第16話(後編):脳内演算(オーバークロック)開始。……霧で隠れても無駄ですよ? あなたの動き、数秒先の未来まで見えています
「……くっ、ぅ……!!」
輸送機の残骸の中で、ヴァルは膝をつき、歯を食いしばった。
ユニットを右耳の後ろに押し当てた瞬間、極細の接続針が飛び出し、皮膚を突き破り、頭蓋骨を貫通して神経ポートへと食い込む。それ自体に痛みはない。
しかし、右耳のデバイスから、脳の未使用領域へ向けて、膨大な量の「何か」が雪崩れ込んできたのだ。
それは、渇いたスポンジが水を吸うような、暴力的かつ急速な同化だった。
耳元で、キィィン……という電子音が鳴り響く。
「……くっ、ぅ、ああああああああッ!!」
視界が明滅し、耳元で不快な高周波音が鳴り響く。
『ハードウェア接続確認。神経同調率、安定領域へ移行』
『……D.N.A(Data Network Archive)への常時接続リンクを確立』
『警告:これより、マスターの脳領域の20%を演算サーバーとして借用します』
ガクン、とヴァルの意識が揺らいだ。
自分の脳の中に、土足で他人が入り込んでくるような不快感。
そして、それ以上に圧倒的な「容量」を持った情報の奔流が、堰を切ったように雪崩れ込んできた。
ヴァルの意識は一瞬白く染まり、そして――鮮明に再構築された。
*
数分後。
ヴァルがゆっくりと周りを見渡すと、そこは今まで見ていた世界とは別物だった。
薄暗い残骸の中。
気温、湿度、風速、物質の硬度、構造的弱点。
視界の至る所に、あらゆる情報の「解」が溢れ出しているのだ。
「……なんだ、これ」
ヴァルが自分の手を目の前にかざす。
握りしめる動作。
すると、実体の手の動きよりもコンマ数秒早く、半透明の「ゴースト(残像)」が動いた。
数秒先の未来予測。
D.N.Aにある膨大な過去データと、現在の環境情報を照らし合わせ、導き出された「確定した未来」が、視覚情報として現実世界にオーバーレイされている。
「すげえ……。全部、手にとるように分かる」
だが、その全能感に浸ったのも束の間だった。
ズキン、と脳の芯が軋むような頭痛が走った。
『警告:脳内温度の上昇を検知。演算リソースの使用率が危険域に達しています』
レティナの焦ったような声が、右耳のインカムから響く。
視界の隅に、真っ赤な警告表示が点滅していた。
『マスター、今の貴方の脳では、常時接続による未来演算負荷に耐えられません。このままでは脳細胞が焼き切れます』
「……おいおい、マジかよ」
『推奨:戦闘時以外の「オラクル・サイト」の補助演算化。……よろしいですか?』
「ああ、頼む。……頭が割れそうだ」
ヴァルが了承すると、視界を覆っていた情報の奔流がスッと引いていった。
残像が消え、世界が通常の色を取り戻す。
右耳の機械の駆動音も、落ち着いたアイドリング状態へと戻った。
『Module ID:04 拡張成功。……ですが、全開使用はここぞという瞬間に限定してください。貴方の命に関わります』
「分かった。……切り札は最後まで取っておくもんだしな」
ヴァルは鼻から垂れる血を乱暴に拭い、立ち上がった。
冷たい金属の感触が右耳にある。異物感はあるが、不思議と体の一部のように馴染んでいる。
まるで、失われていたパズルのピースが埋まったかのように。
「行こう、レティナ。試験を終わらせる」
◇
霧の峡谷、最深部。
そこは、乳白色の闇とも呼べるほど濃密な霧が渦巻く、死の領域。
数メートル先も見えない視界不良の中、異質な殺気が膨れ上がる。
「グオォォォォォ……ッ!!」
空気を震わせる咆哮。
霧が凝縮し、巨大な顎を形成する。
実体と非実体の狭間を揺らぐ巨大な恐竜型の魔獣――『ファントム・レックス』。
この領域を支配する、Bランク上位の指定個体だ。
「挨拶代わりだ!」
ヴァルは即座にリボルバーを抜き、ファニング(早撃ち)で連射した。
ドォン! ドォン!
