第13話:目的地は『虚無の研究所(ラボ・ゼロ)』。……ところでBランクの方、僕の「眼」にはあなたの攻撃、スロー再生に見えてますよ?
「ねえヴァル君! 私の回復魔法も強化できる!?」
「私の強化魔法は!? 今までイメージだけでやってたんだけど!」
ダンジョンから脱出した後。
焚き火を囲むなり、ティアとルーナがヴァルに詰め寄ってきた。
先ほど、カイルが見せた驚異的な水魔法の威力。それを目の当たりにした彼女たちが、黙っていられるはずがなかったのだ。
「お、落ち着いてください!……レティナ、彼女たちの魔法系統に合わせた最適化コードを頼む」
『了解:治癒魔法体系、および身体強化体系への命令式を開示します。無駄なノイズを削除し、純粋な命令式へ圧縮します』
ヴァルは視界に流れる文字列を読み上げ、彼女たちに「音」としてのコマンドを伝授した。
魔法を「感覚的なイメージ」ではなく、「厳密な命令式」として認識させる。たったそれだけのことだが、結果は劇的だった。
「すごい……!」
溢れた光は一瞬でカイルの傷を塞ぎ、痕すら残さない。以前なら数分かかっていた治療が、数秒で終わる。
ルーナもまた、軽く拳を振るうだけで風を切る鋭い音をさせた。
リミッターを外された彼女たちは、まるで新しい玩具を手に入れた子供のように興奮している。
だが、その輪の中で一人だけ、カイルは浮かない顔をしていた。
「……もし、こんな『非効率な魔法』を世界に広めたのが私の故郷だとしたら、私たちは今、世界の秩序そのものを破ったことになる」
世界最高の魔法知識を持つとされるユグド・セコイアが、意図的に人類の可能性を縛っていたとしたら。
その事実は、Aランクパーティを目指す彼らにとっても重すぎる真実だった。
「……使徒か」
重い空気を払拭するように、アビアが低い声で言った。
彼は懐から、羊皮紙で作られた地図を取り出し、焚き火の明かりの下に広げた。
「ヴァル。お前が仲間に入った今なら話せる。俺たち、ユリシーズ・アトラスの真の攻略目標はここだ」
アビアの指が、地図上のぽっかりと空いた空白地帯を指し示す。
ノルズ・アークより内陸、三大国家とされるユグド・セコイアのさらに先。
「この世界の中心にして、内陸最大の未踏ダンジョン……『虚無の研究所』だ」
その名を聞いた瞬間。ヴァルの脳内で、レティナが即座に反応した。
『検知:<< Labo-Zero >>……旧文明における「魔導工学研究所・第0番」。――本機レティナの製造元と推測されます』
ヴァルは息を飲んだ。レティナの、故郷。
自分のような魔力を持たない「欠陥品」が、なぜレティナのような超古代兵器と適合したのか。その答えが、そこにあるかもしれない。
『……ですが、マスター』
思考に耽るヴァルに、レティナが補足情報を告げる。
『現在、本機の最優先事項は書き換えられています。「帰還」よりも「マスター・ヴァルの生存」を優先。……ですが、ルーツの解析は生存率向上に寄与すると判断します』
無機質な声だったが、ヴァルにはそれが少しだけ嬉しかった。
「……行きましょう。俺も知りたいんです。この眼の正体と、俺がここにいる意味を」
◇
翌日。一行は帰路につき、タートルの荷台で揺られていた。
話題は、これから向かう世界情勢のことになった。
「いいかヴァル。この世界は大きく三つの勢力によって統制されている」
揺れる車内で、カイルとアビアが地図上の三点を指差して解説を始めた。
「まず、我々の目的地の前にある『ユグド・セコイア』。エルフ種が統治する大森林の国であり、秩序と統一の象徴。世界銀行としての役割も持つ」
カイルが自分の故郷を指し、苦々しく紡ぐ。
「次に南方・隔離大陸『レオ・プライマ』。獣人族の獅子種の国で、武力と純血を重んじる軍事国家」
「そして、中央大陸の西端『セレーネ・アビソス』。魔族の始祖種。混沌と変化を好んで、小さい国同士を戦わせたりしてる奴らの国だ」
アビアが声を潜める。
「そして、それぞれの国には『使徒』と呼ばれる守護者がいる。彼らは人の身でありながら、神に近い魔力を振るう化け物たちだ」
「使徒……?」
「ああ。ヴァル、お前も『三神』って聞いたことあるだろ? 秩序・純粋・混沌を司る三柱の神。その三神を守るのが使徒の役目だ」
「三神……あれって、ただの宗教上のおとぎ話じゃないんですか?」
ヴァルが何気なくその単語を口にした、その時だった。
――キィィィィィィン!!
