第11話:鉄杭(パイルバンカー)でボスを瞬殺しました。……え、あなた達の魔法効率、たった「30%」しか出ていませんよ?
「次、左から3体来ます! ルーナさん、迎撃用意!」
ヴァルの指示が、暗い地下空洞に力強く響き渡った。
その声は、かつて荷物持ちとして怯えていた頃の弱々しいものではない。戦場を俯瞰する、司令塔の声だ。
「了解っ!」
ルーナが反応し、疾走する。
彼女の愛剣が闇を裂き、襲いかかるジャイアント・バット二体を瞬時に切り伏せた。
だが、乱戦の混乱が仇となった。
影に紛れていた最後の一体が、ルーナの剣撃をすり抜けたのだ。
「しまっ……ヴァル、逃げて!!」
ルーナの悲鳴に近い警告。
コウモリの狙いは、この場で最も魔力が低く、弱そうに見える獲物――ヴァルだった。
凶悪な牙を剥き出しにして、一直線に喉笛を狙ってくる。
だが。
ヴァルは動じなかった。
以前ならば恐怖で足がすくんでいただろう。けれど今は、その恐怖よりも先に「解」が見える。
眼帯をずらした左眼の視界には、赤い軌道予測ラインがくっきりと描かれていた。
『予測:噛みつき攻撃。到達まで1.2秒。……指示の実行を推奨』
『指示:右へ2歩。そこから心臓へカウンターです』
(……来い!)
ヴァルはその声に従い、機械のように精密に右へスライドした。
半歩でも多ければバランスを崩し、少なければ肩を食いちぎられる。完璧な「2歩」だ。
ヒュッ。
コウモリの牙が、ヴァルの鼻先数センチの空を虚しく切った。
勢い余った敵の身体が、ヴァルの目の前を通過する。
そして、ほぼ同時に。
ヴァルは右手に握った『複合素材の片手剣』を、ただ空間の「座標」に置くように突き出した。
ドスッ。
鈍い音が響く。
ヴァルが剣を振ったのではない。コウモリが自ら、切っ先に突っ込んだのだ。
自身の突進速度と体重が乗った切っ先は、正確に肋骨の隙間を縫い、心臓を貫いていた。
「……え?」
ルーナが呆気にとられた声を出す。
「ふぅ……」
ヴァルは息を吐きながら無造作に剣を振り払い、絶命したコウモリを地面に転がした。
「ヴァル、お前……今、何をしたんだ?」
アビアが目を丸くして歩み寄ってくる。
「ただ避けて、突き刺しただけです」
ヴァルは淡々と答えた。
謙遜ではなく、事実だ。だがそれは、常人の反射神経で行える芸当ではない。予測線という未来を知る者だけが可能な「予知」の動き。
ヴァルは自分の手を見つめる。
震えはない。
(以前とは違う。……今の俺には、彼らとこの眼がある)
「すごい……今の動き、達人級でしたよ」
カイルが感嘆のため息をもらす。
彼らの中で、ヴァルへの評価が「便利な司令塔」から「戦える仲間」へと変わっていくのがわかった。
一行はさらに奥へと進む。
腐臭漂う迷路のようなダンジョンだが、進軍速度は驚くほど速い。
――「ストップ。そこ、床が沈みます。左端を歩いてください」
――「右の岩陰、待ち伏せです。カイルさん、先制魔法を」
ヴァルの的確な指示により、トラップや不意打ちは全て事前に完封された。
戦闘になっても、敵の動きが筒抜けであるため、被弾することがない。
「すごいわね……ヴァル君のおかげで、一度も回復魔法を使ってないわ」
ティアが不思議そうにヴァルを見ていた。
以前なら前衛の傷を癒やすので手一杯だったのに、今の彼女は魔力が満タンのままだ。
アビアは先頭を歩きながら、背後のヴァルの気配を感じていた。
Aランクだったが限界が近かったパーティに、歯車というピースがカチリと嵌まった感覚。
俺たちは、もっと上に行ける。
そんな確信と共に、一行はダンジョンの最深部――広大なホールへと足を踏み入れた。
天井が高く、巨大な蜘蛛の巣と、犠牲者の骨が散乱している。
その天井から、巨大な影が音もなく降ってきた。
ズゥゥゥン!!
着地の衝撃で地面が揺れる。
現れたのは、牛ほどの大きさもある巨大蜘蛛。
このダンジョンの階層主である混沌蜘蛛。
鋼鉄並みの硬度を持つ甲殻と、粘着性の糸を操るCランク上位のモンスターだ。
「来るぞッ! 散開!」
アビアの号令で戦闘が開始された。
カイルの水魔法が炸裂し、ルーナの剣が走る。
だが――。
カキンッ!
「くっ、こいつは相変わらず硬いなっ! ヴァル、何か策はないか!?」
アビアの大剣ですら、黒光りする甲殻に浅い傷をつけるだけで致命傷にはならない。
斬撃も魔法も表面で止まっている。
「現在、敵の解析中です! ティアさん、3人に防御魔法を!」
ヴァルが叫ぶと、ティアも頷き、即座に前衛への強化を開始する。
ヴァルが解析を急ごうとした、その時だった。
傷を負った蜘蛛の複眼が、ギラリと光った。
その視線が、アビアたちを通り越し、後方にいる「一番弱い獲物」へと向けられる。
「キシャアアアアアッ!!」
蜘蛛は強靭な脚力で跳躍した。
標的は、ヴァル。
「ヴァル、そっちに行くぞ!!」
カイルが叫ぶ。だが、速すぎる。
アビアもルーナも間に合わない。
巨大な質量が、砲弾のようにヴァルへ迫る。
逃げれば追いつかれて死ぬ。
(レティナ、衝撃吸収の指示を頼む……!)
