第15話:鉄屑山脈(スクラップ・マウンテン)と、男の約束。……え、俺のことを「ゴミじゃない」と言ってくれるんですか?
「――私は行けません。まだ、解析が終わっていないんです!」
冒険者ギルドでの騒動から一夜明けた、宿『朝焼けの竪琴』の一室。
出発の準備を整えたヴァルたちの前で、カイルは鬼気迫る形相で首を横に振った。
彼の部屋は、異様な光景になっていた。
床一面に散らばる羊皮紙の山。インクの匂いと、ブツブツと独り言を呟くカイルの熱気でむせ返りそうだ。
彼が血走った目で睨みつけているのは、以前ヴァルが地面に書き記した「魔法のソースコード」の写しだった。
「カイル、顔色が悪いぞ。少し休んだらどうだ?」
アビアが心配そうに声をかけるが、カイルには届いていないようだった。
「休んでいる暇などないんです……! これが理解できれば、ユグド・セコイアの『嘘』を暴けるかもしれない」
カイルは羽ペンを走らせながら、何かに取り憑かれたように呟く。
「『水滴の振動』の強度は……いいえ、これはαか? だとすれば、我々が教わってきた『イメージ』という工程は、ただの『ノイズ』だとして……それ以外は分類の違いか? それだと、この術式を最適化すれば、リソース消費は十分の一に……」
その姿は、賢者というよりは狂気の研究者だった。
魔法という宗教にも似た絶対的な真理が、ヴァルという異物によって崩されたのだ。今の彼を止めることは誰にもできないだろう。
「……分かった。カイルは置いていく」
アビアは溜息をつき、やれやれと言った様子で、ティアとルーナに向き直った。
「お前たちも残ってカイルの世話を頼む。ありゃ、放置したら餓死しちまう。ヴァルの昇格試験に必要な素材集めだが、今回は俺とヴァルの二人で行ってくる」
「ええ、分かったわ。アビアも無理しないでね」
「いってらっしゃーい! お土産期待してるね!」
ティアの温かい言葉と、ルーナの無邪気な声に見送られ、男二人は部屋を後にした。
◇
ノアズ・アークの北部。荒涼とした大地を越えた先に、その異様な山脈は聳え立っていた。
Dランクダンジョン『鉄屑山脈』。
一歩足を踏み入れれば、鼻を突くのは赤錆と古オイルの腐臭。
地面を覆うのは土や岩ではない。かつて旧文明が廃棄した、夥しい量の「文明の残骸」だ。
ひしゃげた鉄骨、溶解したプラスチック、意味をなさなくなった電子基板の破片。
それらが地殻変動によって隆起し、長い年月をかけて危険なダンジョンへと変貌していた。
「うへぇ……いつ来ても酷い匂いだ。まるで巨大なゴミ箱だな」
アビアが鼻をつまみ、大剣を担ぎ直す。
「でも、宝の山ですよ」
ヴァルは左眼を細めた。
一般人にはゴミにしか見えないこの山も、レティナを通せば輝く資源の宝庫だった。
『スキャン中……座標X-204、瓦礫の下に高純度チタン合金反応あり。深度3メートル』
「アビアさん、あそこです! あの崩れた鉄骨の下に上質な素材があります!」
「よしきた! 俺がどかしてやる!」
二人が駆け寄ろうとした瞬間、瓦礫の山が轟音と共に隆起した。
ズズズズズ……ッ!!
周囲の鉄屑が磁力のように吸い寄せられ、人の形を成していく。
現れたのは、廃材や錆びた鉄骨を纏った巨大なゴーレム――『ジャンク・イーター』だ。
「ギギギィィィァァァッ!!」
金属が擦れ合うような不快な咆哮。
体長は4メートル近い。その腕は圧縮された廃車のように重く、一撃でも食らえばミンチになるだろう。
「出やがったな、動く粗大ゴミめ」
アビアは不敵に笑い、大剣にバチバチと魔力を走らせた。
「…A.F.…Code:11 雷光の歩法」
アビアは即座に強化魔法を唱え、体勢を整える。
「ヴァル、指示をくれ! お前の眼なら、こいつの『核』が見えるだろ?」
迷いのない信頼。
ヴァルは左眼を開き、即座に応えた。
『弱点特定。……敵の装甲は不均一です。右肩、装甲板の継ぎ目から3センチ下! 外部装甲が薄くなっています!』
「了解ッ!!」
アビアの姿がその場に残像を残して消える。
次の瞬間、彼はゴーレムの懐に潜り込んでいた。
「……シッ!!」
ズン!!
