第19話:裏取引と、拡張モジュール。……え、亀(タートル)ごと「改造」して速くするって本気ですか?
「そこで、君たちには『貨物』になってもらう」
「……は?」
全員の声がハモった。
タルゴスがニヤリと笑い、ソファから立ち上がった。
「俺の出番だな。……見ろ、こいつがお前らの『棺桶』だ」
タルゴスが模型の布を取り払うと、そこには精巧なコンテナのミニチュアがあった。
「見た目はただの貿易用コンテナだ。だが、底は二重底になっていてな」
タルゴスが得意げに模型を開く。
「上層部に物資や交易品。そして下層部には、お前らが入る。この前、坊主たちが持ってきたレムナントが、魔力遮断出来る素材でな。それを加工した俺様の最高傑作だぞ!」
「すごい……! 魔力遮断ですか…!」
カイルが目を輝かせて模型を覗き込む。
アイザックが補足する。
「表向きは、私が急進派の議員へ贈る『最高級のワインと美術品』だ。これなら彼らも疑わず、自らの懐へ招き入れるだろう」
「敵のど真ん中に、宅配便で乗り込むってことか……」
アビアが頭を抱える。
「そして、俺たちは貨物扱いか……。Aランク冒険者の扱いじゃねえな」
「そして、荷物運びには適任者がいるだろう? ……ヴァル君、商業ギルドのタグは持っているね?」
アイザックが視線を向ける。
ヴァルは、理解した。アビアたちを貨物として運ぶ。これ以上の適任者は、ここでは自分しかいないと。
「はは……。なるほど」
ヴァルはニカっと笑い、自分の胸を叩いた。
「任せてください。荷運びなら本職です」
アビアたちを荷物に混ぜて、敵陣のど真ん中へ運び込む。
それは、世界で一番贅沢な、そして危険な「運送依頼」だった。
「『貴重品』が多いようなので、荷崩れ起こさぬよう丁重に運ばせていただきます」
ヴァルの軽口に、アビアたちは呆れつつも、不敵な笑みで応えた。
◇
全体的な流れを確認し、明日の昼にはノアズ・アークを発つ形となった。
「では、頼んだよ。明日カレンに見送りをさせる。……ああ、ヴァル君。君と少し話がしたいんだ。残ってくれないか」
具体的な出発準備のため、アビアたちが退出しようとした時だった。
アイザックが穏やかな声で呼び止めた。
仲間たちが不思議そうな顔をしたが、ヴァルは「手続きの確認だろう」と軽く手を振って彼らを送り出した。
パタン、と重厚な扉が閉まる。
広い執務室に残されたのは、ヴァルと、アイザック。そして壁際に控える秘書のカレンだけだ。
シン、と空気が張り詰める。
「……手続きとかの話ですか?」
ヴァルが尋ねると、アイザックは答えず、机の脇に立てかけてあった一本の杖を手に取った。
そして、ゆっくりと窓の方へ向き直る。
カツン、と石突が床を叩いた瞬間。
ブォン……。
空間が低く唸ったような気がした。
『警告:魔力ジャミング波を検知。魔法による外部干渉が遮断されました』
『解析:対魔術干渉兵器。……これは旧式の「電波妨害」装置です』
レティナが即座に警告音を鳴らす。
ヴァルは心拍数が上がるのを抑え込みながら、努めて冷静に首を傾げてみせた。
「……今のは? 俺はあなたと同じマギレスです、魔法は使えないのはご存知ですよね?」
「ほう、これも見えてるのか……その眼で」
その言葉でヴァルの緊張は極限まで高まる。
アイザックは窓の外を見たまま、静かに告げた。
その声には、先ほどまでの道化のような愛想の良さは微塵もない。
「今のジャミング展開と同時に、君の瞳孔が開いた」
「ッ……」
「やはり、その『眼』で見えているのかね?」
アイザックがゆっくりと振り返る。
その瞳は、獲物を解剖するかのような冷徹な観察眼で満ちていた。
やられた。
そう、ヴァルは直感した。
『警告:敵性反応、急上昇。……後方、距離3メートル』
レティナの警告。ゾクリ、と背筋が凍る。
背後に立っていたカレンだ。彼女は身動き一つしていない。表情すら変えていない。
だが、ヴァルの肌を刺す殺気は本物だった。
『戦術推奨:即時離脱。この空間における生存確率、低下中』
『最適な遮蔽物は右手のソファ。……ですが』
レティナがオラクル・サイトを起動する。
視界が色彩を失い、情報だけの世界になる。
部屋中が真っ赤な「危険区域」で埋め尽くされている中、唯一、アイザックの目の前にある革張りのソファだけが、安全を示す「青色」で表示されていた。
(……動くな、ということか)
ヴァルは脂汗を流しながら、あえてその場に立ち尽くした。
もしここでレティナの指示通りに回避行動を取ったり、武器に手をかければ――その瞬間に「敵」とみなされ、カレンに始末される。
これは「踏み絵」だ。
数秒の沈黙が、永遠のように感じられた。
やがて、アイザックがふっと表情を緩めた。
「……ほう。動かないか」
カチリ、と小さな音がした。
アイザックは手元の杖に仕込まれたスイッチを切り、ジャミングを解除する。
杖で床を叩いたのはカレンへの合図、そしてスイッチ操作のカモフラージュだったのだろう。
それをヴァルが見破っているかまでは、アイザックも分からないはずだ。
「……あなたが動いていれば、頸動脈を切り裂くつもりでした」
カレンが涼しい顔で、物騒なことを言いながら紅茶のカップを片付け始めた。
