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【第3章完結済】魔力ゼロの最底辺、ゴミ山で拾った「義眼」が規格外すぎた 〜魔法が絶対の世界ですが、俺には敵の動きと弱点が「線」で視えるので、当たらなければどうということはありません〜  作者: ちゃんつよ
底辺からの反逆者 ~魔力なき『砂利運び』が得た機械の瞳~

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第1話:魔力ゼロの砂利運びと、理不尽な囮。……生存確率0.01%の死の淵で、俺は琥珀色の「眼」を強制起動(ブート)する

 ズシ、ズシ、と。

 重厚で、どこか間の抜けた足音が平原の街道に響く。

 巨大な岩山が動いているかのようなその正体は、体長四メートルを超える陸ガメ――『カーゴ・タートル』だ。

 その甲羅には、規格外の量のコンテナが積み上げられている。


「……悪いな、相棒。重いだろう」


 手綱を握るヴァル・ヴェリテクスは、申し訳なさそうにタートルの首筋を撫でた。

 タートルは「グゥ」と低い声を漏らした。

 この亀の甲羅には、微弱な魔力干渉によって積載物の重量を軽減する『重力緩和(グラビティ・リリーフ)』という特性がある。そのため、見た目ほどの重さは感じていないはずだ。

 問題は、重さではなく、その「遅さ」にある。


「おいおいおい! 邪魔だぞ、そこのノロマ!」

「うわ、初めて見た。化石みたいな陸ガメ使ってる砂利運び(キャリー)


 背後から、風を切る音と共に嘲笑が飛んできた。

 砂煙を上げてヴァルたちを追い抜いていったのは、駿馬『グリット・サラブレッド』に跨った同業者たちだ。

 蹄に埋め込まれた魔鉱石グリットが、大地から魔力を吸い上げ、爆発的な加速を生み出しながら疾走していく。


「見ろよあの顔。『マギレス』だぜ。魔力がないからサラブレッドにすら乗れないんだろ」

「ギャハハ! 無能には無能な家畜がお似合いだな!」


 彼らはヴァルを見下し、あっという間に地平線の彼方へと消えていった。

 残されたのは、舞い上がった砂埃と、惨めな静寂だけ。

 ヴァルは口元を覆っていた布を引き上げ、深いため息をついた。


(……言い返す言葉もないな)