『了解:質量4.5トン。直撃すれば即死です』
レティナの声に、焦りはない。
『解法:左脚軸、後方45度へ荷重。盾の傾斜角30度で“滑らせて”ください』
「こうか!?」
『腰、あと3センチ低く ……そのまま維持』
冷徹なまでの最適解。
ヴァルは言われるがままに姿勢を沈め、左腕の『パイル・シールド』を構えた。
迫りくる死の塊。
恐怖をねじ伏せ、盾の角度を固定する。
ガギィィィン!!
強烈な衝撃と、散る火花。
ヴァルの体が浮きそうになるが、足を踏ん張る。
レティナの計算通り、振り下ろされた蜘蛛の爪は盾の表面を滑り落ち、軌道を逸らされた。
ズドンッ!
受け流された爪が、ヴァルの足元の岩盤を深く砕き割る。
間一髪。だが、蜘蛛の動きは止まった。
勢い余って前のめりになった蜘蛛の、目の前にある懐(腹の下)。
そこは、硬い甲殻に覆われていない唯一の弱点。
『マスター、そこです』
視界には、すでにロックオンのマーカーが赤く点滅している。
ヴァルは素早く懐へ潜り込み、柔らかい腹部に盾を密着させた。
感じるのは、鉄の重みと、暴力的なまでの破壊の予感。
「貫けッ!!」
ヴァルは叫びと共に、隠されたトリガーを引いた。
ドォォォォォン!!
地下空洞の空気を震わせる轟音。
火薬の爆発力が、鋼鉄の杭を至近距離から叩き出す。
盾の裏側で衝撃吸収バネが軋み、ヴァルの左腕に重い反動が伝わる。
だが、それ以上に凄まじいのは破壊力だった。
「ギ、ギシャアアアア……!?」
杭は蜘蛛の腹部を食い破り、内臓を突き抜け、背中の甲殻までを一直線に貫通した。
蜘蛛の巨体が激しく痙攣し、大量の体液を撒き散らして崩れ落ちる。
静寂。
息を上げながら立ち尽くすヴァルの足元で、巨大な死骸が動かなくなった。
「……たまげたな」
アビアが呆然と呟いた。
「あの甲殻を、物理でぶち抜くとは……」
魔法使いである彼らにとって、それは理外の光景だった。
魔力なき者が、鉄と火薬だけで怪物を屠ったのだ。
完全勝利だった。
素材回収の最中、ヴァルは蜘蛛の体内から転がり落ちた、緑色に輝く石を拾い上げた。
Dランク相当の青色魔鉱石よりも純度が高い、Cランクの証。
『緑色魔鉱石を感知。……エネルギー補給を強く推奨します』
レティナの声が、心なしか弾んでいるように聞こえる。
「お前……なんか図々しくなってないか? 初めて手にする緑色魔鉱石だぞ」
ヴァルは苦笑しながら、魔石を義眼に近づけた。
すると、義眼の表面から半透明の細い管――ストローのようなものが伸び、魔石に触れた。
ジュッ、という微かな音。
次の瞬間、魔石の光が失われ、ただの透明な石ころへと変わった。
「うわっ……これが例の食事……?」
一部始終を見ていたルーナが、少し引いた様子で呟く。
「ちょ、ちょっと気持ち悪いわね……機能はすごいんだけど」
ティアも顔をしかめている。
ヴァルは居た堪れない気持ちになりつつ、空っぽになった石を捨てた。
その後、ダンジョンの外へ出て小休憩を取ることになった。
空はすでに茜色に染まっている。
心地よい疲労感の中、ヴァルは改めてアビアたちに向き直った。
言わなければならない。
彼らがさらに強くなるために。そして、自分がこのパーティの真の「歯車」になるために。
「皆さん、少し話があります」
「ん? どうした、改まって」
アビアが水筒を置き、ヴァルを見る。
ヴァルは一つ深呼吸をして、切り出した。
「この戦いで『眼』を使っていて、気づいたことがあるんです。……皆さんの魔法のことなんですが」
「魔法?」
「はい。……大きな無駄がありそうです」
その言葉に、アビアたちが顔を見合わせる。
Aランクパーティとして誇りを持っている彼らにとって、それは聞き捨てならない言葉だ。
だが、ヴァルは怯まずに続けた。
「俺の眼には、放たれた魔法の『強度』と『純度』が数値で見えるんです。……今の皆さんの魔法は、大抵30%程度の効率しか出ていません」
「30%……!?」
カイルが絶句し、ティアが愕然と目を見開く。
自分たちが積み上げてきた技術の7割が無駄になっている。
それは、彼らの常識を根底から覆す、衝撃的な宣告だった。
ついに火を噴いたパイル・シールド!
魔法防御なんて関係ない、これぞ「物理」の勝利です。
しかし、ヴァルの眼には衝撃の事実が映っていました。
Aランク冒険者の魔法が、スカスカだったなんて……。
次回、この世界の「魔法」の概念を覆します。
SF的・魔法解析講座、開講です!
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