第16話(前編):視界ゼロの『霧の峡谷』。……魔法使いは何も見えないそうですが、俺の「熱源感知(サーモグラフィー)」には丸見えですよ?
数日後、商業ギルドの工房エリア。
油と鉄、そして微かな火薬の匂いが充満するその部屋で、ヴァルは息を呑んで作業台を見つめていた。
「……ほら、完成だ。持ってけ、泥棒猫」
目の下に酷い隈を作ったタルゴスが、不敵な笑みと共に煤けた布をめくる。
そこには、ヴァルが持ち込んだ『カオス・スチール』から削り出された、二つの「牙」が鎮座していた。
一つは、身の丈ほどもある長大な銃。
ModuleID:30『アンチマテリアル・ライフル』。
艶消しの黒色塗装が施された銃身は、恐ろしいほど冷たい存在感を放っている。先端には反動を抑えるための巨大なマズルブレーキが備わり、機関部は精密なボルトアクション機構で構成されていた。
既存の武器のような装飾は一切ない。機能美だけを追求した、冷徹な精密機器。
そしてもう一つは、極太の銃身を持つ回転式拳銃。
ModuleID:20『スラグ・リボルバー』。
通常の拳銃とは次元が違う。熊すら一撃で屠るであろう50口径(約12.7mm)弾を5発装填する、人間が片手で扱える限界を超えたハンド・キャノンだ。
「いいか、こいつは『魔法』じゃねえ。『物理』だ」
タルゴスが充血した目で笑い、リボルバーのシリンダーを愛おしそうに撫でる。
「この国じゃあ、何でもかんでも魔力で解決しようとしやがる。魔力増幅する杖? 属性強化した剣? ……ふん、軟弱なもんばっかだ」
ドワーフの鍛冶師は、ハンマーダコだらけの拳を握りしめた。
「だが!こいつには魔力回路なんぞ一切ねえ。あるのは、緻密な計算と、爆発力だけだ。魔力だの属性相性だの、そんな御託はいらねぇ。火薬の爆発力で、理屈ごと全部ぶち抜いてやれ」
ヴァルはその言葉に深く頷き、装備を手に取った。
ずっしりとした鉄の重み。だが、その冷たさが不思議と手に馴染む。自分の「眼」と同じ、同質の匂いがするからだろうか。
左腕に『パイル・シールド』。
腰の左側に黒い片手剣、右脇には大型ホルスターに収めた『スラグ・リボルバー』。
そして背中には、巨大な『アンチマテリアル・ライフル』を背負う。
工房の隅にある姿見に映ったその姿は、杖とローブ、あるいは剣と鎧が常識のこの世界において――「異様」そのものだった。
魔導士でもなければ、騎士でもない。
全身を殺傷兵器で固めた、未知の兵士。
「行ってきます。……証明してきますよ。俺たちが間違ってないってことを」
「おう。吉報を待ってるぜ、若造」
◇
ノアズ・アークを出て、北西へ。
相棒のカーゴ・タートルの背に揺られながら、ヴァルは一人、目的地を目指していた。
今回はアビアも、ティアたちもいない。完全な単独行だ。
宿を出る際、カイルの姿はなかったが、三人は精一杯励まし見送ってくれた。
背中は軽い。だが、心にはいつも以上の重圧があった。失敗すれば、彼らとの居場所を失うことになる。
道中、ヴァルは不安を紛らわせるように、腰のリボルバーのチェッカリング(滑り止め)が刻まれたグリップを撫でた。
「……なあレティナ。本当にこんな鉄の筒で、魔獣と戦えるのか?」
『回答:肯定します』
脳内で、レティナの冷静な声が響く。
『ID:20およびID:30は、かつてPrōtōMachina(原始の機械)と呼ばれた兵装群の再現です。魔法が技術体系として確立される以前、人類が「物理法則」のみで脅威に対抗していた時代の遺産』
『魔法が蔓延るこの時代に、あえて純粋な物理対策をする者は存在しません。……文明の忘却こそが、貴方の最大の武器となります』
「忘却が武器、か……。皮肉なもんだな」
社会から忘れ去られ、捨てられたゴミ山育ちの自分には、お似合いの武器かもしれない。
やがて、視界が開けた。
険しい山脈の谷間に広がる、そこだけ色が抜け落ちたような真っ白な世界。
未開拓エリア『霧の峡谷』だ。
◇
入り口にあるギルドの派出所。
駐在していた衛兵は、書類を提出したヴァルの姿を見て呆れ返った。
「Dランクがソロで霧の峡谷? ……それに何だその装備は。鉄屑でも背負って修行か?」
「ええ、まあ。そんなところです」
ヴァルは適当に答え、タートルを安全な場所に待機させてゲートをくぐった。
一歩足を踏み入れると、そこは別世界だった。
視界ゼロ。
乳白色の濃霧が視界を奪い、自分の手先すら霞んで見える。
さらに肌にまとわりつく湿気には微弱な魔力が混じっており、感知魔法を乱反射させるという。
まさに「魔法使い殺し」の領域。
(……何も見えない。音も聞こえにくい)
心細さが過る。
いつもなら、隣にはアビアの頼もしい背中や、ルーナの明るい声があるはずだ。だが今は、自分の呼吸音しか聞こえない。
