第12話:魔法の正体は「ソースコード」でした。詠唱を書き換えたら、水魔法が『精密誘導兵器』に化けました
「30%だって……?」
アビアが低い声で唸る。焚き火の炎が、彼の険しい表情を照らし出していた。
ダンジョンを抜け、森の中で野営を始めてから数十分。
ヴァルが放った一言は、和やかだった空気を一変させていた。
「俺たちが未熟だと言いたいのか?」
「心外ですね」
カイルもまた、珍しく語気を荒げた。
彼はエルフ種の冒険者として、数百年を魔法の探求や知識の獲得に費やしてきた自負がある。閉鎖的な故郷『ユグド・セコイア』を出てまで世界を旅しているのは、誰よりも魔法の真理に近づきたいからだ。
「私たちマギアンは、幼少期から『魔力の奔流』を正しく感じ、形にする訓練を受けています。明確な『イメージ』こそが魔法の根源。それは魔法学の基礎中の基礎ですよ」
「そう、それです」
ヴァルは、カイルの反論を待っていたかのように頷いた。
「その『イメージ』こそが、邪魔なんです」
ヴァルは手近な木の枝を拾い、地面の土に図を描き始めた。
「カイルさん。さっきの水魔法……発動する時、『清らかな水』とか『敵を穿つ鋭さ』とかを一生懸命イメージしていましたよね?」
「当然だ。イメージがなければ、魔力は形を成さない。自分がどんな現象を起こしたいか、世界に訴えかける必要がある」
それは、ヴァルも幼少期に叩き込まれた魔法の基礎知識だ。世界中の誰もが疑わない常識。
「それがノイズです」
ヴァルは地面に描いた「モヤモヤとした円」に、枝でバツ印をつけた。
「『イメージ』なんて曖昧なものは、命令伝達の純度を下げます。主観的すぎるんです。今日、体調が良い時のイメージと、悪い時のイメージは同じですか? 焦っている時は? 怒っている時は?」
「それは……多少のブレはあるが……」
「そのブレが、70%の大きな無駄を生んでいるんです。必要なのは感情や情景じゃない。『明確な定義』だけです」
カイルは反論しようと口を開きかけたが、言葉に詰まった。
今日のヴァルの戦果。
「予知」としか思えない回避。
鉄の盾一つで格上のボスを完封した事実。
それらが、ヴァルの言葉に奇妙な説得力を与えていた。
「……証明できるのか?」
アビアが静かに問う。
ヴァルは枝を捨て、立ち上がった。
「準備をするので、少し時間をください」
ヴァルは一行から少し離れた岩場へ移動し、夜空を見上げた。
満点の星空。だが、今の彼が見ているのは星ではない。
脳内の相棒に話しかける。
「(レティナ、聞こえてたな。彼らの魔法を最適化した『正解』を教えてくれ)」
『警告:却下します』
レティナの返答は即座だった。
『魔力所有者への過度な技術供与は非推奨。本機は対魔導兵器の支援ユニットであり、敵性戦力を強化する行為は、製造目的から逸脱しています』
AIとしての安全装置が働いている。
彼女――あるいは「それ」にとって、魔法使いは本来、殲滅すべき対象なのだ。
「(融通が利かないな……。いいか、これは俺の身を守るためだ)」
『……』
「(俺はDランクのマギレスだ。彼らが強くならないと、次のダンジョンで俺が死ぬかもだぞ? 俺が死んだら、お前のマスターはいなくなる。任務失敗だ)」
ヴァルは心の中で強く念じた。
数秒の沈黙。
レティナの電子頭脳の中で、優先順位の再計算が行われているのがわかる。
「(都合が悪いと沈黙か? 俺を見殺しにする気か?)」
『……判断:マスターの生存確率向上を最優先事項と設定』
レティナの声音が変わった。
『限定的な情報開示を承認します。ただし、情報の取り扱いには十分注意してください』
瞬間。
ヴァルの左眼の視界に、青い光の帯が滝のように流れ落ちた。
『魔法体系解析……対象:水属性攻撃魔法。……ID:02『Aqua』の最適化コードを展開』
『あいまいな詠唱準備を破棄。強度指定変数 αからΩを開示』
それは、この世界の人間が誰も知らない、魔法の「中身」。
詩的な詠唱でも、祈りの言葉でもない。
世界というシステムを書き換えるための、無機質な「原初の命令式」だった。
ヴァルが戻ってきた時、カイルたちはまだ半信半疑の顔をしていた。
ヴァルは何も言わず、カイルの足元の地面に、アルファベットと数式を組み合わせた文字列を刻み込んだ。
「カイルさん。騙されたと思って、杖を構えてこれを読んでください。意味は分からなくていい。『音』として正確に発音してください」
カイルは地面の文字を覗き込む。
見たこともない言語体系だ。古代語とも違う、規則的で冷たい羅列。
「……これを読むだけでいいのか?」
「はい。余計なイメージは一切しないでください。ただ、そこに書いてある通りに魔力を流すだけでいい」
カイルは溜息をつき、愛用の杖を大岩に向けた。
まあいい、失敗しても笑い話で済むだろう。
彼はヴァルが記した文字列を、恐る恐る口にした。
「……『ArcanumFātum(秘められた運命)』」
その「音」を口にした瞬間。
ドクンッ。
カイルの心臓が大きく跳ねた。
いや、心臓ではない。血管の中を走る魔力が――彼自身の意思とは無関係に、強制的に「起動」させられたのだ。
ざわめいていた魔力の粒子が、軍隊のように規律正しく並び変わっていく感覚。
(な、なんだこの感覚は……!? 全身の魔力が、勝手に……!)