彼女は魔法が使えなくても、ここにいる二人のマギレスよりも強かった。
レティナの警告アラートが消える。
ヴァルは大きく息を吐き出し、鼻血を拭い取る。膝が震えそうになるのを必死で堪えた。
「なんて人たちだ……。心臓が止まるかと思いましたよ」
「すまないね。君を試すような真似をしてしまった」
アイザックは杖を置き、ソファに深く座り直した。
その謝罪の言葉には、不思議と誠実な響きがあった。
ギルド長としてではなく、一人の人間としての言葉。
「君がスパイや、過激派の刺客でないという保証が欲しかったんだ。これでも命を狙われやすい身でね。……さ、ここからは、ギルドの記録に残らない話をするからね」
アイザックは手元のタブレット端末を操作し、テーブルの上に滑らせた。
表示されたのは、複雑な機械の設計図のようなデータだ。
「単刀直入に言おう。……君たちが目指す『ラボ・ゼロ』の探索。そこで得た情報を、私にも共有してほしい」
「情報……ですか?」
「ああ。特に『旧文明のエネルギー技術』に関するデータだ」
アイザックは机に無造作に置かれていた魔鉱石を見つめた。
「私はね、この世界を変えたいんだ。魔力を持つ者が偉くて、持たざる者がゴミのように扱われる……そんな不条理な世界を」
「……」
「もし、魔力がなくても動く機械があれば? 魔法使いに頼らなくても、誰もが豊かに暮らせる技術があれば? ……世界はもっと、公平になると思わないか」
それは、ヴァル自身も心のどこかで願っていたことだった。
魔力がないというだけで虐げられてきた人生。
アイザックが目指しているのは、科学と論理によって魔力の優位性を覆す、革命だ。
「そのための切り札が、君の『眼』と……これだ」
アイザックがタブレット端末の画面を切り替え、一枚の写真をヴァルに見せる。
古びているが、鈍い光沢を放つ長方形のパーツ。
それを見た瞬間、脳内でレティナが絶叫した。
『検索:Module ID:01……!! マスター、あれは……!』
(なんだ、これ……レティナが取り乱してる?)
『本機の拡張モジュール『Tactical Foundry "Pandora"(タクティカル・ファウンドリ・パンドラ)』です!』
ヴァルはゴクリと喉を鳴らした。
レティナの機能を拡張する、失われたパーツ。
「やはり、反応したね。……これは現在、私の私物だが、君にはこれの価値が分かるはずだ」
「……交換条件、というわけですね」
「その通り。君がラボ・ゼロの情報を持って帰ってきたら、これを譲渡しよう。……どうだね?」
断る理由はなかった。
いや、むしろこちらから願い下げたいくらいの好条件だ。
ヴァルはアイザックの目を見据え、力強く頷いた。
「乗ります、その提案」
「交渉成立だね」
二人は握手を交わした。
魔力を持たぬ二人の手が、世界の裏側で近づいた瞬間だった。
◇
密談を終え、ギルドを出た頃には、すでに日は沈みかけていた。
ヴァルは商業ギルドの搬入口近くにある、家畜用ステーブルへと足を向けた。
そこには、巨大な甲羅を持つ相棒――カーゴ・タートルが、のんびりと牧草を食んでいた。
「よお、相棒。……ちゃんと腹いっぱい食ってるか?」
ヴァルが鼻先を撫でると、タートルは「グゥ」と低い声で甘えてくる。
ザラザラとした硬い皮膚の感触。
こいつとは、泥水を啜りながら一緒にここまでやってきた。
だが――。
「……悪いな。今回の旅には、お前を連れて行けそうにない」
ヴァルは寂しげに呟いた。
目的地は遥か遠く、敵国の中枢だ。
そして何より、タートルは足が遅い。
隠密行動が求められる今回の任務で、巨大で鈍重な亀を連れて行くのは、あまりにもリスクが高すぎる。
置いていくしかない。分かってはいたが、胸が痛んだ。
「見捨てるつもりか? 薄情な飼い主だな」
不意に、背後から声をかけられた。
振り返ると、作業着姿のタルゴスが、腕を組んで立っていた。
「タルゴスさん……。いや、見捨てるわけじゃないです。ただ、こいつの足じゃ……」
「足が遅いなら、速くすればいいだけだ」
タルゴスはニヤリと笑い、タートルの甲羅をバンバンと叩いた。
「俺が作ったコンテナを運ぶんだ。動力源が『ただの亀』じゃあ、俺のプライドが許さねえよ」
「え……?」
「安心しろ。こいつごと『改造』してやる。……明日の朝までに、別物に仕上げてやるから楽しみにしてな」
ドワーフの職人は、凶悪な笑みを浮かべて巨大なスパナを取り出した。
タートルが、何かを察したように首を引っ込め、ブルルと震えた。
【あとがき】
読んでいただきありがとうございます!
今回も情報量が多めです!
前半は、アイザックとの命がけの「面接」。
彼がただの権力者ではなく、ヴァルと同じ「魔力なき者」として世界を変えようとしていることが判明しました。
敵か味方か分からない怖さがありますが、目的が一致した時の頼もしさはピカイチですね。
そして後半。
相棒の亀とお別れ……かと思いきや、まさかの魔改造フラグ!
タルゴス親父の手にかかれば、亀すらも「マシーン」になるのでしょうか?
次回、新生タートルのお披露目です。
(アイザックかっこいい! 亀が心配! と思った方は、評価・ブクマいただけると嬉しいです!)