 彼らの言う通りだ。

 この世界では、魔力こそが正義であり、動力であり、命そのものだ。

 生まれつき魔力を一切持たない『魔力欠如者(マギレス)』であるヴァルは、魔力を必要とする手綱が握れない。そのため、サラブレッドには乗れない。

 彼に残された道は、魔力を必要としない生物――この鈍重なタートルと共に、人が嫌がる安値な荷運びをすることだけだった。


「おい! 揺らすなっつってんだろ、砂利運び!」


 頭上から怒声と共に、空の酒瓶が飛んできた。

 ヴァルは慌てて身を縮める。瓶はタートルの硬い皮膚に当たって砕け散った。


「チッ、酒が台無しだ。これだからマギレスは使えねぇんだよ」


 荷台の特等席でふんぞり返っているのは、三人の男女。

 今回の輸送任務の護衛として雇われた、Dランク冒険者パーティーの若造たちだ。

 彼らは出発してからずっと、荷台の上で酒盛りとカード博打に興じている。魔物の警戒など、これっぽっちもしていない。

 リーダー格の剣士が、ニヤニヤしながら手元の剣に無駄な魔力を流して遊んでいる。


「なぁ、こいつ本当に生きてて楽しいのかね? 魔法も使えない、魔道具も動かせない。俺なら恥ずかしくて首吊るわ」

「やめなよぉ。彼らにも存在価値はあるわよ? ほら、魔物の餌とか、盾とか?」


 女魔法使いがクスクスと笑いながら、指先から小さな火の玉を出してヴァルの髪を焦がそうとする。

 チリッ、と焦げる匂い。

 ヴァルは熱さに顔をしかめたが、愛想笑いを浮かべて頭を下げた。


「……申し訳ありません。以後、気をつけますので」


 怒ってはいけない。

 逆らえば、報酬を減らされるどころか、この平原に置き去りにされる可能性だってある。

 悔しさを飲み込み、ヴァルは前を向く。

 ただ、仕事を終わらせて、家に帰る。それだけが今の彼の望みだった。



 しかし、不運というのは重なるものだ。

 街道の脇、崩れた岩場の陰に、軽薄そうな盾持ちの男が何かを見つけた。


「お? おい見ろよ。あんな所に横穴があるぜ」

「んー? 地図には載ってねぇな。……もしかして、未発見のダンジョンか?」


 剣士の目が、卑しい欲望の色に輝いた。

 未発見のダンジョン。それは手つかずの魔鉱石(グリット)や、旧文明の遺産(レムナント)が眠っている一攫千金のチャンスを意味する。


「おい、砂利運び! 進路変更だ。あの穴へ向かえ」

「は……? い、いえ、契約では『ノアズ・アーク』への直行ルートのはずです。寄り道は規定違反に――」

「あぁ? 誰に向かって口きいてんだテメェ」


 ドガッ!

 ヴァルの横顔を、剣の鞘が殴りつけた。

 鉄の味が口の中に広がる。


「俺たちがルールだ。黙って従えばいいんだよ。……それに、ちょうどいい『盾』も必要だしな」

「そうそう。そのデカい亀、囮にぴったりじゃん?」


 彼らの目に、ヴァルとタートルへの配慮など微塵もない。あるのは、使い捨ての道具を見る冷徹な計算だけだった。


(……クソが)


 ヴァルは血を吐き捨て、無言でタートルの手綱を引いた。

 拒否権はない。

 タートルが不安げに鳴く。ヴァルはその首を優しく触り、合図を送ることしかできなかった。



 洞窟の入り口は、巨大な怪物が口を開けているかのように暗く、冷たい風を吐き出していた。

 一歩踏み入れると、肌を刺すような濃密な魔力の気配。

 ここは、ただの洞窟ではない。明らかに「変異」した場所だ。


「へっ、薄暗いな。おい、明かりだ」

「はいはい。『小さな火花(ミナス・スパークル)』」


 パチパチと点滅が数回起こり、点灯した魔法の光が通路を照らす。

 その瞬間。

 光の先――闇の奥で無数の「赤い点」が光った。


「――グルルルルゥ……」


 金属を擦り合わせたような、不快な唸り声。

 現れたのは、全身から青白い光を放つ狼の群れだった。

 ただの狼ではない。魔力によって肉体が変異した魔獣――『エーテル・ハウンド』だ。

 十匹近い群れが、通路を埋め尽くしている。


「なッ……!? エ、エーテル・ハウンドだと!?」

「Dランクのダンジョンに出る魔物じゃねぇぞ!?」


 冒険者たちの顔が引きつる。

 狭い通路。巨大なタートルがつっかえて、後退することもできない。


「おいキャリー! 亀を前に出せ! 壁にしろ!」

「無理です! タートルは怯えて動きません!」


 その時、先頭のハウンドが床を蹴った。

 速い。

 瞬きする間に、剣士の目の前に牙が迫る。


「くそっ、『熱の窯(イグニス・カルデラ)』!」


 至近距離で放たれた炎の魔法。

 だが、全身の表皮が怪しく輝くと、ハウンドの身体がブレて炎をすり抜ける。

 『幻影回避(ミラージュ・ステップ)』。魔力変異種固有の魔法だ。


「なっ……! 魔法が、効かな――」


 ガブッ。

 嫌な音がして、剣士の喉笛が食い破られた。

 鮮血が舞う。


「ひ、ひぃぃぃぃッ!?」

「いやぁぁぁ! 来ないで!」


 リーダーを失ったパーティーの瓦解は早い。

 パニックになり、我先に逃げようと背を向ける。だが、背後には巨大なタートルがいる。

 ハウンドたちは、動く獲物から順に飛びかかった。

 肉が裂ける音。絶叫。骨を砕く音。

 ほんの数秒前まで酒を飲んで笑っていた若者たちが、ただの肉塊へと変わっていく。

 ヴァルはその光景を、運転席の陰から息を潜めて見ていた。

 恐怖で足が震える。だが、頭の芯は奇妙なほど冷えていた。

 彼らと違って、ヴァルには魔力がない。だからこそ、ハウンドたちは魔力の強い冒険者たちを優先して襲っているのだ。


(今しかない……!)