恐怖と、それを上回る高揚感。
ヴァルが静かに告げる。
「最後に、鍵となる言葉を」
カイルは汗ばんだ手で杖を握りしめ、叫んだ。
「……Code:02『水滴の振動』……!!」
ヒュンッ!!
発射音は、いつものような水が跳ねる音ではなかった。
空気を切り裂く鋭利な風切り音。
杖の先から放たれたのは、バスケットボール大の水塊ではない。
ピンポン玉ほどに極限まで圧縮された、超高密度の水の弾丸。
それが高速で、標的の大岩に激突した。
ドパァァァン!!
爆音が夜の森を震わせる。
大岩は砕け、水流によって弾き飛ばされた。
衝撃波が背後の木々をなぎ倒し、土煙が舞い上がる。
消費した魔力は、いつもの半分以下。
なのに威力は、優に2倍を超えている。
「あ……あぁ……」
カイルの手から、カランと杖が滑り落ちた。
ティアも、ルーナも、アビアも、言葉を失って立ち尽くしている。
それは魔法というより、精密誘導兵器の着弾だった。
「ば、馬鹿な……私が数百年信じてきた魔法は、一体……」
カイルは震える手を見つめる。
今まで自分が積み上げてきた「イメージ」や「修行」が、まるで子供の落書きだったかのように思えてくる。
パチ、パチ、と焚き火の爆ぜる音だけが、静寂を取り戻した森に響いていた。
誰一人として口を開けない中、ヴァルが静かに語り始めた。
「正直に言います。俺の眼には、この世界の魔法が『わざと使いにくく、複雑に改変されている』ように見えます」
アビアがハッとして顔を上げる。
「改変……? 誰かが、本当の魔法の使い方を隠したとでも言うのか?」
「おそらく」
ヴァルは頷いた。
根拠はある。レティナが先ほど、脳内で補足情報を提示していたからだ。
この非効率な「イメージ魔法体系」を広めた発信源。
世界の魔法教育を歪めた元凶。
『補足:この改変プログラム。または、偽装された魔法教育の発信源……データ照合。【ユグド・セコイア】にて該当あり』
ヴァルは、レティナが弾き出したその地名を、そのまま口にした。
「その改変の痕跡は……『ユグド・セコイア』にあるようです」
「なっ……!?」
カイルが弾かれたように顔を上げた。
その表情には、これまでにない動揺が張り付いている。
「私の……故郷だって!?」
ユグド・セコイア。
世界樹の麓にあるエルフの聖地であり、世界最高の魔法知識が集まるとされる場所。
カイルにとって、そこは絶対的な叡智の象徴だったはずだ。
「まさか……長老たちが、嘘を教えていたとでも……?」
カイルの呟きが、夜の闇に吸い込まれる。
その禁断の地名が口にされた瞬間だった。
チカッ。
頭上の満天の星空が、一瞬だけ、不自然に瞬いた。
まるで、電球の接触が悪くなった時のように。
あるいは、誰かが「モニター」の調整をしたかのように。
「……え?」
ティアが空を見上げる。
だが、星空はすぐに元の静寂な輝きを取り戻していた。
気のせいか。それとも――。
ヴァルだけが、その一瞬の「ノイズ」を見逃さなかった。
左眼の義眼が、不気味な警告信号を発していた。
『警告:座標特定電波を感知。……上位存在による監視の可能性があります』
ヴァルは背筋が凍るのを感じながら、美しい星空を睨みつけた。
この世界には、まだ俺たちの知らない「管理者」がいる。
【追記:2026年1月4日】
魔法詠唱のシーンを一部改変しております。
【修正】(2026/01/19)
レティナの会話シーンを一部修正し、小声表記を「(....)」に変更しました。
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「イメージが大事」なんて嘘だった。
魔法の正体は、世界を記述するプログラム言語……!
このSF設定、ワクワクしませんか!?
しかも、どうやらこの世界には「管理者」がいるようで……?
ただのダンジョン攻略では終わらない、世界の秘密に迫ります。
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