50口径の弾丸が吸い込まれるように命中する。
岩をも砕く威力。だが――
スカッ。
着弾の瞬間、レックスの体表が霧となって散開した。
弾丸は虚しく霧の身体をすり抜け、背後の岩壁を砕いただけだった。
「物理無効かよ……!」
「グルルァッ!!」
反撃とばかりに、レックスが巨大な尾を振り回す。
霧で構成された尾は、物理的な質量を持ってヴァルを襲う。
ドガァッ!!
ヴァルはパイル・シールドで受け止めるが、凄まじい衝撃に数メートル後退らされた。
足元の岩盤が砕ける。
「くっ、そ……ッ!」
間髪入れずに、今度は巨大な顎が迫る。
撃っても当たらない。だが、向こうの攻撃は当たる。
理不尽な暴力。
ヴァルは泥にまみれながら転がり、必死に回避する。
左腕の盾で爪を受け流し、リボルバーを撃ち込むが、やはり霧散して無効化される。
じりじりと追い詰められていく。
『解析完了:対象は身体を自在に霧化させています。物理攻撃無効』
『弱点は体内にある「核」のみ。……ですが、霧の流動により核の位置が常に変動しています』
物理無効に加え、核の移動。
どこにあるか分からない心臓を、実体のない霧の中から、一撃で射抜かなければならない。
このままでは削り殺される。
『警告:近接戦闘(CQC)での勝率、0.01%未満。……マスター、距離を取ってください』
「距離だって!?」
『現在の戦闘方法では討伐不可能です。……対象の攻撃圏外まで後退し、Module ID:30による長距離狙撃へ移行します』
レティナの冷徹な判断。
ヴァルは迫りくる顎をスライディングで回避し、叫んだ。
「了解だ! 誘導頼む!」
ヴァルは背を向け、全力で走った。
レックスの咆哮が背後で轟くが、霧の深き場所へと姿をくらます。
地形を知り尽くしたレティナのナビゲートにより、ヴァルは峡谷の高台、霧を見下ろせる岩棚へとたどり着いた。
◇
距離、およそ800メートル。
霧の底で、獲物を探して彷徨うレックスの影が見える。
ヴァルは岩の上に伏せた。
背中の切り札、Module ID:30『アンチマテリアル・ライフル』を展開する。
冷たい鉄の塊。全長1.5メートルに及ぶ長大な銃身。
二脚を立て、地面に固定する。
かつての世界で、プロの狙撃手が取った射撃姿勢。
銃床を肩に押し当て、全身の力を抜いて地面と一体化する。
ヴァルは深い深呼吸を入れる。
「レティナ。……全開で行くぞ」
『了解。D.N.Aリンク、制限解除。……オラクル・サイト、フルバースト』
チチチチチ……ッ!
右耳のデバイスが高音を立て、冷却ファンが限界まで唸りを上げる。
脳が焼けるような熱を持つ。
だが、ヴァルは引き金を引く指以外、ピクリとも動かない。
ヴァルの左眼が、カッと青白く発光した。
世界が、止まった。
いや、ヴァルの知覚速度が極限まで加速され、霧の粒子の動き一つ一つがスローモーションのように映っているのだ。
レックスが次にどう動くか。風がどう吹くか。霧がどう流れるか。
緑色のワイヤーフレームが、数秒先の未来を完璧に描き出す。
カオスな霧の動き。その揺らぎの向こう側に、一瞬だけ露出する「核」への道筋。
『……見えました。射線、確保』
無数の可能性の中から、たった一つの「正解」が、赤い光の線となって導き出される。
装填されているのは、タルゴス特製の『徹甲弾(AP)』。
本来は戦車の装甲すら撃ち抜くための弾丸だ。
右耳のデバイスが高速で明滅し、鼻血が滴り落ちる。
だが、構わない。
スコープは今は必要ない。
彼の眼そのものが、世界最高精度のスコープだ。
『照準補正。風速修正よし。……3、2、1……射撃』
赤いラインと、銃口が完全に重なる。
その一瞬、レックスの霧の装甲が風で揺らぎ、深奥にある核が露出した。
「……!!」
ヴァルは引き金を引いた。
ドォォォォォォォォォォォン!!
