導に従って完璧にボルト締めしていく。
カチッ、カチッ、と心地よい金属音がリズムを刻む。
「いい腕だ……! お前、スジが良いぞ!」
タルゴスが感嘆の声を上げた。
「魔力がない分、余計なノイズが入らねえんだ。純粋な『物理』としての精度が高ぇ!」
二人は脂汗と油にまみれ、時間の感覚も忘れて鉄塊と向き合った。
火花が散るたびに、二人の影が建物の壁に大きく揺らめく。
そのすぐ横で。
「グゥ~……スピィ……」
主役であるはずのタートルは、大量の牧草を食べ終え、呑気に高いびきをかいて爆睡していた。
自分の腹の下に、とんでもない爆速マシンが取り付けられているとも知らずに。
その平和な寝顔と、血走った目で作業する男たちの対比は、どこかチグハグで、そして微笑ましかった。
◇
そして、翌朝。
東の空が白み始め、朝日が差し込む頃。
「……完成だ」
「で、出来た……」
ヴァルとタルゴスは、死んだような顔で――目の下に濃い隈を作りながら――しかし、ギラギラと輝く瞳でその巨体を見上げていた。
そこには、朝日に輝く「鋼鉄の要塞」が鎮座していた。
タートルの腹甲には、巨大なサスペンションを備えた6輪の装甲台車がガッチリと固定されている。
甲羅の上には、居住性を重視した二階建てのコンテナユニット。
御者台には風防ガラスが設置され、雨天時には自動展開する幌も完備。
『解析:旧時代の荷車に、見た目が近いです』
レティナも完成を喜ぶように評価している。
『警告:マスターの疲労度が危険域です。直ちに睡眠を推奨します』
レティナが視界の隅で小さく警告を何度も出していたが、今のヴァルには届かない。
アドレナリンが全開だった。
「おーい、準備できたかー?」
そこへ、アビアたち『ユリシーズ・アトラス』のメンバーが到着した。
彼らは爽やかな朝の空気の中、荷物を持って現れたが――。
「…………なんだ、これは」
アビアが絶句した。
カイルが眼鏡をずり落とし、ルーナは口をポカンと開けている。ララだけが「あら、強そうね」と微笑んでいる。
亀が、タイヤに乗っている。
そのあまりに不格好で、しかしロマンに溢れた姿に、常識が追いつかないのだ。
「速けりゃいいんだよ、速けりゃ! な、坊主!」
タルゴスが胸を張る。
「はい! 兄貴、聞いてください。ここのサスペンションが独立懸架になってて、悪路でも乗り心地最高なんです! あとここの出力が……」
「お、おう……分かった、分かったから」
早口でまくし立てるヴァルに、アビアは苦笑しながら手を挙げた。
呆れつつも、その目は優しかった。ヴァルがこんなに楽しそうに笑うのを、初めて見たからだ。
積み込み作業を終えると、カレンが見送りに現れた。
彼女はヴァルに、ユグド・セコイア政府発行の(スった)通行許可証と、地図を手渡した。
「……死なないでくださいね。貴方は、これからの計画に必要な貴重な『人材』なんですから」
その言葉はいつも通り冷たかったが、眼鏡の奥の瞳には、僅かな心配の色が滲んでいた。
「行ってきます。……良い報告を持ち帰りますよ」
ヴァルは力強く頷き、御者台へと飛び乗った。
◇
ノアズ・アーク、正門。
早朝の出発ラッシュの中、異様な存在が現れたことに周囲がざわめいた。
「おい見ろよ、なんだあれ」
「亀か? タイヤに乗ってるぞ?」
「プッ、ひっでぇ見た目だ。あんな鈍重なのが動くのかよ、ぷぷぷっ……」
隣のレーンでは、高級な魔力馬に跨った同業者たちが、嘲笑の声を上げていた。
彼らの馬は、優雅で、速く、美しい。
対してこちらは、泥臭い亀と鉄屑の塊だ。
ヴァルは手綱を握りしめ、ニヤリと笑った。
「笑ってられるのも今のうちだ。……行くぞ、相棒!!」
「グゥオオオッ!!」
タートルが雄叫びを上げ、前脚を蹴り出す。
ブォォン!!
タートルの蹴り出しに連動し、車輪が魔力に反応して急回転する。タイヤが地面を噛むと、風を切るように進みだした。
凄まじいGがヴァルをシートに押し付ける。
「マジかよ…」
嘲笑していた同業者たちが、目を見開いた。
タートルが蹴り出す推進力が、歯車によって増幅され、圧倒的な加速を生み出す。
馬など比較にならない。それはまさに、地を這うロケットだった。
「うわぁっ! 揺れる揺れる!」
「きゃあ! お茶がこぼれるー!」
コンテナ内ではカイルとルーナの悲鳴が響いているが、ララは「これならすぐ着くわね」と揺れる車内で優雅に紅茶を啜っているらしい。さすがだ。
風を切る感覚。
タートルもまた、生まれて初めて体験する「スピード」に、気持ちよさそうに目を細めている。
ヴァルは嬉しくなり、タートルの首筋をポンポンと叩いた。
「すげえな相棒! また一緒に旅が出来るな!」
「グゥグゥ!」
流れる景色を見ながら、ふとヴァルは思い出した。
「これって、ブレーキないままだっけ?」
『回答:設計図に記載なし』
レティナの無慈悲な声が響く。
『タルゴス氏の言行録を参照……「気合で減速してください」』
「うわあああああああああああああッ!!?」
絶叫を残し、鋼鉄の亀は土煙を上げて街道の彼方へと消えていった。
◇
――同時刻。
ノアズ・アークとユグド・セコイアの国境付近にある宿場町。
その宿のテラス席で、一人の女性が優雅に足を組んでいた。
情報屋のセイラだ。
バササッ。
一羽の鳥――魔力で作られた使い魔が空から舞い降り、彼女の肩に止まる。
セイラは鳥のくちばしに指を触れ、そこから伝わる「情報」を読み取った。
「……ふふ。ヴァル君、やっと動き出したのね」
彼女は妖艶な笑みを浮かべ、赤ワインの入ったグラスを揺らした。
その視線は、遥か遠く、爆走してくるであろう彼らの方角へと向けられていた。
「楽しみだわ。貴方のその『眼』が、あの大国の嘘をどう暴くのか……」
彼女の網は、すでに世界中に張り巡らされている。
ヴァルたちの旅路は、まだ始まったばかりだ。
【あとがき】
読んでいただきありがとうございます!
そして、更新遅れてすいません!!
ついに新章スタート!
旅の相棒、カーゴ・タートルがまさかの進化を遂げました。
「亀をタイヤに乗せる」というタルゴスの発想、狂気じみてますが嫌いじゃないです。
すでに現実で亀さんがやってたのを参考にしました。
時速80kmで爆走する亀……想像するとシュールですが、ロマンですよね。
そしてヴァル君も、初めて「モノづくり」の楽しさを知りました。
魔力がないからこその適性。
彼がただの使い手から、技術者としても成長していく姿を書けて楽しかったです。
ラストはブレーキなしの絶叫スタート(笑)。
国境へ向けて、止まれない旅が始まります!
次回、セイラさんの動きも気になりますが……まずは無事に止まれるのか!?
(「亀はえええ!!」と笑っていただけたら、評価・ブクマいただけると作者も加速します!)