鋭く速い斬撃が、ヴァルの指示した一点を正確無比に貫く。
ゴーレムは断末魔を上げる間もなく、その巨体を構成していた磁力を失い、バラバラの鉄屑となって崩れ落ちた。
「ホント、いい指示だ。お前がいりゃあ、どんな硬い敵も紙切れ同然だな」
「アビアさんの剣筋が速すぎるんですよ」
パチン! とハイタッチを交わす。
そこには、ランクの壁も、魔力の有無も関係ない。背中を預け合う相棒としての信頼だけがあった。
◇
探索は数日に及んだ。
街へは戻らず、ダンジョン内で野営を繰り返す強行軍だ。
夜。錆びた鉄骨の下で焚き火を囲みながら、二人は干し肉を齧り、安酒を酌み交わしていた。
パチパチと爆ぜる火の粉を見つめながら、ヴァルがポツリと語り出した。
「……俺、ここみたいなゴミ捨て場で育ったんです」
酔いが回ったせいか、普段は言わない過去の話が口をついて出る。
「親に捨てられて、ずっと価値のないゴミとして生きてきた。魔力がないってだけで、誰からも必要とされなくて……」
鉄屑山脈の風景は、ヴァルの原風景そのものだった。
役目を終え、捨てられ、錆びていくだけのガラクタたち。
「だから、俺みたいなのがアビアさんにこうして構ってもらえるのが、なんだか夢みたいで……」
アビアは薪をくべながら、静かにヴァルの横顔を見つめた。
焚き火の明かりに照らされたその顔は、屈強な戦士ではなく、何かを悔いる一人の男の顔だった。
「……俺もな、守れなかったもんが山ほどある」
アビアが低い声で呟く。
「強くなった気でいても、本当に大事な時に手が届かなかったことがな。……Aランクなんて言われてるが、中身はガラクタみたいなもんだ」
アビアの大きな手が、ヴァルの頭に置かれた。
乱暴に、だが温かく、髪をかき混ぜる。
「お前はゴミじゃねえさ。……俺が見込んだ『弟』みたいなもんだ」
「アビアさん……」
「お前の背中は俺が守ってやる。だからお前は、前だけ見て走れ」
アビアが差し出したカップ。
そこには、安酒と共に、不器用な男の誓いが注がれていた。
ヴァルは、ただ胸が熱くなるのを感じていた。
家族の代わりではない。一人の人間として、認めてもらえた気がしたからだ。
ヴァルは涙をこらえ、そのカップを強く握りしめた。
「……はい、兄貴!」
◇
翌朝。
ついに、ヴァルの探索能力が目的の物を発見した。
『検知:ジェネシス級レムナント――旧式陸戦兵器の砲身ユニットを確認』
瓦礫の深層。泥と錆に塗れているが、ヴァルの「眼」にはそれが黄金以上に輝いて見えた。
最強の銃身を生み出すための、最後のピース。
素材名『カオス・スチール』。
「でかしたぞ、ヴァル! これでタルゴスの爺さんも文句言えねえ!」
アビアが目的の部品を担ぎ上げる。
「よし、帰るぞ! ノアズ・アークへ!」
◇
数日ぶりの帰還。
二人は宿に戻るよりも先に、泥だらけのまま商業ギルドの工房へと直行した。
「おい爺さん! 持ってきてやったぞ!」
ドスンッ!!
工房の床が抜けるほどの重さで、アビアが『カオス・スチール』とそれ以外の戦利品を叩き置く。
「なっ……!?」
作業台で居眠りをしていたタルゴスが飛び起きた。
彼は目の前の物体を見るなり、老眼鏡をずり上げ、震える手でその表面を撫で回した。
「こ、こいつぁ……本物のジェネシス級だ……! しかも、ここまで状態が良い部品は初めて見たぞ……!」
偏屈なドワーフの目が、少年のように輝いている。
「へへ、どうですか。これなら作れますか?」
ヴァルがニヤリと笑うと、タルゴスはハンマーを握りしめ、吼えた。
「作れるか、だと? 舐めんじゃねえ! ……最高傑作にしてやるから、そこで見てやがれ!!」
火花が散り、鉄を打つ音が響き始める。
ヴァルとアビアは顔を見合わせ、満足げに笑った。
◇
タルゴスへの納品を終え、ようやく宿『朝焼けの竪琴』へ戻った頃には、日は完全に暮れていた。
泥を落とすため、アビアとヴァルは大浴場へ向かう。
ロビーに残されたのは、出迎えたティアとルーナだ。
「ふふ、二人とも泥んこになって。……本当に仲が良いのね」
ティアがお盆を片付けながら、優しく微笑む。
「背格好は全然違うけど、並んで笑ってると本当の『兄弟』みたいに見えるわ」
その言葉に、ルーナがキョトンとして尋ねた。
「ねえねえティア。リーダーって、兄弟いるの?」
その問いに、ティアの手が止まった。
彼女は周囲を気にし、声を潜める。
浴室の方からは、アビアの豪快な笑い声と、ヴァルの情けない悲鳴が聞こえてくる。
「……内緒よ。アビアには昔、生き別れになった弟がいたの」
「えっ」
「彼がまだ駆け出しの頃……守れなかった家族がいるって、酔った時に一度だけ聞いたわ」
ルーナは息を飲み、浴場の方角を見た。
アビアが、出会ったばかりのヴァルに目をかけ、パーティに誘い入れた理由。
それは単にヴァルの能力を買ったからだけではない。
彼の中に、失った弟の面影を重ねていたのかもしれない。
残酷で、優しい真実。
だがそれを、ヴァル本人が知る由もない。
アビアの「俺が守ってやる」という言葉が、過去の贖罪を含んでいたとしても、ヴァルに向けられた愛情に嘘はないのだから。
読んでいただきありがとうございます!
今回はアビア回でした。
「豪快なキャラ」に見えて、実は誰よりも仲間想いなアビアさん。
彼がヴァル君にかける言葉は、ただの励ましではなく、もっと深い意味が込められています。
焚き火のシーン、書いていて二人の「男の友情」に胸が熱くなりました。
そして、無事に素材『カオス・スチール』もゲット!
タルゴス親父の度肝を抜く最高級品を持ち帰りました。
これでついに「最強の銃」が完成します。
次回、いよいよヴァルの単独昇格試験です。
新しい武器を携え、霧の中でどんな戦いを見せるのか。
ご期待ください!
(アビア兄貴カッコいい! と思っていただけたら、評価・ブクマいただけると嬉しいです!)