不快な高周波音が脳内で炸裂し、彼は頭を抱えた。
『警告:アクセス拒否。用語「三神」に関連する情報はプロテクトされています』
『翻訳:アポストル=システム管理者。三神=■■■(System Error: Forbidden Data)』
レティナの声がノイズ混じりになり、視界に赤い警告表示が明滅する。
(なんだ……? 『神』の情報にはアクセスできないのか?)
使徒は、ただの国の代表ではない。世界の「管理者」としての役割を持っている。
レティナの異常な反応から、ヴァルは本能的にそれを感じ取っていた。
◇
数日後。一行は拠点都市ノルズ・アークへ帰還した。
冒険者ギルド本部の重厚な扉を開けると、そこは夜の熱気と喧騒に包まれていた。
クエストを終えた冒険者たちが持ち込んだ酒を酌み交わし、自慢話や愚痴を怒鳴り合っている。汗とエール、そして鉄錆の匂い。
「おっ、ユリシーズ・アトラスのお帰りだぞ!」
「なんだアビア、今回は早かったじゃねえか。まさか撤退か?」
誰かの野次が飛び、ドッと笑いが起きる。
だが、アビアたちがカウンターにドサドサと袋を広げた瞬間、その笑い声は凍りついた。
「……は?」
受付嬢が目を見開き、震える手で素材を検分する。
「……ジャイアントバットの羽根12枚、すべて完品? それに、このカオス・スパイダーの糸と外殻は……」
彼女の声が、静まり返ったギルド内に響き渡る。
「か、過去最高品質……それに、クリアタイムはギルド最短記録を更新しています!」
ざわっ、と空気が揺れた。
冒険者たちが信じられないものを見る目で、アビアたちを見る。
「おい嘘だろ……あのスパイダーのダンジョンだぞ?」
「魔法で焼いたら糸も回収不能なはずだ。どうやって倒せばこんなに綺麗に残るんだよ?」
アビアはニカッと笑い、親指で隣のヴァルを指した。
「俺たちの手柄じゃねえよ。勝因は、新しい軍師様の『眼』のおかげさ。指示通りに動いたら、簡単に完封できたんでな」
その言葉に、周囲の空気が冷ややかなものに変わった。
賞賛から、嫉妬と侮蔑へ。
「へっ、マギレスが軍師だってよ……」
「笑わせるな。どうせAランクのパーティに寄生して、おこぼれを貰ってるだけだろうが」
雑音。
ヴァルは表情を変えず、精算書の確認を続けていた。
だが、その無関心な態度が、一部の者の癇に障ったらしい。
「おい、無視してんじゃねえぞ」
ドカ、とカウンターを蹴る音が響いた。
立っていたのは、身の丈2メートルはあろうかという巨漢の冒険者だった。
Bランク『鉄の戦斧』のリーダー。先日、同じエリアの攻略に失敗し、傷だらけで逃げ帰ってきた男だ。
「俺たちが死ぬ気で挑んでダメだった場所を、こんな雑魚マギレスのお守り付きでクリアしただと? ……調子に乗るなよ、『荷物持ち』が」
男の顔は酒で赤く染まり、目は嫉妬で濁っている。
彼は太い腕を振り上げ、ヴァルの胸倉を掴もうと踏み込んだ。
「痛い目見ないと分からねえようだなッ!」
その動きは、周囲の冒険者には見えないほどの速さだったかもしれない。
だが、ヴァルの左眼には、それはあまりにも遅く、退屈な映像として映っていた。
『敵性動作検知。……脅威レベル:低(Eランク相当)』
『右腕軌道予測、表示。回避推奨ルート、算出完了』
視界に赤い予測ラインが走る。
男の手がどこを通り、重心がどう崩れるか。全てが数式として描かれている。
ヴァルは精算書から目を離さず、予測線に従って半歩だけ、右足を引いた。
ブンッ!!
男の剛腕が、ヴァルの鼻先数センチを通過する。
掴むはずだった獲物を失い、全力で振り抜いた腕が空を切る。
その凄まじい遠心力は、泥酔した男の体を独楽のように回転させた。
「あ……?」
男の視界が回転し、その顔面が勢いよく硬いオーク材のカウンター角に向かっていく。
ゴガッ!!