 ヴァルはタートルの甲羅の留め具に手をかけた。

 もし、重力緩和の魔法を強制的に遮断したら?


「……すまん、相棒。うまく逃げてくれ」


 ヴァルは留め具をハンマーで叩き壊した。

 ガコンッ!!

 タートルが驚き、魔法を解除して防御体制に入る。制御を失ったコンテナが、本来の重量を取り戻し、雪崩のように崩落した。

 ハウンドの群れとヴァルの間に、巨大な荷物の雨が降る。

 タートルは手足を甲羅に引っ込め、完全防御形態へと移行した。

 だが、ヴァルは生身だ。

 彼は荷物が崩れる轟音に紛れて、奥の闇へと走った。



 出口は塞がれた。生き残るには、未探索の奥へ進むしかない。

 走って、走って、走った。

 どれくらい逃げただろうか。背後からの獣の声は遠ざかったが、代わりに静寂という絶望が押し寄せてくる。

 武器もない。食料もない。灯りもない。


「……ハハ。結局、ここで野垂れ死にか」


 ヴァルは目の前にある瓦礫の山に背中を預け、ズルズルと座り込んだ。

 魔力がないというだけで、こんな目に遭わなければならないのか。

 俺の人生は、ずっと誰かの踏み台で終わるのか。

 その時だった。

 薄暗い闇の中で、何かが淡く光った。


「……なんだ?」


 瓦礫の隙間に埋もれていたのは、眼球ほどの大きさの奇妙な『レンズ』だった。

 宝石のように丸いが、もっと精緻で、人工的な輝きを放っている。

 吸い寄せられるように、ヴァルはその琥珀色の物体を手に取った。


『――生体電流を検知。システム、コールドスリープから復帰』


 突然、目の前のレンズから声が響いた。

 女性の声だ。だが、抑揚がなく、氷のような冷たさを含んでいる。


「だ、誰だ!?」

『検索中……魔力反応なし。遺伝子配列、旧規格と一致。……適合者を発見しました』


 レンズが脈打つように明滅を始める。

 ヴァルの指先に、ピリピリとした痺れが走った。


管理者権限マスター・パーミッションを要求します。……起動しますか?』

「き、起動? 何を言って……」


 戸惑っていると、遠くの通路から「グルル……」という唸り声が聞こえた。

 追いつかれた。

 人の匂いを嗅ぎつけたハウンドが一匹、瓦礫の向こうからこちらを睨んでいる。

 生身で勝てる相手ではない。


『警告。敵性変異体の接近を確認。生存確率、0.01%未満』


 声の主が、無慈悲な事実を告げる。


『生存には、本機の実装が不可欠です。承認を』


「……承認って、どうすればいいんだよ!」

『左目に近づけ接続してください。多少の痛みを伴います』


 多少の痛み?

 このままでは魔獣が牙を剥き、飛びかかってくる。

 死ぬか、わけのわからない声に従うか。答えは決まっている。


「くそっ、どうにでもなれッ!」


 ヴァルは叫び、そのレンズを自分の左目に叩きつけた。

 ジュッ!!!


「が、ああああああああああああああああッ!?」


 瞬間、ヴァルの意識は白熱する激痛によって塗りつぶされた。

 レンズから飛び出した極細のナノワイヤーが、角膜を突き破る。

 眼球が内側から食い破られ、視神経が強引にデバッグされ、書き換えられていく。

 それは「装着」などという生易しいものではない。

 この世界には存在しない、冷徹で暴力的な『機械』による肉体侵食だった。


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