リボルバーとは桁違いの、鼓膜を破壊せんばかりの轟音。
巨大なマズルブレーキから噴き出した爆風が、周囲の小石を吹き飛ばし、地面をえぐる。
伏せているヴァルの全身に、巨人に殴られたような重い衝撃が走った。
放たれた弾丸は、音速を遥かに超え、衝撃波を撒き散らしながら直進した。
レックスが反応し、霧を厚くしようとするが――遅い。
奴の耳に発砲音が届くよりも早く、死の鉛はすでに到達していた。
弾丸は防御本能で集まった魔力の壁をも紙のように貫通し、吸い込まれるように「核」を捉えた。
パリンッ!!
硬質なガラスが割れる。
「グ、ガ……ッ!?」
ファントム・レックスの巨体が痙攣し、絶叫を上げた。
核を砕かれた怪物は、もはやその形を維持できない。
次の瞬間、維持できなくなった霧の身体が四散し、ただの風となって消え失せた。
カラン、と乾いた音を立てた。――握り拳大の核だけが地面に落ちる。
「……任務、完了だな」
ヴァルは痺れる肩をさすりながら、立ち昇る硝煙の匂いを深く吸い込んだ。
◇
その様子を、遥か遠方から「監視」している者がいた。
アイザックより借りてきた『文明の遺産』を展開していた、カレンだ。
ゴーグルのような機械を覗き込み、ヴァルを見ていたのである。
彼女の氷のような表情から、ついに「侮り」の色が消え失せていた。
目の前で起きた現象が信じられない。
魔力を持たない者が、Bランク上位の魔獣を、たった一撃で葬り去ったのだ。
「……物理兵器で、ファントム・レックスを一撃? しかも、あの霧の中で核を正確に狙撃したというの……?」
カレンは震える手でタブレット端末を操作し、報告書を書き換えた。
アイザックへの報告レベルを最高位へ引き上げる。
「評価修正。……彼はただの『駒』じゃない。盤面をひっくり返す『女王』になり得るわ」
◇
夕暮れ時。ノアズ・アークの冒険者ギルド。
重い扉が開き、ボロボロになった一人の男が帰還した。
その右耳には奇妙な機械が装着され、背中には異様な銃を背負っている。
「ヴァル!!」
今か今かとロビーで待ち構えていたアビアが、真っ先に駆け寄ってくる。
ティアも、ルーナも、そして心配そうな顔のカイルも一緒だ。
「ヴァル! 無事か!? 怪我はないか!?」
アビアがヴァルの肩を掴み、安否を確認するように揺さぶる。
ヴァルはニカッと笑い、懐から取り出した巨大な石――ファントム・レックスの核を、その手で渡す。
「ただいま戻りました!……これで、俺Bランクですね?」
アビアは受け取った核を見て目を見開き、そして感極まったように顔をくしゃくしゃにした。
「ああ……!! ランクなんて気にするかよ! 馬鹿野郎……!」
アビアはヴァルを強く抱きしめた。
汗と泥、そして硝煙の匂いが混じり合う。
「よくやった……! よくやった、兄弟!!」
仲間たちの歓声が上がり、ギルド中が拍手に包まれる。
「寄生虫」という陰口はもう聞こえない。そこにあるのは、英雄への称賛だけだった。
こうしてヴァルは、名実ともに『ユリシーズ・アトラス』の一員となった。
読んでいただきありがとうございます!
「対物ライフル」回、完結です。
霧の中で姿が見えない敵を、どう倒すか。
答えは「脳内演算による超長距離狙撃」でした。
800メートル先から、移動する核を一点狙撃。
魔法では不可能な芸当をやってのけるのが、ヴァル君のスタイルです。
(反動で体バキバキになりそうですが……)
カレンさんの評価も「駒」から「女王」へ爆上がり。
そして、アビア兄貴の熱い抱擁。
無事にBランク相当の実力を証明し、ユリシーズ・アトラスは名実ともに最強パーティへ歩み出しました。
次回、物語は新たな場所へ。
「ラボ・ゼロ」へ向けて動き出した彼らを待ち受けるものとは?
ご期待ください!
(狙撃シーン燃えた! という方は、評価・ブクマで弾丸を補充していただけると嬉しいです!)