鈍く、しかし重い音がギルド中に響き渡った。
「ぐべっ……!?」
巨漢が白目を剥き、そのまま床に沈む。自爆だ。
「……おっと」
ヴァルは倒れた男を心配し、屈んで呟いた。
「足元が滑ったんですか? 酒はほどほどにした方がいいですよ」
静寂。
誰もが言葉を失う中、騒ぎを聞きつけたギルド長の秘書、カレンが現れた。
彼女は倒れた男を一瞥し、すぐに冷徹な視線をヴァルへと移す。
「そこまで。ギルド内での私闘は禁止です」
カレンは淡々とその場を収めたが、その氷のような青い瞳は、微かに細められていた。
(偶然じゃない……今の最小限の回避動作。未来が見えているかのような動き……)
彼女の手元のタブレット端末で、ヴァルの評価ランクが『最重要監視対象』へと書き換えられる。
「よくやったぞ、ヴァル」
アビアは小声でヴァルを小突きつつ、メンバーたちと共に早々にギルドを後にした。
◇
彼らはその足で、情報屋セイラの店を訪れた。
カランコロン、とドアベルが鳴る。
「あら、いらっしゃい。……ふうん? 良いことあったみたいね」
カウンターの奥で、セイラが紫煙をくゆらせながら妖艶に微笑んだ。
彼女の鋭い視線が、アビアたちの全身をねめ回す。
「ユグド・セコイアの情報が欲しい」
「それはちょっと高いわよ?」
セイラはアビアから代金を受け取ると、裏ルートの情報を記したメモを滑らせた。
「気をつけてね。あそこは今、少しピリピリしてるみたいだから」
「助かります、セイラさん」
いつもの妖艶なやり取り。だが、ヴァルの「眼」は誤魔化せなかった。
『警告:対象の心拍数、および体表面温度の異常を検知。……彼女は極度の恐怖状態にあります』
指先が、わずかに震えている。
アビアたちが店を出ようとした時、ヴァルだけが足を止め、彼女に向き直った。
「セイラさん」
「……なに?」
彼女は余裕の笑みを崩さない。だが、レティナのアラートは鳴り止まない。
「何かあったんですか? 怖がっているみたいですけど……」
ピクリ、とセイラの表情が凍りついた。
能面のような顔から、ゆっくりと「情報屋」の仮面が剥がれ落ちていく。
「……別に何でもないわ。用が済んだら出ていって。今日はもう店じまいだから」
「……はい、ありがとうございました」
一行は店を後にする。
だが、ヴァルは扉を出る直前に振り返り、最後に声を掛けた。
「……何かあったらすぐに教えてくださいね」
セイラは一瞬驚き、そしてどこか寂しそうに微笑んだ。
「……そうね。今の君ならあるいは……」
消え入りそうな震える声。
それは、世界を裏で操るような「魔族」としての顔ではなく、ただの暴力に怯える「人」の顔だった。
◇
店を出た彼らの背中を、夜の闇が見送る。
一方、静まり返った店内に残ったセイラ。
彼女の背後の影から、不気味な笑い声が響いた。
『ヘェ~、アイツがねェ……良いのを見つけたなァ』
粘り気のある嘲笑。
『最高のおもちゃじゃないかァ、なァセイラ? ……キキキッ、壊しがいがありそうだネェ……!』
セイラは震える手で自身のカップを握りしめ、青ざめる。
「……邪魔しないで、クソ兄貴。……アレは私の客よ……」
ケタケタ笑いながら、その闇は静かに消えていった。
あけましておめでとうございます!
実は私、元日からお仕事でした……(白目)。
仕事のストレスと疲れを癒やすため、浴びるようにお酒を飲んでいたら、見事に撃沈して更新できませんでした。
「働きながら飲む酒が一番うまい」のが悪いんです。
作中でヴァル君に「お酒はほどほどに」と言わせている自分が一番できていません。反省。
さて、久しぶりの更新となる第13話です!
前半は、ティアとルーナの魔法も「コード」として最適化(強化)されました。
そして後半は、ギルドでの一幕。
ヴァル君にかかれば、格上のBランク冒険者の攻撃も、ただの「遅いデータ」に過ぎません。
精算書を見ながら半歩下がるだけの回避、書いていてとても楽しかったです。
ラストには不穏な影も……。
物語の目的地も「ラボ・ゼロ」と判明し、ここからさらに世界が広がっていきます!
今年も本作を(そして労働と酒に生きる作者を)生温かく見守っていただければ幸いです!
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