だが、今の彼には「相棒」がいた。
『モード切替:超音波探査起動。……地形マッピング開始』
キィィン……という微かな電子音と共に、ヴァルの左眼の世界が一変した。
白い霧が透け、その奥にある岩肌、木々、そして地形の起伏が、緑色のワイヤーフレーム(線画)として鮮明に映し出される。
霧など、最初から存在しないかのように。
『マスター。貴方には私がついています。……背後の警戒は不要です(アイヴ・ガット・ユア・バック)』
その頼もしい言葉に、ヴァルは口元を緩めた。
「ああ、頼むぞレティナ」
◇
探索開始から数十分。
レティナのアラートが鳴った。
『敵性体接近。3体。……種別:ミスト・ジャガー』
音もなく、霧の中から殺気が迫る。
ミスト・ジャガー。体毛を霧と同化させる保護色能力を持つ、豹型の魔獣。
通常の冒険者なら、姿が見えないまま喉を裂かれて終わるだろう。
だが、ヴァルの「眼」には、霧の中に浮かび上がる3つの真っ赤な熱源反応が、くっきりと捉えられていた。
『距離15メートル。……Status: Weapons Free(全兵装、射撃を許可します)。……両手で構え、体勢を整えてください』
ヴァルはリボルバーを抜いた。
重量2キロを超える鉄塊を、両手でしっかりと保持する。
親指で撃鉄を起こす。
カチャリ、という硬質な金属音が、静寂の霧に響いた。
(狙うは眉間。……イメージなんていらない。ただ、線をなぞるだけだ)
弾道予測ラインが敵の頭部に重なる。
ヴァルは息を止め、トリガーを絞った。
ドォォォォォォン!!
峡谷中を震わせる轟音。
魔法の静かな光とは対極にある、暴力的な炸裂音。
銃口から放たれた50口径の鉛弾は、音速を超えて霧を切り裂き、先頭のジャガーの眉間を粉砕した。
「ギャッ……!?」
悲鳴すら上げられず、頭部を失った魔獣が吹き飛ぶ。
「ッ……すごい反動だな」
手首が痺れるほどの衝撃。硝煙の匂いが鼻を突く。
だが、威力は絶大だ。
残る2体が、突然の爆音と仲間の死に怯み、足を止める。
その隙を、レティナとヴァルは見逃さない。
『続けて、射撃姿勢を取りなおし次発を』
カチャリ。
冷静にハンマーを起こす。シリンダーが回転し、次弾が装填される音。
ズドン。
二発目が、右側のジャガーの胸部を抉り飛ばす。肉片が霧の中に散る。
カチャリ。
ズドン。
最後の三発目が、逃げようとした個体の背骨をへし折った。
静寂。
硝煙が霧に溶けていく中、ヴァルはゆっくりと残心を解いた。
「……ふぅ、…これが『科学』の力か」
魔法も、保護色も関係ない。
ただ圧倒的な質量と速度で、命を奪う。
ヴァルはナイフを取り出し、手早く素材(牙と皮)を回収し始めた。
「悪いな。俺も生活がかかってるんでね」
◇
さらに奥へ進むと、霧の中に異質な影が現れた。
それは岩でも木でもない。
金属でできた巨大な筒――旧文明の輸送機の残骸だった。
『検知:同規格P.M.反応。……内部に未回収の拡張モジュールを確認』
レティナの指示に従い、残骸のコックピットへと足を踏み入れる。
そこには、朽ち果てた白骨死体があった。いつからそこで、誰かを待っていたのか。
ボロボロの布を纏った、かつての「人類」の遺体だ。
その頭蓋骨の右耳の後ろには、金属製の奇妙な機械が埋め込まれている。
『Module ID: 04 [Oracle] Sight(未来演算機:オラクル・サイト)』
『マスター、これを回収し、右耳後部の神経ポートへ接続してください』
ヴァルは遺体に一礼してから、慎重にユニットを取り外した。
それは小型のインカムのような形状で、青白く明滅していた。
今までは「左眼」だけだった力が、「右耳」にも宿ろうとしている。
「オラクル……神託、か。科学の神様は俺に何を教えてくれる」
ヴァルは意を決し、ユニットを自身の右耳後ろへ押し当てた。
バチッ、と神経が繋がる痛みが走る。
左目の時のような激痛ではない。まるで失われていたピースが埋まるような、奇妙な高揚感が脳を満たした。
読んでいただきありがとうございます!
ついに新兵器「銃」が火を噴きました。
霧で何も見えない中、一方的に撃ち抜くこの感覚。
「魔法使い殺し」の異名は伊達ではありません。
やはり50口径は正義ですね(物理)。
そして、霧の奥で見つけた新たな遺産「オラクル・サイト」。
左眼の次は、右耳です。
「未来演算」とは一体どんな能力なのか。
ここから物語は、ただのダンジョン攻略では終わらない、世界の深淵へと近づいていきます。
少しずつシリアスな展開も増えていきますが、ヴァル君の「下剋上」は止まりませんので、引き続き応援よろしくお願いします!
(「銃カッコいい!」「オラクル気になる!」と思ったら、評価・ブクマいただけると嬉しいです!)




